不死鳥の愛した騎士団長【完結】

まむら

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アリウスは鎖に繋がれ、長い廊下を歩いていた。
 
東の国に囚われ、どのくらい経っただろうか。
 
カツ…カツ…カツ…カツ…
 
足音がやけに響き、冷たい空間の中、アリウスは硬い表情をして歩いている。
 
武器は奪われ、縛られた体では抵抗さえできない。
 
西の国は無事だろうか、あれから一体どうなったのか、全くわからなかった。
 
目の前を歩く男は、東の国の騎士団長ロゼイン。かつては父アンドレイの、良き友とも言っていた時期もあった。しかし、今は違う。
 
父を殺した男であり、敵となったただの男だ。あの頃の理想は、思想は、何処へ行ってしまったのか。何もかも、全てを捨ててしまったのか、知る由もない
 
ロゼインの足が止まり、続けてアリウスも止まった。やけに大きな扉だが、謁見室だろうか。この扉の向こうに、東の国王がいるのかもしれない。
 
緊張した面持ちで、アリウスは眉間に皺を寄せた。
 
ギイイ…
 
扉が開かれ、地面に敷かれた絨毯の先、玉座に東の国王が座っている。禍々しい雰囲気と、陰湿な空間に、アリウスは気味の悪さを感じた。
 
ロゼインに鎖を引かれ、アリウスは歩き出す。
 
ああ、やはり目の前の人物は東の国王だ、とアリウスは玉座を見上げた。これが東の国王、自分の父、アンドレイの処刑を実行した張本人、仇が、目の前にいた。
 
王を見て、アリウスは怒りよりも、それよりも、何か得体のしれない感覚が背筋を伝い、緊張感が生まれた。
 
そんなアリウスを見て、目の前の王が口を開いた。
 
「儂の姿を見て、何を思うたか、言うてみよ」
「……何、とは?」
「何でもよい、何を思うたか、正直に申せ」
「…王よ、あなたは一体、何年生きている?これは…、この姿は…」
 
目の前にいるのは人間か、妖怪か、それとも悪魔か。まるで生気を感じられず、顔は黒ずみ、皺は爛れ、白髪頭は乱れていた。これが王と言える姿だろうか。
 
アリウスは言葉に詰まり、口を閉じた。
 
その様子に、王はぬたりと笑い、アリウスを見た。白く濁った瞳は見えているのか、それすらわからないほどに、王の姿は老けていた。
 
少しの間の後、王は突然アリウスに言った。
 
「不死鳥を、囲っていたのはお前か」
「…何を、囲っていた、とは…、一体何のことを」
「あの鳥は儂がずっと大切に持っていた鳥だ。大切に、大切に、牢に入れておいたのに、一瞬の隙をついて逃げてしもうた。白く美しい肌、白銀色の髪をして、赤い瞳は宝石のように輝き、羽根は極彩色の…」
「…不死鳥、とは、まさか…、それは」
「やはりお前が囲っていたか。不死鳥を、返せ」
「……っ!!」
 
レイのことだ、とアリウスは確信した。
 
東の国王はレイを不死鳥と言い、返せと訴えている。
 
アリウスはギッと王を睨み、低い声で言い放った。
 
「レイを傷付けていたのは貴方だったか、東の国王!!貴方がレイを、あんなに衰弱するほどに傷つけ、痛めつけたのか!!」
「………」
「レイは俺の大切な人だ!!決して貴方のもとには戻らない!!」
「………何?貴様、今、レイ、と言うたか」
 
急に、王の顔色が変わり、視線が鋭くなる。
 
まるで怒っているかのように顔に血管が浮かび、とても人間の容貌とは思えない。
 
王はギラついた目をしてアリウスに言う。
 
「レイ、とは、不死鳥のことか…?」
「…不死鳥かどうかなど知らないが、特徴から考えれば、それはレイだ。俺の大切な、レイのことだ」
「貴様がレイと名付けたのか?それとも不死鳥が自ら名乗ったか?どちらだ!!」
「俺がレイと呼んだ。レイという名がとても似合う。だからそう名付けた。それがどうした…」
「何と、何と愚かな!!」
「…さっきから何を言っているんだ。意味がわからない」
 
