8 / 25
08 甘い毒草、苦い薬草(中)
しおりを挟む東の国の王は永遠の命を欲しがっていた。
古びた書物を読みながら、彼は後ろに控えていた騎士団長ロイズに言う。
「ロイズよ、アレはまだ口を開かぬか?」
「…はい、手足に枷をつけ牢の中に入れていますが、未だに」
「この書物に確かに記されているのだ。我はアレと契約を果たし、永遠の命を手に入れたい。そのためにはアレの意思がどうしても必要なのだ。ロイズよ、何をしてでもアレの口を開かせよ」
「……善処、いたします。失礼」
ロイズは表情を硬くしたまま国王に敬礼をし、足音を響かせながら去っていった。
姿が見えなくなり、王は呟いた。
「その血は傷を癒し、その羽根は命を伸ばす。不死鳥と契約を交わした者だけが、その願いを叶えられる…」
牢の中に入れられた青年は傷だらけだった。青年はまだ二十歳くらいで、その顔はまだ幼さが残る。
白く細い体には無数の痣。頬は何度も叩かれたようで、唇が切れて血が滲んでいた。手首と足首に無理矢理つけられた錘付きの枷は、動くたびに皮膚と擦れて痛くて苦しかった。
いつの間にか捕まり、気が付けば牢の中だった。何度も逃げようとしたが、駄目だった。もう動くのも億劫だ。
「………」
ここはとてもひんやりとして、寂しい場所。寒くて、怖くて、気が狂いそうになる。
「あと、どれくらい、こうしていれば、僕は…」
ボソリと呟き、目を閉じた。
ガチャガチャッ
牢の鍵を開ける音がして、青年は顔を上げる。
ギイイイ…
隣の牢の扉が開き、誰かが入った。鉄の棒で作られた簡素な牢なので、横を見れば顔が見える。
青年は視線だけ向けて隣の牢を見た。
背格好は自分よりも遥かに高く、体格もがっしりとしている男だった。短髪で少し生えた無精髭が勇ましい顔には似合っていた。服装を見れば一目で騎士だとわかる。
青年と同じように手枷足枷がつけられ、鎖がジャラジャラと音を立てる。
「…この提案が最善であり、西の国にとっても悪い話ではないだろう」
「提案というより、強制に誓いな。だが、それでいい。そうすることで我ら二つの国は、一度回復に向かうはずだ。それは…、国王ではなく、お前の望みでもあるんだろう?」
「…っ、…数日後、実行する」
「…ああ、わかった」
ロイズは男と会話をしていた。少し親し気な様子だったが、空気は冷たい。
牢に鍵が掛けられ、ロイズは静かに去っていった。
この場にいるのは青年と男の二人だけになった。しんとした空間、とても気まずい。青年はズルズルと翼を引き摺りながら隅の方へと向かった。
すると隣の牢にいる男が、ようやく青年がいることに気付いて一瞬だけ驚いた顔をしたが、次の瞬間には少し焦った様子で呼びかけてきた。
その焦り様に首を傾げながら男のいる方を向き、警戒するように動きを止めた。
「おい!そこのお前!ちょっとこっちにこい!」
「…何故?」
「いいから!早くこい!」
「だから何故?」
青年は警戒心を強め、まったく動こうとしない。
それでも男は少しだけ怖い顔をしながら、早くこっちに来いと手招きをする。
男の顔はとても真剣だった。青年は観念して手を伸ばせば触れられそうな距離まで近づいた。しかし、それ以上は進もうとしない。
「もっとこっちにこい!」
「…何をする気だい?もっと近くに行けば僕は君の伸ばした手に捕まってしまう。君は、僕をどうしたいのかな?」
「なっ、どうするもこうするもないだろ!」
「?」
男の言葉に意味が解らず、青年は困惑した様に男を見る。
そんな青年に、焦れた男が大きく溜め息をつきながら青年に向かって、少し乱暴な口調で言った。
「馬鹿野郎!こんなに血が出て…っ、それにその傷のせいで熱が出てるんだ!体が震えてるだろうが!」
「…っ、だから何だと言うんだい?僕にはどうしようも…」
「とにかくこっちに来い!…怖いことはしないし、痛いこともしないから、…とにかくこっちに来てくれ」
「………はぁ…」
男の懇願するような言葉に、青年は観念して近づいていった。鉄の棒が等間隔で二人の間にあるが、とても近い距離に来た。
目の前にある青年の顔をじっと眺め、自身の懐をゴソゴソ漁り出す。
「親父に持たせてもらったのがあったはず…、確かこっちに入れて…、あっ、あったあった!」
「?」
男が懐から取り出したのは、布で包まれた草の束のようだった。その中から数本取り出し、青年の口元へ持ってきた。不思議そうにそれを見ている青年に、男は優しく言った。
「この葉を食べれば止血効果があるし、解熱作用もある。食え」
「…いらない」
「解熱すれば体の震えも止まるはずだ。とにかく今のお前の状態は良くない。このまま放っておけばもっと悪くなるし、苦しむことになる。俺は嘘は言わない」
「でも…」
「…怖くないから、食え」
「……」
