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第二集 脅されて ~芙蓉は不用(2/7)
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第二集 脅されて ~芙蓉は不用
1
青空がまぶしい季節。
長雨のせいで恋しかったとはいえ、燦々たる昼間の陽射しは目にしみる。
「帰っていい?」
開いた扇子で陽の光を遮りながら紫耀は呟いた。
呟いた、というよりも、隣の男に低い声で文句をたれた、といったほうが適当である。歩を止めないままで桃之は、「帰らせない」と適当に返事をした。
「なんでぇ、もういいじゃん。あたし、酔った」
「酒は一滴も飲んでいないだろうが」
「じゃなくて」
「乗り物酔い? まだ鞦韆〈ブランコ〉には乗っていないだろう。なにしろ少年少女に人気で順番待ちらしいからな」
「じゃなくて。人の気にあてられて酔ったっつってんの!」
キレぎみの紫耀に対し、「これはいかん」と思ったのか桃之が立ち止まる。
陽射しで目をしょぼしょぼさせる、紫耀。ついでにふらふらの状態だ。我慢できない。
「あんたが『芙蓉の花が見頃だ』って言うから」
受けて桃之は、軽く溜め息を吐いた。わがままな子供を諭すようである。
「おまえのためだ。花見は野外運動のひとつだぞ、ほら歩け」
「全然いい、あたし、ひきこもりでいい。うちが好き」
「重度のひきこもりでもかまわないが。花は好きだろ、見ろよ」
「だーかーらー人の気に酔ったって言ってるでしょ、ひきこもりなんだから季節の花なんてどーでもいいしっ」
そして話は振りだしに戻る。
日光、暑さ、すれ違う人の熱気、人の声、まぜこぜになる視線。様々な刺激に耐えられず、とにかく紫耀は帰りたいのだった。
この時代、郊游〈ピクニック〉は街に住む民に好まれていた。健康維持のための野外運動ととらえられていて、郊游に積極的に参加する民を【意識高い系】などと呼んでいる。近頃では意識の高い〝ふり〟をする人を意識高い系と呼んだりもするらしく、意味合いがかわってきているようだった。流行語とはそんなものだ。
それもこれも、楚王朝下での経済や文化が発達していることの反映であり、社会全体の活気ある気風とそれなりに努力している民の自意識の表れでもあるのだった。
国都・寿寧の民が郊游で訪れるのは芙蓉園である。
街の、東南のはずれに造られた広大な庭園だ。四季を通じて人が絶えないが、とくに今の時期は園の名のとおり芙蓉の花が咲き誇っていて賑やかだった。みな、花を観賞しながら酒をくみかわしたり、小高い丘に登って鞦韆で遊んでみたりと、楽しく過ごす。
だが。
ひきこもりに世の事情など関係ない。
そもそもひきこもりとは、人間関係がなく、社会参加をしていない状態のこと。自覚のある紫耀からすれば外出は、時々でいい。ひきこもりの定義に反する行為は不要なのだ。
(毎度のコトだけど……だまされた)
桃之の広い背中に向けて、紫耀は心中で何度も文句をぶつけていた。
普段の桃之は、紫耀を無理に連れて出ることはしない。うちにいたいならいろと言ってくれる。しかしどういうわけか、季節の節目になると「出かけよう」とせっついてくる。季節感のある行事にやたらこだわるのだ。今日の花見もそうで、あんまり桃之が必死だったから、紫耀も断りきれなくなったのだった。
はあ、と重い息が洩れたときだった。
先を歩いていた桃之が急に止まったので、紫耀は思いっきり背にぶつかった。上背のある男が倒れるはずもなく、反動で紫耀はしりもちをつきそうになった。慌てて桃之の袍を引っつかみ、転倒をなんとか防ぐ。
「う、あたしの鼻もげてない」
「う、壁ドン職人」
紫耀の声に、若干引きぎみの若い男の声が重なった。
ちなみに、この場合の【職人】は本来の意味から転じてその道の専門家という流行の言葉である。桃之とばったり出会って「壁ドンの専門家」と評したのだから、男色である桃之の恋のお相手だろうと、紫耀はひょっこり顔を覗かせた。
すると。前方にいたのは紫耀とは相性サイアクの也恭であった。
「「うっそ」」
またも二人の声が重なった。
天敵が顔を合わせた途端、それまで晴れていた空が雲に覆われて。
雨が降りだした。
雨期は明けたというのに、どしゃ降りである。
園内は回遊できるよう遊歩道が整えられている。小道から逸れ、近くの四阿に避難した三人は、それぞれがなんともいえぬ表情で座っていた。石造りの方卓に茶器を並べているのは、紫耀が使役している役鬼である。
