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葬式

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薄く目を開けた人は、博人先生を見て微笑んでいる様な表情だ。
 「ひ、ろ…、私は、長く生き過ぎた…」
 「諒一、黙れっ、黙るんだっ!すぐオペしてやる」

だが相手は博人の白衣を掴んで離さない。
 「博人、私は、お前と会えて、お前の仕事ぶりを見れて、嬉しいよ…。
私の、最後の我儘を、聞いてくれ。
私をパースに、ドイツに…、矜持と同じ様に、同じ所に眠らせてくれ…。お願い、だ…」
 「大丈夫だ。あのヘリはワープが付いてるから1時間で着く」
 「マルクの、ヘリ…みたいだ、な」
 「エドのヘリだよ」
 「博人…」

ぐっ…、げほっ。
ごほっ…。

 「喋るな、すぐにオペ」
遠藤の声が割って入る。
 「諒一様、龍三先生に連絡してます。もう少し待って下さい」
その声に反応したのか、諒一は遠藤の方を向いた。
 「君は…、博人の病院のドクターをしていた、龍三の弟子…」
 「はい、そうです」


諒一は気持ちが決まったのか、博人を見てくる。
 「博人、あのリハビリセンターは、生前分与でお前に分与されたものだ。
私は、スペインを貰った。矜持のフランスと、両方共に、お前名義に書き直した」
 「ったく、どいつもこいつも…。なに勝手な事をしてくれるんだっ」
喚いてる博人を優しく微笑み、諒一は言葉を続ける。
 「ボスや、あのジュニアにも、会えて嬉しい。博人…、私よりも長生きしてくれ」
 「諒一…」
 「私は、あの御方の孫で良かったと思ってる」
 「諒一、あのクソ爺は」
 「私は、ガンを患ってる。苦しみ死ぬより、このまま事故死として、死ぬ方が良い」
 「あの、クソ爺はっ…」
 「博人…、いつまでも…、げん、き・・、で……」


ぱたっ…、と腕がストレッチャーから垂れた。

 「諒…、諒一っ!!」

博人は泣きながら叫んでいる。
 「私は、私は信じないぞっ!
諒一、あのクソ爺は、私の父の弟だっ!私の叔父だ。
あんな、あんな位置に居座る人間では無い。
フランツと離れたくなくて、日本に帰ってこない奴だっ!
諒一、目を覚ませっ…!
私たちは、皆が皆、初代の孫だっ!
あのクソ爺では無いっ」


龍三の声がした。
 「博人様、何故それをご存知で…」
 「私は知ってる。初代の手記を持ってるし、フランツからも聞いてる。
和田も、知ってる事は教えてくれた…」
 「そうですか…。博人様、エドワール様とポール様に知らせて下さい」

 「もう知らせました」
その声は友明のだ。
 「動かさずに博人先生と話をさせた方がお互いに良いと判断したので」
 「友、私は…」
 「話出来たでしょ?」
 「し足りない」


クリニックボスの友明は諒一と呼ばれてる人に跪き、話しかける。
 「学長。
貴方の我儘はフランツにも伝えました。作ってくれるそうです。
そして、パースではエドとポールが作ってくれます。
勿論、この日本でも作ります。
現在、ここに居るのはサトルとマサだけだが、ユウマも北海道から飛んでくるそうです。
学葬して、皆で送らせて貰います。
長い間、お疲れ様でした…」


政行は、その一部始終を見ていた。
博人先生にとって、その人は涙を流すほどの大事な人なんですか…。




その葬式には、在学生のみならず、卒業生等、大勢の参列者で溢れかえっていた。
東響大学の学長、リョウイチ=フェルゼン・フォン・パトリッシュ=安部。
彼はクリスチャンなので仏式では無い。
喪主の名前はヒロト=ヴィオリーネ・フォン・パトリッシュ=福山 。
そう、福山博人の事だ。
この二人は従兄弟なので喪主になっても差し支えは無い。

参列者の中には、一番可愛がられていた医学部出身である10人の内の4人が居る。
そして経済学部出身である政行の父も、参列していた。
政行は退院したばかりの父の付き添いで参列していた。
式場はオーストラリアのパースとドイツが生中継で繋がっている。


