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花のprologue.
桜の少年
しおりを挟む「知ってますか?あの森に入ると行けるという異世界には、所謂不老不死の種族が住んでいるらしいですよ?」
突然現れて、そう言った胡散臭い笑顔の赤毛の少年に驚いて、オレ達三人とも固まっていると、目の前のそいつは「あっるぇ~?驚きました?ねぇ驚いたんですよね?ねぇねぇ驚いたんですよねー!」とウザ絡みを始めたかも思えば突如、オレ達には見えない何かから頭をはたかれたみたいで、「いてっ」と言いながら頭を抑えた。
「ちょっと何するんですかー!痛いじゃないですか!みんなから頼られる天才的な僕の頭が悪くなったらどうするんですか!……そんな時あったっけって、そんなマジに受け取らないでくださいよ冗談ですよ……ってあれ、先輩方どうしたんです?」
その見えない何かと話していたそいつが呆気にとられているオレ達に気づいて、首を傾げた。
「どうしたも何も、キミが突然何も無いところに向かって話してるから気味悪がってるんだよねぇ」
「何も無い?……あぁ、なるほど。おいこら自分だけ隠れたまんまにしてるんじゃねーですよ!」
直季に言われてそいつは少し考えて合点いったらしく、隣の何かを掴んで引っ張りあげた。
すると、先程までは確かに誰もいなかったそこに左手首を掴まれた背の高い深海の瞳の色の金髪の酷く顔の整った青年が不満そうな顔をして現れる。
「……別に、俺は姿を見せなくても良いだろ」と赤髪の少年を睨みつけるも、そいつは完全に無視して続けた。
「先輩方すみませんねー!あ、この金髪のイケメンは芦風奏って言いまして、こんな不良っぽい見た目なのに面倒見のいいクソ真面目さんなんですよー!悪い子では無いんで良くしてやってくださいな」
「何勝手に俺の紹介してるんだよ」
「まぁ細かいことはいいじゃないですか!」
赤髪に笑顔でそう言われた芦風奏と紹介された青年は呆れたようにため息をついたあとこちらの方に振り向いて軽く会釈をする。
「…まぁ先程こいつに紹介されましたが改めて。芦風奏です。二年です」
「二年生って事はキミらもこの学園の生徒さんなのかい?さっきそっちの子もボクらを先輩って呼んでたしねぇ」
直季のその言葉に芦風は「はい」と頷く。そのまま赤髪の少年を肘で小突くと、そいつは一瞬何をするんだという顔をして直ぐになにかに気づいて「あぁそうでしたそうでした」と頷いた。
「いやぁ僕とした事が自分の自己紹介を忘れちゃってましたよ。ドジっ子なんですよね僕。どうでもいいですけど自分でドジっ子って言う奴にまともな奴は居ないって思いません?改めまして、僕は桜赤尋希と申します。隣の奏の同クラでそこの桜赤間乃尋って人の弟なんですよ」
「ね、兄さん」と尋希と名乗ったそいつは黙ったままの桜赤に笑いかけ、釣られてオレと直季も桜赤の方を見るが、等の本人は困惑したような顔をして尋希を見ていた。
その様子を見て、オレはそいつを睨みつけながら「桜赤はお前の事知らなそうだけど」と言うと尋希は一瞬顔を歪めるも直ぐに先程までと同じように笑う。
「……そうですよねー!仕方ないですよだって兄さんには」
「……昔の記憶が無い、だろ」
尋希と名乗った少年の言葉を遮る様に先程まで黙っていた桜赤が発した言葉にオレは内心"やっぱりな"と思った。
桜が好きなのかとか甘いものが好きなのかという質問に酷く曖昧で他人事のように答えたり、魔法について聞いてみた時に「話せない訳じゃない」と言っていてそのまま続きそうだった言葉は間が悪く店員に遮られていたという事から来る予想に過ぎなかったが当たっていたみたいだ。
「えっ、えぇっ!?間乃尋くんが記憶喪失!?」
