16 / 29
※嘉男視点※
しおりを挟むやっと、戻ってきた。
政行は、自分で戻ってきた。
それが、嬉しかった。
まあ、俺もずっと政行だけでなかったから文句は言えないが…。
それでも、やっぱり政行なんだよな。
純粋でひたむきに真っ直ぐな所。
ゴーグルを掛けると目は隠れて見えないが、一生懸命に突き進んでいく。
恐らく、狙いを定めた豹やチーター、ライオンの様な感覚なのだろう。
人を好きになり、告白してないけれど淡い恋心は破れた。
だけどね、政行。
君は人を見る目がある。相手が博人先生で良かったな。
君は鈍い面もあるが、俺としては目が離せない。
ドクターストップが掛かり、もう泳ぐ事は出来なくなった。
だけど、今度はここで一緒に店をやっていく。
嘉男は、ずっと前から聞きたかった事を政行に聞いていた。
「政行は、どういう思いでオリンピックで泳いでたんだ?」
「え…、なに急に?」
「ゴーグルを掛けてると表情は分からないのだけど…、狙いを定めた豹やチーターみたいな感じなのか?」
うーん…、と政行は呻っている。
「動物に例えられても…。ブレない。そう決めて泳いでるよ」
「え、ブレない?」
「そうだよ。あのクソユウゴにエッチされても、誰がお前に心までやるもんか。俺は嘉男さんの所に戻る。俺の気持ちはブレないからな。と、強く思っていた。
ニューヨークでもそうだった。
あの時も、心の中では絶対に日本に帰るんだ、と強く思っていた。
今回の、この件では…、さすがにへこんだけどね…。
それでも、ドクターストップが外れるのを期待して、毎日を過ごしているパースのクリニック・ボスは、30年もの間、運動してないんだって。
俺は、どうなるのだろう…。
でもね、クリニック・ボスと博人先生は話してくれたんだ。
『どんなに頑張っても、出来ない事はある。だけど、出来る事を伸ばして、レベルアップする努力はしていく。
そうしていると、出来ない事は隠れて見えなくなる』って。
それを聞いた時、俺はサガミコーチに一番最初に言われた言葉を思い出したんだ。
『成人の泳ぎは、既に固定されてるので3ストローク1ブレスを教え込む事はしない。
そのままの泳力で、如何にして目標とされてる所まで伸ばしてあげれるか。
それが一番難しい事なんだ』と」
饒舌になっている政行は、今なら言える。
そう思って、声にした。
「俺はね、今迄、泳ぐ事しかやってこなかった。
それでも、お店もやってる。
お父ちゃんは、俺の事を全部は知らない。
嘉男さん。
俺はスポーツジムを辞める。辞めます。
今の俺には、スポーツジムでの仕事は出来ない。
経理だけでもと思ったけれど無理だ。
泳ぐ羽を捥ぎ取られ、プールだけでなく経理もしようという勇気が無い。
俺は、店だけで良い…。
勝手な事を言ってるのは分かってる。
御免なさい。
もう、あそこには…。スポーツジムには、行けれない……」
涙が出ていた。
そんな政行に、嘉男は聞いていた。
これだけは聞いておきたい、知りたいという気持ちからだった。
「それでも、俺の側に居てくれるか?」
「こんな俺でも良いの…?」
「ああ、お前だから良いんだよ」
嘉男さん…。
思いっきり泣いていた。
「我儘言って…、ごめ、なさい…」
そんな泣き虫の政行を抱きしめてくれる。
「それでも店は続けるんだろう?」
「うん、続ける」
その言葉を聞き、嘉男は安心した。
「あと数日でリフォームは終わる。来月になったら買い足りない物を買いに行こう」
「ん…、メニューを増やそうかなと思ってるんだけど」
「お前一人なんだから、増やすよりメニューを変更したらどうだ?」
「そうだね。嘉男さんは何が食べたい?」
嘉男は即答してくれる。
「カレーライスは季節問わずの食い物だし」
「季節限定物があっても良いね」
「夏には鰻だな」
「鰻は高いよ」
「夏はカレーライスと鰻丼。日替わりで十分なメニューだ」
「夏ばかりだね(笑)」
はははっ…。
嘉男は笑いながら応じる。
「お手軽メニューが一番だぞ。作る方も食べる方もな」
政行は、その言葉でメニューを決めた。
「それなら、カレー屋にしよう。カレーを三品にして、定食物を一品」
「季節限定物だな」
「ねえ、何か食べたい物ある?」
即答だった。
「春は花見弁当とビール」
「お酒は駄目ですっ。あ、花見弁当かメモッとこ」
「夏は鰻とビール」
「だから、アルコールは駄目ですっ」
「秋は、食い物が一番美味い季節だからなあ…。うん、冬はおでんとビールだな」
「だから、ビールはダメッて言ってるでしょっ!あ、おでんは良いかも」
二人でメニューを考えていた。
リフォームが終わり3月に入ると、足りない物を2人で買いに行った。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。



ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる