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03 喫茶店は休業日
しおりを挟む喫茶店の営業は不定休、8時から16時まで。ラストオーダーは15時半と聞いている。
今日は朝からあいにくの雨。啓太の仕事は土木関係の労働職のため、先ほどスマホに休みだと連絡が入った。基本的に屋外での仕事が主なために雨が降れば休みになるのだ。
天気予報では確か明日も雨だった。特にすることもなくテレビを見ている。
「…そういや冷蔵庫の中が空っぽだったな。…よし、スーパーに買い出しだな」
啓太はスマホと財布、そして家の鍵を持ち、ゆったりと立ち上がった。近所にあるスーパーは徒歩で10分もかからない場所にある。靴を履き扉を開けた。
先程まで大雨だったが今は小雨のようだ。これなら傘をさすほどでもないが、きっとまた土砂降りになるはずなのでしっかりと持って家を出る。
スーパーの中は雨のせいか客はあまりいなかった。買い物かごを持って歩き出した瞬間、背後から聞き覚えのある声が自分の名を呼んだ。
「あ、けいた」
「…かなえさん?」
後ろを振り向けば嬉しそうに自分を見るかなえがいた。丁度同じタイミングでスーパーに来たようだ。カートに買い物かごを入れて引いている。
手にはメモがあったので、喫茶店で使う食材を買いに来たのかもしれない。
「今日は喫茶店は休みですか?」
「うん、いろいろ食材が切れちゃって。雨だしお客さんもあんまり来ないだろうから臨時休業にした」
「喫茶店、ここからちょっと距離ありますよね。歩きだと…30分くらい、一人で来たんですか?歩いて?」
「欲しい調味料が一番近くだとここのスーパーなんだよ。いつもはゆうとやよしとが一緒に来てくれるけど、生憎二人とも急ぎの仕事が入ったみたいで。たかとは学校で、どうしようかと思ったけどやっぱり欲しい食材があったから来た」
「そうだったんですね…」
チラリとかなえの手の中にあるメモを見てみたが、結構びっしりと書いてあるようだ。雨が降っているのに傘を差したまま片手でこの量の荷物を持って帰れるのだろうか。
心配になった啓太は少し考え、かなえに提案した。
「俺、今日仕事が休みになったんで一緒に買い物付き合いますよ。帰っても暇だし、荷物持ちします」
「えっ…、そんな、荷物持ちなんて…」
申し訳ないと言うかなえに啓太は笑いながら言った。
「無駄に体力と筋力があるんで結構重い荷物でも大丈夫ですよ。かなえさん、そのメモの材料全部買うつもりなんでしょう?絶対に持ちきれないと思います、傘持って片手でその量の荷物なんて絶対に無理でしょう?」
「ん…、…じゃぁ、うん、お願いする。実はちょっと持てないかもと思ってた」
「そりゃぁ、そうでしょう」
「本当にいい?」
「当然です。それじゃぁカート引きますね」
「あ、でもけいたの買い物は…」
そう言うと啓太は自分の持っていた買い物かごを元の場所に戻し、かなえの引いているカートを取った。すると何かに気付き、ハッとしたようにかなえは困った顔をして啓太に言う。
慌てるかなえに啓太は特に気にするわけでもなく、軽く手の平を振りながら答えた。
「別に何か必要だったから来たわけじゃないですよ。惣菜コーナーで適当に昼用の弁当買って、ついでに夕飯も弁当にしようかと思ってたところなんで」
「…いつも弁当?」
「あー、別に毎日弁当買ってるわけじゃないですよ。自炊も少しくらいなら出来ますし。ただ今日は何となく面倒になってきて弁当にしようかなって、ははは…」
「そうだったんだ。いつも弁当ばっかりかと思って心配した」
「ん?心配?」
「けいたは体が大きいから、お肉の弁当ばかり選んで野菜食べなさそうだなって勝手に思った」
「あははっ、確かに。いつも唐揚げ弁当とか豚カツ弁当とか、肉ばかりでした」
「野菜も食べな」
二人はそんな会話をしながら買い物かごの中に食材をどんどん入れていく。メモにあるものを全て入れる頃にはかごの中はいっぱいになり、大きな山になっていた。
これは提案して正解だったな、と啓太は心の中でうんうんと頷く。どうみてもこの量をかなえが持って帰るのは不可能だろう。一人で持って帰れると本気で思ったのだろうか。
レジを終え、袋詰めしながらかなえはじっと啓太の顔を見た。あまり表情のないかなえだが、今は何となく嬉しそうに見える。
「けいたがいて良かった。オレ一人じゃ多分この量持って帰れなかった」
「いいえ、どうせ暇なんで。…はい、かなえさんはこれ持ってください」
「こっちの袋すごく軽いけど…けいた、オレ、もっと持てるからここに入れて」
