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陰女の秘密のご趣味
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私は何処にでもいる普通の子ではありませんでした。世間一般で言う『影の薄い』子でもありませんでした。私は普通の人達とは違う『異常』な子でした。私自身も、自分が『異常』であるのだと認識していました。なぜなら、普通の人達の中に私と同じような人が一人もいなかったから。そして、そんな『異常』な私が目覚めた趣味も『異常』だったから。
私は本と趣味だけで生きていこうと決めて、高校生になりました。挨拶する人もいない、顔を合わせる人もいない、お喋りする人もいない、笑い合える人もいない、教え合う人もいない、助け合える人もいない。中学生の時と変わらない三年間を、もう一度過ごすだけ。ただただ一人本を読んで、誰にも理解されない趣味を楽しむだけ。
私の学校の一日は単純だ。
学校に来たら、机で一人誰にも存在を知られずに本を読み、授業中はまじめに先生の話を聞く。昼休みは机で一人、誰とも喋ることもなく弁当を食べる。放課後になったら図書館に行って、隅の席で一人座って本を読む。これをただただ繰り返して過ごしていくだけだ。
ある日の放課後、私はいつも通り図書室に行くと、いつも座る席の向かい側には一人の金髪の男子生徒が座っていた。
珍しい……。
その場所は、いつもは人がいなくて一人で静かにいられる場所なのに、人がいるのは珍しかった。
でも関係ないや、どうせ私がいることに気が付かないんだから。……そうだ!
相手は私が向かい側に座ったとしても気が付くことはないだろう。それなら、今日は本を読むのはやめて、趣味に興じるのもいいかもしれない。
私はそう決めて男子生徒の向かい側、私がいつも座る席に静かに着く。男子生徒がこちらに気付いた様子はない。私は手に持っていた本を開き読むふりをして、目の前の男子生徒に密かに目を向ける。傍目から見たら、私は本を読んでいるように見えるだろう。誰も私に気付かないのだからそれは無意味な行為だけれど、堂々と相手を見るよりは密かに相手を見る方が、私は心置きがなかった。
目の前の男子生徒は背もたれに体を預けながら、持ち運びやすそうな文庫本を机の上ではなく、机の下で読んでいる。その所為で、私の方からは男子生徒の本がほとんど見えず、何を読んでいるのか分からなかった。
んー、もう少し上にあげて読んでくれたら題名がわかるんだけど……、そうだ!
私は閃めいたことをさっそく行動に移し、椅子を引いて机の下に顔を持っていく。もうどこにも密かさがなかったけれど、私はこの時、自分の閃きに思うがままで全然気付いていない。
机の下から向かい側を見ると、机の上からでは見えなかった文庫本の題名が見えそうだった。
えーっと……、っ!
私がその本を凝視しようとすると、ガタンッ、と目の前の男子生徒の足が机の足に当たって机が揺れた。私はビックリして反射的に机の下から顔を上げ、すぐさま最初の本を読んでいる態勢に戻る。
バクバクバクと心臓が早鐘を打っているのが分かる。どうせ相手は自分のことに気が付かないのに、やましいことをしている自覚がある所為か、私は過敏に反応してしまった。
ビックリさせないでよ、もー。
私は心の中で男子生徒に文句を言いながら、視線を上げて恨めしそうに相手を見る。
え……。
私は予想外の出来事に上げた顔をすぐさま下げた。
え、え、え??!?!
頭を混乱させながら、私は今起きた出来事を思い出す。
今、こっちを見てた?
そう、男子生徒は私の方をあのナイフのような目で見ていたのだ。
気の所為だったのか、たまたまだったのか、今の一瞬では判断できない。
いや、確かに私のことを見ていた。あの目で私のことを捉えていた。私のことを認識していた。
私がそう思いたいだけなのかもしれない。私の願望が見せた幻覚かもしれない。どちらにしても、もう一度確認すれば分かることだ。
でも、私は顔を上げてそれを確かめるのを躊躇う。私は頭の中で、あの時の、小学校の時の『隠れんぼ』を思い出してしまった。
あの時のように私は今、期待してしまっている。あの時、私は隠れながら私のことを見つけてくれる子を待ち望んでいた。でも、あの時私は見つけてもらえたと思ったのに、見つけてもらえたのは他の子で、私ではなかった。心に満ちてきた喜びの感情が一気に霧散し、襲ってきた絶望を、私はまだ覚えている。
あんなものはもう味わいたくない。
私は体を震わせながら、本を持つ手に力を込める。
怖い、怖いけど……、逃げちゃダメだ。
ここで逃げたら自分は一生後悔すると思った。ここで逃げたら私はもう誰にも見つけてもらうことができなくなると思った。ここで逃げたら私は死ぬまでひとりぼっちになると思った。
そんなの嫌だっ!