役鬼は、見鬼師の吹く嘯〈くちぶえ〉によって呼びだされる。役鬼には使人見鬼術がかけてあるので、見鬼の能力をもたない者の目にも映るのだった。
この役鬼は人鬼であり、ぱっと見には老官吏といった恰好をしていた。髪も髭も眉も半白、そのわりにはかくしゃくたる風貌で、手許に狂いはなく背筋はぴんと伸びている。
「ありがと、庫官」
役鬼である庫官は、卓上に茶器をそろえると姿を消した。
急に降りだした雨のせいで周囲に人はいなくなっている。也恭が雨男だと心中呪っている紫耀であるが、おかげさまで鬼を使えるというもの。
「え、用意だけ? 茶は淹れてくれないんですか?」
これを訊いたのは也恭である。今日もキラキラしていて鬱陶しい。
質問されたから仕方なく紫耀は答えた。
「庫官には、あたしの所有物を管理してもらっているのよ。あたしの庫役ってこと、だから庫官という綽名なの」
庫官は、鬼の名字ではない。
鬼の名字は知られてしまうと、その妖力を失ってしまう。ゆえに、名字を知るのは紫耀のように修行した召鬼法の執行者のみである。
「そんなこと、鬼にさせられるんですか?」
也恭が方卓に身をのりだしてくる。興味があるらしい。普段はキラキラしか取り柄のなさそうな男子で、素直なところは歳相応であった。
紫耀はさわりのない知識だけ、彼に分け与えることにする。
「能力の高い鬼は己の所有物を隠し持てるものなのよ。也恭殿が従えている孔雀の精も、いつもはカラ手のはず。戦闘向きの鬼なのに剣を持ち歩いてはいないでしょ」
「ああ、そうですね。剣を腰に佩いているのではなく、必要なときだけ手許に出現させています。ではアカにも、私の所有物を任せられるということですか?」
アカというのは、孔雀の精の綽名である。
也恭は無能であり、孔雀の精を使役することは不可能。にもかかわらず、孔雀の精が彼に従っているのは、どうやら也恭の母による加護らしい――というのが、紫耀の導きだした見解であった。
也恭の母は、前王朝の皇后である。革命の最中、皇后を殺したのが紫耀だ。
並みの神経のもち主であれば、平常心を装って顔を突き合わせてはいられない。互いに異常な過去をもつ、二人はそういう関係なのだ。
「いいえ。庫の番人というのが、さっきの役鬼の能力なのよ。孔雀の精にはできないわ」
「そうですか」
「で、管理するだけが能力のうちだから、お茶は淹れてくれないの。それに、お茶を淹れるのはモモちゃんのほうがうまいしね」
「はい? モモちゃんて誰ですか?」
と、尋ねながらも桃之を目で追っている也恭であった。
紫耀と也恭が話しこんでいる間に、さくさくと茶の支度をしていたのだ。
「え、巫術使い殿がモモちゃん?」
「なに、名を知らずに口説かれてたの?」
「くど……っ、あ、いえ、う、その、……そうですね、名は知りませんでした」
「名のるほどではないからな。さ、茶をどうぞ」
これは桃之である。意中のヒトを落とすつもりで言ったのならイイ線いったかもしれない。昨今のご時世では、茶の味の違いがわかる男がモテるらしいから。
寿寧には茶館もあるが、未だ茶葉は高価な品であり、飲めるのは貴人と文人だけ。
「彼は浪桃之。桃だからモモちゃん」
「モモさん、ですか?」
ぬ、と素っ頓狂に呻いたのは桃之で、びっくりしたのは紫耀だ。
「なによ、好きな子に名を呼ばれてビビったの?」
桃之はすっと顔をそむけただけだった。
也恭はなぜか、恥ずかしそうに俯いてしまう。
(それじゃ求愛を受け入れたも同然の態度じゃないのっ)
雨に閉じこめられた四阿はひんやりとしていたのに、ぐんと気温の上がった気がする紫耀であった。男二人の恋の邪魔者になったようで、どうにも居たたまれない。
(どーにでもしてぇな気分よ)
もうヤケだ、恋路の邪魔ついでにイジワルしてやれと、紫耀は居なおった。
「也恭殿、お茶代はいただきますので」
「は」
「お茶は高価なのです、当然でしょう。貴族である也恭殿はしょっちゅう口にされるのかもしれませんが、日夜働いているわたくし達でもそうそう手のでる品ではありません」
大嘘だ。紫耀と桃之もしょっちゅう飲んでいる。
そして、紫耀は日夜働いていない。あくせく働いているのは桃之だけ。
開いた扇子に隠れて桃之を見れば、よくもまあといった呆れ顔である。
「……そうですか。私に茶代を要求しますか」
也恭の口調は丁寧だが、声音と眼差しは冷たいものへとかわっていた。美男子であるから冷徹さが際立って映り、目にする者の胸にひやっと迫るものがある。
誰がどの角度から見てもブチギレ三拍前だった。
(歳下のくせに生意気な。孺子の分際であたしにやり返そうっての?)
