不死鳥の愛した騎士団長【完結】

まむら

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23 名の契約

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涙が止まらない。
 
アリウスが震える声でレイを見て、言った。
 
「…レイ、…俺は、お前と出会えて、…嬉しかった…っ、…ごほっ…」
「アリウス!!喋らないで!!息が…っ」
「俺は…っ、…ぐうっ…っ、…レイ、…愛して、いる…、げほっ、げほっ…、…レイを、愛している…っ」
「…ア、アリウス…っ、…僕っ…、僕っ…」
 
アリウスは手を伸ばし、レイの頬を優しく触った。苦しそうな表情で微笑み、レイを見て、声を出す。
 
「…っ、ずっと…、言いたかった…っ、…レイ、…愛して、…いる………」
「僕、僕も…早く、…言えば良かった…。僕も、アリウスが好き。僕もアリウスを…愛してるよ…っ」
 
レイはアリウスの体を抱き締め、叫んだ。愛していると。このような状況になって、ようやく言葉に出来た。
 
ずっと、愛していると言う勇気がなかった。人間と鳥の自分では生きる世界が違うと諦め、アンドレイとの約束を胸に、隠してきた想い。
 
しかし、アリウスは言ったのだ。レイを愛していると。そしてレイも応えた。アリウスを愛していると。
 
支えていたアリウスから力が抜け、レイの腕の中でアリウスの息が止まった。
 
命の灯の消えたアリウスを抱き締め、レイの宝石のような赤い色の瞳が変化した。赤の中に金色の虹彩が無数に広がり、レイの体も光を放つ。
 
そしてレイは、アリウスに顔を寄せ、その言葉を囁いた。
 
『その名を受け入れ、契約しよう。僕の名前はレイ。アリウスにより与えられたレイの名のもとに、その願いを叶えよう。さあ、目を開けて、アリウス』
 
パキンッという音がして、アリウスを拘束していた鎖が壊れた。
 
レイはアリウスの唇にキスをし、スーッと息が体に吹き込まれると、アリウスは静かに目を開いた。
 
先ほどの苦しみが嘘だったかのように、矢に貫かれた胸から流れる血が止まり、傷が閉じた。冷たくなる体温が戻り、アリウスの体は完全に再生していた。
 
不死鳥の名の契約によって、アリウスは神秘の力で生き返ったのだ。
 
目を開け、目の前にいるレイの美しさにアリウスは魅入った。愛おしく美しいレイの姿、綺麗に笑ったレイの顔に、アリウスは小さく笑いながらレイの頭を撫でた。
 
 
 
 
 
目の前の光景に王は立ち止まり、驚愕した。嫉妬した。激高した。
 
レイが、目の前で、アリウスと名の契約を交わしたのだ。レイは神秘の力で死んだ命を生き返らせ、自ら喜んでアリウスを受け入れた。
 
一度も叶わなかった契約を、王は目の前で無様に見せられてしまったのだ。
 
何という惨めな姿かと、王の狂った頭が暴走した。息を荒げ、足音を立てながら絨毯を歩き出す。
 
膝をついたままアリウスはレイを庇うように抱き締め、ギッと王を睨んだ。
 
王は室内に罵声を響かせながら剣を片手に、凄まじい形相で一直線に進んでくる。
 
「不死鳥めが!!儂との契約を何度も無下に拒んだ挙句、惨めたらしく矢を受けた男を受け入れるなど、畜生めが!!殺してやる!!貴様らを殺し、もう一度儂は生まれ変わった姿の、無垢な不死鳥を飼いならそうぞ!!」
 
遂に王が二人の目の前に止まり、その醜く濁り切った瞳でギョロリと見下ろした。百年を超え、尚生き続ける王の姿を目の前に、レイは震えながらもアリウスとともに王を凝視している。
 
