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04 謁見
しおりを挟む食事もそこそこに、アリウスはレイを連れて国王のいる謁見室へと向かった。前もって国王の側近に説明してあるので、謁見まではスムーズに進んだ。
アリウスは国王の前で片膝をつき挨拶をする。少し後ろでレイも静かに足を揃えて座り、両手をついて頭を深く下げた。
「騎士団長アリウスが拝謁いたします。南と北の戦争について急ぎの知らせがあります。つきましてはこちらにおりますレイが説明させていただきたく存じます」
「面を上げなさい。まずは立って楽にせよ」
「ありがとうございます」
礼を言い二人は立ち上がった。国王が落ち着いていることに安心したようにアリウスは表情を緩めた。
国王は真剣な眼差しでアリウスに問う。
「…して、南北がゼロ島を通過して戦争をしたというのは真実か?」
「はい。それにつきましてはこちらの、レイという者が説明をいたします。よろしいでしょうか」
「結構。レイと申す者、説明せよ」
アリウスは後ろに控えていたレイを隣に呼び、説明してくれと囁いた。レイはニコリと笑って頷く。
「説明いたします。僕は国を避け、ゼロ島へと漂流しました。しばらくの間は平和に過ごしていましたが、ある日突然、南北両方から騎士が押し寄せ戦を始めたのです」
「ゼロ島へ移る前、そなたはどの国にいた?」
「…それは、あまり思い出したくないし、言いたくないかな」
「レイ!国王に失礼な言葉遣いは許されぬ!」
「えっと、ごめんなさい、国王様。僕はいつもこんな調子で、時には人を怒らせてしまう時もある。でも僕はいつでも真剣に、精一杯生きている、…んです」
「ははは、よい、許す。そなたの真摯な態度に免じて言葉遣いは許すとしよう」
「国王…」
「私が許すと言ったのだ。騎士団長は黙っておれ」
「はっ」
国王はレイが気に入ったのか、優しい声で話を続けさせる。
「その戦はいつから始まり、いつ収束した?」
「僕がいた期間はそう長くはないよ。住み着いて五日目でゼロ島は戦場になった。それからまた五日ほど経つ頃にはゼロ島で暮らしていた彼らは巻き込まれて死んでいったから…。僕がゼロ島から出てここに来るまで多分二十日くらい経過しているはずだから、戦が始まったのはおよそ三十日前のこと、ということになるかな。その後は僕にはわからない」
「……」
少し、レイは悲しそうに国王の顔から視線を逸らした。
国王は静かにレイに尋ねる。
「ゼロ島の人間はそなたを除き全滅か?」
「そうだね、多分。僕には誰の声も聞こえなくなった…。悲鳴と鳴き声、兵士たちの笑い声、怒った声、全てが一斉に止んでいったように記憶しているよ」
思い出しながら、レイは目を閉じる。
その瞬間、レイの体がグラリと傾き、アリウスは咄嗟にその体を抱きとめた。焦ったようにアリウスは声を荒げ、真っ青になったレイの顔に手を添えた。
「レイ!!」
顔が、体がとても冷たい。そして先日池で救った時のように、いや、それ以上に震えている。
国王が眉間に皺を寄せてアリウスに告げた。
「その者を治療せよ!…回復するまでそなたが看病することを許す。あまりにも悲惨な記憶を思い出させてしまったようだ。レイとやらに少し悪いことをした。しばらくは副団長に指揮を執らせることにする」
「…はい!!」
挨拶もそこそこに、アリウスはレイを抱き抱えて自室へと戻った。
アリウスがレイを抱えて謁見室から出て行ったあと、国王は俯いて何かを考えているようだった。
それに気付いた年老いた臣下うに国王に尋ねる。
「国王、一体どうなされたのですか。何やら考え込んでおるようですが…」
「…いや、老臣よ、少し昔のことだ。そなたが前国王である我が父に仕えていた時、騎士団長…、アリウスの父のことを覚えているか」
「アリウス殿の父君と申しますと、今は亡き前騎士団長アンドレイのことでしょうか」
