不死鳥の愛した騎士団長【完結】

まむら

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ボロボロだった。
 
身も心も疲れ果て、諦めかけた時、あの男がやってきた。
 
男もまた疲れ果てた顔をして、牢の中でグッタリと倒れたまま動かない鳥の青年の前で立ち止まる。
 
鳥の青年は男を見て、言った。
 
「…アンドレイは、死んでしまったの?」
 
牢の向こうの男は静かに言う。
 
「ああ、死んだ。私が、殺した」
 
淡々と感情のない声で、男は言った。冷たい瞳で、そう言ったのだ。
 
鳥の青年は涙を零し、痩せ細った体を震わせる。もう二度と会えない、出会ったばかりの優しいアンドレイ。友と言ってくれた、温かい瞳のアンドレイ。もう、会えないのだ。
 
「アンドレイ…、…っ、アンドレイっ…」
 
悲しみに嘆く鳥の青年を見つめ、男が口を開く。
 
「…不死鳥よ、一度だけ機会を与えよう」
「機会…?」
「そう、機会だ。逃げる機会をお前に与える」
「…何故?君が何故僕を…」
 
男の言葉に、鳥の青年は困惑した。男にとってそれは、大変危険な行為だと知っている。もし、この国の王に知られれば男の命も危ないかもしれない。
 
戸惑う鳥の青年に気付き、男が顔を上げた。
 
「願いだからだ」
「え?」
「…アンドレイの、奴の、最期の願いだった。それだけを私に頼み、奴は逝った。私は、聞き入れなければならない。…かつて友だったアンドレイ…、奴の願いだ」
「ア、ンドレ……」
 
男はその光景を思い出しているのか、掠れた声で、とても苦しそうな表情で地面を見つめる。何故アンドレイを殺した男が、その願いを聞き入れようとしているのか、鳥の青年はわからなかった。
 
顔を上げた瞬間、男の表情は先ほどの淡々とした声に戻り、そして言う。
 
「今はまだ逃がしてはやれん。時期を見て、いつか逃がしてやる。だが、それが何時になるかはわからない。い。十日後か、一か月後か、それとも一年後、いや、それさえもわからん。だが、絶対にその瞬間はやってくる。その時まで不死鳥よ…耐えろ。話はそれだけだ」
 
一方的に喋り、男は去ろうとした。
 
鳥の青年はとっさに呼び止め、静かに言った。
 
「君は、アンドレイを殺したことを、後悔しているんだね。うん、そうか、わかった。僕は待つ、いつまでも、待ち続けるよ。君の言葉を信じて、その一度だけの機会を、待ってる…」
「…もし、次に会うことがあれば、その時は…」
「うん、わかってる…」
「……」
 
男は足音を響かせて去っていった。
 
アンドレイは最期に願った。鳥の青年の開放を。
 
鳥の青年は誓った。いつかここから出て、アリウスを探すのだと。
 
それがいつになるかはわからない。もしかすると何年も先かもしれない。だが、少しだけ生きる希望が生まれた。アンドレイとの誓いを、叶えなければ。
 
「…耐えるさ、僕は、耐える。どんなに辛くて苦しくても、この記憶だけは失うことはできない。…アンドレイ、君の息子を探すために、僕はここから逃げてみせるよ」
 
小さな窓から見える空はとても青く、美しい色をしていた。もうずっと空を飛んでいないということを思い出い、鳥の青年は手を伸ばした。
 
窓はとても高く遠い場所にあり、いくら手を伸ばそうとも、空には届かない。
 
それでも精一杯手を伸ばした。
 
気が付くと、頬から涙が溢れていた。
 
 
 
 
 
数年後、東の国から一羽の鳥が空に飛び立つ。
 
翼はボロボロで、体は血まみれだった。
 
フラフラと必死に羽ばたきながら、その場所を目指していた。
 
痩せ細った体で必死に向かった先は国同士の中間地点、ゼロ線上の島、ゼロ島だった。
 
しばらくの間、そこで羽を休め、傷が癒えるのを待っていた。
 
島に住む人間は皆、国を追われて逃げてきた者たちばかり。帰ることができず、この島から出ることもできない、可愛そうな人たちばかりだった。
 
鳥は一番高い木の上でしばらく過ごしていた。これほどゆっくりと休んだのはいつぶりだろう。
 
ずっと気の抜けない日々を過ごしていたために、体は疲れ果て、精神も壊れけていた。
 
それでも絶対に生きるのだ。生きなければ。
 
傷が癒えてきた頃、突然ゼロ島をどこかの騎士隊が攻め入って来た。東の国の騎士隊だった。
 
全身に緊張が走り、鳥は慌てて逃げようとした。
 
しかし、下を見下ろせば怯えた人間たちの姿があった。自分に出来ることなど無い。何もしてやれないのだ。痛む心を叱咤して鳥は空に羽ばたいた。
 
人間の悲鳴が聞こえる。叫び声、鳴き声、呻き声、全ての声が耳に響き、心臓が冷たくなった。
 
涙を堪え、鳥はゼロ島を去った。
 
きっともう、島の人間は死んでしまうだろう。
 
恐怖よりも悲しみの方が強かった。ズキズキと古傷が痛む。羽根を毟られ、ナイフで裂かれた背中がとても痛かった。血を抜くために切られた全身の傷が、もう痕などないのに、ジクジクと痛みを訴えていた。
 
鳥は西へと向かった。
 
 
 
 
 
とうとう西の国へ辿り着いた。
 
鳥はもう、力を使い果たし、瀕死の状態だった。
 
体は冷たく、動くことさえ辛かった。限界だった。
 
キイィーーー…
 
何かを叫ぶように、鳥は鳴き声を上げた。誰かを思うように、遠い空に向かって、一度だけ。
 
それが限界だったのだ。もう、息をするのも苦しかった。
 
鳥は地面へと一直線に落下していった。
 
森の木々を擦り抜け、落ちた先は湖だった。
 
ボチャンッ…
 
木の枝がクッションとなり、鳥の落下するスピードが緩かったためか、湖に落ちた鳥は沈むことなく浮いていた。しかし、時間が経つにつれ、鳥の体はジワジワと湖の底へ沈んでいた。
 
冷たい、寒い、痛い、怖い…
 
意識が朦朧とし、目も開かなくなってきた。
 
自分はもう沈んでしまうのだろう。そうして死んでしまうのだ。アンドレイと誓った約束も守れずに、独りで死んでゆくのだろう。
 
そう思っていた。しかし、誰かが鳥の体を引き上げた。人間の男だった。
 
ほとんど意識のない状態で、鳥は必死にその者の顔を見ようとした。しかし、ぼんやりと視界が霞み、よく見えなかった。
 
意識を失う直前、鳥は懐かしい色の瞳を見た。男の瞳の色は琥珀色で、まるで彼のようだと思った。
 
アンドレイ…
 
何処か懐かしい瞳の男を見て、鳥は死んだように眠った。
 
男は焦るように鳥を布で包むと、馬に跨りその場を去っていった。
 
それがレイとアンドレイの息子、アリウスとの最初の出会いだった。
 
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