不死鳥の愛した騎士団長【完結】

まむら

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08 甘い毒草、苦い薬草(中)

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東の国の王は永遠の命を欲しがっていた。
 
古びた書物を読みながら、彼は後ろに控えていた騎士団長ロイズに言う。
 
「ロイズよ、アレはまだ口を開かぬか?」
「…はい、手足に枷をつけ牢の中に入れていますが、未だに」
「この書物に確かに記されているのだ。我はアレと契約を果たし、永遠の命を手に入れたい。そのためにはアレの意思がどうしても必要なのだ。ロイズよ、何をしてでもアレの口を開かせよ」
「……善処、いたします。失礼」
 
ロイズは表情を硬くしたまま国王に敬礼をし、足音を響かせながら去っていった。
 
姿が見えなくなり、王は呟いた。
 
「その血は傷を癒し、その羽根は命を伸ばす。不死鳥と契約を交わした者だけが、その願いを叶えられる…」
 
 
 
 
 
 
牢の中に入れられた青年は傷だらけだった。青年はまだ二十歳くらいで、その顔はまだ幼さが残る。
 
白く細い体には無数の痣。頬は何度も叩かれたようで、唇が切れて血が滲んでいた。手首と足首に無理矢理つけられた錘付きの枷は、動くたびに皮膚と擦れて痛くて苦しかった。
 
いつの間にか捕まり、気が付けば牢の中だった。何度も逃げようとしたが、駄目だった。もう動くのも億劫だ。
 
「………」
 
ここはとてもひんやりとして、寂しい場所。寒くて、怖くて、気が狂いそうになる。
 
「あと、どれくらい、こうしていれば、僕は…」
 
ボソリと呟き、目を閉じた。
 
ガチャガチャッ
 
牢の鍵を開ける音がして、青年は顔を上げる。
 
ギイイイ…
 
隣の牢の扉が開き、誰かが入った。鉄の棒で作られた簡素な牢なので、横を見れば顔が見える。
 
青年は視線だけ向けて隣の牢を見た。
 
背格好は自分よりも遥かに高く、体格もがっしりとしている男だった。短髪で少し生えた無精髭が勇ましい顔には似合っていた。服装を見れば一目で騎士だとわかる。
 
青年と同じように手枷足枷がつけられ、鎖がジャラジャラと音を立てる。
 
「…この提案が最善であり、西の国にとっても悪い話ではないだろう」
「提案というより、強制に誓いな。だが、それでいい。そうすることで我ら二つの国は、一度回復に向かうはずだ。それは…、国王ではなく、お前の望みでもあるんだろう?」
「…っ、…数日後、実行する」
「…ああ、わかった」
 
ロイズは男と会話をしていた。少し親し気な様子だったが、空気は冷たい。
 
牢に鍵が掛けられ、ロイズは静かに去っていった。
 
この場にいるのは青年と男の二人だけになった。しんとした空間、とても気まずい。青年はズルズルと翼を引き摺りながら隅の方へと向かった。
 
すると隣の牢にいる男が、ようやく青年がいることに気付いて一瞬だけ驚いた顔をしたが、次の瞬間には少し焦った様子で呼びかけてきた。
 
その焦り様に首を傾げながら男のいる方を向き、警戒するように動きを止めた。
 
「おい!そこのお前!ちょっとこっちにこい!」
「…何故?」
「いいから!早くこい!」
「だから何故?」
 
青年は警戒心を強め、まったく動こうとしない。
 
それでも男は少しだけ怖い顔をしながら、早くこっちに来いと手招きをする。
 
男の顔はとても真剣だった。青年は観念して手を伸ばせば触れられそうな距離まで近づいた。しかし、それ以上は進もうとしない。
 
「もっとこっちにこい!」
「…何をする気だい?もっと近くに行けば僕は君の伸ばした手に捕まってしまう。君は、僕をどうしたいのかな?」
「なっ、どうするもこうするもないだろ!」
「?」
 
