恋人は副会長

福山ともゑ

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(87)初めてのバイト、初めての接客業

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中間テストも終わった翌日の土曜日は、バイトの初日だ。
 「いらっしゃいませ」、「ありがとうございました」と、挨拶を何度も復唱して、先輩の店員さんと一緒に表に出る。
午前中のうちに色々と仕込みをして、午後の仕事は、それを並べたり、売ったりする。

ここの店長さんは43歳、大学では医学部を卒業して医者をしていたが、今ではコンピュータを使っての仕事もしてるそうだ。
店員さんは、斎藤優介さん。
大学を卒業して2年ほどサラリーマンしていたが、今は、ここで働いてる。25歳で、今年の11月で26歳になる少し天然な気のある人で、料理好きで和菓子を焼いたり売ったりしている。
その優介さんは、くすくすっと笑いながら声を掛けてくれる。
 「弘毅君、緊張しすぎだよ。もっと力を抜いて。」
そうは言われても…。
奥の方から、店長の声がする。
 「優介。スズメとカメを10ずつに、残りは適当に見繕って。予算は6000円だ。」
 「はい。どなたか、いらっしゃるのですか?」
 「昌平だ」
 「はい、分かりました。…あ、丁度いい。弘毅君、贈答品の入れ方を教えるよ。」
 「あ、はい。」
まずは…と言って、この籠にスズメとカメを10ずつ入れてね。
そう言われ、俺は籠に入れていった。
残りは何にしようかな…と言いながら、優介さんは手際よく選んでいく。

その時、自動ドアが開く音がした。
ガー……。

 「いらっしゃいませ。あ、昌平さん、もう少し待って下さいね。」
弘毅君、昌平さんは店長のお兄さんだよ。
そう教えてくれて、俺は固まってしまった。

その昌平さんは、俺に気が付いたみたいだ。
 「ん…。優ちゃん、この子は?」
 「今日から、バイトに来てくれる子ですよ。」
 「へー、そうなんだ。」

俺は自己紹介をした。
 「松井弘毅です。よろしくお願いします。」
 「弘毅君ね、OK!よろしくねっ。…ん、松井弘毅?松井孝之の息子…?」
 「え、なんで」
 「松井CEOのっ!松井孝之の一人息子っ?」
昌平さんは、お父ちゃんの名前を叫んでくれる。
その言葉に、優介さんは反応した。
 「え、その名前って松井グループの総帥?」

 「大きな声が聞こえると思ったら…。煩いぞ、昌平」
 「いや、悟、この子って…」
 「黙れよ」
 「それじゃ、本当に」
 「親が親だからといって、私は許したわけではない。本人の気持ちとやる気の問題だ。」
 「びっくり…」
 「昌平と同じだよ。この子は強くなりたいと言ってきた。そこが昌平とは違う」

そして、俺は店長に声を掛けられた。
 「弘毅君。最初から、そんなに力んでると客が怖がって近寄らないよ。こっちに来て。」
そう言われ、付いて行くと防音室に入った。


面接の時にも、ここの防音室に入った。
YAMAHAのグランドに、アップライトに、電子ピアノ。そして、バイオリン。
贅沢でありながらも、ほっと一息つける空間だ。
お好きなのをどうぞ、と言われ、面接の時はグランドを選んだ。
だけど、今日はアップライトにした。

あー…、音に飢えてた。そうだよ、中間試験だったんだから。
夏休みは、毎日弾いていたとはいえ、ショッキングな事もあったからな。
暫らくすると、気持ちが落ち着いてきた。それと同時に、声が聞こえてきた。
 「弘毅君。君は、何のバイトに来てるのですか?悟さんも、違う方法でリラックスさせてやって。
仮にも、あなたは医者だったんですからねっ!」
一体、何人の客が来てると思ってるの?

 「優ちゃん、怖い。」
 「昌平さんも、手伝ってもらいますよ。」
 「優ちゃん、いくら?」
 「6000円です。」
俺は、そんな優介さんが誰かに似てる感じを受けた。
誰だっけ?


そうすると、なんかくすぐったい感じがしてきた。
くくくっ…。
思わず笑っていた。
でも、優介さんはこっちを見て睨んでるみたいだ。
手で口元を隠していたが、笑いは止まらない。
もうだめ、そう思うと、声が出ていた。
 「あはははっ…」

優介さんは、俺の後ろに居る昌平さんを睨んでいた。
 「ったく、昌平さん!」
 「ほーら、弘毅君、リラックス出来ただろう。」
 「はははっ…。あ、ありがとうございます。」
 「どういたしまして。」


この時、俺は思った。
店長が何者であろうと、俺は構わない。なにしろ、俺を一人の人間として見てくれるからだ。

ドアが開いた。
 
ガー……。
 「いらっしゃいませ。」
ほら、声を出して、という店長の呟きが聞こえた。
なので、俺も声を出した。
この時から自分は変わるんだ。そういう思いで。

 「いらっしゃいませ。」

女子高校生が数人ほど入って来た。
だけど、静かなのは何故なんだろう…。
そう思うと、もう一度ドアが開いた。

ガー……。

 「いらっしゃいませ。」


見えたのは、副会長だった。
副会長が入って来るのと同時に、昌平さんは出て行った。
 「じゃあねぇー」と、言いながら。



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