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第二章(2/3)
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人は所詮、銭に生かされている。
――とまではレイは思わないまでも、苦労なくして自由と誇りと満足感は得られない。それらの対価が金銭である。とは、思うのである。
したがってレイは、ちょこちょこ自分の財を確認し、把握しておくよう心がけていた。
稼いだ財を確認するためにレイが話をしているのは、一人の老人である。
老人は髪も鬚も半白であり、そのわりにかくしゃくたる風貌で、背筋はぴんと伸びている。就寝の準備をしているヒュウは、不釣合いな二人を眺めていた。
レイが左を向いて嘯を吹けば現れる、その老人。
「庫官との話は終わったのか?」
老人はいつの間にかレイの隣から消えていた。それでヒュウが問うたのだ。
庫官とは、老人の官吏としての位ではない。ついでに言えば老人は、人ではなく〝役鬼〟であった。役鬼を呼び出すには、左を向いて嘯を吹くのが決まりである。役鬼には使人見鬼術という高度な方術がかけられているので、無能のヒュウの目にも映るのだった。
鬼は召鬼法で制することができる。
召鬼法は鬼を強制する決まり事であり、この法に則って見鬼の能力者は術を執行する。優秀な見鬼師となれば鬼を意のままに使役することができ、これが役鬼となるのである。
庫官はレイの役鬼で、彼の能力はおもしろい。その人が一生に得る金銭を見抜くことができるのだ。いわゆる、とり憑いた人の庫役人。それで「庫官」と呼ばれている。
ちなみに、庫官は名ではない。
鬼の名は知られてしまうと、その妖力を失ってしまう。ゆえに、鬼の名を知るのは召鬼法の執行者のみ。そういうわけでヒュウも役鬼の真の名字を知らず、便宜上「庫官」と呼んでいるのである。
「役鬼といえども鬼だ。いいのか? 自由にさせておいて」
「わたしの保有する財を管理するという条件つきで普段は遊ばせているんだもの。庫官はあれでいいのよ。でも、そうね、今頃はどこかで誰かの〝一生に得る金額を見抜いて〟驚かせているかもね」
不運にも遭遇してしまった鬼の言ったことを、信じる信じないはその人次第だが。
出会い頭に一生に得る金額を教えられたらいい気持ちはしないだろう。ひょっとしたら、今の手持ちの財が一生分の金額かもしれないのだ。そうなれば悲惨なもので、将来設計は丸つぶれ。お先真っ暗。これ以上の金持ちになれないのなら仕事のヤル気も失せるというものだ。
「おまえにばかり働かせるのは男としてどうかと思う」
貯えは充分、これで安心、さて心おきなく寝るかとレイが寝台の傍らに立ったときだった。
いつもとかわらぬ何気ない口調だったので、レイは一瞬、ヒュウがなにを言ったのかわからなかった。女の寝台に寝そべる男をたっぷり三拍は見下ろして、やっと反応する。
「……は?」
「妓楼で働くことにした」
「なんで?」
「青凄では老舗の妓楼だからだ。傭人を募集しているらしくてな」
(違ーうっ)
とっさにレイは心の中で叫んだものの、虚しいかな、天然男には通じていない。
青凄で老舗だろうが、そこの用心棒募集だろうが、そんなこと今はどうでもいい!
レイが訊きたかったのは、
なんで今頃になって『おまえにばかり働かせるのは男としてどうか』と思ったのか。
なんで、就職先がよりにもよって『妓楼』なのか。
ということだ。遊興と性の売買がなされる、それが妓楼という場所だ。厳しい監視の中で働かされた妓女達の稼ぎから、傭人の給金も支払われることになるというのに。
女にばかり働かせるのはどうかと考えた男の勤め先が、女によって莫大な利益をもたらされる歓楽街とは。あまりにもあまりで、皮肉にも感じられない。
「ちょっと待ってよ。……本気なの?」
「ああ。もう決めた。明日の夜から働く」
「へ……え」
レイの応えは中途半端だ。
ここでも天然が作用したのか、それを承諾ととったらしいヒュウは何事もなかったように目を瞑った。しばらくすると安定的な寝息が聞こえはじめ、レイが横たわるのを待つかのように女のほうへと寝返りを打つ。
(!)
このときだった。
二人の間に生じた無音の軋みをレイが感じとったのは。
ふた月、一緒に旅をした間は感じなかった、奇妙な感覚。
(そう、この違和感は――)
関心だ。
逃避行の最中、互いに互いのことは無関心だった。お互い、相手のことを深く問わないままでここまでやって来た。それは逆に、ここまで来られたのは互いに関心をもたなかったからだ、ともいえはしないか。
人を受け入れるのは、その本心を訊くのは、それなりの勇気と度胸と根性がいる。そして、相手の想いに見合うだけの覚悟も。
だからレイは、どうやってヒュウと付き合ったらいいのかがわからない。
どう接したら正解なのかと迷うたび、感情に雁字搦めに縛られて身動きがとれなくなる。
にじみでる居心地の悪さに囚われて、自分を見失っていく。
人は、人だからこそ相容れない。
人は独りであり、独りで考えたそれぞれの世界をもっている。その世界で描いている想いは、見ているものは、他人とどれほど肌が接していようと伝わらない。言葉にしたとしても、別個の人間であるかぎり、本心にまでは到達しない。
(だからわたしは、もてる力で、仕事で、想いを具現化するしかないというのに)
一見、ささやかに感じる二者のすれ違いが、のちに大きな誤解を生みだし、予測不能の事態に陥らせる。人生という道にできた落とし穴、それこそが人の心理というものなのだ。
(仕事以外のことで関心をもたれたらダメだ。わたしがしっかりしないと……)
レイは胸中の不安を押し込めるように両の掌をぎゅっと閉じた。
心の均衡を保つため、覚えず視線は暗く沈んだ窓の外へと吸い寄せられる。
夜という闇の底にたゆたいながら――
遠く及ばない想いは虚しく、宙に舞い上がり舞い落ちる花片のように降り立つ場所を求めるだけ。
《次回 次週2月4日更新です》
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