不死鳥の愛した騎士団長【完結】

まむら

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17 捕縛

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迂闊だった。
 
潜んでた敵の数は余りにも多く、アリウスは四方を囲まれてしまったのだ。
 
額に汗をにじませ、目の前の男を睨みつけた。
 
男は無表情のまま、アリウスに剣先を突きつけている。
 
「…東の騎士団長ロゼイン、お久しぶりです。あなたとは何度か顔を合わせたことがある。…父と共に」
「…成長したな。アンドレイの息子、アリウスよ。私のことを覚えているのか」
「ええ。あなたのことはよく覚えています。父と志を同じくする者だと、記憶していました…」
「…そうか」
 
アリウスは昔の記憶を思い出していた。
 
それはまだ幼き頃、自身の父、若き騎士団長アンドレイが話し合いの席で酒を酌み交わす同年代の男、東の騎士団長ロゼインといた姿を。
 
それを遠くから見つめていた。時々団長として働いている父の姿を見に行きたくて、祖父に頼み込んで遠くから眺めていたのだ。
 
ロゼインと話をしていたアンドレイが祖父とアリウスに気付き、少し会話をしたあとロゼインを連れてアリウスの目の前に来た。
 
とても緊張した。何せ父の連れてきた男は東の国の騎士団長を務めている男。自信と威厳に満ち溢れ、逞しく勇ましい顔と威圧感で何も言えなくなり、黙り込むアリウスに彼は優しく言った。
 
『君がアンドレイの息子、アリウスか。…ああ、その瞳の色も顔つきも祖父殿やアンドレイによく似ている。きっとも将来、強い騎士となることだろう』
 
そう言ってロゼインはアリウスの頭を、その広い手の平で撫でてくれたのだ。
 
出会いはそれから数回ほどあった。その後、アンドレイは東の国に囚われ、殺されたのだが。
 
ロゼインともそこで顔を合わせることもなくなった。
 
年を取ったが、あの頃の威圧感はあるものの、その表情に自信や勇ましさはなくなっていた。暗く、深い瞳の奥に見える影が、彼の心を表しているかのようだった。
 
アリウスはギッと視線を鋭くし、ロゼインに叫んだ。
 
「あなたは、このようなことをする人ではなかった!互いの、国同士の友好関係を深めるべく、自ら我が国へ赴き、話し合いをしていたではないか!それが何故…っ」
「…私は国王に使える者。この体は国王の声にのみ従い、命令に逆らうことは許されぬ。私は騎士団長、その役目を全うすべく、ここにいる。…それだけだ」
「…っ」
 
ロゼインがそう言い手を上げた。傍で控えていた仲間がアリウスの体を縄で拘束する。
 
抵抗するアリウスに近付き、ロゼインが耳元で囁いた。
 
「鳥を、飼っているそうだな」
「…鳥?何を言って…」
「…白銀の長い髪、白い肌、赤い宝石のような瞳。のことだ。偵察隊の報告によりそれを捕獲しにきた」
「……な、にを…」
 
その鳥の特徴を聞き、アリウスの顔が真っ青になる。そして次の言葉を聞いた瞬間、アリウスの心臓は止まりそうなほど冷たくなった。
 
「国王が、その鳥を探している。アレはずっと国王が籠に入れて大切にしまっていたが、いつの間にか人の目を盗んで逃げてしまったのだ。あの鳥は、お前が囲っていると聞いた。それを渡して貰う」
「…渡さねば、お前の命はない」
「!!」
 
そう言ってロゼインはアリウスの前から去った。残された部下が拘束されたアリウスをどこかへ連れていく。
 
必死に抵抗しながら、アリウスはレイのことを思っていた。
 
 
 
 
 
アリウスが東の国に囚われたと報告を受け、西の国王は驚愕し、膝を折った。
 
「国王!気を確かに!」
 
側近が王の体を差させ、椅子に運んだ。
 
大臣らは頭を抱え、皆が困惑したように騒いでいる。
 
いくら話し合いをしても解決策は見つからず、夜が更け、一時解散となった。
 
「一人になりたい、皆、下がれ」
 
国王はそう言って全ての者を下がらせた。途方に暮れた様に頭を抱え、俯いている。
 
するとそこに、バサッと鳥の羽ばたきのような音が聞こえ、国王が顔をあげた。そこには一度謁見に現れたことのある顔があった。
 
「こんばんは、国王様…」
「そなた、レイと言ったか。どうやってここに、それに、その羽は…」
 
目の前にはレイがいた。白く長い髪が靡き、赤く光る瞳は王を見つめて、そしてその背中には極彩色の美しい翼を広げて。
 
国王の表情を見て、レイは笑った。
 
「国王様は、あんまり驚かないのかい?僕の姿を見て…」
 
そう言うレイの表情はとても儚げで、頼りないものだった。
 
国王はそれを見て始めて思ったことは、驚きや恐怖ではなかった。
 
「レイ、そなたを知っていた者が昔いた。今はもう死んでしまったが」
「…アンドレイのことでしょう?」
「知っているのか?」
「彼と最後に話をしたのはこの僕、名も無き鳥、不死鳥と言われる鳥さ…」
「…やはり、そうであったか。極彩色の体を持つ伝説の不死鳥と呼ばれている幻の鳥が、存在していたか」
 
