不死鳥の愛した騎士団長【完結】

まむら

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05 治療

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あまりにも冷たくなった体に不安を覚え、アリウスは上着を抜いでレイを抱えたまま寝台へ横になる。そして上掛けを被り、体温を分け与えるように華奢なレイの体を抱き締めた。
 
レイの体は回復していなかったようだ。唇が真っ青になり、レイの体はますます震え出す。
 
するとスーッとレイの体が光り出し、次の瞬間には出会った時の状態、鳥の姿のレイになっていた。
 
「レイ、レイ!!」
 
極彩色の美しい鳥は、羽の艶を失くし、やけに乾燥していた。脱水症状か、それとも別の病気か。いつ変化するかもわからないのに獣医に診せるわけにもいかず、かといって人間の医者に診せるわけにもいかない。
 
とにかく何とかして今の状態から回復させなければ死んでしまう、とアリウスは急いで書庫に向かった。医者に診せれないのならば自分で調べるしかない。
 
書庫に行き人間用の医学書と鳥類の医学書を持ってすぐに自室に戻った。
 
布に包まったままのレイは未だに震えている。
 
まだ出会ったばかりなのに、何も知らないのに。死なせない、死なせてなるものか。
 
アリウスは必死で治療に使える文章を探す。人間用からも鳥類用からも使える治療法は何でも使って見なければ、とアリウスは焦る気持ちで治療法を探していく。
 
「そういえば、昔…」
 
ふと、アリウスは昔そういう体験をしたと祖父から聞いたことがあるのを思い出した。
 
 
 
 
 
祖父もまたアリウスと同じく騎士団長となり国を守る役目を担っていた。
 
アリウスの一族は曾祖父の時代からずっと騎士団長としての役目を国王から賜り、信頼と実績による功績は今でも国中に語り告げられている。
 
記憶の中の祖父は既に騎士団長を引退していた。老後は民と共に畑を耕し、米を作り、野菜も作っていた。
 
幼かったアリウスは祖父と共に畑作業を手伝っていた。
 
その時に聞いた話を覚えている。
 
「アリウス、面白い話をしてやろう。わしが騎士団長になる前、とても美しい鳥を見たことがあってな…」
 
祖父が言うには、騎士団長になる前の出来事。
 
あの頃、まだ一般騎士として戦場を駆け巡っているさなか、祖父は干からびた地面に横たわる一羽の鳥を保護したという。
 
その鳥は大変衰弱しており、まともに鳴くことさえできない様子だったらしい。
 
羽は泥にまみれ汚れているし全身は傷だらけ、目を開くことすら難しい様子で、祖父は可哀想になって手当てしてやることにしたのだ。
 
汚れを洗い流し、傷の手当をする。固く閉じた嘴をこじ開けて手作りの流動食を与えてやった。しかし鳥の体は熱を持っていて、それがなかなか下がらずに困っていたという。
 
祖父は曾祖父から教わった薬草の知識が少しだけあり、効能について知っていた。そのため祖父は野山を駆け巡り効果のありそうな薬草を片っ端から集めたのだ。
 
薬になるもの、毒になるもの、毒が薬になるものなど、その種類は数えきれない。その中から数種類、人間にも動物にも効果の高い薬草を煎じて飲ませてやった。
 
すると数日後、鳥は体調を取り戻したという。
 
祖父は嬉しそうに笑いながら話を続ける。
 
「あの鳥はとても美しかった。極彩色で飾られた光沢の羽、金銀に光り輝く無数の尾、そして一番目を引かれたのはその瞳。赤く、まるで宝石のような丸い瞳は、今でも鮮明に覚えているものだ」
 
「その鳥は何て言う鳥?」
 
幼いアリウスの質問に、祖父は皺を深くして笑う。
 
「わからん。あの鳥はどの本にも載っていない、珍しい鳥だったからなぁ。例えるなら伝説の不死鳥。まさにそれだ」
「伝説の、不死鳥?不死鳥ってなに?どんな鳥?大きい?小さい?青い?白い?」
「これこれ、そんなに質問さてたら答えられんだろう」
「じゃあ一つだけ!その鳥はどんな鳴き声?」
「鳴き声?…どんなだったかのぅ、高くて切り裂くような、それでいて耳に心地よい音色だったのぅ」
「へぇ…。その鳥はいつか、僕も会えるかな?」
「…アリウス、お前の心がいつまでも清く正しくあるのなら、きっと会える。あの鳥はそういう鳥なんじゃと思うぞ」
「なら僕もじいちゃんみたいに騎士団長になって、強くて良い人になる!そうしたらきっとその鳥に会えるから!」
 
そう叫んだアリウスを見て祖父は声を上げて笑ったのだった。
 
嬉しそうにずっと、ずっと笑っていた。
 
 
 
 
 
その薬草の種類を今でもはっきりと覚えている。
 
もしかするとその薬草を煎じて飲ませれば効果があるかもしれない。それを飲めばレイはきっと助かる。何故かそう感じた。
 
アリウスは急いで薬草を摘みに行くべく馬を走らせた。運良く探していた薬草は近い場所で全て手に入った。あとはこれを煎じて飲ませるだけ、それしかない。
 
祖父の手伝いをしていた頃を思い出しながら薬草を洗い、容器に入れて火にかけた。グツグツと煮えるのを見ながらアリウスは祖父との会話、父との短くも楽しかったあの頃の記憶を思い出していた。
 
急死したとの知らせが届いたのは終戦から数日後、祖父が亡くなってから半年も経たない時だった。
 
悲しみに暮れ、毎日のように涙を流していたアリウスであったが、父の亡骸にそっと添えられていた一本の羽を形見としてずっと大切に保管していた。
 
その羽は今でも大切に机の中に箱に入れてしまってある。父との思い出と、唯一残ったのがその羽だった。
 
祖父の引退と交代する形で父であるアンドレイは騎士団長となった。
 
なのでそれまでは数日おきに家に帰っては話をしてくれていた父も、忙しくなりほとんど帰れない日が続いていた。
 
それでもそんな父の姿は、アリウスにとってはとても頼もしく、誇らしかった。大人になり、父のような精錬な騎士になりたいと自ら志願して、進んで国を守ることを選んだ。
 
そんなアリウスに母親は嬉しそうに、そして悲しそうに背中を押してくれた。
 
その母は元々病弱だったためすでにこの世にはいない。急な発作で突然この世を去ったのは数年前、アリウスが騎士団長となり、強く逞しくなった、と喜んでくれた矢先のことだった。
 
覚悟はしていたがそれが突然訪れるものだとは、思ってもみなかった。母を置いて騎士になったことを後悔しそうになったが、絶対にそれだけは、後悔だけはしたくない。
 
祖父が曾祖父から受け継ぎ、祖父から父が受け継いだ。そしてその使命を息子の自分が受け継ぐのだ。これほど誇らしいことがあるだろうか。
 
きっと母も天国で応援してくれているはず。
 
清く、正しく、逞しい騎士として在ることこそが自分の埃であり、生きる理由だ。国を守り、民を守り、希望を守る。
 
レイを守りたい。
 
それが今の自分の想いだ。
 
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