政行の父の桑田耕平は驚きっぱなしだ。
学長が、まさかドイツのフォン・パトリッシュの人間だなんて…。
そして、あの男が学長の従弟で、しかもフォン・パトリッシュの人間…?
まさか、あの男が、あの一族の血縁者だなんて…。
私は、とんでもない事を、あの男に言ってしまった…。
持ち上げれば、媚びれば、私には何かしら得ただろうに……。



ご存知の方は、一緒に唱ってください。
クリニック・ボスがそう言うと、楽器の音が聞こえてきて重唱しだした。
それは、友明が大学3年の時、ドイツで催されたフェスティバルで声楽家の連中と一緒に歌いに行った時に唄った楽曲だ。
声楽科の学生にとっては馴染み深い4曲だ。
その4曲を、東響大学学長を58年間務めてきた人物に捧げ、別れを告げた。


博人先生は悲哀な表情をしている。
仲の良かった従兄なんだろうな、と思える。
もやもやとする感じがするが、でも相手は死んだんだ。
一人でもライバルは少ない方が良い。

葬式が終わり休憩時間になった。
政行は、自分の母親の事を思い出し、博人に駆け寄る。
あの時は執事と高瀬が慰めてくれた。
今度は、自分が返す番だ。
そう思ったから駆け寄り言葉を掛けたかったのだ。



声が聞こえてきた。
 「博人さん…」
 「悲しいんだけど、でも死に目に会えて良かったよ。話も出来て、酒も飲んで…」
 「学長と一緒になって酒を飲み過ぎてダウンしたりね」
 「あれは楽しかったな」
 「一緒に食事したり、寝泊まりしたり…。学長も楽しそうだった…」
 「ああ、悲しいけれど、でも見届ける事が出来て良かった」
 「ドイツ経由で帰りますか?」
 「フランツにも会いたいな」
 「でしょ、他の人の墓参りも出来るしね」
 
他の人の墓参り。
それを聞いた博人は(誰が、あんなクソ爺…、いやマルクの墓だな)と思い直し、溜息を吐いて言ってくる。
 「そうだな、たまにはマルクの墓参りもしてやるか」

苦笑しながら友明は言う。
 「まったく、本当に頑固なんだから…。4月まで、まだ時間はある。ゆっくりしましょう」
 「ん…、少しで良いから」
そう言って、博人は返事を聞かずに凭れかかる。
友明は、博人に言う。
 「泣ける時は泣いた方が良いですよ」
 「泣くのは帰ってからだ」
 「その時は、思いっきり泣いてね」
 「ああ、ずぶ濡れにしてやるよ」
 「ん…」



政行は、自分が言いたかったのだ。
 「泣ける時は、泣いた方が良い」と…。

この2人は、一体どういう関係なんだ…。


あの葬式の日から会えない。
両手で持つようにすると重い物も難なく持ち運べる。
リハビリも順調に進み、父親の退院後は実家に戻っていた。
使用人も少なく、執事一人で切り盛りしているのを助けたい。
別に、お父ちゃんの会社を継ごうという気持ちは無い。
2ヶ月程マンションに戻って無い。
嘉男さんには言ってあるから良いけど、これからどうしよう。



政行は、もやもやとしている。
浮気とまではいかないが、一つとはいえ年上の嘉男より、博人の方に気持ちが向いてるからだ。
そんな政行の様子を、嘉男はパースに入院した時から気が付いていた。
ただ、博人の方は全くの患者扱いをしてくれてたから安心していたのだ。
それに、博人を注意深く見てると分かる。
あそこのボスと恋人である、と政行が入院して直ぐに分かったのだ。
同類は、見れば分かる。
政行が勇気を出して告白し振られると戻ってくる筈だ。
だけど、政行は元々が奥手な人間だ。そんな人間は告白なんてしない。

もう少しでリフォームが終わる。
政行は実家で退院後の父親の世話をしているが、3月には戻ってくる、と約束してくれた。
政行。
約束の日まで、あと僅かだ。





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