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魔法使いになりたかった
しおりを挟むその少年は魔法使いになることを願っていました。
病に倒れた母の命を救うため、魔の力を求めていました。
けれど、少年は自ら魔の力を手にすることができませんでした。
少年が手にできたのは、並外れた剣の技だけ。
剣の技だけは、国一番の騎士でさえも敵わぬほどまで鋭くなりました。
少年は言います。そうじゃない。ぼくが欲しいのは、魔の力なのに。
未知の病は徐々に母を蝕んでいきます。
母は言います。お前は自分の幸せを求めなさい。その剣で。
少年は言います。母さんを治すことがぼくの幸せだ。この剣では、できない。
少年は村を出ます。比類無き力を持つ魔女を求めて。
そうして、老いた魔女に出会います。
少年は乞いました。どうか、どうか、ぼくに魔の力をお与えください。
魔女は言いました。諦めよ。男は魔の力を扱えぬ。
少年は乞いました。剣の技には秀でています。どうか、どうか、ぼくをお側に置いていただけませんか。
魔女は拒みました。諦めよ。魔の力を扱えぬ使い魔など何の役に立つのだ。男など要らぬ。
老いた魔女は立ち去ります。
少年は自らの生を悔いました。何故、ぼくは男として生まれたのだ。
少年は自らの才を恨みました。何故、ぼくは剣だけに恵まれたのだ。
剣など要らぬ。母さんを治す魔の力が有れば、それで良かったのに。
一羽の烏が飛んできました。
烏は尋ねます。魔の力を欲しているのは、貴方ですね。魔の力をその手中に収めたくはありませんか。
少年は尋ねます。しかし、男は魔の力を扱えぬと聞きました。
烏は語ります。魔女とは扱える魔が異なるのです。我が主人ならば貴方にも魔の力を与えられます。どうか、どうか、この剣をお使いください。
少年は白銀の剣を受け取ります。
烏は言いました。悪しき盗賊を討ち払っていただけませんか。我が主人に仕える下々のために。その対価に、貴方に魔の力を与えましょう。
少年は肯きました。魔の力のためならば、魔女様のために。
その夜、一陣の疾風が盗賊の住処を襲いました。
比類無き剣を振るう少年には誰も敵いません。盗賊は皆討たれました。
烏は言いました。悪しき商人を討ち払っていただけませんか。
少年は訝りました。魔の力は戴けないのですか。
烏は答えました。魔の力の対価には届きません。我が主人のために働きなさい。
次の夜、一陣の烈風が商人の屋敷を襲いました。
比類無き剣を振るう少年には手練の護衛も敵いません。
商人は言いました。金は払う。どうか、どうか、見逃していただけませんか。
烏は言いました。ならば、我が主人に与しなさい。その利益を我が主人に献上なさい。
少年は訝りました。その利益は民のものではないのですか。
烏は答えました。力有る者が得るのです。貴方も、魔の力が欲しいのなら力有る者と成りなさい。
月は何度殺戮を見届けたことでしょう。
少年は烏の声に従い、数多の民を殺めました。
いつしか、罪人か民か区別することも忘れ、殺戮に溺れていました。
最早その身は命を奪う剣。最早その身は使命を忘れた奴隷。
少年は月を見ます。ぼくは何のために剣を振るうのか。
少年は月に尋ねます。ぼくは何のために剣を振るっていたのか。
烏は言いました。さあ、次は悪しき逆賊を討ち滅ぼしていただけますか。
彼の国には殺戮者の噂が流れます。
曰く、剣のみを携えた若き少年が一夜で村一つを滅ぼすのだと。
曰く、魔すら扱わぬ若き少年が一夜で部隊一つを滅ぼすのだと。
誰もが殺戮者に怯えます。嗚呼、次はこの村に訪れるやも知れぬ。
魔女様、どうか、どうか、この村をお助けください。
少年は或る村を訪れます。逆賊の村と信じて。
