桜ノ森

糸の塊゚

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深悔marine blue.

血のような海色

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 数多ものの"人形"を操るネクロマンサーとの試合の決着が着いて、俺はそのまま真っ直ぐ控え室に戻ってきた。
 控え室に戻ってくると、何故か中は静まり返っていた。どうしたのだろうか、と扉の前で立っていると、尋希がいつもの笑顔で、「おかえりなさい、兄さん」と一言いった。

 「えっと……ただいま、なのかな。」
 「……ん、おかえり。お前、なんだよあの大鎌。あんなのがあるなら最初から言えよな。オレらてっきり負けるかと思ったぜ」
 「えっと……ごめん……?その……あれは魔法って訳じゃないから言わなくてもいいかなって」
 「えっ、魔法じゃないのかい?」

 驚く直季に、あの大鎌は魔法、と言うより俺の半身みたいなものの気がする、と言おうとすると、尋希が「まぁまぁ!勝ったんですし細かいことは良いじゃないですか!」と間に割って入ってきた。

 「尋希は知ってたのかよ」
 「えぇまぁ。僕は弟なんで。……そりゃまぁ、記憶が無い兄さんが出せたのは驚きましたけど」
 「えっと……なんて言えばいいのかな。なんというか、どうやって戦えばいいのかなんか分かるって言うか……」

 俺がそう言うと、尋希は「じゃあもしかしたら身体が覚えてるってやつですかねー!」とおちゃらけた感じで言う。
 直季はへぇ~と頷くが、勇樹はじっと尋希の方を見つめたかと思うと、ため息をついて、まぁ、勝ったしいいか。と何かを飲み込んだようだった。
 尋希はそれを見て少し安心したような息を漏らすと、すぐにまた深く笑みを浮かべて奏に絡み始めた。

 「兄さんのことよりも今は魔法大会、ですよ!残りは奏だけですよー!おーい!聞こえてますかー!!」
 「……うるさい。聞こえてる」
 「おー!ようやく話しましたねー!てっきり口を縫い付けられて喋れなくなってるのかと思いましたよ!安心、安心!」

 尋希のその言葉に奏は舌打ちを漏らして、また口を閉ざす。
 それから少しして最後の対戦相手がモニターに映し出されて、奏は無言で立ち上がって扉に向かう。

 「奏。無理だけはしないでくださいよ」

 その尋希なりの激励に何も返すこと無く、奏は控え室から出ていった。

 「んだよ、あいつ。最近様子が変だとは思ってたけど今日は特に変だぞ」
 「そうだねぇ……あの海水浴で溺れて、入院から戻ってきてからずっとあの調子だよねぇ」

 勇樹と直季がそれぞれ口々に言う中、モニターの方では既に両者とも揃っていた。

 『芦風奏君。まさか君が僕の対戦相手になるなんてね』

 奏の事を知っているらしい相手は目の前に立つ奏に話しかけるが、奏は相変わらず何も言うことなくその場に立っていた。
 対戦相手の方もそんな奏に何も言うことなく、そのまま試合開始の合図が出された。

 「なぁ、尋希。奏の魔法ってどういうやつなんだよ」

 開始してから少しして動かない両者をモニター越しに見ながら勇樹が尋希にそう聞くと、尋希はきょとんとした顔で、「あれ、聞いたこと無かったですかね」と言った。

 「聞いたことなんてねぇよ。奏の奴そういうの自分から話さねぇだろ」
 「それもそうですね。でも先輩達も奏の魔法は見た事あると思いますよ。……見た事、というかかけられた事、ですかね」
 「かけられたこと、かい?」

 尋希のその言葉に勇樹と直季は二人で目を合わせていつの話なのか考える素振りをして、勇樹の方はすぐに「あぁ、もしかしてあの時か」と言って、続ける。

 「あれだろ。間乃尋が転校してきた日の屋上だろ。後ろから尋希が話しかけてきて、奏が急に現れた時の」
 「ご名答!ですよ!実はあの時、エントランスで兄さん、奏にぶつかったでしょう?その後僕が奏と合流しまして。そしたらエレベーターに乗る兄さんの後ろ姿を見てつい奏の腕を掴んで追いかけちゃったんですよね」
 「……なんで奏くんの腕を掴んだんだい?」
 「言ったでしょう?ついです。……で、屋上に着いた後こっそり先輩達の様子を伺ってたんですよ。本当に兄さんなのかどうかを確かめたくて。全然気づかなかったでしょう?あれ、奏のおかげなんですよ」
 「……ということは、奏の魔法は姿を消したりする透明化みたいなものか?」
 「透明化というより……まぁぶっちゃけて言うなら奏の魔法は幻覚魔法ですよ」
 「幻覚……かい?」
 「えぇ。そこにあるものをまるで無いかのように見せる幻覚。それから無いものをそこにあるかのように見せる幻覚……ですね。先輩達に使ったのは前者の方です。なので今回の魔法大会、奏が魔法で奏の姿が消える幻覚を見せることが出来たらほぼ勝ち確なんですけど……」

 尋希はそこまで言うと、チラリとモニターの方に目をやって、奏を見る。
 試合はもう始まっているのに、奏と対戦相手はどちらもその場から動くことなく立ち尽くしている。
 ……いやただ立ち尽くしているだけじゃない。奏は何かをぶつぶつと呟いているようで、口元が僅かに動いている。

 「……おい、あいつ様子がおかしいんじゃねぇの?」

 尋希に釣られてモニターを見ていた勇樹がそう言うのと同時に、対戦相手はゆっくりと奏の方に歩み寄りながら口を開いた。

『その様子だとばっちり効いているみたいですね。僕の記憶再生魔法は』

 対戦相手曰く、記憶再生魔法、というのはかけた相手の最も印象に残っている記憶をあたかもその当時にいるかのように見せ、その場面を再体験させる、言わば奏の幻覚魔法と似たようなもので、奏は今まさにそれを体験している真っ最中らしい。
 対戦相手はそのまま奏の近くまで歩いて行き、奏の左腕に巻かれたリボンに手を伸ばし、その指先が奏に触れようとした途端。

 『……あ……、ぅ、うわあああああああああああッ!!!腕が!!!僕の腕が!!!』

 突如発狂したかのように叫び出す対戦相手に控え室にいる俺達も驚き、会場で見ている他の生徒達もざわざわと騒ぎ出す。

 『いたい、僕のうでが!あ、やだ!やめろ!近づくな!』

 しきりに腕が、やら痛いやらと叫ぶ対戦相手が、何かに怯える素振りを見せる。
 しかし、その場には相手の他には奏しかおらず、その奏はまだ動いていない。

 『────ははっ』

 その場にそぐわない笑い声。その声が一瞬誰のものか俺達は分からなかった。
 だって、俺達はあいつの笑い声なんて聞いたことが無かった。それに、あいつは痛み苦しむ人を見て笑うような人間じゃない。……もしそうならあの海水浴場で自分は泳げないのを承知であの小さな子どもためにその身を海に投げ出す訳が無かった。

 『はは……ははははっ!お前らが悪いんだ。裏切ったお前が悪いんだよ!信じてたのに!ははははっ!』

 そう叫びながら狂ったように笑う、奏の海色の瞳は。

  ────血のような赤色に染まっていた。
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