男の言葉に嘘はないように思えた。多分この男は東の国に捕まった西の国の騎士だ。風貌や言葉遣いからして、もしかすると階級の高い人間なのかもしれない。
青年は男の瞳を見つめる。輝く瞳の奥が、強く輝いている。男は本気で自分を心配して治療しようと思っている。
そう確信した青年は男の言葉に従い、そっと小さな口を開いた。男の表情が少し和らぎ、優しく持っていた葉を口に入れてやった。
少しギシギシしているが、とても甘かった。
「甘い…」
「ああ、…次はこっちの葉を食え。こっちは少し苦いかもしれないが、立派な薬だ。説明はあとでしてやるから、とにかく早めにこっちの葉を食うんだ」
「ん…」
青年が甘い葉を飲み込んだのを見て、別の葉を再び青年の口に入れた。
今度の葉は柔らかい。しかし、とても苦かった。
「うえっ…、苦い…っ…」
「苦くても食わなくちゃいけないんだ。我慢して飲み込めよ」
「ううう……んっ…」
「飲み込んだな。よし、良い子だ」
「…えっ」
男はそう言って青年の頭を優しく撫でてやった。その行動に吃驚したように青年は目を丸くする。
大きくて肉厚の手の平が、小さな青年の頭を撫でる。初めての行為に青年は口の中の苦みも忘れて、しばらくじっとしていた。
しばらくすると、あれだけ止まらなかった血が止まり、痛みが和らいでいた。発熱して震えていた体もいつの間にか収まり、久しぶりに悪寒が消えた気がする。
幾分か体が軽くなり、青年の真っ青だった唇も、少しだけ色を取り戻したようだ。
そんな青年を見て、男は優しい声で言った。
「今お前が食ったのは薬草だ」
「薬草…」
「甘い薬草には止血や解熱などの効果がある。しかしこの薬草は実際には毒草と言われていて、そのなの通り毒がある。だから次にこっちを食う。とても苦いが、その毒を中和させる効果がある。この二つの薬草を順番に食うことで毒草も立派な薬草になるんだ。まあ、親父の受け売りだがな」
「とっても苦かったよ」
「良い薬ってのは苦いもんなんだよ」
「ふぅん」
少し元気になった青年はどこか安心した様子で、緊張していた体の力を抜いたようだった。
そこでようやく男の視線に気づき、納得した様に小さく笑いながら言う。
「…この羽が気になるのかい?気味が悪いだろう?」
「あ?…いや、そうじゃなくて」
「怖い?」
「あ~、そうでもなくて」
「汚い?」
「そうじゃない、綺麗だ」
「え?綺麗?何故?」
こんなに汚れてみっともない姿、誰が見たって汚いって言うだろう。それに、僕は人間ではないから。
そんな考えを見抜いたように男は口を開いた。
「お前は美しい。今まで見てきた生物の中で、お前が一番美しいと思ったよ」
そう言って男は優しい顔で笑った。
0
お気に入りに追加
69
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
[完結]堕とされた亡国の皇子は剣を抱く
小葉石
BL
今は亡きガザインバーグの名を継ぐ最後の亡国の皇子スロウルは実の父に幼き頃より冷遇されて育つ。
10歳を過ぎた辺りからは荒くれた男達が集まる討伐部隊に強引に入れられてしまう。
妖精姫との名高い母親の美貌を受け継ぎ、幼い頃は美少女と言われても遜色ないスロウルに容赦ない手が伸びて行く…
アクサードと出会い、思いが通じるまでを書いていきます。
※亡国の皇子は華と剣を愛でる、
のサイドストーリーになりますが、この話だけでも楽しめるようにしますので良かったらお読みください。
際どいシーンは*をつけてます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
好きな人がカッコ良すぎて俺はそろそろ天に召されるかもしれない
豆ちよこ
BL
男子校に通う棚橋学斗にはとってもとっても気になる人がいた。同じクラスの葛西宏樹。
とにかく目を惹く葛西は超絶カッコいいんだ!
神様のご褒美か、はたまた気紛れかは知らないけど、隣同士の席になっちゃったからもう大変。ついつい気になってチラチラと見てしまう。
そんな学斗に、葛西もどうやら気付いているようで……。
□チャラ王子攻め
□天然おとぼけ受け
□ほのぼのスクールBL
タイトル前に◆◇のマークが付いてるものは、飛ばし読みしても問題ありません。
◆…葛西視点
◇…てっちゃん視点
pixivで連載中の私のお気に入りCPを、アルファさんのフォントで読みたくてお引越しさせました。
所々修正と大幅な加筆を加えながら、少しづつ公開していこうと思います。転載…、というより筋書きが同じの、新しいお話になってしまったかも。支部はプロット、こちらが本編と捉えて頂けたら良いかと思います。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる