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28 エマ喫茶、新たな場所へ【完】
しおりを挟む今日もエマ喫茶は、繁盛していた。
老若男女、様々な客に色とりどりの人間ドリンクサーバーたち。走り回る世話係に、厨房では料理が作られたりしている。
今では従業員も増え、馴染みの客も大勢いる。素晴らしいことだ。
しかし、別れは突然、やってくるものである。エマは店内の賑わいをグルリと見渡し、そしてクスリと怪しげに笑った。
営業時間となり、皆が持ち場に向かう。エマはカウンターに入り、従業員の様子などをじっと観察している。
いつものように客は楽しそうにコーヒーを飲み、会話をする。ウエイターは次から次へと注文を裁き、世話係は忙しなく走り回って人間ドリンクサーバーの世話をしている。
今日はいつも以上に客の入りが多く、テーブルはどれもいっぱいだった。エマは嬉しそうに頷く。
「…そうですね。そろそろお暇いたしましょう」
そう呟き、エマは静かに微笑んだ。
営業終了後、エマはbarエマを含む全従業員を集めた円の中央に立ち、皆を見渡した。
エマが口を開く。
「何と楽しく、つまらないものでしょうか。私たちはこの土地で長く暮らし過ぎたようです」
その言葉に、皆がザワついた。どういう意味かわからず、困惑しているようだ。
「…エマ、もっとわかりやすく言え。皆が戸惑っている」
barエマで働く人間ドリンクサーバーのクロが口を出し、エマをジトリと見た。クロと視線が合い、エマは怪しげに笑う。クロは動じることなくエマから視線を外した。
パンッ
手を一度叩き、エマが皆に言う。
「ふふふっ、さて、はて。この地での営業は今日限りとします」
ニコッと笑い、エマは軽い口調でそう言った。皆は静かにエマを見ている。
エマは赤い唇をニイッと三日月の形にした。
「この土地に来て何年が経ったことでしょう。楽しい思い出もたくさん出来ました。しかし、それだけでは物足りないと皆さんも感じているでしょう。そうです、私たちは新たな場所へと行くのです。更に仲間を増やし、お客様に夢と悦楽を与えることこそ、我らの使命なのです」
もう一度エマは皆を見渡し、大きく手を広げた。
「新たな場所へ行きましょう。大きな船を用意しています。その船に乗って私たちは行くのです。我らは家族、皆で行き、皆で楽しむのです」
エマの言葉を聞き、皆は嬉しそうに笑った。そして、エマは叫んだ。
「それでは皆さん、引っ越しの準備です!!」
皆が嬉しそうに声を上げ、荷造りをするために各自の部屋へと向かった。
店内に残ったのはエマ一人。いや、クロもいた。クロはジッとエマの顔を見て、フンッと鼻を鳴らした。
それを見てエマはクスリと笑い、クロに視線を向けた。
「もう、この土地に飽きたか」
「おやおや、クロ。何を仰るのですか」
「とぼけるなよ。エマ、お前がそうやって笑う時は、いつも何かに飽きた時だろう。そろそろかと思っていたが、今度はどこに行くつもりか…」
「うふふふふ、流石クロです。何十年も共に過ごしていれば、私の考えていることなどすぐにわかりますね」
エマはニンマリと笑い、クロに近付く。クロの方が身長が高いため、エマはクロを見上げるようになる。クロは静かに視線を下ろしてエマを見ている。
クロの顎を指でクイッと上げ、エマは怪しげに微笑んだ。
「さあて、どこに行きましょうか。山を越えてもいいですし、海を越えるのもいい。空から旅をするのも楽しそうですし、何なら地中を潜って旅行気分というのも面白そうです」
「好き放題だな」
「クロ、あなたも共に行くのですよ」
エマの鋭い視線に、クロは動かずじっとしている。少しして目を伏せると、フウと小さく息を吐き出した。
「当たり前だ、俺たちは家族同然。誰一人として欠けることのない、仲間だ。…そうだろう、エマ」
「そうですとも、私たちはかけがえのない家族なのです」
それ以上何も言わず、クロはエマから離れ、荷造りをしに行った。
そしてエマも店内を去り、明かりが消えた。
翌朝、エマ喫茶は跡形もなく消えていた。
皆の暮らしていた寮やbarエマの店舗も消え、ただの平たい土地があるだけだった。
まるで始めからそこには、何もなかったかのように綺麗に消えていた。
消えていたのは喫茶店だけではなかった。
客であった彼らの記憶の中にもそれはなく、エマ喫茶という店があったことさえ消えていた。
誰もそれを覚えておらず、口に出す者もいない。
しかし、不思議なことがあった。
彼らの記憶からエマ喫茶は消えたというのに、足は勝手に向かってしまうのだ。エマ喫茶のあった場所へと。
そして自然とドリンクを思い浮かべ、欲しがってしまうのだ。
あの美味であった彼らのドリンクを脳裏に浮かべ、探し求めてしまう。
もう二度と味わえない人間ドリンクサーバーの提供するドリンクを求め、空き地となった場所に向かい、わけもわからず悲しみ、家に戻るのだ。
そうしてエマは、また怪しく笑うのだろう。
「何とも滑稽な話でしょうか」
どこからともなく、そんな声が聞こえた気がした。
とある場所に、エマ喫茶という喫茶店があった。
店主のエマは美しい男である。
いつも怪しげに笑い、客を出迎えているらしい。
店内にはドリンクを提供する人間ドリンクサーバーと呼ばれる従業員がおり、世話係と共に客の前でドリンクを入れてくれるということだ。
未だかつて経験したことのないドリンクの美味さに客は喜び、何度もやってくるという。
いつの間にかそこに建っていたエマ喫茶に、誰も疑問を持つ者はいない。
そしてエマ喫茶は、今日も営業しているのだ。
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