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44.誘蛾灯
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補習授業の教室に、桐原は俯きながら入った。
無口で仲が良い友人もさしていない上に、補習に来ているのは特進クラス以外からばかりである。
上位クラスからの落第者にやっかみの混じった蔑みの目線が刺さった。
「桐原くんじゃーん、おはよ!」
「吉川、くん…おはよう」
その中で、吉川は気軽に桐原に話かけてきた。
今日も友人と話していた吉川は、会話を止めて挨拶をしてきた。それにおずおずと返すと、吉川は友人達と離れて近づいてきた。
吉川は学内の有名人である。
派手で、かっこよくてよくモテる。中学時代からクラブに繰り出し夜な夜な遊び回っていたという吉川は、桐原から見ると同じ高校生なのに大人びていて、全く違う世界にいるように見えた。
その上、DOMだという話だった。自ら吹聴していたのだ。
SUBの場合は隠す傾向があるが、吉川は自分がDOMだということが自慢なのだろう。
SUBである桐原は、バレないためにはあまり近づかないほうがよいとは思っていたが、それでもそ自分にはない華やかな雰囲気に魅了されずにはおれなかった。
誘蛾灯に惹かれる蛾のようなものだ。
「吉川くんなんて水臭いぜ。悟って呼べよぉ」
「でも」
「俺も圭司って呼ぶからさ~。いいだろ?今日昼一緒に食べようぜ」
屈託なく笑い、吉川は他の仲良い友人にするように肩に腕を回し、ぐいっと引き寄せる。馴れ馴れしい仕草。
吉川や、吉川の友人たちが距離感が近いことも桐原をしばし戸惑わせていたが、だが、そこから友情のかけらを探し当てられないか、思わず探してしまう。
かけらでも桐原には充分だったからだ。
吉川の目的が純然な友情だけでなく、桐原の補習の宿題や几帳面に記したノートが目当てだったとしてもだ。
そう、まさに桐原は誘蛾灯に惹かれる蛾だと思った。
焼かれるとわかっても、近づいてしまう。
*
そんな感じで、夏休みの補習がきっかけで、なかば強引な吉川に誘われることが増えた。
明るく華やかな外見に似合わず…というより、それを取り繕うために、吉川は常にに狡猾に他人を利用している。それが無意識だからこそなかなかたちが悪いタイプなのをうすうす感じつつも、利用という形でも好意を持ってくれた吉川を、桐原は拒絶できるほど潔くはなかった。
桐原は誘われれば応じて吉川と友人として過ごしていた。
そもそも普通の友情というもの自体が、結局は互いの利用価値に帰結している一面もあるのではないだろうかと自分に言い聞かせて。
桐原の家は母親が不在な事が多いことに気づいた吉川は、よく桐原の家にしけこむようになった。
ダラダラすごしたり、ゲームをしたり、桐原の宿題をうつしたり何をするともない
うだうだと始まった友人関係であっても、やはり明るく話題も豊富な吉川とつるんでいるのは楽しさと、人といる安心感があった。
そんな風に吉川が来ていたある日、桐原は宿題をしていた。吉川はというと、もはや我が家のように桐原のベッドに寝転んでテレビを見ていた。
さして面白い番組もやっていなかったのか、吉川はテレビを消すとリモコンを投げ出した。
じっと見られている視線に気づいて、桐原は教科書から顔を上げた。
「なぁ、圭司」
吉川はゆっくり立ち上がると、桐原のほうに手を伸ばした。
親からの指摘もないのであまりまめに髪を切りにいかない桐原の髪は、少し伸びすぎてボサボサしている。
その長い前髪を吉川の指がかきあげた。
「・・・なに?」
「お前ってさー、わりと綺麗な顔してるよな」
「ええ?そうかな?」
桐原はあまり顔の美醜のことを意識したことはなかったが、確かに桐原の母親は切れ長の目の和風美人風である。あくまでも風だ。しかもその母親そっくりということもないし、綺麗といわれるとちょっと違う気もした。
しかも表現的になんとなく女性的といわれたような気もして、あまりいい気はしなかった。
「そんなことないと思うけど」
「いやいや、気づかなかったけど、下手な女より綺麗だよ。色もすごく白いし」
吉川が唇で舌を舐めたのが見えた。
まるで舌なめずりするように。
「俺、圭司の事好きかも」
そういった意味での警戒心がないままの桐原を吉川は引き寄せて、唇を重ねた。
そして当然のように、行為はその先まで及んだ。
中学校から夜遊びに明け暮れ、女と充分に経験を積んだ吉川の手管にかかれば、ウブで性的なことに疎い桐原などは赤子の手をひねるようなものだったに違いない。
男同士での性行為がありうることすら桐原は知らなかったのだ。
何か悪ふざけと思っているうちに組み敷かれ、わけがわからないまま事が終わった。混乱と痛みに呆然と横たわる桐原に、吉川は好きだから付き合おうと囁いた。
