不死鳥の愛した騎士団長【完結】

まむら

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16 攻撃

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東の国が攻撃体制に入った。
 
偵察隊の報告を受け、アリウスは国内の守備を固めるべく準備を整えた。
 
アリウスはどこか不安そうに見つめているレイの体を抱き締め、静かに言う。
 
「今は守備範囲を広げ、あちらの様子を見るだけだ。まだ攻撃してくるかもわからないのだから、そこまで不安がる必要はない」
「…うん。」
 
レイは何か言いたいことでもあるのか、迷いのあるような顔をしている。アリウスはそんなレイのことが少し気になり、頭を撫でながら言う。
 
「レイ、何か心配事でもあるのか?」
「…ねえ、アリウス。僕は、」
 
言いかけた瞬間、部下が焦った様子でアリウスの部屋へやってきた。
 
「団長!敵襲です!守備部隊が苦戦しています!指揮をお願いします!」
「「!!」」 
 
アリウスとレイは外から聞こえる声にバッと振り向く。レイの手がアリウスの袖を強く握りしめた。
 
報告からまだ時間は経っていないというのに、東の国はもう攻撃を仕掛けてきたのだ。
 
レイは何か悪い予感がした。真っ青な顔でアリウスを行かせまいとするように、縋るように、懇願するように見た。
 
そんなレイの様子に何か引っ掛かりを感じ、口を開いた瞬間、再び部下の声が聞こえ、アリウスはレイの指をそっと離した。
 
優しく笑い、レイに言う。
 
「レイ。どうやら時間がないようだ。俺はもう行く。ここで、待っていてくれ。きっと戻って来る」
「アリウス…、僕は、僕は…っ」
 
何か言いたげなレイに、アリウスはそれを落ち着かせるようにスッと手を伸ばし、頬に添えた。そしてレイの額に数秒間の短いキスをした。
 
驚いたように動きを止めたレイに、アリウスはクスッと笑いながら言った。
 
「行ってくる。戻った時に言いたいこともある。待っていてくれ」
「…うん、アリウス…、絶対に無事で戻ってきて…お願い…」
 
レイの返事を聞き、アリウスは出て行った。
 
室内がシンと静まり、一人になる。
 
東の国がとうとう攻撃をしてきたのだ。やはりレイは胸騒ぎを感じていた。
 
「東の…国王……。君は、僕を…」
 
レイの表情は曇り、何処か思い詰めたように俯き、苦しそうにつぶやいていた。
 
 
 
 
 
東の国の襲撃は大胆なものだった。
 
守備部隊の攻撃をかわし、死傷者が出ようともひたすら攻撃の手は緩むことなく、迎撃部隊の攻撃を受けながら次から次へと攻撃はこちらへ向かってくる。
 
一体どれだけの数が潜んでいるのか、詮索部隊を送ろうにも敵の攻撃が激しく過ぎて手に負えない。
 
まるで守りを放棄して、ただただ攻撃のみに力を注ぐような戦法だ。
 
「守備部隊が押されている。これでは崩れるのも時間の問題か…」
 
アリウスは厳しい表情で敵の攻撃を見つめている。
 
とにかく東の国の攻撃は激しかった。このまま守りに徹していてはいつかやられることは明確だ。
 
考えている暇などなかった。とにかく今はこれ以上の侵入を許すわけにはいかない。
 
皆の前に立ち、アリウスが叫んだ。
 
「これより一斉攻撃を仕掛ける!各部隊は配置につき、出来る限り攻撃に徹しろ!これ以上押されてしまえば、力無き民が犠牲になるのは明らかだ!皆、命の限り進め!敵を討て!」
 
オオオオオ…
 
アリウスの声を聞き、全体の士気が高まる。
 
これから東と西の戦いが本格的に始まるのだ。
 
 
 
 
 
遠く、戦場と化した場所を見つめ、レイは高い木の天辺から見つめていた。
 
悲しそうに、今にも泣きそうな顔で、戦いの音を聞いている。
 
下を見下ろせば、街の人々は恐怖に震え、逃げようにも逃げられず、ただただ立ち尽くすのみ。
 
戦える男たちは皆、国のために進んで戦場へと向かい、老人は静かに家の中でじっとしている。不安そうに怯える子供を抱き締め、母親は祈るように目を閉じているしかできない。
 
東西南北の均衡は確かに保たれていたはずだった。しかし、東の国の王だけは違った。
 
レイは見つめている。
 
「東の国王、君は、何故そんなにも生に執着しているんだい?…何故、人の道に背いてまで…、僕にはわからないよ…」
 
背中の傷痕がズキリと痛む。傷などすぐに消えるのに、この痛みだけが消えなかった。あまりにも惨く、悲しい記憶がいつまでも、この背中の痛みを覚えているのだ。
 
アリウスに貰った琥珀色の宝石の入った首飾りに触れ、レイは泣きそうに笑った。
 
「アリウス、僕はレイという名前を貰った時、とて嬉しかったよ。でも、僕はその名前を受け入れていいのか、ずっと悩んでいるんだ。だって、そうしてしまえば君は困ると思うから…」
 
昔、彼は言った。
 
『自由は、縛られるものじゃない。俺は自分が助かるために誰かの自由を奪ってしまえるほど傲慢じゃない。俺は、お前を気に入った。だが、それは俺の役目じゃない。いつかきっと出会うそいつに、取っておけ』
 
彼は…、アンドレイは言った。
 
「ねえ、君に話したいことがたくさんあるんだ。僕は君の息子、アリウスにやっと出会えたよ。君との約束を守りたいんだ。君が望んだ約束を、僕は守れるかな…。僕は、僕は…」
 
遠い空の向こうに行ってしまったその人に、レイは涙を流しながら呟いた。
 
アンドレイは、レイに思いを託し、死んでしまった。
 
国のために、アリウスを残して。
 
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