不死鳥の愛した騎士団長【完結】

まむら

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06 回復

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結果的に、祖父から教わった薬は効果覿面だった。
 
煎じた薬を飲ませて数刻、レイの体に体温が戻り震えも止まった。レイは鳥の姿のままだったが、それが真の姿か、それとも人の姿が真実なのかもわからない。
 
とにかく回復に向かっている。意識が戻ればレイも人間の姿になるだろう。
 
「レイ…」
 
呼吸も安定し、アリウスもこれでようやく一安心できる。
 
大切な人を失うのは辛い。
 
祖父と母を看取れたことは幸いだった。二人とも最期は苦しむことなく、眠るように天国へ行ったと思う。
 
だが、父の死は突然知らされる形だったので今でも胸が苦しくて痛い。
 
父の亡骸は、東の国の使者が騎士隊を引き連れ、書簡ともに送ってきた。
 
西の国に帰還した時には既に父の息はなかった。白い顔、冷たい体、胸には剣で貫かれた痕があった。
 
思っていたほど苦しそうな顔をしていなかったのが、せめてもの救いだった。
 
当時の国王は怒りに任せて使者を殺そうとした。
 
 
 
 
 
両国はすでに疲弊し、次の戦いで確実に共倒れになることは目に見えていた。しかし、それでも東の国は、均衡を保ち国同士の干渉を禁ずる、という西の国からの提案を受け入れなかった。
 
そうこうしているうちにやがて戦いは膠着状態になってしまい、騎士団も疲れ果てていた。ほとんどの者が傷を負い、戦える状態ではなかった。
 
とうとう騎士団長のアンドレイは敵国に捕まり、幽閉されてしまう。
 
それからひと月後、東の国の使者が連絡もなしに突然、遺体となったアンドレイと東の国王からの書簡、そしてアンドレイ直筆の手紙を持ってやってきたのだ。
 
しかし、使者が渡してきた書簡と一枚の折り畳まれた紙に記された文章を読んでそれをやめた。
 
書簡の内容は耳にするのも悍ましい、酷い内容であった。
 
『両国は疲弊し、すでに膠着状態と判断した。そこで我は騎士団長アンドレイに提案し、賛同を得て、それを実行した。騎士団長アンドレイの命を以て、終戦とし、両国は均衡に入る。騎士団長アンドレイの遺体を引き渡し、使者が帰還した時点で同意したものとみなす。もし使者が帰還せず殺されたことが報告された時点で、両国の戦は継続すると判断し、我が国は即刻攻撃態勢に入る』
 
そのような内容だった。
 
一方的にアンドレイの命と引き換えに終戦したうえ、抵抗すれば再び戦いを続ける、という一方的で身勝手な提案であった。すでにアンドレイの命は絶たれ、提案などあってないようなものである。
 
もしこれを拒もうものなら、アンドレイの命は無駄になり、国は滅び、終わってしまうのだ。
  
国王は一筋の涙を流し、使者に手紙を託して帰還させた。
 
使者が去った後、息子のアリウスが呼び出された。
 
そこでようやく父の亡骸を見ることが出来たのだ。祖父は呆然自失となったアリウスを慰め、抱き締めた。母は悲しみのあまり倒れ、ますます病弱になった。
 
それでもアリウスは年老いた祖母と病弱な母のため、これ以上心配させまいと歯を食い縛って声を上げず、静かに泣いた。小さいながらも必死に悲しみに耐えたのだ。
 
祖父は何も言わず、そんなアリウスを強く抱き締めてくれた。
 
死んでしまった父を天国に送るため、葬式の準備をした。棺桶に入れるために固く冷たくなってしまった父の体を綺麗にするため、ボロボロになった服を脱がそうとした時、懐に一本の羽根が入っていることに気が付く。
 
その羽根をそっと取り出し、優しく手の平に乗せた。キラキラと輝く羽根はそれだけでも美しかった。普通の鳥の羽よりも数倍大きく、艶のある美しい羽根。
 
何故このようなものを父は懐へ入れていたのだろう。それとも勝手に入ったのか。
 
アリウスはそれをしばらく見つめ、近くにあった白い布の上に乗せた。折れてしまわぬそうに優しく折りたたみ、ちちの部屋から出てきた空の箱へと入れる。
 
これが、この一本の美しい羽根が、父の残した唯一の形見となってしまった。
 
 
 
 
 
あの時の悲しみと苦しみ、憤りは凄まじく、思い出すと今でも胸に突き刺さるほど、言葉では表すことのできない感情が溢れ出て来るが、今となってはどうすることもできないのが現実だ。
 
敵を討とうなど考えれば、天国にいる祖父や母、父は悲しむだろう。国のために最期の瞬間まで戦った父の尊厳を守るためにも、自分は騎士団長として正しくあらねばならないのだ。
 
バサッ
 
物思いに耽るアリウスの目の前に、突然大きな羽が出現した。驚いて椅子から転げ落ちそうになるのを耐え、ハッとしたように寝台を見た。
 
寝台の上には、先ほどまで眠っていたレイが目を覚ましていたのだ。横になったまま人間の姿に戻り、羽を広げてぼんやりとこちらを見ている。完全に意識が戻っていないのか、アリウスを見たまま動く様子がない。
 
まだ気分が悪いのだろうかと、アリウスは慌ててレイの頬に手を当てた。
 
「レイ、まだ具合が悪いのか?吐きそうなのか?それとも…」
「…大丈夫、もう平気だよ。ちょっと寝ぼけてるだけさ…」
 
そう言ってレイが小さく笑った。
 
アリウスは安心した様にレイの体に覆いかぶさった。心なしか少し震えているように感じる。
 
「アリウス、君が治してくれたんだね。ありがとう…」
「本当にもう平気なのか?突然倒れた時は心臓が止まるかと思った。…心配したんだ」
「…ごめんなさい」
「謝ることなどない。ただ、心配しただけなんだ。もう目を覚まさないかと不安になった」
「…アリウスは優しいね」
「馬鹿言うんじゃない」
「えへへ」
「こら」
 
レイは頬を染めて嬉しそうに笑っている。その笑顔は本当に嬉しそうで、可愛かった。アリウスは少しの間その笑顔に見惚れ、目元を赤く染めた。
 
そんなアリウスを目敏く見つけ、レイが不思議そうに首を傾げた。
 
「アリウス、顔が赤いよ。君も体調が悪いんじゃないかい?僕と一緒に眠る?」
「…な、何を言っているんだ。俺は健康だし、体も頑丈だ。ちょっとやそっとじゃ倒れやしない」
「そう?それはそうかもね。アリウスは大きいし、とっても強そうだものね」
「揶揄うんじゃない」
「本当にそう思っているんだよ。アリウスは強いし、かっこいいし、僕は大好きだよ」
「…だっ、いすきっ!?」
「うん。だぁいすきさ」
「……っ」
 
とうとうアリウスの顔は真っ赤になってしまい、今にも頭から噴火しそうだ。
 
レイは嬉しそうに、幸せそうに、そんな様子のアリウスを見つめていた。
  
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