静かに国王はレイを見つめ、目元を緩めた。とても優しい瞳に、レイは不思議そうに尋ねた。
 
「国王様、君は僕を見ても何もしないのかい?捕まえて、牢に入れないの?」
 
少し怯えたようにレイは拳を握り締めて行った。震えながらも目の前にいる王を見つめ、逃げようとしない。
 
そんなレイを見て、国王は少し笑った。
 
「はははっ、私がそのような王に見えるか?我は西の国の王、自身の欲望のために不死鳥を捕らえ我が物にしようなどと思うことなどない。まして、レイ、そなたのようなか弱き鳥を牢に入れるなど、誰が考えようか」
「…君は、とても強い心の持ち主なんだね。…東の国王の考えとは全く逆だ。だからアンドレイもアリウスも君に従うんだね。君は、だれよりも国を、民を思う心を持っている、素敵な国王様だ」
「自惚れなどせぬ。私は国を思う王。レイ、そなたも我が民であることを覚えておけ」
「…ありがとう、国王様」
 
例え追い詰められようとも、西の国の王は強く、優しい人だった。
 
そんな国王の様子に、レイは安心したように言った。
 
「国王様、ごめんなさい。アリウスが捕まったのはきっと僕のせいなんだ。東の国王が僕を捕まえようとしてアリウスを人質にしたんだと思う。だから、僕が助けに行くよ」
「…しかし、そなたは追われているのだろう。アリウスがそなたを大切にしているのは周りの者から聞いて知っておる。もし東の国へ行けばまたそなたは…」
 
国王はアリウスがレイを大切にしていることを知っていた。謁見で二人の姿を見た時から何となく感じ、側近から噂を聞いて確信に至った。
 
アリウスはレイを好いているのだろう。
 
レイが倒れた瞬間のアリウスの慌て様は見たことがなかった。騎士団長として立っている時の顔は消え、あの時のアリウスはレイを心配する一人の男の表情をしていたのだ。
 
アリウス本人は気付いていなかったかもしれないが、周りの人間からしてみればあからさまだったという。
 
レイが体調を崩せば何が何でも看病をして、甲斐甲斐しく世話を自らしていた。楽しそうに誰かと会話をしているレイの姿を見て、少しむくれていたのも皆が見ている。
 
そんなアリウスの姿は今まで見たことが無く、レイが来て始めだったのだ。皆はそれが楽しくて、嬉しくて、喜んでいた。
 
いつもどこか張り詰めた気を纏い、厳しい表情をしていた。父、アンドレイを失って、続けて祖父と母を失ったアリウスは、騎士団長としていつも自分に対しても厳しかった。
 
それが、レイが来てからというもの、優しい表情をするようになり、張り詰めていた者が和らいだようだった。
 
きっとレイが来たからだろうと皆が言っていた。アリウスはレイが好きなのだ、と。
 
もしレイが再び東の国に囚われてしまえばアリウスはどうなるだろうか。騎士団長として冷静でいられるだろうか。それとも、正気を失ってしまうのではないか。
 
大切な者たちを次々と失ったアリウスを見ていた国王は、それでもどうにか立ち上がり、奮闘する姿を知っていたからこそ、心配するのだ。
 
「レイよ、アリウスはそなたを気に入っておる。そなたを失えばアリウスはもう二度と立ち上がることはできぬだろうよ。アリウスにとってそなたの存在は大きくなった」
「…僕にとっても、アリウスの存在はとても大切で、かけがえのないモノになってしまったよ。だからこそ僕はアリウスを救けに行く。僕は、アリウスが好きなんだ。もう、二度と、誰も死んでほしくないな…」
「そなた…」
 
レイの悲しみに満ちた表情に、国王は何も言えずに口を閉じた。
 
そんな国王を見て、レイは綺麗に笑った。
 
「国王様、僕はこの国が大好きになったよ。皆、とても優しくて暖かい心を持っている。きっと君が心を尽くして皆を守っているからだね。そんな場所が、皆が、傷ついていくのだけは嫌だ。アリウスが殺されるのを黙って見ているのだけは嫌だ。だから僕は行って、アリウスを助ける。出来れば一緒にこの国に戻ってきたいけど、君は許してくれるかい?」
 
そう言ってレイが不安そうな顔をして国王を見た。
 
国王は笑いながら優しく言う。
 
「もう一度言おう。レイよ、そなたも我が国の民である。帰る場所はここにある。二人で戻ってくるがいい。私は待とう、そなたとアリウスが帰って来るのを」
「ありがとう、国王様。これで僕は飛び立つことができる。君に勇気を貰った、本当にありがとう…」
 
バサアッ
 
そう言ってレイは翼を広げた。たちまちその姿が極彩色の美しい鳥となり、赤い瞳が国王を見つめる。
 
不死鳥のレイは窓から空へ飛び立った。
 
キイイィー…
 
高く美しい鳴き声が、空に響いていた。
 
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