白の魔女、黒の魔女

にのみや朱乃

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嵐に笑う背教者

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 ある国に聖女と呼ばれる見目麗しい女性が居ました。
 聖女は心の中で神を否定し、呪いの言葉を呟いていました。
 神など居ません。祈りなど届くはずもありません。神に祈り救われるのなら、なぜ私は救われなかったのでしょう。
 聖女は貴族の屋敷から出ることを許されず、もう何年も、自らの足で地を踏んだことはありませんでした。

 聖女は思い出します。幼い頃に感じた土の匂い。
 聖女は思い出します。小さい頃に感じた風の感触。
 聖女は思い出します。それらを全て奪い去った奴隷商人。

 聖女は貴族の愛玩動物でした。見目麗しく育ち、たおやかな花のような聖女は、貴族に飼われていました。汚れることも抗うことも許されず、ただ美しく従順であることだけを求められました。
 それでも聖女は希望を捨てません。
 いつか、いつか、私はこの牢獄を出るのだ。
 魔女となり、悪魔となり、この世界を滅ぼすのだ。


 嵐の日でした。
 風が鳴り、雷が暴れ、雨が刺さりました。大地は震え、森は泣き、民は怯えました。民は神に祈りました。
 嗚呼、神様。どうか、どうか、弱き我らをお守りください。

 聖女は神を嘲りました。
 嗚呼、神様。どうせ、どうせ、何もできないのでしょう。

 風が聖女の部屋の窓を壊します。
 雷が屋敷の近くの樹を燃やします。
 雨が聖女の美しい体を濡らします。

 風が語りかけます。嗚呼、聖女様。貴方は無力だ。
 雷が語りかけます。嗚呼、聖女様。貴方は無力だ。
 雨が語りかけます。嗚呼、聖女様。貴方は無力だ。
 嗚呼、聖女様。貴方は何の力も無いのに、どうして魔女になれましょう。

 聖女は割れた窓の硝子を手に取ります。
 小さな紅い滴が一滴、また一滴、白い肌を汚します。

 聖女は言いました。
 風よ、雷よ、雨よ、血の契りを交わしましょう。
 共に大地を削り、森を薙ぎ、民を滅ぼしましょう。

 聖女は自らの血に染まった手を伸ばします。
 風が吠え、雷が叫び、雨が喚きました。それは侮蔑の声でした。
 嗚呼、聖女様。貴方は何の力も無いのに、どうして我らに勝てましょう。

 風が聖女を襲います。聖女の手は折れません。
 雷が聖女を襲います。聖女の手は焼けません。
 雨が聖女を襲います。聖女の手は濡れません。
 聖女は壊れた人形のように笑いました。それは狂気の声でした。

 風は震え、雷は泣き、雨は怯えました。
 嗚呼、聖女様。どうか、どうか、愚かな我らをお赦しください。


 聖女は壊れた人形のように笑いました。それは狂喜の声でした。
 風が聖女の屋敷を突き崩します。
 雷が屋敷の住民を焼き払います。
 雨が瓦礫も死骸も押し流します。
 あとには闇夜さえ触れることを憚る白い聖女だけが残りました。

 聖女は嵐を従え、魔女となりました。
 世界を壊すのです。この身を救わなかった神を裁くために。
 世界を壊すのです。民すら救えなかった神を嘲笑うために。


 さあ、行きましょう、私の愛しき下僕よ。
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