ジャイロスコープ

 万人に夜はくるけれど、朝のくる人間は限られているのではないかと思っていた。少なくとも、僕に朝はこなかった。暗鬱な夜には、月明かりも星明りもない。光は、ない。
 時々、風鈴の音がするだけだった。

 心を回し、回転させながらでないと、直線を保って生きていくことができない。回転体の慣性の法則を利用した、僕の心。どれだけ世界が傾いても、僕の回転する心は、同じ方向を保ち水平に飛んでいける。
 それが僕の編み出した生き方であり、処世術。
 見抜いたのは、たった一人。いや、二人だろうか。
 茉莉(まつり)は「冷たい」だけでなく、「怖い」と言った。偽りでも、偽りの本気で付き合った茉莉には、知らずしらずのうちに見せてしまっていたのかもしれない。
 笑顔の下に隠した、残酷なまでに純粋で、凶暴な本質を――。

 婚約者がいるにもかかわらず。
 大きな仕事が一段落した土曜日の朝。目覚めると、隣に寝ていたのは婚約者の茉莉ではなかった……。



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