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破滅、災厄、その名は孤独
しおりを挟む少女は豊かな街で貧しい生活を送っていました。
母親は占い師でした。災厄ばかりが視えてしまい、災厄ばかりを的中させてしまう占い師。
母親は報せます。この街に災厄が迫っています。早く逃げてください。
人々は蔑みました。彼女は破滅を喚ぶ占い師だ。
人々は疑いました。彼女が破滅を引き起こしているのではないか。
少女は尋ねます。どうしてお母さんは災厄しか視えないの。
母親は答えます。災厄を知っていれば抗うことができるからよ。
少女は尋ねます。どうして街の人々は災厄に抗わないの。
母親は答えます。災厄を知っていても抗うことができないと思っているからよ。
少女は尋ねます。どうしてお母さんはそれでも災厄を報せるの。
母親は答えます。抗えることにいつか気づいてもらえると信じているからよ。
少女は思います。そんな日が来ることは無いでしょう、きっと。
誰もが皆、災厄から目を背けているのだから。
或る日、母親は少女に頼みます。森で魔女様から薬草を戴いてきなさい。
少女は尋ねます。お母さん、災厄は何も視えていないの。
母親は笑います。大丈夫。貴女には何も起こらないわ。
少女は尋ねます。お母さんには何も起こらないの。
母親は答えます。私自身の災厄は視えないの。私自身の姿は見られないでしょう。
少女は拒みました。わたしが居なくなれば誰がお母さんを護るの。
母親は命じました。行きなさい。貴女が居なくても何も起こらないわ。
少女は拒みました。嫌な予感がするの。お母さんが危ない。
母親は命じました。それでも薬草は必要なの。早く行きなさい。
少女は行かざるを得ませんでした。
家を出る際、少女は母親に確認します。
お母さん、本当に、自分自身の災厄は視えないの。
母親は微笑むだけで、何も答えませんでした。それが答えだと言うように。
少女の姿が街の雑踏に消えて見えなくなります。
母親は願います。嗚呼、魔女様、どうか、どうか、娘をお護りください。
忍び寄る災厄に襲われぬよう、森に繋ぎ止めてください。
命を落とすのは私一人で充分です。どうか、どうか、この切なる願いを。
少女が目指す魔女の小屋は森の奥に在りました。
老いた魔女が独りで住み、辺り一帯の魔を統治していました。力有る魔女には劣るものの、一介の魔女としては強い魔を有していました。
少女は産まれた時から老いた魔女を知っていました。母親に連れられ、何度も魔女に会っていました。
それは、母親が何かを視てしまったからかもしれません。
少女は老いた魔女の小屋を訪ねます。
少女は驚きました。老いた魔女は弱り果て、床に倒れていたのです。
少女は魔女を起こします。魔女様、如何されましたか。
魔女は言いました。最早この身は時に勝てぬ。時に命を奪われる。
少女の手を握る魔女の手には、弱々しい力しか残っていませんでした。
少女は魔女を支え、寝台に寝かせます。
少女は尋ねます。魔女様、わたしに何かできることは有りませんか。
魔女は願います。お前の手は魔を奪い取ることができる。この魔の力を受け継いでもらえぬか。我が力を絶やすわけにはいかぬ。
少女は肯き、魔女の手を握り返します。
そうして、老いた魔女は光となって散りました。
少女は力を得た手を握ります。その口角が自然と上がります。
漸くこれで力を手に入れた。一介の魔女に並ぶ力。
力さえ有れば、貧しい暮らしに甘んじることは無い。
力を振るえば良いのだ。富を奪い、安住の地を手に入れるのだ。
全ては、わたしを育ててくれたお母さんを護るために。
その呟きは誰の耳にも届きませんでした。
力を得た少女は街に戻ります。
街にはどこか不自然な空気が漂っていました。
普段の喧騒とは異なる声。罵倒が、怒号が、非難が、街中を飛び交います。
その声の行先は、街の中央の広場。
いつも母親が災厄の訪れを警告していた場所。
少女は身を隠し、その声に耳を澄ませます。
人々は怒ります。災厄が喚ばれる前に元凶を断つのだ。
人々は叫びます。破滅を喚ぶ占い師に極刑を科すのだ。
人々は唱えます。占い師に死を。あの魔女に死を。
少女は死を願う声が向かう中央の広場を窺います。
