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01 出会い
しおりを挟む世界は四つに分かれている。
東の国、西の国、南の国、北の国。
それぞれの国には国王がいて、騎士がいて、民がいる。海があって、川があって、山があって、動物や魚がいる。
しかし、この世界は広く、恐ろしい。
西の国の国王は騎士団長に命令した。
国は強くあらねばならぬ。騎士団長アリウスは聞け。
この西の国を更なる強国とせよ。
さもなくば国は滅び、全ての命は潰えるだろう。
侵略を許すな、敵国を退け、民を守れ。
「命令、しかと承りました。騎士団長アリウス、命に代えても王と民を守りましょう」
アリウスは深く頭を下げ、静かにその場を後にした。
空が曇っている。
アリウスは遠くの空で雷が光るのを見ていた。
「団長、もうすぐ雨が降りますよ。訓練を中断しますか?」
訓練隊長がそっとアリウスに近付き尋ねる。
空を眺めながらアリウスは答えた。
「…そうだな、早めに上がるように皆へ伝えろ。俺は今から宮殿周辺の見回りをしてから戻る」
「はい、わかりました」
もう一度遠くの空に視線を移し、じっと見つめる。雷がピカッと光り、雲が益々黒くなってゆく。
「大嵐が来そうだな。早くせねば…、…あれは…?」
視線の先で何かが落ちていくのを見た。赤いような青いような、それとも黄色いような、不思議な色だったような気がする。
雷ではないだろう。それならば鳥か、それとも違う何かか。
調査するべきだろうか、それとも放っておくべきか。とアリウスはしばし考え、やはり気になることは調べなければいけない、と足早にその場から去る。
(敵国の攻撃かもしれない…)
アリウスは万が一の時に備え剣と弓を抱え馬に飛び乗った。
「場外を少し見回って来る。しばらくすれば大雨となるだろうから注意しておけ」
「は!!」
門番に声をかけ、馬を走らせる。森の中央には小さな池があり、そこに光る物体は落下した可能性がある。アリウスは光る物体が落ちたと思われる場所へと急いで向かった。
天気のせいか森の中は薄暗く、動物たちはひっそりと姿を隠している。
目的の場所に辿り着いた。森の中央にある池は目の前だ。アリウスは注意深く目を凝らし、周辺を見渡した。
「…確かこの辺りに落ちたと思ったが、見間違えたか。…ん?」
キョロキョロと視線を動かしていたアリウスだったが、ふと池の中央に何かが浮いているのを発見した。
あれは何だろう、極彩色の羽のようなものが今にも沈みそうにプカプカと浮いている。
「鳥、なのか?…いや、あんな色の鳥は見たことがない。赤、青、黄色、緑、紫…、何だあの色は」
まるで昔から言い伝えられてきた伝説の不死鳥のように色とりどりの大きな羽が広がり、何本もの長い尾は光り輝いているようだ。
気絶しているのか死んでいるのか、鳥のような生物はピクリとも動かない。このまま放っておけばきっと池の奥深くに沈み、いずれは姿も見えなくなるだろう。
キィィー………
小さな叫び声が聞こえた気がした。
ハッとしたようにアリウスは池の中央を見た。沈み始めた物体がピクッと動いたのだ。とっさにアリウスは上着と靴を脱ぎ棄てて池へと飛び込んだ。
じわじわと沈んでゆく物体に追いつくよう、アリウスは必死に泳いだ。そして伸ばした手がその物体に触れた。
(掴んだ!!)