今の也恭は淮家の末子だ。淮家は貴族の列でいうと下。彼の身分は底辺貴族、加えて無職。紫耀にしてみれば、禄を食んでいない身の上でエラそうな口きくんじゃないと、叱りつけてやりたいくらいだった。
茶杯からたちのぼる湯気がゆらりと揺れた。
「忘れるな花伝師。おまえはただの人殺しだ」
「そっちこそ憶えておいて。あたし、朱家が大っ嫌いだったのよ。毒ナシのお茶を淹れてやったんだから最大級の感謝を代金で寄越しなさい」
「どれほど朱家を嫌おうとも、朱家には恩赦が与えられている」
「ホント法って忌々しいわね。ここで殺してやれるのに」
「ここで私を殺せば、罪に問われるのは花伝師だ」
「あーウザッ」
「俺はおまえに惚れているがな」
合いの手的な桃之の告白は二人に無視された。
「私こそ、この場でおまえを殺してやれる。なにしろ私を助けてくれるアカは戦いに優れた鬼だからな」
「どうぞ。ここで孔雀の精、出現させてみなさいよ。ちょっとやそっとじゃ花伝師は殺せないわよ。つーか、あたしが動く前にモモちゃんがパパッと片してくれるけど」
「う」
「モモちゃんと付き合うんじゃないの? 未来の恋人と戦う度胸あるの?」
「俺はいつでも襲えるがな」
再び、合いの手的な桃之の告白は二人に無視された。
「脅しぬいて」
「脅しには屈しない」
「「殺してやるッ」」
紫耀と也恭の声が重なった。合わさった声とは逆に、二人はそっぽを向いてしまう。
大人気ないなという桃之の呆れた溜め息が、茶杯の湯気と混ざっていった。
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青空がまぶしい季節。
長雨のせいで恋しかったとはいえ、燦々たる昼間の陽射しは目にしみる。
「帰っていい?」
開いた扇子で陽の光を遮りながら紫耀は呟いた。
呟いた、というよりも、隣の男に低い声で文句をたれた、といったほうが適当である。歩を止めないままで桃之は、「帰らせない」と適当に返事をした。
「なんでぇ、もういいじゃん。あたし、酔った」
「酒は一滴も飲んでいないだろうが」
「じゃなくて」
「乗り物酔い? まだ鞦韆〈ブランコ〉には乗っていないだろう。なにしろ少年少女に人気で順番待ちらしいからな」
「じゃなくて。人の気にあてられて酔ったっつってんの!」
キレぎみの紫耀に対し、「これはいかん」と思ったのか桃之が立ち止まる。
陽射しで目をしょぼしょぼさせる、紫耀。ついでにふらふらの状態だ。我慢できない。
「あんたが『芙蓉の花が見頃だ』って言うから」
受けて桃之は、軽く溜め息を吐いた。わがままな子供を諭すようである。
「おまえのためだ。花見は野外運動のひとつだぞ、ほら歩け」
「全然いい、あたし、ひきこもりでいい。うちが好き」
「重度のひきこもりでもかまわないが。花は好きだろ、見ろよ」
「だーかーらー人の気に酔ったって言ってるでしょ、ひきこもりなんだから季節の花なんてどーでもいいしっ」
そして話は振りだしに戻る。
日光、暑さ、すれ違う人の熱気、人の声、まぜこぜになる視線。様々な刺激に耐えられず、とにかく紫耀は帰りたいのだった。
この時代、郊游〈ピクニック〉は街に住む民に好まれていた。健康維持のための野外運動ととらえられていて、郊游に積極的に参加する民を【意識高い系】などと呼んでいる。近頃では意識の高い〝ふり〟をする人を意識高い系と呼んだりもするらしく、意味合いがかわってきているようだった。流行語とはそんなものだ。
それもこれも、楚王朝下での経済や文化が発達していることの反映であり、社会全体の活気ある気風とそれなりに努力している民の自意識の表れでもあるのだった。
国都・寿寧の民が郊游で訪れるのは芙蓉園である。
街の、東南のはずれに造られた広大な庭園だ。四季を通じて人が絶えないが、とくに今の時期は園の名のとおり芙蓉の花が咲き誇っていて賑やかだった。みな、花を観賞しながら酒をくみかわしたり、小高い丘に登って鞦韆で遊んでみたりと、楽しく過ごす。
だが。
