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47.そして現在
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桐原の長い過去の話を、犬飼は黙って聞いていた。
「桐原さんにもそんな頃が・・・信じられない」
再び犬飼は言い、上から下まで桐原を見る。
実力主義の会社で成り上がった、一分の隙のない男がそこにいる。
ーー暗くこれといって目立たない。
ーー地味な。
今の桐原はそんな言葉とは全く無権に見えた。
それがおそらく本人の血の滲むような努力により得たものだと知っていたのは桐原自身だけだった。今までは。
「桐原さんて、がんばりやさんだったんですね」
がんばりやさん…犬飼の言葉のチョイスに、桐原は思わず笑ってしまった。
この男は多分、そうやって言われて育ったのだろう。
犬飼はDOMでも規格外であるのだから普通のDOMより経過観察などで手がかかったに違いないが、親はその手間を惜しまなかったに違いない。
犬飼には愛されて育った者特有の甘ったるさがあり、自分にはなかったそれが桐原は嫌いではなかった。
犬飼が桐原の側に来てぎゅっと抱きついてくる。
吉川と話してささくれた心に、温もりがまるで染みこんでくるようで、そうされているうちに、吉川に対する潜在的な恐れが消えていくような気がした。
「でも、僕がその分桐原さんのことをーー」
「・・・で、さっき、その吉川から電話があった。俺に気づいて勝手に連絡先を調べたんだろうな」
甘い空気に浸っていられるような気分でもなく桐原は犬飼の言葉を阻んだ。悲しみや感傷を感じる時期はとうに過ぎ去って、慰めなどもうに必要としていなかった。
「ーー個人情報保護どうなってるんですか」
「奴にモラルなんてもんはない」
薄笑いを浮かべながら桐原は犬飼に言った。
元々自分のしたいことのためなら、好き放題するような男である。
電話を切ったからといってもこのままほっといていて諦めるような相手ではないだろう。
正直言うと犬飼の問題もあるのに吉川などの相手をするのも正直うんざりだが、逆に犬飼のことがあるからこそ早々に解決しておきたかった。
「でもどうするんですか?SUBだっていうのをばらすような事を言ってるんですよね」
「脅しにびびっていると思われると余計つけ入れられる。弱かを挫き、強きを助くようなヤツだからな。とにかく薬局にも釘を刺しておくのは当然として、本人にも釘をブっさしておかないといけない。一度直接会うつもりだ」
犬飼の桐原を抱きしめる力が強くなる。
会ってほしくない気持ちと、桐原を信頼して任せないといという気持ちがせめぎあっているのがわかった。
「でも、その人DOMなんですよね?心配です」
「あの程度のDOMなんかに俺が好きにされるわけがない」
今だからわかるが、吉川は弱いDOMだ。
だからあの頃、桐原は吉川の言葉に反応しなかった。
「それに、俺ももう昔のままじゃない。プライドが傷つくのが何よりこたえるタイプだから、ビシッと直接面向かって言ってやるつもりだ」
どこかまだ心配そうな犬飼の腕を軽く叩いて安心させてやると、犬飼はそれ以上は何も言わなかった。
桐原にとって吉川の存在は忘れていたつもりで心に影を落とすトラウマだった。DOMとプレイに対する忌避感は彼との一件のせいといってもいい。
地元を離れれば二度とあうことはないからと向かいあうことを避けていたが、こうして再会してしまった以上ははっきり決別させる時が来たのだ。
「桐原さんにもそんな頃が・・・信じられない」
再び犬飼は言い、上から下まで桐原を見る。
実力主義の会社で成り上がった、一分の隙のない男がそこにいる。
ーー暗くこれといって目立たない。
ーー地味な。
今の桐原はそんな言葉とは全く無権に見えた。
それがおそらく本人の血の滲むような努力により得たものだと知っていたのは桐原自身だけだった。今までは。
「桐原さんて、がんばりやさんだったんですね」
がんばりやさん…犬飼の言葉のチョイスに、桐原は思わず笑ってしまった。
この男は多分、そうやって言われて育ったのだろう。
犬飼はDOMでも規格外であるのだから普通のDOMより経過観察などで手がかかったに違いないが、親はその手間を惜しまなかったに違いない。
犬飼には愛されて育った者特有の甘ったるさがあり、自分にはなかったそれが桐原は嫌いではなかった。
犬飼が桐原の側に来てぎゅっと抱きついてくる。
吉川と話してささくれた心に、温もりがまるで染みこんでくるようで、そうされているうちに、吉川に対する潜在的な恐れが消えていくような気がした。
「でも、僕がその分桐原さんのことをーー」
「・・・で、さっき、その吉川から電話があった。俺に気づいて勝手に連絡先を調べたんだろうな」
甘い空気に浸っていられるような気分でもなく桐原は犬飼の言葉を阻んだ。悲しみや感傷を感じる時期はとうに過ぎ去って、慰めなどもうに必要としていなかった。
「ーー個人情報保護どうなってるんですか」
「奴にモラルなんてもんはない」
薄笑いを浮かべながら桐原は犬飼に言った。
元々自分のしたいことのためなら、好き放題するような男である。
電話を切ったからといってもこのままほっといていて諦めるような相手ではないだろう。
正直言うと犬飼の問題もあるのに吉川などの相手をするのも正直うんざりだが、逆に犬飼のことがあるからこそ早々に解決しておきたかった。
「でもどうするんですか?SUBだっていうのをばらすような事を言ってるんですよね」
「脅しにびびっていると思われると余計つけ入れられる。弱かを挫き、強きを助くようなヤツだからな。とにかく薬局にも釘を刺しておくのは当然として、本人にも釘をブっさしておかないといけない。一度直接会うつもりだ」
犬飼の桐原を抱きしめる力が強くなる。
会ってほしくない気持ちと、桐原を信頼して任せないといという気持ちがせめぎあっているのがわかった。
「でも、その人DOMなんですよね?心配です」
「あの程度のDOMなんかに俺が好きにされるわけがない」
今だからわかるが、吉川は弱いDOMだ。
だからあの頃、桐原は吉川の言葉に反応しなかった。
「それに、俺ももう昔のままじゃない。プライドが傷つくのが何よりこたえるタイプだから、ビシッと直接面向かって言ってやるつもりだ」
どこかまだ心配そうな犬飼の腕を軽く叩いて安心させてやると、犬飼はそれ以上は何も言わなかった。
桐原にとって吉川の存在は忘れていたつもりで心に影を落とすトラウマだった。DOMとプレイに対する忌避感は彼との一件のせいといってもいい。
地元を離れれば二度とあうことはないからと向かいあうことを避けていたが、こうして再会してしまった以上ははっきり決別させる時が来たのだ。
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