その様子を見ていた守衛たちは王から視線を外した。そのあまりにも醜く悪魔のような姿は気味が悪く、あまりの恐怖に全員逃げ出してしまった。
 
残されたのは王とアリウスとレイ、そしてロゼインのみだった。王の周りから皆、いなくなったのだ。
 
王は剣を振り上げ、勢いよく二人に向かって下ろされた。
 
その瞬間。
 
ザシュッ…
 
ブシュアアアアアアアーーーーー…
 
「ぎゃああああああああああーーーーーーーーっ!!」
 
王は耳を劈くような悲鳴を上げ、後ろへ後退した。剣で心臓を貫かれ、王は傷口から血飛沫を上げながら後ろを振り向いた。驚愕に目を見開き、大きく口を開く。
 
「…っ!?」
「……あ…」 
 
アリウスとレイも、驚いたように呆然とし、王の後ろで剣を抜いた男を見ていた。
 
「ロゼイン、殿……」
 
王を剣で刺したのは王の一番の騎士、この東の国の騎士団長、ロゼインだった。従者であるロゼインをギョロリと見ながら、王は怒りと血で染まった口を開き、怒声を響かせた。
 
「ロゼインンンンン!!貴様ああああああ!!王である儂に剣を向けたのかああああああ!!」
「…王よ、諦められよ。すでに王は死する身。もう、これ以上、望みは捨てられたほうがいい…」
 
苦渋の色を浮かべ、ロゼインは王に向けてそう言い放った。その瞳は苦痛と悲しみに揺れ、深い後悔が滲んでいるように見えた。
 
アリウスはそんなロゼインの様子に、かつての姿を思い出し、同時に父アンドレイの言葉が脳裏に響いた。
 
ロゼインと志す道は同じだということを、誇りに思う、と。そうアンドレイは言っていた。争いが終え、国同士の交流を深め、いつかは一つの大きな国になればいい。助け合い、むつみ合う関係になり、平和な世界になればいい、とアンドレイは言っていた。
 
そのような未来が訪れるだろうか、と小さいながらに思ったアリウスは、隣にいるロゼインの顔を見上げていた。幼いアリウスには、その意味がよくわからなかった。
 
今思えば、その夢を描いていた頃の二人は、今でも友のままなのだ。
 
アリウスはロゼインがアンドレイを裏切ったと思っていたが、違うのだ。ロゼインはアンドレイを救いたかったのだ。しかし、王の権力のせいで何一つ叶えられなかった。
 
ロゼインはアンドレイの遺言とも言える頼みを聞き入れ、危険と知りつつもレイを逃がした。懺悔のように。
 
未来に生きるアリウスを救おうと懸命に動き、救おうとした。しかし、一人の力ではどうにもならないこともわかっていた。
 
しかし今、この瞬間に、その時は来たのだ。
 
王の心臓を剣で突き刺し、ロゼインはアリウスを見た。アンドレイの面影の残る顔と同じ色の瞳、とても懐かしく、涙がでそうだった。
 
「アリウス、アンドレイの死を防げなかったこと、今でも後悔している。友であったアンドレイをこの手で殺し、無様にもこうして未だ東の騎士団長として生きているこの私を、どうか、許して欲しい…」
「ロゼイン殿…」
 
涙を流し、ロゼインは懺悔した。その瞳に、あの頃のような輝きはもうないが、それでも彼の姿は変わらず、勇敢で、威厳のある、れっきとした騎士団長の姿をしていた。
 
床に倒れ息も絶え絶えな東の国王は未だに諦めきれず、レイの姿を見つけ、顔を痙攣させながら震える手を伸ばしていた。
 
アリウスはそんな王に、一切の同情を切り捨て投げ捨てるように言った。
 
「東の国王よ、お前はもう死ぬのだ。潔く、その醜い感情を無に帰せ。あの世へ行き、父と、お前のせいで死んで行った者たちへ、こうべを垂れて懺悔するがいい」
「な、なにを…、わしは、わし、は…まだっ……、ま、……だ……………」
 
東の国王は死んだ。
 
長い歳月を、醜くも無様な姿で生き続けてきた王は、とうとう死んだのだ。
 
積年の恨みと共に、様々な感情が溢れ、アリウスは涙を流した。それをレイは静かに見つめ、細い両手ででアリウスの頬に触れると、次々と零れる滴を優しく拭ってやった。
 
「帰りなさい、西の国へ…」
 
ロゼインが静かに言い、二人は視線を向けた。
 
少し笑い、彼は、死んだ王の開いたままの目に手をあて、静かに閉じてやった。
 
「いずれこの国は亡びるだろう。主が死ねば終わりだ。東の国は、すでに滅びかけていた。ようやく解放されたのだ、この、醜い王の欲望から。…いつか争いが消え、国が一つとなるのを、見守っている」
「…ロセイン殿、父の友でいてくれて、感謝します」
「アリウス…」
「レイ、行こう。帰ろう、西の国へ」
「…うん、帰ろう、あの場所へ」
 
二人の姿が消えるまで、ロゼインはずっと見ていた。もう二度と会うことはないだろう、二人の姿を。
 
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