私は覚悟した。
恐る恐る顔を上げていき、男子生徒のことを見る。
――すると、男子生徒も私を見ていて、目が合った。
そのナイフのような目は、寸分の狂いもなく確実に私を捉え、私のことを認識している。こんなに完璧に人と目が合ったのは、生まれて初めてだった。
「……大丈夫か?お前」
時間が止まったような感覚に私が陥っていると、男子生徒が怪訝な顔をして聞いてきた。
私は男子生徒の言葉で我に帰り、気が付く。私の目から、いつのまにか涙が溢れていた。あの時の悲しい涙とは違う、嬉しい涙が頬を伝って流れていた。私の心は幸せでいっぱいだった。
――これが私と八切先輩の出会いでした。
私は本と趣味だけで生きていこうと決めて、高校生になりました。挨拶する人もいない、顔を合わせる人もいない、お喋りする人もいない、笑い合える人もいない、教え合う人もいない、助け合える人もいない。中学生の時と変わらない三年間を、もう一度過ごすだけ。ただただ一人本を読んで、誰にも理解されない趣味を楽しむだけ。
私の学校の一日は単純だ。
学校に来たら、机で一人誰にも存在を知られずに本を読み、授業中はまじめに先生の話を聞く。昼休みは机で一人、誰とも喋ることもなく弁当を食べる。放課後になったら図書館に行って、隅の席で一人座って本を読む。これをただただ繰り返して過ごしていくだけだ。
ある日の放課後、私はいつも通り図書室に行くと、いつも座る席の向かい側には一人の金髪の男子生徒が座っていた。
珍しい……。
その場所は、いつもは人がいなくて一人で静かにいられる場所なのに、人がいるのは珍しかった。
でも関係ないや、どうせ私がいることに気が付かないんだから。……そうだ!
相手は私が向かい側に座ったとしても気が付くことはないだろう。それなら、今日は本を読むのはやめて、趣味に興じるのもいいかもしれない。
私はそう決めて男子生徒の向かい側、私がいつも座る席に静かに着く。男子生徒がこちらに気付いた様子はない。私は手に持っていた本を開き読むふりをして、目の前の男子生徒に密かに目を向ける。傍目から見たら、私は本を読んでいるように見えるだろう。誰も私に気付かないのだからそれは無意味な行為だけれど、堂々と相手を見るよりは密かに相手を見る方が、私は心置きがなかった。
目の前の男子生徒は背もたれに体を預けながら、持ち運びやすそうな文庫本を机の上ではなく、机の下で読んでいる。その所為で、私の方からは男子生徒の本がほとんど見えず、何を読んでいるのか分からなかった。
んー、もう少し上にあげて読んでくれたら題名がわかるんだけど……、そうだ!
私は閃めいたことをさっそく行動に移し、椅子を引いて机の下に顔を持っていく。もうどこにも密かさがなかったけれど、私はこの時、自分の閃きに思うがままで全然気付いていない。
机の下から向かい側を見ると、机の上からでは見えなかった文庫本の題名が見えそうだった。
えーっと……、っ!
私がその本を凝視しようとすると、ガタンッ、と目の前の男子生徒の足が机の足に当たって机が揺れた。私はビックリして反射的に机の下から顔を上げ、すぐさま最初の本を読んでいる態勢に戻る。
バクバクバクと心臓が早鐘を打っているのが分かる。どうせ相手は自分のことに気が付かないのに、やましいことをしている自覚がある所為か、私は過敏に反応してしまった。
ビックリさせないでよ、もー。
私は心の中で男子生徒に文句を言いながら、視線を上げて恨めしそうに相手を見る。
え……。
私は予想外の出来事に上げた顔をすぐさま下げた。
え、え、え??!?!
頭を混乱させながら、私は今起きた出来事を思い出す。
今、こっちを見てた?
そう、男子生徒は私の方をあのナイフのような目で見ていたのだ。
気の所為だったのか、たまたまだったのか、今の一瞬では判断できない。
いや、確かに私のことを見ていた。あの目で私のことを捉えていた。私のことを認識していた。
私がそう思いたいだけなのかもしれない。私の願望が見せた幻覚かもしれない。どちらにしても、もう一度確認すれば分かることだ。
でも、私は顔を上げてそれを確かめるのを躊躇う。私は頭の中で、あの時の、小学校の時の『隠れんぼ』を思い出してしまった。
あの時のように私は今、期待してしまっている。あの時、私は隠れながら私のことを見つけてくれる子を待ち望んでいた。でも、あの時私は見つけてもらえたと思ったのに、見つけてもらえたのは他の子で、私ではなかった。心に満ちてきた喜びの感情が一気に霧散し、襲ってきた絶望を、私はまだ覚えている。
あんなものはもう味わいたくない。
私は体を震わせながら、本を持つ手に力を込める。
怖い、怖いけど……、逃げちゃダメだ。
ここで逃げたら自分は一生後悔すると思った。ここで逃げたら私はもう誰にも見つけてもらうことができなくなると思った。ここで逃げたら私は死ぬまでひとりぼっちになると思った。
そんなの嫌だっ!
私は覚悟した。
恐る恐る顔を上げていき、男子生徒のことを見る。
――すると、男子生徒も私を見ていて、目が合った。
そのナイフのような目は、寸分の狂いもなく確実に私を捉え、私のことを認識している。こんなに完璧に人と目が合ったのは、生まれて初めてだった。
「……大丈夫か?お前」
時間が止まったような感覚に私が陥っていると、男子生徒が怪訝な顔をして聞いてきた。
私は男子生徒の言葉で我に帰り、気が付く。私の目から、いつのまにか涙が溢れていた。あの時の悲しい涙とは違う、嬉しい涙が頬を伝って流れていた。私の心は幸せでいっぱいだった。
――これが私と八切先輩の出会いでした。
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