アリウスは首を傾げながら、怒りに震える王の姿を見る。王はギョロリと目を見開き、アリウスに尋ねる。
 
「貴様、名の契約をしたのか!!不死鳥は名の契約受け入れ、貴様は何を願った!!」
「…名の、契約…?先ほどから何に対して怒っているのか、全くわからない」
「……何と。契約を知らぬと?それならば不死鳥は未だ受け入れておらぬということか?」
「…いい加減にしてくれ。何だ、その契約とは」
「知らぬのなら知らぬままでよい。それは貴様が知る必要のないことよ」
 
幾分か頭が冷めた様子の王が、ニタリと笑いながらアリウスに言った。王が何かを隠しているのはわかるが、それが何なのか、アリウスには全くわからない。
 
レイを不死鳥と呼び、レイと名付けたことに強い怒りを滲ませていたことを思い出し、アリウスは何か嫌な予感がして、歯を噛み締めた。
 
聞きたくない、だが、聞かなくては。アリウスは静かに口を開いた。
 
「東の国王、名の契約とは、一体何か」
「…聞きたいのならば良かろう、冥途の土産に教えてやろうぞ」
 
王は気味の悪い笑みを浮かべ、アリウスにそう言った。そして何かを思い出すように視線を逸らし、また気味悪く笑いながら口を開いた。
 
「不死鳥に名を与え、それを受け入れられた者だけが、望みを叶えられる」
「…何だ、その話は…、聞いたこともない、そんな話…」
「昔、儂は一冊の禁書を手に入れた。あれから何十年か経ち、ようやく見つけた不死鳥を捕らえた。名をくれてやったが不死鳥は一向に受け入れる様子がない。だから儂は羽根を毟り、加護によって命を少しのばしながら生きてきた。血を啜れば体の内から劣化は止まる。だが、それも一時のこと。やはり体は老いる。儂は何度も不死鳥を殺し、生まれ変わる度に優しく大切にしてきたというのに、記憶などないくせに、不死鳥は儂を一度も受け入れたことがない」
「…話の意味が」
 
アリウスは初めて耳にする内容に、表情を強張らせながら頭で考える。レイは不死鳥だということは何となくわかる。
 
しかし、羽根の加護による少しの延命と、血の癒しなど、それでは、レイは。レイの体は傷ついて、弱ってしまう。
 
それに今、王が言った。何度も殺し、生まれ変わると。記憶のないままに、また新しく始まり、名の契約が聞き入れられなければ、再び痛めつけて殺すということなのか。
 
アリウスは真っ青になった。それでは、レイの体の傷はこの王につけられたというのか。あの全身至る所につけられた切り傷や、痩せ細った体。
 
痛みに苦しむ姿が思い出され、アリウスは激しい怒りを覚えた。王を睨み、震える声で言う。
 
「王、貴様、レイに何という残虐な仕打ちをした。話から察するに、レイは不死鳥であり、その体には寿命を長らえる力があると。そして、命が果てれば記憶を失ったまま生き返る、ということか…」
「察しが良い。そうだ、儂は不死鳥のすの姿を何度もこの目で見てきた。何度死に、何度生き返ったことか。されど、あの鳥はいくら優しい言葉をかけても一向に靡くことが無かった。頑なに拒絶し、自ら命を絶ったこともある」
「…っ、自ら、だと?」
 
その光景を想像するだけで、アリウスの心臓は冷たい氷のように冷えてしまった。レイは辛さのあまり、自ら死を望むほどに、王の仕打ちに傷ついていたのだ。
 
余りにも惨く、余りにも惨めな王の姿を目の前にして、アリウスは憐れむように王を見た。
 
寿命を必死に繋ぎ、老け込み、人間の姿を失くした東の国王。何と哀れで、惨めな姿だろうか。
 
その視線の意味に気付き、王の表情が変わった。そして、王の言葉に、アリウスの思考が止まる。
 
「ある日を境に、不死鳥が命を絶つのを止めた。殺そうとしても死のうとせぬ。生きようと必死な姿が気に食わなかった。だから儂は、不死鳥の体を喰った。いや、正しくは喰われた、か。甘く、蕩けそうなほどに甘美なものであった。小さな尻に儂の性器を置くまで深く差し込み、壊れるまで抱いた。何度も抱き、何度も鳴かせた。だが、いつまで経っても不死鳥は命を繋ぎ止めようとしておった。何と滑稽なことよ」
「……」
 