「大丈夫です。いつももっと重いの運んでるんで」
「本当に大丈夫?」
「いいですって」
啓太は自分の買い物分の袋と、かなえの荷物を片手で持ち、もう片方の手は傘を握っている。結構な量と重さではあるが、啓太にとってはそこまでの重さではない。むしろ軽い方だ。
かなえはそれを聞き、すこし驚いたように啓太の荷物を持つ手を見た。
「腕、痛くない?」
「全然」
「本当に?」
「本当ですって」
「けいた、すごい力持ちなんだな」
「まぁ、それだけが取り柄みたいなものですしね」
「力持ち」
会話をしながらだと時間が経つのはあっという間だった。気が付けば目の前にはかなえさんの喫茶店が見える。家を出た時はスーパーまでの10分間が長く感じたのに不思議なものだ。
扉には休業の看板がかかっている。かなえはポケットに入れていた鍵を取り出す。扉を開くと室内は暗く静かだった。
かなえは電気のスイッチを押して部屋を明るくする。
「荷物どこに置きます?」
「えっと、ここに…」
「はい。…っと、これは?」
「あ、それはこっちに…っ!!」
「うわっ」
二人が荷物を片付けていると突然、地面を何かが叩きつけるような大きな音と地響き、そして大雨の中、空が激しく光った。それが数回続いた。
「吃驚した…。すごい雷でしたね…、…かなえさん…?」
「……」
「かなえさん、顔色が…」
「…っ…ひぅっ……」
「かなえさん!!」
雷が鳴り響いた後、突然目の前にいるかなえの顔色が真っ青になった。目には涙の膜が張り、体が硬直している。
そして足腰に力が入らなくなったのか、かなえはガクリと床にしゃがみ込んだ。
慌てて啓太は地面に膝をつき、かなえの表情を覗く。するとかなえの顔色は益々青くなり、息継ぎも早くなる。
初めで出会った時のような苦しそうな呼吸をするのを見て、啓太はすぐに過呼吸だと気が付く。
「かなえさん、落ち着いて!!」
「はぁっ、はぁっ、はぁっ…、ひっ、ひぃっ、…はっ、…っ」
「ゆっくり呼吸してください!!かなえさん…っ」
「うう…っ、はぁっ、ひぅっ、ひっ、…け、けい、た…っ」
「ゆっくり…、ゆっくり…、ゆっくり呼吸するんです…、かなえさん」
「うう…っ、…ふっ、はっ……はっ……、…はっ…」
あの時のように、啓太はかなえを抱き締めて背中を何度も優しく擦った。強張っていたかなえの体が少しずつ解れていくのを感じ、啓太がほっと息をついた。
かなえは啓太の胸に頭を寄せ、目を閉じて呼吸を整えようと必死に息継ぎをしている。
根気よく背中を擦られ優しく静かに耳元にかけられる声に、かなえは安心したように全身の力を抜いた。
細く頼りない体が何度も肩で息をしている姿に、啓太の心が痛んだ。
「…落ち着いてきましたね。うん、もう大丈夫ですよ。…いい子ですね、かなえさん」
「…っ、…う、ふっ……、…けい、…っ……っ」
「もう苦しくないですよ、よく頑張りましたね…」
「けい、た……っ……」
「うん、大丈夫ですよ、もう大丈夫です、かなえさん」
「けいた…」
「……」
しばらくすると、かなえの呼吸は正常に戻った。安心したようにかなえは啓太の腕の中で意識を失ったようだ。呼吸はしっかり安定しているため啓太は胸をなでおろした。
気が付けば雷は止んだようだが、雨は未だに激しく降り続いている。
いつまでも冷たい床の上に座っているわけにもいかないと、啓太は眠ってしまったかなえを抱き上げた。行儀は悪いが足で近くにある椅子をいくつが寄せると器用に並べて繋げ、即席の長椅子にした。
その上にそっとかなえを寝かせると自身の上着を脱いでそっとかけてやった。生憎、喫茶店の中には体にかけてやれる布もないためこれで我慢してもらうしかない。
静かに眠るかなえを見て、ようやく啓太は気が抜けたのか、ドカリと椅子に座った。
「はー…、吃驚した。それにしても…」
かなえは雷が苦手だったのか、それとも音に驚いて過呼吸を起こしたのか。あの時のかなえは一体どうして過呼吸になっていたのか。疑問ではあるが本人が言わないのなら聞く必要もない、と啓太は自己完結してふっと息を吐いた。
静かな室内でぼんやりしていると睡魔が襲い始め、椅子に座ったまま啓太の瞼は閉じていく。このままかなえを放って家に帰るわけにも行かないだろう。
優人に簡潔にメールを送っておいたし、少しすれば来るだろう。そんなことを思いながら啓太はいつの間にか眠ってしまった。
雨はまだまだ止む様子もない。
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