不死鳥の愛した騎士団長【完結】

まむら

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15 自由

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死に物狂いで抜け出した。
 
そして鳥は籠から空へと飛び立った。
 
束の間の安息と自由。永遠ではないとわかっていた。
 
それでも友と言われた者と、必ず果たすと誓った約束のために、鳥は傷だらけになって空に飛んだ。
 
もう駄目だと思った。きっと自分は死ぬのだと。
 
友に誓った約束を果たせず、湖の底へと沈んでゆくのだと。
 
せめて誓いを守りたかったのに。また自分は、何も知らない自分へと生まれ変わるのか。
 
独りで生まれ独りで彷徨う、名も無き一羽の渡り鳥となって、空を飛ぶだけの存在へ。
 
そうなるものだと思っていた。
 
しかし、運命は違っていたようだ。
 
自分はまだ生きている。今は亡き友に誓ったあの日の約束を、果たせるかもしれない。
 
レイは、まだ、生きている。
 
 
 
 
 
「ねえ、アリウス。僕、こんなに食べれないな」
「…無理はしなくていい。食べれそうなものを少しずつでも、食べて欲しいだけだからな」
 
あの日から、レイの食事は変わった。今までは硬くシャキシャキした果物だったり、大きくカットされた野菜だったものが小さめになり、熟した甘い果実だったり、とにかく消化に良いものや飲み込みやすいものになっていた。
 
レイに食が細いことが気になっているとアリウスが言った時、素直に本人は答えた。飲み込む力が弱いことと、内臓が傷ついたことがあってそれから消化が少し悪いのだと。
 
アリウスは真っ青になって叫んだ。何故早く言わなかったのかと。
 
レイは答えた。聞かれなかったからと。
 
それから何度かの問答の末、このような食事風景になったのだ。
 
用意された食事を見て、レイが困ったように言う。

「余ったらどうするんだい?捨てるのは気が引けるな」
「俺が食べる。一緒に食事をするのだから、同じものを食べればいい」
「え、でも、それじゃあ、アリウスは物足りないでしょう?」
「その時はこれとは別に料理を頼めばいいだけだ。肉料理なり、魚料理なり」
「アリウスはいっぱい食べれてすごいね」
「そういう話ではないのだが…」
 
時々レイの言葉に気が抜けるアリウスだった。
 
レイがスプーンで豆のスープを飲み、嬉しそうに言う。
 
「とっても飲みやすいね。お料理を作ってくれる人はすごいな、こんなにいろんな料理が作れて」
「時々こちらに顔を出す奴がいるだろう。あの大きな体の男が料理長だ」
「へえ、あのお腹の大きな人がこんなに可愛い料理を作るんだね。想像したらちょっと笑っちゃった。僕は悪い鳥だね」
「料理長は少し痩せた方がいいな。腹が最近また一回り大きくなったらしい」
「いつか破裂してしまうね。今度一緒に散歩に誘ってみようかな」
「ははは、そうしてやってくれ」
 
最近、レイは一人でフラリと散策に行っているらしい。
 
始めの頃は少し遠慮して部屋から出るのを躊躇っていたらしいが、アリウスが暇なら好きに遊んでくればいいというので、そうしているようだ。
 
アリウスが訓練の指導をしている間や、偵察に行っている時、レイは掃除婦に声をかけたり、警備しているものに挨拶したり、廊下を歩く人間などを見たり、と楽しく過ごしていると聞く。
 
楽しんでいるならそれでいい、とアリウスは笑っていた。
 
 
 
 
 
こんなに贅沢な日々を過ごして幸せだ、とレイは思った。
 
レイはアリウスの執務室から出ると、宮殿の門を抜け、近くの道に生えている大きな木の上に登っていた。
 
木の上から見える景色はレイの心を穏やかにさせる。
 
国王のいる宮殿やアリウスのいる訓練所、街は賑わい人々は楽しそうに歩いている。
 
この景色をもう一度彼に見せてあげたかった。友と言ってくれた彼に、今のアリウスの姿をもう一度。
 
叶わぬ夢だ。彼はもういない。
 
死にゆく姿は見れなかった。
 
最期に見たのは彼がこちらを振り向いて、少し寂しそうに笑った顔だった。
 
その時まだ自分は牢の中にいて、抜け出せる日を待っていたから。
 
傷だらけの体で必死に逃げた。
 
空に向かって一直線に、痛くても、血が出ても、羽がボロボロでも、必死に空に向かって飛び立ったんだ。
 
レイは、木の上から空を見上げた。懐かしむように、レイは静かに空に向かって、友に向かって囁いた。
  
「ねえ、アンドレイ。君はそこで見ているかな?僕は君の願った通り、僕はアリウスを見つけたよ。君の息子は君が言った通り、真っ直ぐで強くて、格好いい人間だったよ。…僕は、そんなアリウスが…」
 
そう言いかけた時、下の方から少し焦ったような声が聞こえた。
 
「レイ!!そんなところで何をしてるんだ!!危ないだろう!!」
「アリウス、どうしたんだい、そんなに叫んで」
 
見下ろした先に、アリウスがいた。
 
高い気の天辺で空を見上げているレイを見つけ、慌てて走って来たようだ。額に汗が滲んで、若干息も切れている。
 
アリウスが叫ぶ。
 
「もしや、下りれなくなったのか!?」
「平気だよ。何せ僕は鳥…」
「病み上がりなんだ、そんなところにいたら風邪をひくだろう!下りていなさい!」
「…あははっ、君たちは本当にそっくりだ」
「何をブツブツ言ってるんだ!いいから早く…っ」
「アリウス!受け止めておくれよ!」
「レイ!?」
 
叫び続けるアリウスに、レイは大声でそう言った。するとレイは木の上から飛び降り、アリウスは驚きに目を見開いた。
 
慌ててアリウスは両手を広げ、レイが落ちて来るのを見ていた。広げた腕の中にフワリとレイの体が落ち、アリウスはしっかりと受け止めた。
 
受け止めたレイの体は軽く、まるで羽根のようだった。
 
アリウスは深く息を吐き、少し怒ったようにレイの顔を見た。そんな様子のアリウスに気付かぬふりをして、レイは少し嬉しそうにアリウスに言う。
 
「ふふっ、アリウスの胸の中はとっても広いね。僕なんてほら、スッポリ納まってしまうよ」
「レイ…っ、お前は…、はあ、もういい。もう帰ろう、そろそろ夕方だ」
「このまま抱えておくれよ」
「甘えん坊だな」
「アリウスにだけさ」
「…ふっ」
「あははっ」
 
二人は少し見つめ合い、楽しそうに笑っている。
 
ねえ、アンドレイ。僕は、僕は、アリウスのことが…。
 
その言葉の先は、声にはならなかった。
 
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