ひきこもりに世の事情など関係ない。
そもそもひきこもりとは、人間関係がなく、社会参加をしていない状態のこと。自覚のある紫耀からすれば外出は、時々でいい。ひきこもりの定義に反する行為は不要なのだ。
(毎度のコトだけど……だまされた)
桃之の広い背中に向けて、紫耀は心中で何度も文句をぶつけていた。
普段の桃之は、紫耀を無理に連れて出ることはしない。うちにいたいならいろと言ってくれる。しかしどういうわけか、季節の節目になると「出かけよう」とせっついてくる。季節感のある行事にやたらこだわるのだ。今日の花見もそうで、あんまり桃之が必死だったから、紫耀も断りきれなくなったのだった。
はあ、と重い息が洩れたときだった。
先を歩いていた桃之が急に止まったので、紫耀は思いっきり背にぶつかった。上背のある男が倒れるはずもなく、反動で紫耀はしりもちをつきそうになった。慌てて桃之の袍を引っつかみ、転倒をなんとか防ぐ。
「う、あたしの鼻もげてない」
「う、壁ドン職人」
紫耀の声に、若干引きぎみの若い男の声が重なった。
ちなみに、この場合の【職人】は本来の意味から転じてその道の専門家という流行の言葉である。桃之とばったり出会って「壁ドンの専門家」と評したのだから、男色である桃之の恋のお相手だろうと、紫耀はひょっこり顔を覗かせた。
すると。前方にいたのは紫耀とは相性サイアクの也恭であった。
「「うっそ」」
またも二人の声が重なった。
天敵が顔を合わせた途端、それまで晴れていた空が雲に覆われて。
雨が降りだした。
雨期は明けたというのに、どしゃ降りである。
園内は回遊できるよう遊歩道が整えられている。小道から逸れ、近くの四阿に避難した三人は、それぞれがなんともいえぬ表情で座っていた。石造りの方卓に茶器を並べているのは、紫耀が使役している役鬼である。
役鬼は、見鬼師の吹く嘯〈くちぶえ〉によって呼びだされる。役鬼には使人見鬼術がかけてあるので、見鬼の能力をもたない者の目にも映るのだった。
この役鬼は人鬼であり、ぱっと見には老官吏といった恰好をしていた。髪も髭も眉も半白、そのわりにはかくしゃくたる風貌で、手許に狂いはなく背筋はぴんと伸びている。
「ありがと、庫官」
役鬼である庫官は、卓上に茶器をそろえると姿を消した。
急に降りだした雨のせいで周囲に人はいなくなっている。也恭が雨男だと心中呪っている紫耀であるが、おかげさまで鬼を使えるというもの。
「え、用意だけ? 茶は淹れてくれないんですか?」
これを訊いたのは也恭である。今日もキラキラしていて鬱陶しい。
質問されたから仕方なく紫耀は答えた。
「庫官には、あたしの所有物を管理してもらっているのよ。あたしの庫役ってこと、だから庫官という綽名なの」
庫官は、鬼の名字ではない。
鬼の名字は知られてしまうと、その妖力を失ってしまう。ゆえに、名字を知るのは紫耀のように修行した召鬼法の執行者のみである。
「そんなこと、鬼にさせられるんですか?」
也恭が方卓に身をのりだしてくる。興味があるらしい。普段はキラキラしか取り柄のなさそうな男子で、素直なところは歳相応であった。
紫耀はさわりのない知識だけ、彼に分け与えることにする。
「能力の高い鬼は己の所有物を隠し持てるものなのよ。也恭殿が従えている孔雀の精も、いつもはカラ手のはず。戦闘向きの鬼なのに剣を持ち歩いてはいないでしょ」
「ああ、そうですね。剣を腰に佩いているのではなく、必要なときだけ手許に出現させています。ではアカにも、私の所有物を任せられるということですか?」
アカというのは、孔雀の精の綽名である。
也恭は無能であり、孔雀の精を使役することは不可能。にもかかわらず、孔雀の精が彼に従っているのは、どうやら也恭の母による加護らしい――というのが、紫耀の導きだした見解であった。
也恭の母は、前王朝の皇后である。革命の最中、皇后を殺したのが紫耀だ。
並みの神経のもち主であれば、平常心を装って顔を突き合わせてはいられない。互いに異常な過去をもつ、二人はそういう関係なのだ。
