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医学部卒業者の道は、医者だけじゃない。
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それから5年の月日が経った、友明62歳の2月。
友明は博人と共にパスポート更新の為、日本に帰国した。
真っ先に学長の墓参りをした二人は、件のカレー屋に向かった。
チリリンッ♪
「いらっしゃいませー」
元気の良い声が聞こえてくる。
「え…、ひ、博人先生っ?」
「パスポート更新でね、2ヶ月程だけど」
「食べに来て下さりありがとうございます」
曇りのないスッキリと晴れた表情で、彼は言ってくる。
「俺、きっぱりと吹っ切れました」
「え、きっぱり?」
「はい。綺麗さっぱりとですっ」
彼は話し出した。
まあ、他に客が居なかったのもあるが…。
恋人である嘉男と一日の内の半分以上を過ごしているのだが、週2の割合でリハビリに通ってる政行は、リハビリの担当医に愚痴とも取れる事を話していた。
相談相手も居ないし、リハビリに来るだけしか出来ない。
そのリハビリの担当医は即答してきた。
「走ればどうですか?」
「え…、だってドクターストップ掛かってるんですよ?」
「詳しく聞かれましたか?」
え、詳しく…?
あんまり自信が無いので俯いてしまう政行に、担当医は言ってくる。
「貴方の掛かっているドクターストップは、筋肉をこそげ落とし蹲ってしまった骨を定位置に戻した為の副作用ですよ」
「ドクターストップを軽く見るな、と言われたのですが…」
「個人の度合いのよりけりです。でも慎重になるのは良い事です」
「俺のは、軽い方?」
「ただ、これだけは言っておきます。泳ぐ事は出来ません」
「はい、それは分かってます…」
「野球とか球技種目も出来ません。
だけど走ったりジャンプしたり、肩に負担の掛からない事なら出来ますよ」
「え……」
「え…、って。あれ、もしかして聞かれてない?」
聞いてたかもしれないし、聞いてなかったかもしれない。
どうだったのかを思い出そうとしても思い出せない。
すると、そのリハビリ担当医は自分で結論を出したみたいだ。
「まあ、ドクターストップを掛けられると、驚きと焦りがありますからね。
そういう状態の時に何か言われても頭に残らないですからね。
だから、貴方の頭には残って無いのでしょう。
でも、慎重になるのは良い事です」
肩に負担の掛からないスポーツなら出来ますよ。
そう言われ、リハビリの一環としてプールを紹介された。
政行は驚いて何も言えない。
「泳ぐのではなく、ゆっくりと歩き、速足で歩く。その練習です。水中における人体は負荷は少ないですからね。そして、水の上に大の字になって寝そべる。
水と一体になるのです。いわゆる、自然との調和ですね」
水と一体、自然との調和。
そういう言葉なら、信じられそうだ。
プールならマンションにも付いてる。
だが、その先生はリハビリセンターの最上階に連れて行ってくれる。
エレベータから降りると、政行は目を瞠った。
これはっ…!
目の前には、大パノラマの東京が見える。
それは息を飲むほどの絶景だった。
エレベータへと視線を移した政行は、エレベータを中心として人が2人ほど歩ける幅があり、クリーム掛かった色の壁に囲まれるようにエレベータが二基、中心に位置してある。
角に当たるのか、四角は緩やかな傾斜になっており下方へと向かってる。
「凄いでしょ?ここは都心の中心部ですからね。360度、どこを見てもパノラマですよ。
落ちない様に、床上1mからガラス張りになっております。エレベータが2基ありますので、エレベータ室みたいでしょ?
天気が良いと、富士山やベイブリッジ、千葉の方も見える時があります。
プールはこちらです」
そう言って、緩やかな斜面の内の1つを下っていく。
プールの場所を教えてくれたが、広そうだ。
ビュールームには登録された人だけしか入れないけれど、と言われ、それもそうだと政行は納得する。
プールにはお風呂とサウナが付いてます。
と、簡単に説明してくれた。
「元々、ここには病院が建てられてました。先代が無くなると、その息子が継ぎ、そして違う人間がボスになった。でも、1年もしない内に潰れたみたいです。
でも、先代の息子は音楽を愛でてサロンも作りました。
いわゆる、音楽リハビリです。その場所があちらになります」
今度は、音楽リハビリの部屋に連れて行ってくれた。
その部屋にはサロンと見て取れる楽器が置かれてある。
思わず呟きが出る。
「オーケストラみたいだ…」
「そうです。ここの職員は、何かしら楽器が弾けて武術も出来て指導の出来る者ばかりです」
「そうなんですね…」
「そして、もう一部屋。こちらが道場です」
サロンの向かいにある部屋を開けてくれた。
板の間だ。
「この道場では月会費を払っての道場通いと、リハビリの為の道場使用があります。
曜日が決まってるのですが…、今日はどちらも使用されない日ですね」
政行は気になっていた事を口にした。
「先生って、理屈好きですか?」
「うーん…、好きというか…、どうしてですか?」
「なんとなく…」
「どうしても医学部は理屈こきになりますからね」
「え、リハビリの先生って医学部なんですか?医者だけだと思ってた…」
「そうですよ。他は理学療法学部や作業療法学部とか、ですかね」
「そうなんだ…」
だから、身体への負荷とか何とかが分かるのか。
そうしてたら、パンフレットを渡される。
「これは、リハビリ用のパンフレットです。
見学、体験は随時出来ますので、その気になったら言って下さいね」
「はい」
嘉男さんに、その事を言うと「見学だけでもすれば良いのでは」と言われた政行は、パンフレットに水曜日はリハビリコースが組み込まれてるのを見つけた。
そうだね、と思いリハビリの先生に電話で話し、予約を取った。
政行は、念のため持って行くことにした。
友明は博人と共にパスポート更新の為、日本に帰国した。
真っ先に学長の墓参りをした二人は、件のカレー屋に向かった。
チリリンッ♪
「いらっしゃいませー」
元気の良い声が聞こえてくる。
「え…、ひ、博人先生っ?」
「パスポート更新でね、2ヶ月程だけど」
「食べに来て下さりありがとうございます」
曇りのないスッキリと晴れた表情で、彼は言ってくる。
「俺、きっぱりと吹っ切れました」
「え、きっぱり?」
「はい。綺麗さっぱりとですっ」
彼は話し出した。
まあ、他に客が居なかったのもあるが…。
恋人である嘉男と一日の内の半分以上を過ごしているのだが、週2の割合でリハビリに通ってる政行は、リハビリの担当医に愚痴とも取れる事を話していた。
相談相手も居ないし、リハビリに来るだけしか出来ない。
そのリハビリの担当医は即答してきた。
「走ればどうですか?」
「え…、だってドクターストップ掛かってるんですよ?」
「詳しく聞かれましたか?」
え、詳しく…?