「記憶喪失……ですか」
対して隣の直季はそんな桜赤の違和感に全く気づいていなかったらしく非常に驚いた声を出し、向かい側に居る芦風も目を丸くしながら呟いて、尋希の方は相変わらず感情が読みにくい笑顔を貫いていた。
そんな各々の反応を見てから桜赤の方へ視線をやれば、丁度口を開こうとしていた。
「……二年前、俺はこの街の桜の木の前で倒れていたらしい。目が覚めた時には名前以外の記憶は何もかも忘れちゃってたんだ」
「僕目線の話をしますとね、兄さんは二年前突然住んでた里から去ってしまい、そこから行方知れずだったんですよね。兄さんが大好きで大好きで仕方ない僕は兄さんを探す為に家を出てこの学園に入学したんですよー!それが去年の事なんですけどまさか兄さんも入学してたなんてですねー!一年間同じ学園に居てこんなにもすれ違う事なく過ごせるもんなんですね!」
「……えっと、俺がこの学園に入学したのは今日、なんだよ」
桜赤のその言葉に尋希は笑顔を貫いたまま、「あれ?そうなんです?まぁ、細かいことは気にしないでおきましょう!」と言って続ける。
「話を戻しましょう。……で、僕は突然行方不明になった家出記憶喪失少年、桜赤間乃尋の実の弟だって所までは話しましたよね?」
「本当にそうなのかは甚だ疑問に思うけどな」
「そうだねぇ。間乃尋くんは記憶が無い訳だし、言うだけならいくらでも嘘なんてつけるよねぇ」
「え、まずそこ疑っちゃいます!?」
オレと直季のその言葉に尋希は心外だとでも言うかのように目を丸くして、自分の顔を指さしながら「ほら!よく見やがれくださいよ!どう見ても弟にしか見えないでしょう!?せめて親族だってくらい思われる位はそっくりだと思うんですよ!」と騒ぎ立てる。
「確かに似てるとは思うけど、んなのいくらでもやりようはあっからな。整形とか、そもそもそういった魔法使いとか」
「それもそうですね。尋希が桜赤先輩の弟だって言う証拠がない限り先輩方が疑うのも仕方ないと思います。……現に少し俺も疑ってるし」
「奏までぇ!?そんな……とほほですよ……泣きますよ、良いんですか?」
そういう風にすぐ茶化すところが信憑性が無いんだよ、と芦風は一蹴する。
直季も芦風も、勿論オレ自身も尋希の主張に対して疑念を向けていると、その様子をずっと眺めていた桜赤がふと口を開いた。
「……昔の俺について何か質問とかしてみたらどうかな。本当に弟なら難なく答えられる、と思う」
「別にいいですけどそんなご期待に添えるような答えなんて返せないですよ?好き嫌いとか特にしなかったですし、好みの異性のタイプの話とかもしませんでしたし。……え?なになに?僕のタイプですか?生脚を惜しげなく見せびらかしてくれる人ですね。勿論ニーハイの絶対領域も大好きですよ!!」
「……誰も聞いてないんだよねぇ」
相変わらずのテンションで訳の分からないことをまくし立てる尋希に、直季が苦笑いで言葉を返すと、芦風が頭を下げる。その際に尋希の頭を鷲掴みにして尋希も頭を下げさせて口を開いた。
「すみません先輩方。尋希はこういう奴なんです。いつもこんな感じで訳の分からないことを言って茶化す奴なんです」
「ひっどぉい!僕がいつ茶化したって言うんですか!僕はいつだって本気ですよ!本気で生脚の良さを広めてますよ!そんな事ばかり言ってたら絶交ですからね!?絶交!」
「俺達は友人でもなんでも無い、ただのクラスメイトなんだからそもそも絶交のしようがないだろ」
「そうなんですけどねー。……おっとかなり話が逸れましたね。一体誰のせいなんですかー!」
ぷんすこですよ!ぷんすこ!と言いながら頬を膨らませて怒るような素振りを見せる尋希に対して、オレ含め一同全員が冷たい視線を投げかけると、尋希はすんっと無表情になって「なんですかその目は。僕のせいですかそうですか」と言った。
