不服従のSUBにDOMはかしずく

鳥海あおい

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4. 従うDOM

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「わかった。第2会議室でミーティングしよう」


桐原は立ち上がった。
犬飼はそのまま桐原のあとを大人しく会議室まで付いてきた。
会議室の鍵をかけると、桐原は顎で椅子を指し示し犬飼を座らせると、腕組みをして彼を睨みつけた。

「えっ、キスしたの怒ってるんですか?でも上手くコマンドに従えたら普通はご褒美、でしょう?」

「そこじゃねぇ。何のつもりだ。脅すつもりか?だいたい、昨日のは何だ!?」

「桐原さんを脅すだなんて、滅相もない。そもそもSUBだから脅すとか逆セクハラだし」

ことさら高圧的に怒鳴りつけると、犬飼は人をくったように肩をすくめた。

「昨日のは、わざとやったわけではなくて…たまたまです。そう、事故みたいな」

「はじめはそうかもしれないが、だけど、お前俺に合意なくグレアをぶつけたろ」

DOMがSUBに許可なくグレアをあてるのはルール違反…そのくらいは桐原も知っている。
だが犬飼は悪びれなかった。

「すみませんすみません。でも気持ちよさそうだったからつい。それに…」

軽いノリで桐原を苛立たせながら言うと、犬飼は小脇にかかえていた封筒を机の上に置いた。その封筒を目にして、桐原はまさか、と思った。
項の毛がそそけ立つ。
それは昨日医師にもらった後、無造作に机においた桐原のダイナミクスに関する書類だった。
昨夜のドサクサで持ち帰るのを忘れたのだ。
桐原は犬飼の手から封筒ごと書類をひったくった。

「人のプライベートの書類を勝手に見たのか!?」 

「すみません。ほんとは別の書類を探していたんですが、ウッカリ見てしまいました。でもこの数値じゃ、桐原さん結構辛いんじゃないですか?このままほおっておくとやばいですよ?いきなり倒れて皆にSUBってバレてもいいんですか?」

どうやらちゃっかり中身をつぶさに読んだらしい。
誰だこの男を温和とか優しいとか言ってたやつは!と、桐原は思った。

「僕はDOMで、あなたはSUB…ちょうどいいからパートナーになりませんか?同じ会社なら便利だし、僕はグレアが不安定だから発散できたら助かるし、それを受ければあなたも欲求を解消できるでしょ」

柔らかい言葉で、言葉巧みに追い詰めてくるが、それは今の桐原にはまるで悪魔の誘いだ。

「同じ会社だから嫌なんじゃねえか。誰がお前なんかと。別に誰かにバラしたければ言えよ」

だが、桐原は冷たくはねつけた。
脅されようが何をしようが、矜持というものがある。
少なくともこのひよっこが自分のパートナーに相応しいとは思えない。
開き直った桐原の態度に怒るか苛立つかするかと思いきや、犬飼は悲しそうな顔をした。

「…そんな~。言いませんよ。言いませんけど、じゃあ、とりあえず、ちょっとプレイっぽいのを試してみるのはどうですか?」

犬飼の言葉に知らず、じわりと汗が滲んでくるような気がした。
あれをまた感じることができると考えただけで…昨日初めて知った感覚がぶわっと体に蘇ってくる。
コマンドと、グレアを与えられた充足感---それに身を委ねるのはたまらない多幸感だった。 

だが、自分で感じるのでなく、他人に与えられ、何かを感じさせられるなんてどうしても切原には許せないのだ。

桐原の中で本能と理性がせめぎ合う。
知らなかった今までなら理性が勝ったに違いない。
だが、知ってしまったから…心とは裏腹に、身体のほうが欲求を叶えてくれるDOMの存在を察知していて、じわじわと肌の下に熱がたまってゆく。
コマンドが欲しいという欲望が脈打っているのを感じた。
性欲と似て非なるその感覚は、多分、自分では発散できない質のものだ。

「ねぇ、ちょっとだけ。簡単なやつだけでも試してみませんか。えっちなことはしないからお願い」

「…当たり前だろうが!」

「誓って嫌なことはしませんから」

犬飼にしつこく食い下がられたこともあるが、桐原自身もだんだんこの膠着状態が面倒になってきた。
寝不足のせいか、だんだん鈍い頭痛がしてきたのも投げやりさに拍車をかける。

相手が犬飼ごときというのが不満だが、結局は桐原はSUBで、SUBはいかなる形であれDOMを必要とするのだ。
とりあえずちゃっとすませて仕事に戻ればよいのではないだろうか。
そう自分に言い訳しつつ、切原は葛藤するのをやめた。

「わかった」

「いいんですか!?」

犬飼は言い出したくせに桐原が同意するとは思っていなかったらしく、露骨に喜びを浮かべた。
尻尾をふった犬のように喜色満面で飛びつかんばかりの犬飼を、桐原は肘で押し返した。

「でもわかってるだろうな。触れたら殺す。エロいことさせようとしても殺す。嫌なことはしない。それにお前がプレイするんじゃない。俺がさせてやるんだ」

「もちろんわかってます。僕が桐原さんを従わせるんじゃなくて、僕を便利に使ってくれるぐらいの気持ちでいいですから」

桐原の傲慢な態度にも犬飼は動じなかった。


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