喫茶店のかなえさん

まむら

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02 高校時代の同級生、綾瀬優人

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かなえさんという人は喫茶店で働いているらしい。
 
後日、改めて様子を尋ねに行った喫茶店は閉まっており、店内にかなえさんの姿はなく、自宅となっている隣の家の玄関のインターホンを押したのだが、出てきた人物は高校時代の同級生である綾瀬優人だった。

驚いたことに喫茶店はかなえがオーナーで、しかもコーヒーから料理まで全てかなえさんがほとんど一人で切り盛りしているということだ。

かなえさんには弟が三人いて、次男が同級生の優人で俺と同じ31歳。高校を卒業してからすぐに建設現場で労働職をしていた。俺は土木関係の労働職、つまりは同業者みたいなものだ。うん、ガテン系できっと話が合う。

三男が義人、29歳でIT企業でエンジニアとして働いている。最後に四男の孝人で18歳、高校生だ。

そしてなんとかなえ。ああ見えて長男で、39歳らしい。どう目を凝らして見ても20代後半、俺や優人よりも年下にしか見えない。整形しているわけでもないし若作りもしていない、自然体な39歳らしい。
 
本人とはあれから話はしていないが、優人曰く、口を開けばとてもぶっきらぼうなのだということだ。

一体どういうことか。見た目も若いし、正直とても美人だ。下手すればお姉さんと言いそうになる。それくらい色白で細くて可愛らしいのだ。信じられない。

ちなみに両親は色々と事情があり疎遠になっているらしい。こういうのは家の複雑な事情というもので、俺のように脳筋な奴はあまり深く聞かない方がいいと思う。

 

 

 

深夜の出来事から一週間、啓太は優人から連絡を貰い、改めてその喫茶店へと訪れていた。

歓楽街から離れた路地裏の静かな一角にある喫茶店。数人の客はそれぞれゆったりとした時間を過ごしており、とても雰囲気の良い店内だった。

 

「いらっしゃいませ、えっと…けいたって呼んでもいい?それともけいたくん?」

「こんにちは、かなえさん。呼び捨てでいいです。俺もかなえさんって呼ばせてください」

「ああ、それじゃそうする。よろしくな、けいた」

「はい、よろしくお願いします」 

 

あの日見たかなえはとても具合が悪そうで真っ青な顔をしていた。しかし今目の前にいるかなえはとても人懐こい印象がある。39歳の男に言うのもアレだが、本当に、本当に可愛いのだ。
 
優人の言う通り言葉遣いはぶっきらぼうというよりも少したどたどしい感じで、あまり表情が変わらない人だが、時々見せてくれる控えめな笑顔には魅力的な何かがあった。

そして自分より年上とは思えないあどけなさに、啓太は少しドキリとした。

 

「そういえば綾瀬は…、優人はいますか?」

「いる。ちょっと裏で皿洗って貰ってて…、時々兄弟が手伝いに来てくれるから助かってる」

「普段は一人で喫茶店を?大変じゃないですか?」

「いや、それほどでも。ここは路地裏でひっそりとやってる喫茶店だからそんなにお客さんは来ないし、オレ一人でも十分やってけるから…。たまに忙しい時はゆうととたかとが時間のある時に来てくれるし、時々よしとも…、あ、ゆうと来た」

 

かなえと話し込んでいると店の奥から優人がやってきた。しっかりと店員らしくエプロンをしているが日焼けしてガッチリした体型のためにガテン型が隠せていない。

今日はお互い休みということもあり、せっかくなので喫茶店でランチでもしようという話になり今に至る。ちなみに今日はかなえのおごりらしい。先日お世話になったお礼に美味しいランチを作ってくれるということだ。

それにしてもかなえという男、フリル付きのエプロン姿がとても似合っていた。流石に義人はシンプルなエプロンをつけているが。

義人と交代するようにかなえはカウンターへ戻っていった。

 

「この前は悪かったな、かなえを運んできてくれて」

「別に大したことじゃないって。あれからかなえさん、体調良くなったみたいで安心したよ。あの時は真っ青で今にも死にそうな顔してたから心臓でも悪いのかと思って焦ったけどな…」

「…たまにああなるんだ。まぁ、事情はあまり言えないけど」

「言わなくていい。そういうのは他人に言うもんじゃないだろ」

「…ああ」

 

そう言って優人は少し考え込むように俯いた。

そんな姿に啓太は場の空気を切り替えようと別の話題を振ることにした。

 

「それにしてもかなえさん、39歳って聞いて驚いたんだけど。見た目年齢20代後半、どう考えても俺らの方が老けて見えるんだけど、すごいな。男に言う言葉じゃねぇけど、美人だし…」

