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02 レイ
しおりを挟む目を疑うような鳥、いや、彼との出会いだった。
鳥が人間に変身するなど見たことも聞いたこともない。
だが実際、こうして目の前で見たのだ。これは紛れもない現実だ。
誰かに言うべきか、言わざるべきか。いや、言わない方がいい。
この世界は残酷なのだ。国と国との争いの中、人々は疲れている。
いつまでも続く勝手な争いに巻き込まれ、死んでゆくから。
ようやく思考が現実に戻ったアリウスは、名も無き鳥、という彼をどうするべきかと考えていた。
体は回復していると言っているがとても痩せている。追い出してよいものか。
家族はいるのか、仲間入るのか、帰る家は、あるのか。
何から聞けばいいのか、アリウスは彼を見て言う。
「聞きたいことは山ほどあるが、まずは名前を聞かせて欲しい」
「名前?…僕は言ったはず、名も無き鳥だって。僕には名前が無い。いや、あったけど忘れた。それが正しいのかもしれない。」
「あったけど、忘れた?」
「ふふっ、とにかく僕には名前が無いんだよ」
「それで困ったことはないのか?」
「困ることなんて何もないさ。だって僕は一人…、いや、一羽で世界を渡り続ける放浪者、…えっと、放浪鳥?だからね」
彼は笑いながらそう言う。
「行くところはあるのか?」
「何処に行こう?」
「家族は?」
「いないさ」
「仲間は」
「いないと思うよ」
「家は」
「放浪の身さ」
「………帰るばしょは?」
「………いつか帰りたいね」
帰りたい、と言った彼は笑う。とても寂しそうに。
一体何処からきて、何処へと向かうというのか。美しい彼の言葉は嘘か本当かわからない。ただ、捨てようなどとは思えなかった。
家族がいないのなら、帰る家がないのなら、少しの間、彼の居場所が出来るまでの間だけ、そばに置いておこうかと、アリウスは思った。彼は承諾するだろうか。
アリウスは真剣な顔をして彼を見た。
「…ここに、しばらく住むのはどうだ?」
「?」
「君の居場所が出来るまで、ここに住むといい」
「…僕がここに住むの?」
「ああ、君がそれでいいなら」
「……あなたは不思議なことを言うね。でも楽しそう。…少しだけ、あなたと過ごしてみるのもいいね。うん、そうしよう。たまには誰かと過ごすのもいいものだよね。よろしくお願いします」
ペコリとお辞儀をして、目の前の彼は少し嬉しそうに笑った。
アリウスは彼があっさりと承諾したことに少し驚きつつ、どことなくホッとしたような気持で彼に言った。
「あ、ああ。それならば…、名前を…」
「名前はないって言ったでしょう。別に君でもお前でも適当に呼んでくれればいいさ」
「そういうわけにはいかない」
「う~ん、ならどうすればいいのかな。…あ、なら、君が僕に名前をつけておくれ。君と過ごす間だけ、僕は君から与えられた名を使うことにしよう」
「…いいのか、それで」
「別に構わないよ。君が不便だと思うなら、僕を拾った君が、僕に名前を付けるべきだよね」
「……ならば、そうだな。…レイ。君の名前はレイにする。麗…、レイ。レイがいい」
「レイ…、うん。なら今日から僕の名はレイだ。どうぞよろしく」
「ああ、こちらこそ…」
バチンッ
彼と握手をした瞬間、体に静電気のようなものが走った気がした。
目の前の彼…、レイは特に気にした様子もなくニコニコと嬉しそうに笑っている。
手を放した瞬間、フワリとレイの体が地面から浮いた。背中から羽が生えていることに気付き、アリウスは慌てた様にレイの体を下ろす。
「どうしたの?」
「レイ、君は人間の姿でも空を飛べるのか?」
「飛べるさ。こうして羽を出せば」
「それならば、俺以外の人間の前では人間と同じようにしていてほしい。人間は羽が生えないから空を飛べない。」
「うん、わかってるよ。これはあなたの前でだけする」
「ああそうしてくれ」
「……」
「………?」
急にレイが黙り込み、困ったように少し首を傾げた。アリウスは何故レイがそうしているのかわからずに尋ねる。
「どうした?具合が悪いか?」
「…えっと、うん、…あなたの名前を教えてほしいかな」
「ああ、まだ言っていなかったか。俺の名はアリウス。西の国の騎士団長をしている」
「…アリウスだね。改めて、よろしくお願いします、アリウス」
「こちらこそ、レイ」
もう一度握手をする。しかし、さきほどのような静電気は起こらなかった。
名も無き鳥は名を貰い、レイとなった。
レイはアリウスに命を助けられた。
だからレイはわかった。
アリウスはきっと清く正しく、強い人間なのだと。
この世界は恐ろしい。でも、もう一度だけ、人間と生きてみたいのだ。
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