あんまり自信が無いので俯いてしまう政行に、担当医は言ってくる。
「貴方の掛かっているドクターストップは、筋肉をこそげ落とし蹲ってしまった骨を定位置に戻した為の副作用ですよ」
「ドクターストップを軽く見るな、と言われたのですが…」
「個人の度合いのよりけりです。でも慎重になるのは良い事です」
「俺のは、軽い方?」
「ただ、これだけは言っておきます。泳ぐ事は出来ません」
「はい、それは分かってます…」
「野球とか球技種目も出来ません。
だけど走ったりジャンプしたり、肩に負担の掛からない事なら出来ますよ」
「え……」
「え…、って。あれ、もしかして聞かれてない?」
聞いてたかもしれないし、聞いてなかったかもしれない。
どうだったのかを思い出そうとしても思い出せない。
すると、そのリハビリ担当医は自分で結論を出したみたいだ。
「まあ、ドクターストップを掛けられると、驚きと焦りがありますからね。
そういう状態の時に何か言われても頭に残らないですからね。
だから、貴方の頭には残って無いのでしょう。
でも、慎重になるのは良い事です」
肩に負担の掛からないスポーツなら出来ますよ。
そう言われ、リハビリの一環としてプールを紹介された。
政行は驚いて何も言えない。
「泳ぐのではなく、ゆっくりと歩き、速足で歩く。その練習です。水中における人体は負荷は少ないですからね。そして、水の上に大の字になって寝そべる。
水と一体になるのです。いわゆる、自然との調和ですね」
水と一体、自然との調和。
そういう言葉なら、信じられそうだ。
プールならマンションにも付いてる。
だが、その先生はリハビリセンターの最上階に連れて行ってくれる。
エレベータから降りると、政行は目を瞠った。
これはっ…!
目の前には、大パノラマの東京が見える。
それは息を飲むほどの絶景だった。
エレベータへと視線を移した政行は、エレベータを中心として人が2人ほど歩ける幅があり、クリーム掛かった色の壁に囲まれるようにエレベータが二基、中心に位置してある。
角に当たるのか、四角は緩やかな傾斜になっており下方へと向かってる。
「凄いでしょ?ここは都心の中心部ですからね。360度、どこを見てもパノラマですよ。
落ちない様に、床上1mからガラス張りになっております。エレベータが2基ありますので、エレベータ室みたいでしょ?
天気が良いと、富士山やベイブリッジ、千葉の方も見える時があります。
プールはこちらです」
そう言って、緩やかな斜面の内の1つを下っていく。
プールの場所を教えてくれたが、広そうだ。
ビュールームには登録された人だけしか入れないけれど、と言われ、それもそうだと政行は納得する。
プールにはお風呂とサウナが付いてます。
と、簡単に説明してくれた。
「元々、ここには病院が建てられてました。先代が無くなると、その息子が継ぎ、そして違う人間がボスになった。でも、1年もしない内に潰れたみたいです。
でも、先代の息子は音楽を愛でてサロンも作りました。
いわゆる、音楽リハビリです。その場所があちらになります」
今度は、音楽リハビリの部屋に連れて行ってくれた。
その部屋にはサロンと見て取れる楽器が置かれてある。
思わず呟きが出る。
「オーケストラみたいだ…」
「そうです。ここの職員は、何かしら楽器が弾けて武術も出来て指導の出来る者ばかりです」
「そうなんですね…」
「そして、もう一部屋。こちらが道場です」
サロンの向かいにある部屋を開けてくれた。
板の間だ。
「この道場では月会費を払っての道場通いと、リハビリの為の道場使用があります。
曜日が決まってるのですが…、今日はどちらも使用されない日ですね」
政行は気になっていた事を口にした。
「先生って、理屈好きですか?」
「うーん…、好きというか…、どうしてですか?」
「なんとなく…」
「どうしても医学部は理屈こきになりますからね」
「え、リハビリの先生って医学部なんですか?医者だけだと思ってた…」
「そうですよ。他は理学療法学部や作業療法学部とか、ですかね」
「そうなんだ…」
だから、身体への負荷とか何とかが分かるのか。
そうしてたら、パンフレットを渡される。
「これは、リハビリ用のパンフレットです。
見学、体験は随時出来ますので、その気になったら言って下さいね」
「はい」
嘉男さんに、その事を言うと「見学だけでもすれば良いのでは」と言われた政行は、パンフレットに水曜日はリハビリコースが組み込まれてるのを見つけた。
そうだね、と思いリハビリの先生に電話で話し、予約を取った。
政行は、念のため持って行くことにした。
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