「ああ…、かなえは昔からあまり変わらないな。まあ、多分…美人?っていう分類なんだろうけど。いつも一緒にいる俺ら兄弟にはそこんとこはちょっとよくわからん」

「マジか」

「マジだな」

「色白で細くて…抱えた時すごく軽かった、大丈夫なのか?」

「食が細いんだよ、昔から。…それに、体の機能が少し悪いんだ。ま、本人が平気って言ってるから大丈夫だ」

「…そっか」

「ああ」

「……」

 

空気を切り替えるどころか更に重苦しい雰囲気になり、啓太は困ったように頭をかいた。

それに気付いたのか、優人が啓太を見てニカッと笑って少し弾んだ声で口を開いた。

 

「もし暇な時があればこうして、たまに喫茶店に来てかなえと話してやってくれ。俺も時間があれば様子見にくるようにはしてるけど、この前みたいに俺らの知らないところで発作が出るかもしれないし」

「いいのか?」

「もちろん!珍しくかなえがお前の…啓太のことを聞いてきたから。かなえはあまり人のことを知りたがらないんだが、何故かお前のこと色々聞いてくるんだよ。俺もこうして二人で話すのは初めてだからあまり話せることもないんだよ。同じクラスにいたのにそこまで一緒に遊んだこともないしな」

「ははっ、そうだな。俺もこんなに話しやすい奴だとは思わなかった。もっと早く話してたらよかったって思うよ。ま、これから友人としてよろしく」

「そういうことだ」

 

この歳で友人ができることがお互い嬉しくて、二人は笑いながら握手をした。

それから数分してかなえは両手に一つずつランチプレートを持って二人の座る席にやってきた。とても美味しそうなホットサンドと香ばしい香りのするコーヒー。デザートに自家製プリンまでついている。

可愛らしいかなえから作られたランチプレートの中身は本人と同じくらい可愛らしい内容で、筋肉ムキムキの俺たちには少し似合わないかもしれないが、見た目通りとても美味しかった。

働くようになってからずっと一人暮らしの自分には、たまに実家で食べる母親のご飯が一番美味しいと思っていたが、かなえの作る料理はそれと同じくらい、いや、もしかするとそれ以上かもしれないくらい美味しかった。

ランチを食べながら啓太と優人はお互いの仕事の話をしたり、そのうち飲みに行こうと約束を交わしたり、かなり盛り上がっていた。

気が付けば二時間以上経過していることに気が付き、まるで自分たちは女子高生かと苦笑いしながら数分後、ようやく解散することとなったのだ。

 

「ごちそうさまでした、かなえさん」

「いや、この前は本当にありがとう。…また、来てくれるか?」

「はい、とても美味しいランチだったので今度はモーニングを味わいたいです」

「…モーニングは和食と洋食が選べる。ランチも今日はホットサンドだったけど和食の日もあるから、知りたかったらお店に電話するか…、ゆうと、けいたにオレの電話番号を教えてもいいか?」

「かなえが教えたいなら教えてあげればいいよ」

「…ん、けいた…、オレの電話番号教えるからお前のも教えて?」
 
「もちろんです」
 
「…うん」

 

啓太の快諾に、かなえはとても嬉しそうに笑った。

その笑顔がまたやけに綺麗で、啓太は照れたように頬を赤くさせながら電話番号の交換をした。

 

「あやせ、かなえ、さん……、あとは番号…」

「…えっと、これで登録して…、完了?…ゆうと、これでいいよな?」
 
「うん、オッケー」

「俺も完了。和食気になるんで今度来ますね、かなえさん。…それじゃ、優人、またな。今日はサンキュ」

「こちらこそ」

 

二人に見送られて啓太は喫茶店から出た。

外は快晴、青空が広がっている。

 

 

 



ゆっくり歩きながら、啓太は先ほどの優人との会話を思い出していた。

 

『体の機能が少し悪いんだ』

 

優人の言葉が気になって仕方ない。

体の機能が悪いとはどういうことなのだろうか。もしかして何か悪い病気で長生きできないとか、そういう…。

考えれば考えるほど何故か悪いことばかりが思い浮かんでくる。
 
まさか、流石にそこまでではないだろう、と無理矢理自己完結させた。いくら何でも勝手にそこまで考えてしまうのはよくない、と啓太はブンブンと左右に頭を振る。

 

「…何だろな、これ……」

 

初めて出会った日からずっと、一日中かなえのことを考えている。何故か頭から離れない。

きっと初対面がああいう出会い方だったから体調が心配で気になっているのだろう、と啓太はもやもやする気持ちを抱えながら足を進めた。

白くて、細くて、とても軽くて。儚げで、可愛らしくて、美人な、かなえ。

深く知るのはよくないと頭の中で警笛が聞こえる。だが、この気持ちは一体何なのだろう。

わからないまま一日が過ぎて行った。
 
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