「いいえ。庫の番人というのが、さっきの役鬼の能力なのよ。孔雀の精にはできないわ」
「そうですか」
「で、管理するだけが能力のうちだから、お茶は淹れてくれないの。それに、お茶を淹れるのはモモちゃんのほうがうまいしね」
「はい? モモちゃんて誰ですか?」
と、尋ねながらも桃之を目で追っている也恭であった。
紫耀と也恭が話しこんでいる間に、さくさくと茶の支度をしていたのだ。
「え、巫術使い殿がモモちゃん?」
「なに、名を知らずに口説かれてたの?」
「くど……っ、あ、いえ、う、その、……そうですね、名は知りませんでした」
「名のるほどではないからな。さ、茶をどうぞ」
これは桃之である。意中のヒトを落とすつもりで言ったのならイイ線いったかもしれない。昨今のご時世では、茶の味の違いがわかる男がモテるらしいから。
寿寧には茶館もあるが、未だ茶葉は高価な品であり、飲めるのは貴人と文人だけ。
「彼は浪桃之。桃だからモモちゃん」
「モモさん、ですか?」
ぬ、と素っ頓狂に呻いたのは桃之で、びっくりしたのは紫耀だ。
「なによ、好きな子に名を呼ばれてビビったの?」
桃之はすっと顔をそむけただけだった。
也恭はなぜか、恥ずかしそうに俯いてしまう。
(それじゃ求愛を受け入れたも同然の態度じゃないのっ)
雨に閉じこめられた四阿はひんやりとしていたのに、ぐんと気温の上がった気がする紫耀であった。男二人の恋の邪魔者になったようで、どうにも居たたまれない。
(どーにでもしてぇな気分よ)
もうヤケだ、恋路の邪魔ついでにイジワルしてやれと、紫耀は居なおった。
「也恭殿、お茶代はいただきますので」
「は」
「お茶は高価なのです、当然でしょう。貴族である也恭殿はしょっちゅう口にされるのかもしれませんが、日夜働いているわたくし達でもそうそう手のでる品ではありません」
大嘘だ。紫耀と桃之もしょっちゅう飲んでいる。
そして、紫耀は日夜働いていない。あくせく働いているのは桃之だけ。
開いた扇子に隠れて桃之を見れば、よくもまあといった呆れ顔である。
「……そうですか。私に茶代を要求しますか」
也恭の口調は丁寧だが、声音と眼差しは冷たいものへとかわっていた。美男子であるから冷徹さが際立って映り、目にする者の胸にひやっと迫るものがある。
誰がどの角度から見てもブチギレ三拍前だった。
(歳下のくせに生意気な。孺子の分際であたしにやり返そうっての?)
今の也恭は淮家の末子だ。淮家は貴族の列でいうと下。彼の身分は底辺貴族、加えて無職。紫耀にしてみれば、禄を食んでいない身の上でエラそうな口きくんじゃないと、叱りつけてやりたいくらいだった。
茶杯からたちのぼる湯気がゆらりと揺れた。
「忘れるな花伝師。おまえはただの人殺しだ」
「そっちこそ憶えておいて。あたし、朱家が大っ嫌いだったのよ。毒ナシのお茶を淹れてやったんだから最大級の感謝を代金で寄越しなさい」
「どれほど朱家を嫌おうとも、朱家には恩赦が与えられている」
「ホント法って忌々しいわね。ここで殺してやれるのに」
「ここで私を殺せば、罪に問われるのは花伝師だ」
「あーウザッ」
「俺はおまえに惚れているがな」
合いの手的な桃之の告白は二人に無視された。
「私こそ、この場でおまえを殺してやれる。なにしろ私を助けてくれるアカは戦いに優れた鬼だからな」
「どうぞ。ここで孔雀の精、出現させてみなさいよ。ちょっとやそっとじゃ花伝師は殺せないわよ。つーか、あたしが動く前にモモちゃんがパパッと片してくれるけど」
「う」
「モモちゃんと付き合うんじゃないの? 未来の恋人と戦う度胸あるの?」
「俺はいつでも襲えるがな」
再び、合いの手的な桃之の告白は二人に無視された。
「脅しぬいて」
「脅しには屈しない」
「「殺してやるッ」」
紫耀と也恭の声が重なった。合わさった声とは逆に、二人はそっぽを向いてしまう。
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