物体を水中から救い出すと、アリウスは急いで陸へと泳いで戻る。
ザバァッと水中から上がると掴んでいた物体を確認した。
「これは…、やはり鳥、なのか…」
息も絶え絶えな様子の物体はやはり鳥のようだった。しかしそれが何という鳥なのか全くわからない。水に浸かってグショグショになった鳥は苦しそうに呼吸をしている。
このままではいずれ死んでしまうだろう。アリウスは放り投げていた上着を鳥に巻き付け片手で抱えたまま馬に乗った。とにかく手当をしなくてはいけない。
「はっ!!」
胴体を蹴れば、馬が雄叫びを上げて走り出した。その間にも腕の中の鳥の命はじわじわと削られていく。早く、早く手当てを。
何故一羽の鳥などにここまで心が焦るのか、アリウスはそんなことを考える自分に疑問を感じながら急いで宮殿へと戻った。
門番へ馬を渡し、アリウスは自室へと走った。
上着で包んだ鳥をそっと寝台へ下ろして傷の具合を確認してみる。腹の部分に血が滲んではいるがそこまで深い傷はない。
ならば内臓かと押さえて確認するが、潰れたような場所もない。
「…ということは衰弱による落下で池に落ちたせいで体力が尽きた、か。…ああ、そうだな。体がやけに冷たい。まずは乾かした方がよさそうだな。次に温めて…」
アリウスは独り言を呟きながら部屋にある浴室へと向かう。手ぬぐいを数枚手に取り、大きな布も持って行く。
寝台に乗せた鳥を慎重に動かし、手ぬぐいで優しく水を拭き取ってゆく。何度もそれを繰り返し、手ぬぐいに水が沁み込まなくなるまで入念に拭いてやる。
次に布で包み一度寝台から下ろして近くにあった籠の中にそっと入れた。
寝台に敷いてある濡れた敷布を取り除き、新しい敷布を何枚か重ねて寝台を綺麗にした。先ほどより少しは厚みの増した寝台に再び鳥を移すとようやく一息つく。
「体温が戻れば呼吸も楽になるだろうが…」
体力が持つだろうか、とアリウスは不安そうに鳥を見つめている。
なるようにしかならないさと笑い、アリウスは床に座り寝台の上で眠る鳥の頭を優しく撫でながら目を閉じた。次第に睡魔が押し寄せて来る。
「…綺麗な羽だ……」
いつの間にかアリウスはねむってしまった。
朝が来た。やはり今日は雨らしい。
鳥の鳴き声で目を覚ましたアリウスは、ぼんやりとした頭で目を閉じたまま動けないでいた。
(…腰と背中が痛い)
やけに全身が強張っていて痛いな、とアリウスは未だに寝ぼけたまま考えていた。
(朝だ。起きねばなならんが、いかんせん体が痛い。何故だ…)
うんうんと唸るようにアリウスはどうにか起きようと眉間に皺を寄せた。すると耳元でキィー…という音が聞こえ、薄っすらと目を開けた。
ぼやけた視界の中、アリウスは音のした方へと視線を向ける。再びキィー…と音が聞こえ、アリウスはハッとしたように思い出した。
ガバッと起き上がり、正面にいるであろう昨日の鳥に焦点を当てた。
「そうだ!俺はあの鳥を……ん?」
パチッ
赤い何かと目が合い、アリウスは動きを止めた。
「赤、い…」
アリウスの目の前にいたのは昨日助けた鳥ではなかった。
目の前にいたのは、長くサラリとした銀髪と白い肌、ルビーのように赤い目をした若い男だった。手足は細く腹も薄い。まるで人形のように美しいが、とても痩せているように見える。
その美しさに一瞬にして目を奪われてしまったアリウスは、思考が真っ白になり何も言葉が出てこない。
それでもようやく口が開き、声をかけた。
「…君は、誰だ。何故、俺の寝台に…」
「………僕は生きているんだね」
「?」
「あなたが助けてくれた?」
「…」
「……」
男の問いかけに意味が解らず、アリウスは視線を逸らした。
確かに助けた。鳥を。しかし今、目の前にいるのは人間である。ならばあの鳥はどこへ行ったのだろうか。回復して窓から出ていったのだろうか。それにこの男は…。
考えても全く意味がわからない。アリウスは困ったように再び男へと視線を向けた。
すると男はその視線の意味に気付いたのか、ああ、と言いながらクスリと笑った。
「僕は、昨日あたなが助けてくれた鳥さ。そうだよね、この姿じゃ何のことだかわからないよね。ごめんなさい」
「…?」
「こっちの姿ならわかるでしょう?」
そう言った瞬間、男の体がスーッと変化してゆき、鳥の姿となった。昨日助けたあの鳥と同じだ。
アリウスはその突然の変身に驚きを隠せず、目を見開きながら固まってしまった。
「…昨日は、助けてくれてありがとう。お陰様ですっかり回復したよ。僕は名も無き鳥、空を、世界を渡り続けるだけのただの鳥さ…」
「名も無き、鳥…」
よやく思考が動き出したようにアリウスは鳥を見つめた。
現像的な極彩色の羽は、ただの鳥というにはあまりにも美しすぎる。金色に輝く幾本もの尾は見たことが無い。
二つのルビーがアリウスを見つめた。魅入られている。
ああ、美しい。伝説の、不死鳥のようだ。
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