幾多の命を斬り刻んだ剣は魔の力を帯びていました。怨念と絶望の力を。
少年は烏に尋ねます。この村を滅ぼすのだな。
烏は少年に命じます。この村は我らが主人に仇なす者を匿っています。滅ぼすのです、この村ごと、全てを。
少年は村に足を踏み入れます。
けれど、烏が村に入ることは叶いません。
何故なら、烏の黒い身は氷に包まれ弾け飛んでしまったのです。
声が聞こえました。去れ。次はお前を討つ。
少年は言いました。来い。ぼくがお前を討つ。
声が聞こえました。去れ。操り人形に用は無い。
少年は翔けます。樹に隠れた襲撃者を狙って。
けれど、剣が肉を裂くことは叶いません。
何故なら、魔を帯びた剣は氷に包まれ捕らえられてしまったのです。
一羽の艶やかな烏が飛んできました。
烏は尋ねます。魔の力を欲していたのは、貴方ですね。魔の力をその手中に収めたくはないのですか。
少年は尋ねます。何を言っているのだ。
烏は語ります。病に冒された母を治すのではなかったのですか。魔女の口車に乗せられ、得られもせぬ魔の力を求め、悪しき殺戮者に堕ちたのですか。
少年は知りました。魔女に騙されていたこと。罪無き人々さえもその手で殺めていたこと。いつしか殺戮だけを考えていたこと。
少年の剣の氷が融けます。少年の催眠が解けるかのように。
少年は呟きます。そうだ。ぼくは、ぼくは、母さんのために。
烏は語ります。男は魔の力を扱えません。それは真理。それは現実。たとえ魔女であろうと、貴方自身に魔の力を与えることはできません。
少年は呟きます。ならば、ぼくは、ぼくは、何のために。
声が聞こえました。罪は消えぬ。罪は償わねばならぬ。
少年は尋ねます。ならば、この罪は如何様に償うべきか。
声が聞こえました。悪しき魔女を討て。その剣は正義のために在る。
少年は艶やかな烏の導きで山奥に辿り着きます。
烏は言いました。貴方を騙した悪しき魔女は、この奥に。
少年は言いました。お前は如何なる魔女の下僕なのだ。
烏は答えました。美しき、気高き、賢き魔女様の下僕です。またお逢いしましょう。貴方が魔女を討てたのなら。
そうして、烏は飛び去ります。雪の結晶を追って。
少年は山奥の小屋を訪ねます。
醜悪な魔女が驚きます。何故、お前が此処に。
少年は問います。お前がぼくを騙していた魔女か。
魔女は答えません。それこそが答えでした。
少年は剣を抜きます。自らの生を貶めた魔女を斬るために。
少年は尋ねます。魔の力をぼくに与えることはできるか。
魔女は答えます。できる。私の力ならば、他の魔女にできずとも。
少年は応えます。そうか。偽りを語るのなら、最早捨て置けぬ。
白銀の剣は魔女を斬り伏せます。幾多の魂が宿った魔剣の前に、一介の魔女が敵うはずもありません。
魔女は白い砂となり、滅びました。
そうして、少年は悪しき魔女の呪縛から逃れました。
されど、殺戮者の汚名は晴れません。
されど、殺戮者の習慣は消えません。
されど、殺戮者の大罪は濯げません。
少年は正義を名乗る者に追われ、内なる殺戮者の声に抗い、偽りの正義を翳す者を殺し、生き延びるしかありませんでした。
少年は自らの生を悔いました。何故、ぼくは魔女の甘言を受け入れたのだ。
少年は月を見ます。
母さん。親不孝者をお赦しください。
最早この手では、愛する貴方を救うことさえできぬ。
最早この手では、悪しき罪人を斬ることしかできぬ。
少年は月を見ます。
何時ぞやの魔女よ。この罪は如何様に償うべきか。
この剣は正義のために在るのなら、正義を重ねれば良いのか。
何時ぞやの魔女よ。お前は何処に居るのか。
少年の嘆きは、月が確かに聴いていました。
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