不死鳥の愛した騎士団長【完結】

まむら

文字の大きさ
上 下
2 / 25

02 レイ

しおりを挟む
 
目を疑うような鳥、いや、彼との出会いだった。
 
鳥が人間に変身するなど見たことも聞いたこともない。
 
だが実際、こうして目の前で見たのだ。これは紛れもない現実だ。
 
誰かに言うべきか、言わざるべきか。いや、言わない方がいい。
 
この世界は残酷なのだ。国と国との争いの中、人々は疲れている。
 
いつまでも続く勝手な争いに巻き込まれ、死んでゆくから。
 
 
 
 
 
ようやく思考が現実に戻ったアリウスは、名も無き鳥、という彼をどうするべきかと考えていた。
 
体は回復していると言っているがとても痩せている。追い出してよいものか。
 
家族はいるのか、仲間入るのか、帰る家は、あるのか。
 
何から聞けばいいのか、アリウスは彼を見て言う。
 
「聞きたいことは山ほどあるが、まずは名前を聞かせて欲しい」
「名前?…僕は言ったはず、名も無き鳥だって。僕には名前が無い。いや、あったけど忘れた。それが正しいのかもしれない。」
「あったけど、忘れた?」
「ふふっ、とにかく僕には名前が無いんだよ」
「それで困ったことはないのか?」
「困ることなんて何もないさ。だって僕は一人…、いや、一羽で世界を渡り続ける放浪者、…えっと、放浪鳥?だからね」
 
彼は笑いながらそう言う。
 
「行くところはあるのか?」
「何処に行こう?」
「家族は?」
「いないさ」
「仲間は」
「いないと思うよ」
「家は」
「放浪の身さ」
「………帰るばしょは?」
「………いつか帰りたいね」
 
帰りたい、と言った彼は笑う。とても寂しそうに。
 
一体何処からきて、何処へと向かうというのか。美しい彼の言葉は嘘か本当かわからない。ただ、捨てようなどとは思えなかった。
 
家族がいないのなら、帰る家がないのなら、少しの間、彼の居場所が出来るまでの間だけ、そばに置いておこうかと、アリウスは思った。彼は承諾するだろうか。
 
アリウスは真剣な顔をして彼を見た。
 
「…ここに、しばらく住むのはどうだ?」
「?」
「君の居場所が出来るまで、ここに住むといい」
「…僕がここに住むの?」
「ああ、君がそれでいいなら」
「……あなたは不思議なことを言うね。でも楽しそう。…少しだけ、あなたと過ごしてみるのもいいね。うん、そうしよう。たまには誰かと過ごすのもいいものだよね。よろしくお願いします」
 
ペコリとお辞儀をして、目の前の彼は少し嬉しそうに笑った。
 
アリウスは彼があっさりと承諾したことに少し驚きつつ、どことなくホッとしたような気持で彼に言った。
 
「あ、ああ。それならば…、名前を…」
「名前はないって言ったでしょう。別に君でもお前でも適当に呼んでくれればいいさ」
「そういうわけにはいかない」
「う~ん、ならどうすればいいのかな。…あ、なら、君が僕に名前をつけておくれ。君と過ごす間だけ、僕は君から与えられた名を使うことにしよう」
「…いいのか、それで」
「別に構わないよ。君が不便だと思うなら、僕を拾った君が、僕に名前を付けるべきだよね」
「……ならば、そうだな。…レイ。君の名前はレイにする。麗…、レイ。レイがいい」
「レイ…、うん。なら今日から僕の名はレイだ。どうぞよろしく」
「ああ、こちらこそ…」
 
バチンッ
 
彼と握手をした瞬間、体に静電気のようなものが走った気がした。
 
目の前の彼…、レイは特に気にした様子もなくニコニコと嬉しそうに笑っている。
 
手を放した瞬間、フワリとレイの体が地面から浮いた。背中から羽が生えていることに気付き、アリウスは慌てた様にレイの体を下ろす。
 
「どうしたの?」
「レイ、君は人間の姿でも空を飛べるのか?」
「飛べるさ。こうして羽を出せば」
「それならば、俺以外の人間の前では人間と同じようにしていてほしい。人間は羽が生えないから空を飛べない。」
「うん、わかってるよ。これはあなたの前でだけする」
「ああそうしてくれ」
「……」 
「………?」
 
急にレイが黙り込み、困ったように少し首を傾げた。アリウスは何故レイがそうしているのかわからずに尋ねる。
 
「どうした?具合が悪いか?」
「…えっと、うん、…あなたの名前を教えてほしいかな」
「ああ、まだ言っていなかったか。俺の名はアリウス。西の国の騎士団長をしている」
「…アリウスだね。改めて、よろしくお願いします、アリウス」
「こちらこそ、レイ」
 
もう一度握手をする。しかし、さきほどのような静電気は起こらなかった。
 
 
 
 
 
名も無き鳥は名を貰い、レイとなった。
 
レイはアリウスに命を助けられた。
 
だからレイはわかった。
 
アリウスはきっと清く正しく、強い人間なのだと。
 
この世界は恐ろしい。でも、もう一度だけ、人間と生きてみたいのだ。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

[完結]堕とされた亡国の皇子は剣を抱く

小葉石
BL
 今は亡きガザインバーグの名を継ぐ最後の亡国の皇子スロウルは実の父に幼き頃より冷遇されて育つ。  10歳を過ぎた辺りからは荒くれた男達が集まる討伐部隊に強引に入れられてしまう。  妖精姫との名高い母親の美貌を受け継ぎ、幼い頃は美少女と言われても遜色ないスロウルに容赦ない手が伸びて行く…  アクサードと出会い、思いが通じるまでを書いていきます。  ※亡国の皇子は華と剣を愛でる、 のサイドストーリーになりますが、この話だけでも楽しめるようにしますので良かったらお読みください。  際どいシーンは*をつけてます。

彼は罰ゲームでおれと付き合った

和泉奏
BL
「全部嘘だったなんて、知りたくなかった」

処理中です...