頭の中が真っ白になり、次の瞬間には、目の前が真っ赤になった。怒りで、全身の血液が沸騰しそうなほど、熱く燃え滾っていた。
 
王はジトリとアリウスの顔をねめつけるように見ると、濁った瞳をギラつかせてアリウスに言う。
 
「不死鳥を始めに捕獲したのは儂じゃ。それが何故、貴様の手元にある。もともと儂が飼うておったものを、持ち主以返すのが筋というものではないか?」
「…レイは、所有物ではない。自由に空を飛び、世界を見つめる鳥だ。その自由を奪ったのは王よ、貴方だろう!!」
「黙れ!!儂は東の国王!!国のために儂は今までも、これからも!!永遠に生き続けるのだ!!」
「…っ」
 
王は震える指先でアリウスを差し、憎悪と嫉妬で染められた表情をしながら叫んだ。
 
「儂の鳥を返せ!!既に貴様と契約を交わしたというならば、貴様を殺し、強制的に無効とすればいい!!鳥をどこに隠したか言え!!言わねば西の国が亡びるまで攻撃するのみ!!貴様一人のために国は亡びるぞ!!ハーハハハハッ!!」
「…何と、醜い、欲にまみれ気が狂ったか、老いた獣め…っ!!」
 
アリウスの言葉に王は何も聞こえていないのか、狂ったように大声で笑い続け、仰け反った瞬間後ろに傾き、椅子にドカリと座った。
 
そして今度は途端に無表情になり、冷酷な声で傍に控えていた護衛、東の国の騎士団長ロゼインに命令した。
 
「ロゼインよ、アレを殺せ。不死鳥の居所を吐く気が無いのなら、生かしておいても仕方がない。殺せ」
「……っ」
「何をしておる?さあ、早く殺せ!!儂の目の前で、あ奴を、西の国の騎士団長アリウスを殺せーっ!!」
「…はっ」
 
ロゼインが腰から剣を抜き、切っ先をアリウスに向けた。ジワジワと近づき、アリウスの喉元に剣先を突きつけた。
 
鎖で拘束され膝をついていたアリウスは、ロゼインを下から見上げた。
 
瞳が、ロゼインの瞳が、揺れていた。
 
「ロゼイン殿、もしや貴方は後悔しているのか?苦しんでいるのか?俺の父、アンドレイを殺したことを。そして、これからその息子の俺を殺すことを、躊躇っているのか?」
「…何を後悔するというのか。誰が、躊躇うと言うのか。私は東の騎士団長ロゼイン。国を守り、王に忠誠を誓う、一人の騎士だ。王が殺せというのなら、殺す、それだけの存在」
 
そう言い放つロゼインの表情は歪み、苦悩しているようだった。剣先がわずかに震え、眉間に深く皺が寄っている。
 
アリウスにはわかった。ロゼインはアンドレイを、殺したくて殺したのではない。自分の使命と葛藤に今日まで苦しみ続けているのだ。そして、今も苦しみながら、アリウスに剣を向けている。
 
(…レイ、…レイ、お前に会いたい。抱きしめたい。愛おしい俺の鳥、大切な人……)
 
レイに会いたかった。会って、頬に触れ、頭を撫で、優しい言葉で甘やかしてあげたかった。もう二度と叶わないのだろうか。二度と、会えないのだろうか。
 
ロゼインの振り上げた剣が向けられるのを覚悟し、そっと目を閉じた。
 
その時、何かの甲高い鳴き声のような音が聞こえた気がした。アリウスは目を開き、その方向へ視線を向ける。遠く、高い場所から見える物体に、アリウスは驚いたように小さく口を開く。
 
キイィーーーーーーー……
 
バサアッ、バサッバサッバサッ
 
突然、窓の向こうから一羽の鳥が、アリウスの目の前に飛び降りてきた。アリウスは目を見開き、驚いたようにそれを見つめ、動きを止めた。
 
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