喫茶店のかなえさん

まむら

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04 雨と雷と、かなえさん

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慌てた様に誰かが閉店中の喫茶店の扉を開けた。

啓太はその音にビクッと驚いたように目を覚ますと、寝起きの霞んだ視界の中でこちらに向かって誰かが来るのが見える。体格からして男だろうが、優人ではなさそうだ。

男は焦ったような声で未だに眠り続けるその人の名前を呼んだ。

 

「かなえ!!」

 

少しずつクリアになる視界の中、啓太は目の前に来た男に見覚えがあることに気付く。彼は確か、かなえと優人の弟の義人だ。初めてかなえと出会い、家まで抱えて送ってあげた時、道路に出てすれ違いになった彼に違いない。
 
きっと優人から兄弟の中で一番近くにいる義人に連絡が入ったのだろう。義人は啓太に気付き、どこかほっとしたように息を吐いた。
 
 

「はじめまして、啓太さんですよね。それで、かなえは…」

「大丈夫だよ。落ち着いて眠ってしまったけど」

「…ああ、落ち着きましたか。…よかった。ありがとうございました。かなえ一人だったら今ごろどうなっていたか…」

「義人くんは仕事中だったのか?」

「ええ…、優人から連絡があって…」

「そうだったんだ。…かなえさん、もう平気だとは思うけど…」

「はい、落ち着いて眠ったのならもう大丈夫です。…さっきの雷の大きな音で驚いたんでしょう」

「…よくこう、…発作が出るのか?」

「……はい。こんな天気の日は自分か優人がそばにいることがほとんどですが、たまたま二人とも仕事で…」

「そうだったんだね。とりあえず、大事にならなくて良かった」

「はい。本当にありがとうございました」

 

少し落ち込んだ様子の義人に、啓太は元気づけるように背中を叩きながら笑顔でそう言った。そんな啓太の励ましに義人も少し表情が明るくなったようだ。

過呼吸は酷くなると意識を失ってしまうし、命の危険だってある。もしかすると以前にもこのような出来事があったのかもしれない。

体が弱いと聞いているし、少しの変化にもこの兄弟らは気を抜けないのだろう。

 

「義人くんはもう仕事はいいのか?」

「…その、少し急ぎの作業があるので、優人が来るのを待ってまた会社に戻ろうと思ってます」

「そういえば優人はどうしたんだ?まだ来ないみたいだけど…」

「それが、優人はちょっと仕事の関係でどうしてもすぐには来れないらしくて…、あ、メールが来ました。…えっと、…あ、………まだ現場から離れられない、と…」

 

義人を見てみれば仕事を中断してかなえを家に連れていき、そのまま看病しようと思っているようだ。

少し困った様子でメールの返事を送っている義人を見て、啓太は少し考えて数回頷いた。



「義人くん、もしよければ、俺が家に運んで優人の帰りを待っていようか?急ぎの仕事だけでもやってしまわないと相手にも迷惑がかかってしまうだろう?もし、何か家の中の物がなくなっていたら俺を警察に突き出してくれて構わないから」

「えっ、そんなっ、警察に突き出すだなんて!…でも、それでは啓太さんに迷惑が…」

「いやいや、俺は別に。今日は雨で仕事が休みになったんだ。それですることもないし買い出しでもしようとスーパーに行ったら、偶然かなえさんに会ってそのまま荷物持ちをやらせてもらってたんだ。結構な量の買い物だったしね」

「あっ、そういえば今日はあっちのスーパーに行くって言ってたような…。すみませんでした、荷物持ちをさせた挙句にこうして世話までさせてしまって…」

「別に構わないよ。無駄に力だけはあるからね!」

「いえいえ、そんな…」

 

自虐のようなことを言う啓太に対して、義人は焦ったように首をブンブン左右に振った。

優人であれば冗談を冗談で返すくらいはしてくるが、こちらはかなり真面目な性格なようであまり冗談は通じないのかもしれない。必死にそんなことありませんと何度も手やら首やらを振って訴えて来る義人に、啓太は少し申し訳なさそうに笑っている。

気を取り直して啓太は義人に言う。

 

「優人は今日中に帰ってくるんだろう?」

「はい、そう返事がありました」

「家には誰かいる?」

「いえ、まだ孝人は帰っていないし、誰もいません」

「俺が信用してもらえるなら、本当にかなえさんを見てるけど…」

「…そう、ですね。ええ、多分啓太さんなら大丈夫ですね。うん、よろしければお願いできますか?」

「OK!それじゃぁ義人くんは早く急ぎの仕事をしておいで。この前の部屋にかなえさんを寝かせてやればいいんだろ?あとは…孝人くんだったか、彼に俺がかなえさんを運んで君らの誰かが家に戻るまで見ているのを知らせておいてくれるか?不審者だと思われたら大変だからね」

「そうですね。…えっと、……よし。孝人にはメールしておきました。これで大丈夫だと思います。これは家の鍵です。申し訳ありませんが、かなえをよろしくお願いします」

「任せてくれ」

「では…、失礼します」

「頑張っておいで」

 

ペコリと頭を下げ、義人は急ぎ足で仕事へと戻っていった。もしかすると本当に急ぎだったのかもしれない。

優人もきっと心配しているだろう。もう一度メールをして安心させてやろう、と啓太はスマホを取り出してメールを送った。

 

「かなえさんは大丈夫だから安心しろ…、と。これでいいな…。じゃぁ、行くか。鍵持って、かなえさんを…よいしょっと、本当、軽すぎる…」

 

身長は170cmくらいありそうだが、いかんせん体重が軽い。まるで子供を運んでいるんじゃないかというくらい軽いのだ。全身少し骨ばっているし、低体重というやつか。

啓太の方は189cmと大柄で、かなり筋肉もあって体重も重い。優人にしても同じくらい身長も体重もあるし、義人も大きい方だろう。

そのため自分たちとしか比べられないが、まるで違う人種のように感じられてしまう。

 

「…う~ん、天使かってな、ははっ…、あー…、うん。行くか」

 

天使と冗談で言ったつもりだったが、改めて見るかなえの顔は、睫毛が多くて長いし、鼻筋も通り唇は小さいがぷっくりとしている。

色白の肌に色素の薄い髪の毛。とても儚げな雰囲気は、白い羽さえ生えていればどう見ても天使だった。

 

「…あんまり力入れたら壊れそうだな」

 

痩せた体はあまりにも痛々しい。自分が力を入れすぎればその細い腕や腰は壊れてしまいそうだ、と啓太は少し悲しそうな顔で呟いた。
 
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