恐らく尋希は間乃尋の失った記憶に関する質問を避けたいが為にこうやってふざけているのだろう。
何故避けるのかと考えるが、単純に本当は弟じゃないからそういった質問に答えられないという答えが真っ先に思いつくけど、何となくそうじゃなくて、オレは尋希は桜赤に記憶を思い出して欲しくないのだろうと漠然とそう思った。あくまでもオレの勝手な想像だけども。
「……んー、まぁ今は細かい事気にしなくて良いんじゃねぇか?もしこいつが本当は桜赤の弟じゃなくて何か危害を加えようってんならオレが燃やしてやるよ」
オレが桜赤にそう言ってやると、桜赤は「えっと……ありがとう、でいいのかな」と首を傾げた。
「えっ、やだ勇樹先輩かっこよ……奏も見習って外見も中身もイケメンになりましょう!」
「嫌だ」
「ですよね。まぁ僕としては様子見してくれるのはありがたいことです。そもそも僕が兄さんの弟っていうのは嘘じゃないんですからね」
「嘘か本当かどうかはその内勇樹くんが暴いちゃうからねぇ。嘘だった事が分かったとしてもその時はその時だよねぇ」
「だから嘘じゃないんですって」と不満げに言う尋希に直季は「ごめんごめん」と笑いながら返し、そのまま桜赤に向き直る。
「という訳で今は様子見ってことで大丈夫かねぇ、間乃尋くん」
「えっと、俺は大丈夫、だよ」
「ん。本の当人からの許しも出たし、暫くは後輩としてよろしく、って事でいいな」
オレが後輩二人に向けてそう言うと、一方は若干顔を顰めながらも軽く会釈をし、もう一方は今までより一番の笑顔を浮かべながら「よろしくお願いします!」と言った。
オレにとって春は他のどの季節とも変わらないありふれた日常の一つで、今日もまたいつもと変わらない一日のはずだった。
直季と共に過ごしたり、部屋でずっと本を読んで寝るだけの、そんないつもと変わらない平凡な一日を過ごす予定だったのだが、記憶喪失の転入生と共に行動したり、その生徒の弟を自称する後輩とそのクラスメイトと知り合ったりと到底日常とは違う一日だった。
今日あった事を談笑する直季達を眺めながら思い返して、こんな日もたまには良いなと考えて、欠伸をする。
「おっし、寮の門限まであと少しだし帰ろうぜ。これからいくらでも話す機会はあんだろ」
「そうだねぇ。さ、間乃尋くん達も帰ろうだよねぇ!」
直季のその声を合図にオレ達は学園の屋上から去って、真っ直ぐ学生寮に向かって、それぞれの部屋に戻った。
オレも自室に戻り、電気を付けることすら無くベッドに横たわればすぐに眠気がやってくる。
……久しぶりによく眠れるかもしれない。最近はずっと眠れなくて小説を読んで夜を明かしていたので、そのまま眠気に逆らうこと無く目を瞑ってすぐ意識が遠のく感覚に身を委ねた。
優しい月明かりの下舞い散る桜の花びらを俺は部屋の窓からぼうっと眺めていた。
世間一般的にはとても美しいとされるその景色だけれど、どうしてか俺はそう思えずただただ見つめている。
花咲達は俺が桜を好きだと思っていたらしいけど、それは全くの見当違いだ。確かに桜は綺麗なんだろう。でも、俺にとって桜は綺麗だというより、自分の分身みたいなものだと思えて仕方がない。何故そう思うかの理由はきっと無くした記憶の中にあるのだろう。
───ポタリ、と音がして俺はふと我に返って音の発生源である床を見てみれば、そこには赤黒い液だまりが出来ていて、その液体は間違いなく俺の左腕から流れ出ている。その様子を俺はじっと眺めて、訳も分からずこう思うのだろう。
「……最初から、桜なんて散ってしまえば良かったんだ」
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