桜ノ森

糸の塊゚

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深悔marine blue.

擂乃神学園祭 (Ⅰ)

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 俺桜赤間乃尋おうせきまのひろという一人の人間がこの孤児学園、擂乃神学園すのがみがくえんに入学して早数週間。学園内は学園祭の準備期間が始まった為、賑わっていて、それは俺のクラスも変わりなかった。
 この後の授業でどんな出し物をするか話し合う為、あらかじめ意見を言い合っている生徒が多い中、俺は一人自分の席に座ってぼうっと窓から見える桜を見ていた。
 
 「間乃尋くん、今日も桜を見てるんだねぇ。相変わらず好きだねぇ」
 「直季」
 
 俺の斜め前の席に座って携帯ゲームをしながら話しかけてくる直季なおきの方に向くと、自然と俺のすぐ目の前にある自分の机に突っ伏して眠る勇樹ゆうきの姿が目に入る。
 
 「勇樹はまた夜遅くまで本でも読んでいたのか?」
 「みたいだねぇ。休み時間が終わったらすぐ起きると思うしこのままほっといても大丈夫だよねぇ」
 「夜更かしも程々にしないと、だけどな」
 
 あの屋上の出来事から日が変わって、学園の教室に登校しておはよう花咲、と言った俺に「花咲、じゃなくて勇樹って呼べよ。オレも間乃尋って呼ぶからよ」と言われたのでその通りにしている。
 今の所学園生活はもっぱら勇樹と直季とで過ごすことが多くて、孤立しないですんでいるのはいい事だと思っている。
 とは言っても授業でグループ分けの際同じグループで組んだり、こうやって休み時間に話したり、昼休憩に一緒に昼食で取るくらいで、あの時みたいにどこかに出かける、ということは無かったけども。
 
 「学園祭ねぇ……間乃尋くんは何がしたいとかあるかい?」
 「えっと……ごめん、学園祭ってどういうものがあるのか分からなくて……」
 「あぁ、そういえばそうだっけねぇ。まぁクラスの人達が色々言ってくれるだろうし、その中で適当に決めれば良いよねぇ」
 
 そう言って直季は携帯ゲームの電源を落として、学生鞄の中にしまう。その直後に休み時間終了のチャイムが鳴り響いて、時間ぴったりに生真面目なクラス担任が入ってきて、教卓に立った。
 
 「それでは、これからホームルームを開始いたします。本日の日直の方、号令をお願い致します」
 
 担任に指名された今日の日直の生徒が立ち上がって号令をする。
 そして、担任は「ありがとうございます」と言って続けた。
 
 「本日のホームルームでは皆さんも知っている通り学園祭の出し物について話し合います。では皆さんまずはそれぞれグループを作って話し合いましょう」
 
 担任のその合図でクラスの人達はそれぞれいつも決まっているグループで話し合い始める。
 そして直季は椅子をこちらの方に向けて座り直した。
 
 「じゃあ、とりあえず話し合おう、だねぇ」
 「それよりも……さ。勇樹起こさなくて良いのか?チャイム鳴ったのに起きなかったけど……」
 
 俺がそう言って、未だに机に突っ伏して寝ている勇樹を見ると、直季は笑って「良いよ良いよ。勇樹くんがここまで寝れてるのは珍しいし起こしたら悪いねぇ」と言った。
 
 「直季がそう言うなら良いか」
 「だねぇ。まぁ気にしなくてもそのうち起きるよねぇ」
 「ん、なんなら今起きたしな」
 
 その声の方に向くと、いつの間にか起きていたらしい勇樹がこちらの方に振り返っていた。
 そして隣の直季に「今なんの時間」と聞く。
 
 「今は学園祭の出し物の話し合いだよねぇ。勇樹くん何かやりたいのあるかい?」
 「んー?オレかぁ……オレは特にねぇよ。直季は?」
 「ゲームならお化け屋敷とか劇とか定番だよねぇ……ボクら舞台向きじゃないしどっちって言われたらお化け屋敷の方になるかねぇ?」
 
 直季のその言葉に俺は思わず「お化け屋敷か……」と呟くと、勇樹は俺を見てにやにやと笑いながらどこかからかう様な口調で言った。
 
 「なんだよ間乃尋。お化けとか幽霊とか苦手か?」
 「そうなのかい?意外だねぇ」
 「苦手……なのかな……分からないけど、多分」
 
 どちらにせよお化け屋敷という案には良い気がしないのは事実なので、とりあえず肯定すると、勇樹は「んじゃ、お化け屋敷は無しな」と言った。
 
 「良いのか?折角出た案なのに」
 「良いだろ。記憶の無いお前にとってはこれが最初で最後の学園祭みたいなもんだろ。それが嫌な思い出になるとか何か違うじゃねぇか」
 「そうだねぇ。折角なら間乃尋くんも楽しめる出し物にしたいねぇ」
 
 「学園祭の出し物に困っているんですか?それなら僕はメイド喫茶を勧めますよ。勿論スカートはミニで」
 
 俺の後ろから突如聞こえたその声に振り向くと、そこには下級生の筈の尋希ひろきと、無理やり連れてこられたであろうかなでが立っていた。
 尋希は自称俺の実の弟で、奏はその尋希のクラスメイトとの事で、この二人もあの屋上の一件から学園生活を共に過ごすことが多くなっていた。
 