「そうだ、アンドレイのことを思い出していた。あれの死は謎多きものだった」
「…東の国との大戦争があった時のことですな」
前国王が西の国を治めていた時代、偵察部隊によれば、真反対に位置する東の国でこちらに侵略戦争の準備を密かに行っているとの報告を受けた。
守りを固めるために当時の騎士団長であったアンドレイに国の各地に守備部隊を配置するよう密命をし、アンドレイはそれを遂行すべく各隊長へと指示を出しに行った。
その帰り道、ゼロ島と西の国の丁度境目、つまりは国境付近の危険地帯でアンドレイは、ゼロ島の遥か向こう、東の国の国境奥の上空で一羽の鳥が飛んでいるのを見たらしい。
その鳥は遠目で見てもわかるほどに、大変美しい鳥であったと言うのだ。まるで空を舞う天女の羽衣のように煌く羽は大きく広がり、幾つもの色が散らばっているかのような身体をしていたという。
その鳥が突然、力を失ったように落下したとうのだ。それからゼロ島まで渡り探してみたが見つけられなかったらしい。
森の奥深くへ落ちたか、海に沈んで死んだかだろう。とアンドレイは言っていた。
そこまでは特に大した話ではない。しかしその後のアンドレイの話が不思議だったのだ。あの頃はそう大したことだとは思わなかったが、今日、レイを見て一つ思い出したことがあった。
「アンドレイは言っていた。ゼロ島で美しい男を見た、とな。男は二十歳ほどの見た目で長い白髪、白い肌、そして赤い瞳をしていたという…」
「…それは、先ほどのレイという若者の容姿にかなり似ていますな。しかし王よ、あれはもう二十年以上昔の事。もしレイとやらがその者だったとして、それながらあの者の年齢は四十歳を過ぎていてもおかしくはないはずですぞ」
そう言って老臣は当時のアンドレイの様子を思い出す。
あの頃アンドレイは騎士団長としての任務を遂行すべく奔走していた。偵察部隊との連携や守備部隊との作戦など、とても忙しそうにしていた。
時には国境を超える寸前の場所まで向かい、偵察を自ら行うこともあった。
その彼が西の国へと変える途中、ゼロ島を通過することはよくあった。そこに住んでいた者たちはすでにこの世を去っているが、彼らがアンドレイを怖がることはなかったと聞いている。
何故ならばアンドレイは殺戮を嫌う。侵略を嫌う。無闇に人を殺すことなど一度たりとも犯したことはない。前国王も現国王のように中立を望む人間だった。
ゼロ島の住人たちは権力もなく弱い立場にある。それをわかっているからアンドレイは彼らが怯える行動はしなかった。
彼らが隠れれば静かに去り、攻撃してきてもそれは自分自身を守る行動だから、と避けるだけ。それが何度も続けば住人たちも行動を起こすことはなくなる。
しかし仲良くなることもなかった。そこに人がいてもお互い知らぬフリをするだけだ。それでよかったのだ。それが彼らを脅かす存在ではないと知らせる、唯一の行動だったから。
その報告から数日して、大戦争は起こった。東の国は西の国を征服するため、攻撃を仕掛けてきたのだ。
当然中間にあるゼロ島は通過地点であり、戦争のために犠牲になる。美しいと言われた彼も、きっとその戦争の犠牲者となって亡くなったことだろう。
「ああ、そうだ。レイの見た目は二十歳そこそこ。確かに美しく、白髪であり肌の色も白く、瞳は血のように赤い。同一人物ではないだろう。それにすでにあの戦争の犠牲者となって亡くなっているはずだ」
「一応、身辺を調査しますかな?」
「いや、それはいい。…レイとやらの言葉には誠意が見られた。あれは真実を語る目だ。嘘はついておらぬ。アンドレイの息子のアリウスが連れてきた者だ、信じても良いだろう」
「それではしばらくは静観しておきましょう」
「そうしてくれ」
「はい…」
国王の言葉に軽くうなずき、老臣は自分のいた位置へと戻った。
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