好きという言葉と恋人という名目は、このような不本意な形での進展でも隙間だらけの桐原の心を埋めるのに充分だった。
だから桐原は頷いた。
無口で仲が良い友人もさしていない上に、補習に来ているのは特進クラス以外からばかりである。
上位クラスからの落第者にやっかみの混じった蔑みの目線が刺さった。
「桐原くんじゃーん、おはよ!」
「吉川、くん…おはよう」
その中で、吉川は気軽に桐原に話かけてきた。
今日も友人と話していた吉川は、会話を止めて挨拶をしてきた。それにおずおずと返すと、吉川は友人達と離れて近づいてきた。
吉川は学内の有名人である。
派手で、かっこよくてよくモテる。中学時代からクラブに繰り出し夜な夜な遊び回っていたという吉川は、桐原から見ると同じ高校生なのに大人びていて、全く違う世界にいるように見えた。
その上、DOMだという話だった。自ら吹聴していたのだ。
SUBの場合は隠す傾向があるが、吉川は自分がDOMだということが自慢なのだろう。
SUBである桐原は、バレないためにはあまり近づかないほうがよいとは思っていたが、それでもそ自分にはない華やかな雰囲気に魅了されずにはおれなかった。
誘蛾灯に惹かれる蛾のようなものだ。
「吉川くんなんて水臭いぜ。悟って呼べよぉ」
「でも」
「俺も圭司って呼ぶからさ~。いいだろ?今日昼一緒に食べようぜ」
屈託なく笑い、吉川は他の仲良い友人にするように肩に腕を回し、ぐいっと引き寄せる。馴れ馴れしい仕草。
吉川や、吉川の友人たちが距離感が近いことも桐原をしばし戸惑わせていたが、だが、そこから友情のかけらを探し当てられないか、思わず探してしまう。
かけらでも桐原には充分だったからだ。
吉川の目的が純然な友情だけでなく、桐原の補習の宿題や几帳面に記したノートが目当てだったとしてもだ。
そう、まさに桐原は誘蛾灯に惹かれる蛾だと思った。
焼かれるとわかっても、近づいてしまう。
*
そんな感じで、夏休みの補習がきっかけで、なかば強引な吉川に誘われることが増えた。
明るく華やかな外見に似合わず…というより、それを取り繕うために、吉川は常にに狡猾に他人を利用している。それが無意識だからこそなかなかたちが悪いタイプなのをうすうす感じつつも、利用という形でも好意を持ってくれた吉川を、桐原は拒絶できるほど潔くはなかった。
桐原は誘われれば応じて吉川と友人として過ごしていた。
そもそも普通の友情というもの自体が、結局は互いの利用価値に帰結している一面もあるのではないだろうかと自分に言い聞かせて。
桐原の家は母親が不在な事が多いことに気づいた吉川は、よく桐原の家にしけこむようになった。
ダラダラすごしたり、ゲームをしたり、桐原の宿題をうつしたり何をするともない
うだうだと始まった友人関係であっても、やはり明るく話題も豊富な吉川とつるんでいるのは楽しさと、人といる安心感があった。
そんな風に吉川が来ていたある日、桐原は宿題をしていた。吉川はというと、もはや我が家のように桐原のベッドに寝転んでテレビを見ていた。
さして面白い番組もやっていなかったのか、吉川はテレビを消すとリモコンを投げ出した。
じっと見られている視線に気づいて、桐原は教科書から顔を上げた。
「なぁ、圭司」
吉川はゆっくり立ち上がると、桐原のほうに手を伸ばした。
親からの指摘もないのであまりまめに髪を切りにいかない桐原の髪は、少し伸びすぎてボサボサしている。
その長い前髪を吉川の指がかきあげた。
「・・・なに?」
「お前ってさー、わりと綺麗な顔してるよな」
「ええ?そうかな?」
桐原はあまり顔の美醜のことを意識したことはなかったが、確かに桐原の母親は切れ長の目の和風美人風である。あくまでも風だ。しかもその母親そっくりということもないし、綺麗といわれるとちょっと違う気もした。
しかも表現的になんとなく女性的といわれたような気もして、あまりいい気はしなかった。
「そんなことないと思うけど」
「いやいや、気づかなかったけど、下手な女より綺麗だよ。色もすごく白いし」
吉川が唇で舌を舐めたのが見えた。
まるで舌なめずりするように。
「俺、圭司の事好きかも」
そういった意味での警戒心がないままの桐原を吉川は引き寄せて、唇を重ねた。
そして当然のように、行為はその先まで及んだ。
中学校から夜遊びに明け暮れ、女と充分に経験を積んだ吉川の手管にかかれば、ウブで性的なことに疎い桐原などは赤子の手をひねるようなものだったに違いない。
男同士での性行為がありうることすら桐原は知らなかったのだ。
何か悪ふざけと思っているうちに組み敷かれ、わけがわからないまま事が終わった。混乱と痛みに呆然と横たわる桐原に、吉川は好きだから付き合おうと囁いた。
好きという言葉と恋人という名目は、このような不本意な形での進展でも隙間だらけの桐原の心を埋めるのに充分だった。
だから桐原は頷いた。
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