男の言葉に意味が解らず、青年は困惑した様に男を見る。
 
そんな青年に、焦れた男が大きく溜め息をつきながら青年に向かって、少し乱暴な口調で言った。

「馬鹿野郎!こんなに血が出て…っ、それにその傷のせいで熱が出てるんだ!体が震えてるだろうが!」
「…っ、だから何だと言うんだい?僕にはどうしようも…」
「とにかくこっちに来い!…怖いことはしないし、痛いこともしないから、…とにかくこっちに来てくれ」
「………はぁ…」
 
男の懇願するような言葉に、青年は観念して近づいていった。鉄の棒が等間隔で二人の間にあるが、とても近い距離に来た。
 
目の前にある青年の顔をじっと眺め、自身の懐をゴソゴソ漁り出す。
 
「親父に持たせてもらったのがあったはず…、確かこっちに入れて…、あっ、あったあった!」
「?」
 
男が懐から取り出したのは、布で包まれた草の束のようだった。その中から数本取り出し、青年の口元へ持ってきた。不思議そうにそれを見ている青年に、男は優しく言った。
 
「この葉を食べれば止血効果があるし、解熱作用もある。食え」
「…いらない」
「解熱すれば体の震えも止まるはずだ。とにかく今のお前の状態は良くない。このまま放っておけばもっと悪くなるし、苦しむことになる。俺は嘘は言わない」
「でも…」
「…怖くないから、食え」
「……」
 
男の言葉に嘘はないように思えた。多分この男は東の国に捕まった西の国の騎士だ。風貌や言葉遣いからして、もしかすると階級の高い人間なのかもしれない。
 
青年は男の瞳を見つめる。輝く瞳の奥が、強く輝いている。男は本気で自分を心配して治療しようと思っている。
 
そう確信した青年は男の言葉に従い、そっと小さな口を開いた。男の表情が少し和らぎ、優しく持っていた葉を口に入れてやった。
 
少しギシギシしているが、とても甘かった。
 
「甘い…」
「ああ、…次はこっちの葉を食え。こっちは少し苦いかもしれないが、立派な薬だ。説明はあとでしてやるから、とにかく早めにこっちの葉を食うんだ」
「ん…」
 
青年が甘い葉を飲み込んだのを見て、別の葉を再び青年の口に入れた。
 
今度の葉は柔らかい。しかし、とても苦かった。
 
「うえっ…、苦い…っ…」
「苦くても食わなくちゃいけないんだ。我慢して飲み込めよ」
「ううう……んっ…」
「飲み込んだな。よし、良い子だ」
「…えっ」
 
男はそう言って青年の頭を優しく撫でてやった。その行動に吃驚したように青年は目を丸くする。
 
大きくて肉厚の手の平が、小さな青年の頭を撫でる。初めての行為に青年は口の中の苦みも忘れて、しばらくじっとしていた。
 
しばらくすると、あれだけ止まらなかった血が止まり、痛みが和らいでいた。発熱して震えていた体もいつの間にか収まり、久しぶりに悪寒が消えた気がする。
 
幾分か体が軽くなり、青年の真っ青だった唇も、少しだけ色を取り戻したようだ。
 
そんな青年を見て、男は優しい声で言った。

「今お前が食ったのは薬草だ」
「薬草…」
「甘い薬草には止血や解熱などの効果がある。しかしこの薬草は実際には毒草と言われていて、そのなの通り毒がある。だから次にこっちを食う。とても苦いが、その毒を中和させる効果がある。この二つの薬草を順番に食うことで毒草も立派な薬草になるんだ。まあ、親父の受け売りだがな」
「とっても苦かったよ」
「良い薬ってのは苦いもんなんだよ」
「ふぅん」
 
少し元気になった青年はどこか安心した様子で、緊張していた体の力を抜いたようだった。
 
そこでようやく男の視線に気づき、納得した様に小さく笑いながら言う。
 
「…この羽が気になるのかい?気味が悪いだろう?」
「あ?…いや、そうじゃなくて」
「怖い?」
「あ~、そうでもなくて」
「汚い?」
「そうじゃない、綺麗だ」
「え?綺麗?何故?」
 
こんなに汚れてみっともない姿、誰が見たって汚いって言うだろう。それに、僕は人間ではないから。
 
そんな考えを見抜いたように男は口を開いた。
 
「お前は美しい。今まで見てきた生物の中で、お前が一番美しいと思ったよ」
 
そう言って男は優しい顔で笑った。
 
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