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7 ~病猫鬼
しおりを挟む7 ~病猫鬼
「これは病猫鬼といって、猫の鬼なの」
来たときと同じように、迅琳が棒にぶらさげた提灯で足許を照らしてくれている。そのほのかな灯りを話の道標にするようにして、扶霊は事の説明をしていた。
「お婆が毎晩夢に魘されていたのは、この鬼に憑かれたから。病猫鬼ってね、夢の中では赤眼白髪の老人に化けて『死になさい死になさい』ってしつこく繰り返すのよ」
「わあ、地味にイヤですね」
迅琳がげんなりした顔で言った。
「でしょ。しかも、ぴょんぴょん飛び跳ねながら繰り返すの。律動的な動きで繰り返されると、人って妙に心身に刻まれるじゃない。それで『死になさい』と促されれば、死をそそのかされている心理に陥ってしまう」
「あ」
「そう。毎晩そそのかされれば人にはいずれ限界がくる。心の病よ。おそらくお婆は、今夜が我慢の限界だった」
「先生には限界だとわかったのですか?」
「ええ。お婆は魘されながら衣の合わせをぎゅうってつかんでたでしょ? あれって夢の中では怪老人の胸ぐらをつかんでいるのよ。でも違う、現実では自分の首を絞めている」
「え?」
「つまりは縊死するつもりだった」
ただでさえつぶらな目を、さらに丸く見開く迅琳。
「そうだったのですか。だから先生は『ぎりぎり間に合った』と」
「ふふ、偶然だけどね。よかったわ、女の子のお婆ちゃんが無事で」
「人と鬼は相いれない、隔たった存在といいますが。首をくくらせるなんて……」
鬼は残酷だと迅琳は感じたのかもしれない。受けて、扶霊は複雑な気持ちになった。
「以前、妖怪には『動物が化けたもの』または『動物の霊』があるって話したのを」
憶えていますと、迅琳は頷く。
「この赤眼白猫はね、後者なのよ」
猫の背を撫でながら扶霊は言う。
「人に縊り殺された、その霊が鬼になってしまった。だから人に憑くたびに、首を絞めて殺そうとするのかもしれない」
残念ながら扶霊は鬼に詳しくない。なにかの書物で読んだくらいの知識しかない。鬼に心があるのかはわからないけれど、あったとして、鬼の心を推し量ることしかできない。
「そう考えると、ちょっと口惜しいわね」
人の都合でつくられた、妖怪。
哀れな動物の霊。
望んで今の姿になったわけじゃない。そこが扶霊には自分と重なってしまうのだ。
(紫を望んだわけじゃない、欲しかったのは平凡な人生)
実のところ、お婆を助けたのではなく、猫の鬼を助けたのかもしれなかった。
(あたしがいるのは化け物の側で)
人外の存在ではと、自分で自分を強く疑うのはこんなときだ。
気持ちが闇に沈みそうになったところで、迅琳の声がかかった。
「先生には鬼が見えていたのですか?」
紫の双眸の影響か、扶霊には鬼が見える。とはいえ、はっきりした根拠があるわけでもないので、曖昧な返事をするしかできなかった。
「鬼は憑かれた者達か、生まれつき見鬼の能力のある者しか目に映せないって聞いたことがあるけれど。うーん、謎だわ」
自分でも不思議でしようがないのだ。
(いつから見えるようになったのか)
気づいたときには見えていた、そうとしか言えない。少なくとも、生まれもった能力でないことは確かだった。
扶霊が考え事のせいで首をかしげていると、つられたかのように同じ角度に首を傾けて迅琳が訊いてくる。
「先程の『八狐子』というのは鬼の名字ですか?」
「そうよ」
「猫なのに【狐】という名字なのはおもしろいですね」
「あー確かに。単純に赤眼白猫児とかならわかるけど、狐とくるか。狐って、どちらかといえば犬だろうし。これだけ猫から離れれば妖味ある妖怪名とも言えるかしらね」
人と鬼は隔たった存在であるから、どうしてそうなのかはわからないものとするしかないのだそうだ。扶霊と迅琳は、顔を見合わせて笑った。
「にしてもよ」
呻くように言って扶霊は立ち止まる。舗石のはられた歩道には水路もあり、これに沿って柳の並木が連なっている、すでに朱雀門街に入っていた。
「肩が凝るんだけど」
少し前から八狐子は、肩に巻きついて離れなくなっている。まるで毛皮の襟巻き状態である。肩が重いと腰にも負担がかかるので扶霊は軽く伸びをしながら、ハッとなる。
(ウソ、あたし憑かれたんじゃ)
季節は春、時刻は夜、これは春の夜の夢か。鬼を祓ったはずなのに、自分が憑かれたのではとちょっとビビる扶霊である。
そうして、最悪の中で最悪の事態は起こるのだ。
「秘密というものは行動によって浮き彫りになる」
背後からいきなり響いた男の声に、柳の下に立つ二人は恐怖で飛び上がった。
ぶるぶる震えながら手を取り合い、振り返ると――
《次回 地獄の沙汰も条件次第》
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