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25 不死鳥(完)
しおりを挟むあれから長い年月が過ぎ、アリウスは騎士団長を引退した。
東の国王が逝去し、あっという間に東の国は滅亡した。もともと村人などほとんどおらず、国は衰退していたのだ。
騎士団長であった彼はどうしただろうか、アリウスの父アンドレイの友として最後に姿を見たのは東の国王が死んだ時、ロゼインは憑き物が落ちたかのように穏やかな瞳をしていた。
彼もまた、犠牲者の一人だったのだろう。国の衰退を案じ、必死に守ろうとしていたのかもしれない。
全て終わってしまった。
いつもアリウスのそばには極彩色の美しい鳥がおり、常に行動を共にしていた。
アリウスが戦場を走り回れば、鳥は見守るように空を旋回し、立ち止まればすぐに肩に降りてきた。
仲間は不思議そうにその鳥はどうしたと尋ねるが、アリウスは笑いながら理由を教えない。
しつこく問いただせば、アリウスは嬉しそうな顔をして言う。大切な存在なのだと。
鳥がそばにいない時、アリウスの隣にはいつもレイがいた。レイはもともとゼロ島から逃げてきたところをアリウスが助けたと聞いている。
いつも愛嬌のある可愛らしい笑顔をしていた。白銀の長い髪と細い体、白く滑らかな肌と赤い宝石のような瞳を持つ美しい青年だった。琥珀色の宝石の埋められた首飾りを、大切そうに眺め、笑っていた。
アリウスは引退した後、静かな場所で暮らしたいと考え、誰も知らない小さな土地へと移り住んだらしい。
助けたレイを連れて一緒に帰るという彼の言葉に皆も、そうかそうかそれがいい、と頷いた。レイはとてもアリウスに懐いているようだったので、誰もがが納得していた。
レイはアリウスにとって、何よりも大切な人だったのだろう。時折、二人は人目も憚らず仲良さげに肩を寄せ合い歩いていたらしい。レイはとても嬉しそうに頬を染め、アリウスも幸せそうに微笑んでいたという。
皆もそれを静かに見守っていた。それが当たり前のように。
やがてアリウスは歳を取り、寿命もそろそろ尽きる頃となった。やはり隣にはレイがいた。あの頃のまま、美しい姿の青年のままのレイが。
「アリウス、今日はとってもいい天気だよ」
「そうか、それはいい」
アリウスの返事に、レイは嬉しそうに笑った。椅子に腰かけていたアリウスの足元に座り、彼の膝に頭を乗せると、大きな手の平がレイの頭を撫でた。
気持ちよさそうに目を閉じ、レイは静かに話し出す。
「ねえ、アリウス。本当にその願いでいいの?君が望めば、君はもっと長い時間を生きられる。僕の羽根の加護で寿命は少し長くなるし、血の再生で体も元気になる。それでも君は…」
「レイ、寿命は一人一人に定められた自然の理。俺がそれに逆らうはずがないと、知っているだろう。それよりも俺は、お前と最期まで一緒にいたい。共に行き、共に逝きたい。それだけが俺の望み」
その言葉を聞き、レイは幸せそうな表情でアリウスの腰に抱きついた。
アリウスと出会い、恋をして、愛を知った。共にいた時間は身近いけれど、それ以上の絆が生まれた。もう寂しくない、怖くない、忘れない。
「君の寿命が尽きる時、僕も一緒に逝くことができるんだね。僕は永遠を生きてきた。でも、やっと、やっと逝くことができる。アリウスと一緒に、いつまでも、どこまでも一緒に…」
「レイ、俺は前を愛している。この想いは永遠に消えない」
「僕もアリウスを愛してる。ずっと、ずっと愛してる」
アリウスが皺の寄った手で、レイの頬を引き寄せた。静かに唇を寄せ、短いキスをする。
見つめ合い、お互いの顔を頭に焼き付けるようにずっと、見つめていた。
そのままアリウスは静かに瞼を閉じ、動かなくなった。
温もりの残る皺だらけの手に頬を寄せ、レイは微笑み、一筋の涙を流した。
強くて、温かな、騎士団長のアリウス、僕の大切な人。
いつも願い続けていた。
僕は一羽の鳥。人知れず空を彷徨い続ける、孤独な鳥。
死んで、生まれ変わって、永遠の命を繰り返す、ただの寂しい鳥。
空はただただ広くて、どこまでも澄んでいるけど、心はいつも空っぽだった。
いつの日か僕も、大切な存在が出来るだろうか。
愛とは、どのようなものだろうか。
この心に空いた穴を、埋めることができるだろうか。
子供たちの笑い声がする。
アリウスの墓の前で、大勢の人たちが集まり、手を合わせている。
懐かしそうに話しをする者、寂し気に笑っている者、何かを決心し強い眼差しを向ける者。
皆がアリウスの死を悲しむと同時に、穏やかな表情をしている。
国と国との協議の結果、とうとう国は一つになった。
東の国の滅亡後、そこにはゼロ線上の島、ゼロ島に住んでいた者たちが移り住むようになったらしい。それからもチラホラと人が移り住み、気が付いた時にはゼロ島は深い海の底に沈んでいた。
ゼロ島は姿を消した。
それを境に、国は何度も協議を重ね、それを実行することとなった。
少しずつ国は距離を縮め、道は開かれた。西の国を中心として、もともと小国であった南北の王らは退位し、西の王の臣下へとなることにした。
それぞれの国の民は何も言わず、流れに身を任せるだけ。争いのない、平和な時代を望むだけなのだ。彼らは争いの一番の犠牲者であり、戦う術などないのだから。
アリウスの墓の前で、何かを見つめる子供がいた。
「アリウス様のお墓に掛かってるのはなに?」
子供がそれに向けて指を差した。近くにいた母親がそれを見て、懐かしそうに笑う。
「それはね、レイという子がいつも大切そうに身に着けていた首飾りよ」
「この宝石の色、とってもきれいだね」
「そうね。琥珀色の宝石は、まるでアリウス様の瞳の色みたいで、レイはいつも嬉しそうに眺めていたの」
「レイって、どんなひと?」
「私が幼い頃、レイはよく遊んでくれたの。白色と銀色を合わせたようなキラキラした長い髪の毛をしていて、同じくらい白い肌と、そして赤い宝石のように綺麗な目をしていたわ。とても美しい子だったの」
母親は当時の思い出を脳裏に浮かべ、懐かしそうに微笑んでいる。子供は不思議そうに首を傾げ、母親の手を握った。
「レイは、どこにいるの?」
「…レイは、アリウス様と同じ場所にいったの。だからこうして、アリウス様のお墓にレイの首飾りを一緒に置いてるのよ」
「ふうん。レイはアリウス様が大好きだったんだね!」
「そうね、アリウス様もレイのことが大好きだったのよ。だから二人は同じ場所に行ったの」
「よかったね」
「ええ、そうね…」
そう言って母親は空を見上げた。
遠く広い空の向こう、彼らはきっと同じ場所で、いつまでも仲良く笑い合っているだろう。
不死鳥レイは愛した。騎士団長アリウスを。
名の契約のもと、望みは叶えられた。
二人は同じ時間を生き、そして共に逝った。
不死鳥と呼ばれた鳥はようやく、自由になったのだ。
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