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わかっている。すぐに解放するから

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 魔法の発動準備に気づかないオークは、生き残っている護衛を囲って殴り殺す。

 時間を稼いでもらったゲオンが魔法を発動する。

【アースランス】

 土の槍が出現すると放たれ、オークの腹を貫いた。一匹が即死し、残り四匹が攻撃してきたゲオンを一斉に見る。

 護衛に止めを刺してからオークは散開すると、魔法を警戒しながら包囲した。

 魔物のクセに知能が高い。戦闘経験が豊富そうだ。

「次にぶっ殺されたいヤツは誰だ? 俺が殺してやる」

 劣勢だというのに戦意は残っているようだ。魔法の発動準備をさせながら叫んでいる。

 助けるなら今だが、少し悩む。

 犯罪者であるのは、ほぼ確定であり、見殺しにした方が人類の役に立つかもしれない。そんな冷徹な考えが脳裏をよぎっているのだ。

 様子を見守っていると、急に地面が揺れた。

 オークどもがブヒブヒと声を出しながら慌てている。

 何度か言葉を交わしたようで、逃げ出してしまった。

「生き残れた……?」

 安心するのは早い。振動が強くなっていて近づいているのだ。

 瘴気は感じないから汚染獣ではない。血の匂いにひかれて新しい魔物がやってきているのだろう。

 残されたゲオンは、ロープで縛られた長い赤髪の女性を持ち上げようとする。

「んーーっ、うーーー!!」

 芋虫のように暴れたので、失敗してしまった。

 地面に落としてしまう。

「時間がない! 大人しくしろ! 殴るぞ!」
「んー! んーーー!」

 脅されても女性は抵抗を止めない。必死だ。

「バドロフ子爵からは傷をつけるなと言われているからって調子に乗るなよ!」

 苛立ったゲオンが拳を振り上げた。次の瞬間、地鳴りのような鳴き声が聞こえてくる。

 木々が折れて近づいていた魔物が姿を現した。

 赤い鱗に包まれて二足歩行をする蜥蜴だ。全長は三メートルほどだろうか。かなり大きい。

 あれはサラマンダーと呼ばれる強力な魔物で、普通は騎士が数人がかりで戦う相手だ。ゲオンでは勝てない。

【アースランス】

 無謀なことに攻撃をしてしまったようだ。

 土の槍が鱗に当たると弾かれて、サラマンダーはエサの存在に気づいてしまう。

 ドスドスと足を動かしながら走り出した。意外と早い。

「逃げろ!」

 恐怖で立ち止まっているゲオンに向けて叫びながら、俺は助けるために動き出した。

 しかし、間に合わなかった。

 サラマンダーが口を大きく開くとゲオンを中に入れ、首を上げると喉から胃へ流し込む。

 体内に入れば数秒で肉が溶けると言われている。彼は、もう助からないだろう。であれば、生きている方を優先する。

 ロープに巻かれた女性を拾い上げて肩に乗せるが、体を動かして抵抗されてしまう。

「んーーーっ」
「必ず助けるから大人しくするんだ!」

 胃は満たされなかったようで、サラマンダーが俺たちを見ている。

「俺の言葉を信じてくれ!」

 返事はなかったが抵抗されなくなった。少なくともこの場は協力してくれそうだ。

 背を向けて走り出すと追ってくる気配はない。その代わり周囲の温度が高くなった。

 ブレスを出すつもりだ。

 肩に乗せた女性が「んーーー」と言って警告してくれる。

 振り返るとサラマンダーの喉から炎の渦が出る瞬間だった。

 魔力で身体能力を強化してから跳躍すると、近くにある木を蹴ってさらに上へ上昇して太い枝に乗る。

 下を見たら炎の渦が通り過ぎ、地面から煙が上がっていた。

 標的を見失ったようで、サラマンダーは首を左右に振りながら俺を探している。

 ここで動くようなことはしない。息を潜めて待つ。

 何時間でも待つつもりだったのだが、すぐに諦めてくれたようだ。地面に転がっている人間とオークの死体を丸呑みすると、音を立てながら来た道を戻っていく。

 姿が見えなくなると、大きく息を吐いた。

「ふぅ、危なかった」

 何度も死線をくぐり抜けてきたので、俺はかなりの実力を持っていると自負はしているが、足手まといがいる状況で戦うのは危険だった。

 負ける可能性もあったから命拾いしたことになる。

「んーーっ」
「お嬢さんもそう思うか?」
「んーー、んーー!」
「わかっている。すぐに解放するから」

 肩に乗せた女性の太ももを軽く叩くと、枝から飛び降りて地面に着地する。

 槍でロープを切ると、貴族令嬢はようやく自由になった。

 長い間拘束されていたのか、座ったまま縛られていた手首をさすっている。

「俺の名前はポルン、あなたは?」
「私はヴォルデンク男爵家の一人娘、アイラ・ヴォルデンクです」

 ベルガンド王国でも勇者として何度か汚染獣と戦ったことがあり、顔を知っている貴族は何人かいる。そのため少し警戒したのだが、どうやら彼女は俺の正体に気づいてないようだ。

 アイラはフラつきながら立ち上がり、スカートの端をちょんとつまむと、頭を軽く下げた。

「危ないところを助けていただき感謝しております」
「人として当然のことをしたまでです」

 貴族令嬢だと分かって、丁寧な言葉づかいに変えた。これなら無法者だとは思わないだろう。少しぐらい信用度は上がったはずだ。

「そんなことございません。あの巨大な魔物の前に出られる方なんていません」

 顔を上げると、アイラはにっこりと微笑んだ。

 裏がないように感じる。どこにでもいそうな少女のようだ。

 だからこそ、なぜ男どもに拉致されていたのか気になってしまう。

「何があったのか教えてくれますか?」
「……知ったら巻き込んでしまいます。言えません」

 仲間がいないどころか、こんな危険な場所にいても、アイラは出会ったばかりの他人のことを考えて助けを求めようとしない。

 その心意気に感心するとともに、共感してしまう。

 立場や性別、見た目なんて全く違うが、どこか似ていると思ってしまったのだ。

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