脅し脅され道づれに

碧井永

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第二集 脅されて ~芙蓉は不用(1/7)

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 一人の男が壁のほうを向いて立っている。
 広いへやには男だけ。室内は豪奢なつくりで、床には毛氈もうせん〈毛織物〉が敷かれ、机や椅子にも凝った彫刻が施してある。白磁の香炉で馥郁ふくいくたる香を焚いているものの、たちのぼる微かな煙は男には届かない。なぜなら、薄絹を垂らして仕切りとしているからだった。
 男は笑みくずれる。ニヤケ面が止まらない。
 壁には一幅いっぷくの画が飾られていた。
 幅は小柄な女人が両手を広げたほど、縦の長さはその半分ほどの、わりと大きな画だ。描かれているのは二輪の芙蓉ふようと一個の石である。
 この時代より少し前から、作画の構図はさらに変化にとむようになり、立体感をもっている。これは花卉画かきが〈鑑賞するために栽培する植物を描いている〉といって、繊細な筆線と鮮麗な色彩が特色とされている。花卉画の中では最高傑作の一つとされている作品で、名を[赴蓉図ふようず]といった。
 若い頃から「譲ってくれ」と頼んでいた、まさに喉から手が出るほど欲していた品であったが、諸事情あってなかなか入手できずに悩んでいたのだ。その苦悩の日々が終わり、このたびやっと、大金をはたいて手許てもとにおくことができたのだった。
 心を動かされ、心の底から得たいと望んだ品である。わずかな煙であっても触れて汚したくないし、たとえ家族であっても自分以外の者の目に触れさせもしたくない。さりとて、せっかく手に入れた品をしまいこんでおくのももったいない。というわけで、室に薄絹を垂らして仕切りとし、独りニヤつきながらの鑑賞中であった。
 筆流れの精密さを愉しむため、芙蓉を一輪ずつ至近で見ていた男だが。やがて飽きて、少し距離をとった。今度は全体の造化の妙を愉しもうというのである。
 さすがの生動感だ。
 芸術性が高いなどと、男が満足気にふんふんと顎を揺らした――その直後のことである。
 自分の背後の空気が重くなったように感じた。
 背を押されている、奇妙な違和感。
 次いで、前方から伸びてきた細い糸に幾重にも身体からだを縛りあげられるような感覚を味わった。拘束の痛みはないが、圧はすごい。身体はぴたりと固定され、抗えない。
 すべては否応なしだ。このままでは引きずられる――
「む、うわっ」
 声をあげてすぐ、男は壁際に引き寄せられ激突寸前で姿が消えた。




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