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07 甘い毒草、苦い薬草(前)
しおりを挟む東の国に囚われていた頃、数日間だけ西の国の前騎士団長アンドレイと過ごしたことがある。
アンドレイと話していくうちに、彼の父に薬草の知識があり、アンドレイはその父親から薬草について教わったと言うことを聞いた。
もしかすると、アンドレイの父親は自分が出会ったことのある人物かもしれない。
そのように思ったのは、昔同じ味のする薬草で治療を受けたことがあったから。
あの人間と会ったのは一度きりだが、今でもよく覚えている。何せ彼が間近で見た、初めての人間だったから。
あの時の僕は鳥の姿だったため、治療してもらったのに、お礼も言わずに飛び去ってしまった。
アンドレイ。アリウスの父親。
出会いは突然で、また、別れも突然だった。
彼が連れて行かれるのを、ただ見ているしかなかった僕。アンドレイは最期まで優しい人間だった。
それから幾年か過ぎて、レイはアリウスと出会う。
彼がすぐにアンドレイの息子だと気付いたきっかけも、やはり治療をして貰った時だった。
あの耳に優しく響く低い声や、優しい目元、雰囲気、全てがアンドレイと似ていた。
アンドレイも、アリウスも、あの時の彼も、皆同じ色の優しい瞳をしていた。似た面影があった。
やはりそうだ。鳥の姿の自分を治療した彼がアリウスの父親だ。
だって彼らは皆、同じ優しさで僕を見て笑いかけてくれた。暖かい手で治療をしてくれたんだ。
アリウスにレイという名を貰う前、レイは世界を彷徨う渡り鳥、名も無き一羽の鳥だった。
自由に世界を飛び渡る鳥は、いつも独りで寂しく空を飛んでいた。
海を越え、山を越え、島を渡り、四つの国を転々と回り、居場所などない。
いつしか彼は疲れ果て、気が付けば西の国の地で力尽きようとしていた。
別に悲しくなどない。生まれた時から独りなのだから。寂しくなどない。ずっと独りだったのだから。
干からびた地面へ体を横たえ、命が尽きるのを静かに待っていた。
死んだと思った体はいつの間にか再び生まれ、そしてまた独りで空を飛び続けるだけの自分。
人々はそれを伝説の不死鳥と呼ぶらしい。
でも自分はそんな大層な鳥ではない、と思っている。
だって、伝説と言われるくらい、物凄いことをしたわけじゃないし、する予定もない。
僕は単なる鳥。
世界を彷徨い続ける、一羽の孤独な渡り鳥なんだよ。
体が冷たくなり、呼吸も苦しくなる。
もうすぐ僕は死ぬ。
どうせまた生まれるのなら、別にいつ死んだって構わないさ。
誰が悲しむわけでもなし。
「…キィー……」
鳥は寂しそうな声で鳴いた。
するとその時、パタパタと足音が聞こえ、一人の人間が鳥を抱え上げた。
何するんだ。僕はもう死ぬっていうのに。
それとも息のあるうちに焼いて、鳥の丸焼きにでもするつもりかい?
いいさ、別に、どうでも。
好きにしなよ。
別にそうなったって、恨みやしないさ。
「………キィ……」
勝手に目が閉じてゆく。
意識が霞む。
「おお、回復したな。よかったよかった」
「…キィー」
次に目を覚ました時には、生まれたての雛鳥になっていると思っていた。
敵から身を隠して、成長するまでひっそりと暮らすものだと。
結果的に、そうではなかったらしい。
目を覚まして始めに見たのは人間の男だった。恰好からして騎士と呼ばれている者だろうか。
やけに嬉しそうにこちらを見ている。
それにしても、口の中がちょっと苦い。
「キィッ、キィッ、キィィッ」
「おうおう、すっかり元気になったな!これで一安心」
そう言って男は、抱えていた鳥の頭を優しく撫でた。
「持っていた薬草が役に立ったな」
「キィッ」
そう言って彼は懐から二種類の草を取り出した。
「お前を救った薬草だ。こっちは病気治療の万能薬と言われている薬草で甘い。本来であれば毒草なんだが、食えば瞬間的に痛みや疲れを消してくれるし、体力を回復してくれる優れもの。そしてこっちはこの毒草の解毒をしてくれる効果があるが、とても苦い。良薬口に苦しって言葉は本当だよなぁ…」
「キィー…」
男は勝手に喋り続けているが、その相手は抱えた鳥。状況を知らない者が見れば、一瞬にして変人扱いされることは間違いないだろう。
人間という生き物を間近で見たのはこれが初めてだった。よく喋りよく笑い、何故か楽しそうだ。おかしな人間だっているものさ。
鳥はそう思いながら再び鳴いた。
せっかく救ってもらった命だ、一応俺を言っておくよ。ありがとう、人間。二度と会うことはないけど、君のその優しい笑顔は忘れない。
「キキィッ」
「ん?礼なんて言わなくていいぞ、これも何かの縁だ」
「…」
男は鳥の嘴をチョイチョイと指先で突いて笑った。鳥は顔をプルプルッと震わせ、羽を広げる。
「お、飛べるか?気を付けて旅をしなさい」
「キイィッ」
バサッ、バサッ、バサッ
男の顔を少し見つめ、鳥は飛んでいった。
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