 「ふへへ、驚きました?」
 「そりゃ驚くよねぇ。キミ達今授業中だけど抜け出しても良かったのかい?」
 「そりゃ良い訳ないですよね!」
 「んじゃ戻れよ。自分の教室に」
 
 笑ってそう言う尋希に勇樹がそう言うと、ずっと黙っていた奏が尋希に「だから言っただろ」とため息混じりに言った。
 
 「えー、でもあの話し合い、僕ら要ります?要らなくないですか?」
 「話し合い、って事は尋希達の方も学園祭の話し合いだったのか?」
 
 俺がそう聞くと尋希はよくぞ聞いてくれました!と言って、一方的に語り出した。
 
 「あんなもの話し合いじゃないですよ!クラスの一人が既にオリジナルの脚本を作ってて、これを見たクラス内カースト上位の人達がこぞってこれをやろう!って事になりましてね!僕らカースト最低位置の意見なんかまるで無視ですよ!なんなら僕らのクラス担任が一番ノリノリでしてね!しかも何故か役者も勝手に決める始末でしてね!奏はその脚本のヒーロー的な役割で、僕はそれと敵対する性格の悪い悪役ですよ!?辞退しようとしたら『大丈夫!桜赤君にピッタリだと思う!』って!なんなんだよピッタリって!これ言外にお前性格悪いなって言われてます!?」
 
 そこまで言い切って尋希はぜぇ…ぜぇ…と息を切らしていた。
 隣の奏が「少なくともお前性格は良くは無いだろ」と言ってこちらを向いて頭を下げた。
 
 「すみません、先輩方。要するにコイツは自分の役が気に入らなくてクラスからボイコットしてるだけなんです。俺は何故かそれに巻き込まれました」
 「奏は良いですよねー!キラキライケメン王子ですもんねー!見た目と合ってて良いんじゃないですかー!」
 「あはは……まぁ何も決まらないよりマシなんじゃないかねぇ?ボクらなんて何も思いつかないからねぇ」
 
 直季が苦笑いしながらそう言うと、勇樹が「んで、」と話を続けた。
 
 「さっきのメイド喫茶ってなんだよ。確かに学園祭とか文化祭じゃ定番だけどよ」
 「いえいえ、ただの僕の願望ですよ。本当は自分のクラスで提案しようとしてたんですけどね。生憎とですね」
 
 尋希のその言葉に奏が安心したような顔をして、小さく「メイド喫茶なんかじゃなくて良かった……」と呟いていた。
 それを耳ざとく聞きつけた尋希がじろりと奏を見て何かを言おうとしたその時。
 
 「貴方達!話し合いと言ってもこれは授業の一貫ですから私語は厳禁……ってあら。貴方達はうちのクラスの人じゃないですね。今は授業中ですよ」
 
 漸く乱入している事がバレた尋希は小さく「えっ」と言ったあと奏の方を見て、その奏は尋希からふいっと顔を背けた。
 その様子に尋希は何故か不満そうにした後、直ぐににこりと笑って担任に向かって口を開く。
 
 「いやぁ申し訳ございません。僕ら下級生なんですけども学園祭の出し物についての話し合いが中々進まなくてですね、先輩達のクラスに赴いて何かいい案とか無いかなって担任に言われて偵察に来てたわけですよ」
 
 平然とした顔で嘘をつらつらと並べる尋希に俺と勇樹、そして直季と奏がまじかコイツ…という目で見る。
 その話を聞いた担任は、少し考えたあと、「そんな話、どの先生方からも伺っていませんが」と返すが、その答えを予想していたかのように尋希はまだ続けた。
 
 「そりゃ成り行きですからねぇ。僕ら二年のA組なんですけど、担任が非常に適当な人間ですからね。思いつきで行動ばかりですよ」
 
 尋希のクラス担任を思い浮かべたのか、先生はどこか顔を顰めて、納得したように「なるほど……」と呟いた。
 そして何故か勇樹も「お前らのクラス担任、あいつかよ……」と言った。
 
 「えっ……と。尋希達の担任の先生ってそんな変な人なのか?」
 「変っちゃ変だねぇ。変わってるよ」
 「お前も会ったことあるだろ。体育教師のアイツだよ」
 
 勇樹に教えられて思い浮かべるその先生は確かに尋希達が言うように少し変わっている先生で、俺もどこか納得したような気持ちになる。
 
 「……でもまぁこれ以上邪魔するのは不本意ですし、ここらでお暇させていただきますよ。お邪魔しました!ほら、奏。行きますよー!」
 「……失礼しました。」
 
 二人が出ていくと、担任はため息をついて、教卓に戻って立った。
 
 「それでは十分に意見は交換出来たと思いますので、グループごとに発表をお願いします。まずは廊下側のグループから」
 
 そう言われて他のグループの人の代表が次々と発表していく。
 舞台発表でダンスをしたいとか、お化け屋敷がいいとか、展示をしたいとか色々な意見が出ていって、遂に俺たちのグループの番になる。
 尋希達の来訪でそれどころじゃなくて全く話し合いなんて出来ていない。勇樹と直季二人に目を合わせると、勇樹はなんでもいいから適当に言えと小さく言う。
 適当にと言われても俺には学園祭で何をやればいいのかなんて分からなくて、少し悩んだ末、俺は口を開いた。
 
 「えっと……俺達はその……喫茶店とかどうかなって……思う、います」
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