そこには磔刑に処され、槍を向けられている女性が居ました。
少女は言葉を失いました。動くことができませんでした。
お母さん。その声は、少女の口から吐息のように漏れました。
人々は立ち尽くす少女の姿を見つけます。
魔女の娘だ。魔女と共に磔にしろ。焼き尽くせ。
屈強な衛兵が数人で少女を取り囲みます。
少女の瞳には母親しか映っていませんでした。
少女の頭には母親しか残っていませんでした。
お母さん。その声は、少女の口から激流のように漏れました。
少女は得たばかりの魔を振るいます。抑えることもできず、ただ母の姿だけを求めて。
道を塞いだ衛兵は不可視の壁に押し潰されました。
逃げ遅れた市民は激しい烈風に切り裂かれました。
少女は叫びます。お母さんを返して。お母さんを殺さないで。
けれど、魔女の叫びは屍体だらけの街に虚しく響くだけでした。
処刑人は断罪の槍を振るいます。
破滅を喚ぶ占い師め。死の間際まで街に破滅を招くとは。
少女の瞳が十字架に縛り付けられた母親を捉えます。
処刑人は笑います。魔女よ、その瞳に焼き付けるが良い。
少女は手を伸ばします。最愛の母を助けるために。
放たれた魔は確かに処刑人の胴を撥ねました。
放たれた魔は僅かに処刑人の槍に遅れました。
処刑人の命が奪われた時、断罪の槍は既に母親の心臓を貫いていました。
少女が伸ばした手は、最愛の母の命を助けることができませんでした。
母親の身体から溢れ出た血が大地を濡らします。
少女が伸ばした手は、最愛の母の血を掬うことしかできません。
少女は魔を集めます。魔女ならば、治癒も蘇生も意のままに。
けれど、母親の傷は塞がりません。母親の血は止まりません。
少女は泣き叫びます。どうして。どうして、治せないの。
わたしの力は、力だけは、こんなにも溢れ返っているのに。
少女は血に濡れた手で母親に縋り付きます。
お母さん。お母さん、目を開けて。わたしを置いていかないで。
お母さんには何も起こらないって言ったじゃない。
これが災厄で無いなら、何だって言うの。
母親が目を開けることは有りません。その身に生は残されていないから。
やがて少女の手が力を奪い取ります。
それは、迫り来る災厄を視る力。母親が有していた力。
母親の身体は光に包まれていきます。あの老いた魔女のように。
少女は泣き叫びます。どうして。どうして、奪い取ったの。
お母さんの力を奪い取れなんて、わたしは願っていない。
そうして、母親は光になって消えました。
生き残った人々は叫びます。逃げろ。魔女に殺されるぞ。
少女の瞳を引きつけるものはもう有りません。
少女の頭を引きつけるものはもう有りません。
人々の声は、支えを失った哀れな魔女に良く届きました。
少女は母親の血を撫でました。母親がそこに居た痕跡。母親がここで殺された証跡。
少女は立ち上がります。その手に魔を滾らせて。
少女は呟きます。お母さんの占いを的中させるんだ。わたしの力で。
お母さんは破滅を喚んだわけじゃない。抗う機会を与えたんだ。
その機会を踏みにじったのは、お前たちだ。
それなら破滅を与えなきゃいけない。死を与えなきゃいけない。
お母さんの占いが当たったということを刻み込まなきゃいけない。
さあ、破滅をあげましょう。お前たちの人生も、富も名誉も、全て壊してやる。
街の出口は不可視の壁で塞がれました。
出口に殺到した人々は、一人ずつ死の絶望を与えられました。
家に逃げ帰った人々は、一人ずつ死の苦痛を与えられました。
誰一人として、生きて街を出た者は居ませんでした。
街には断末魔の叫びと苦悶の声が響き渡っていました。
それは、まさに破滅。まさに災厄。
血溜まりだけが残る街で、新たに生まれた魔女は笑います。
お母さんの占いは当たったよ。
お母さんは破滅を喚ぶ占い師なんかじゃないって、証明したよ。
だから、お母さん。帰ってきてよ。わたしを独りにしないでよ。
血に濡れた頬を一筋の滴が伝いました。
そうして、街は滅びました。災厄を喚ぶ占い師の予言通りに。
そうして、少女は生き延びました。幸せを祈る母親の願い通りに。
たとえ、少女がその生を望まなかったとしても。
†
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