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「行こ、有沙。場所はわかるの?」
わたしは脚に力を入れて立ち上がる。有沙は疲労を感じさせない動きで立った。
「移動教室棟にいるのは間違いない。四階と三階はさっき調べているから、二階か一階だろう」
「またあいつに出会わないかな?」
「出くわす可能性は高いね。注意しながら進んでいくよ」
有沙に差し出された手を取る。その小さな繋がりがわたしに安心感を与える。
屋上から移動教室棟の四階に降りる。有沙は走ることなく、普通の速度で階段を下りていく。ぴりぴりとした雰囲気が有沙から伝わってくる。あの大型の亡者を警戒しているのだろう。
大型の亡者には遭遇することなく、わたしたちは移動教室棟の二階に着いた。そこで有沙は魔法を行使する。
「探知魔法」
空気の振動が伝播していく。少し間を置いて、有沙が言った。
「下だな。一階に行こう」
有沙に手を引かれながら一階に下りる。一階はこれまでに見たどの階よりも汚れていた。廊下には赤黒い液体でいくつも線を引いたような跡が残っていた。片方だけの靴や、誰かのスマートフォン、制服のジャケット、鞄、とにかくいろいろな物が落ちていた。亡者が発生した当時はそれだけ混乱していたのだと悟る。
有沙はこの惨状を見ても何も思わないようだった。落ちている物も汚れた壁も見ずに、静かな声で詠唱する。
「探知魔法」
有沙は小さく頷いて、ゆっくりとした歩調で進んでいく。わたしはきょろきょろと周りを見ていた。あの大型の亡者がいつ現れてもおかしくないと思うと、恐怖と不安が心を占める。
それは有沙にも伝わっていたのか、有沙が唐突にわたしに言った。
「大丈夫だよ、藍水。逃げる方法は考えてある」
「え? そう、なの?」
「そう。だから、僕を信じて。そんなに怖がる必要はない」
有沙がそう言うのだから、嘘ではないのだろう。その言葉はわたしにとって救いだった。逃げることができるのなら、確かに怖がる必要はない。有沙に任せておけばどうにかしてくれるのだ。
有沙が足を止めたのは、野球部の倉庫の前だった。野球のボールやバットがしまってある倉庫だったはずだ。野球部は部室と別に倉庫があるのだと、以前誰かが言っていた。
扉の向こうからは、また異様な雰囲気が漂ってきていた。やはり、わたしでも何かがいるとわかるくらいの空気になっている。
有沙はわたしに予告もせずに扉を開けた。何か言ってくれると思っていたわたしは驚いてしまう。
倉庫の中には誰もいなかった。だから有沙はわたしに何も告げなかったのだと得心する。
亡者がいない? でも、確実にここから変な感じが伝わってくるのに。
有沙はしばらく考え込んでから、魔法を使った。
「探知魔法」
有沙の魔法に呼応するように、倉庫の奥のほうでぼんやりとした光が見えた。有沙はボールが入ったカゴやバットをがらがらと乱暴にどけながら、その光を目指していく。
やがて辿り着いた有沙の手の中には、紫色に光る水晶玉があった。ちょうど、有沙の手の中に収まるくらいの大きさだった。
「これだね。これを壊せば、あいつの強化は解けるはずだ」
有沙は水晶玉を床に落とした。硝子が割れるように、水晶玉は粉々に砕け散った。紫色の靄のようなものが漂い、有沙は鬱陶しそうにそれを手で払った。
「これで、おしまい?」
「の、はずなんだけどね。こんなにあっさりと破壊させるだろうか」
有沙もわたしと同じことを思っているようだった。大切な強化魔法を、こんなに容易く解除させるだろうか。もう少し大事に守るようなものではないのだろうか。
「でも、これでもうあいつと戦えるんだよね?」
「そうだと思う。魔法ももう少し効くようになったはずだ」
「これから倒しに行くの?」
「どうしようね。裏門に行って、出会わなければそれがいちばんいいんだけど」
有沙と話しながら野球部の倉庫を出る。まあ、出会わないほうがよいのは、わたしも同意見だ。あんな奴と戦わなくて済むならそのほうがよい。
その瞬間、有沙がわたしを庇うように立った。
「防御魔法!」
わたしの真横を黒い塊が通り過ぎていく。はっとして横を見たら、大型の亡者が廊下を塞ぐように立っていた。
有沙は左肩から血を流しながら、自嘲気味に呟く。
「水晶玉は囮か。待ち伏せとは、厄介なことをするね」
「あ、有沙、血が」
奇襲だったから魔法で防ぎきれなかったのだろう。有沙は左肩に傷を負ったようだった。
「マキ、コロス、マキ、コロス!」
大型の亡者がずんずんと近づいてくる。有沙は一瞬目を閉じて、すぐに開いた。
「藍水、走って!」
「う、うん!」
わたしは大型の亡者から逃げるように走る。廊下は一本道だから、逃げる方向は限られてくる。このまま走って階段に行くか、それともグラウンドに出るか、どちらがよいのだろう。有沙はどちらに逃げることを想定しているのだろう。
「雷刃魔法!」
有沙の詠唱が後ろから聞こえる。わたしが逃げる時間を稼いでくれているんだ。有沙が言っていた逃げる方法って、これのことだったのだろうか。
迷っている時間はない。わたしはグラウンドのほうに逃げることを選択した。移動教室棟からグラウンドまではすぐに出ることができる。広いところのほうが戦いやすいのではないかと思った。
グラウンドに出てくる。鞄がずっしりと肩に食い込んでくる。ああ、こんなもの、捨ててから逃げればよかったのだ。こんな時にまで持ってくるものではないだろう。でも、有沙にとっても大切な水なのかもしれない。どうするか迷い、結局わたしは鞄を捨てることができなかった。
振り返ると、有沙が校舎から出てくるのが見えた。血に染まった左肩が痛々しい。遅れて、大型の亡者も姿を見せる。大型の亡者はあちこち傷だらけのように見えた。やはり、あの水晶玉を壊した効果があったのだろう。
有沙がわたしのほうを見る。有沙の手から炎が放たれ、大型の亡者の身体を焼く。大型の亡者の叫び声がここまで響いてくる。有沙は大型の亡者が苦しんでいる間に、移動教室棟の二階の窓ガラスを魔法で割った。
「藍水、こっちに!」
有沙がわたしを呼ぶ。怖いけれど、行くしかない。わたしは走って有沙のもとに急ぐ。
「マキ、コロス、マキ、コロス!」
大型の亡者が有沙にタックルする。有沙はひらりと身を躱して、大型の亡者に魔法を放つ。
「火炎魔法!」
「おあああぁっ!」
大型の亡者の背中が焼け焦げる。けれど、大型の亡者の勢いが衰えることはなく、すぐに向き直ってこちらを威嚇してくる。
わたしは有沙と合流することができた。有沙の左手はだらりと下がっていて、左肩の傷の重さが心配になる。
「有沙、だ、大丈夫?」
「いったん退くよ。仕切り直したい」
左肩の怪我のせいだろう。心なしか、有沙の呼吸が荒いような気がした。
「どうしたらいい?」
「今きみを抱き上げるのは無理だ。僕の左手を離さないで」
「うん、わかった」
わたしは有沙の左手を取った。有沙は大型の亡者を見据えて、魔法を行使する。
「雷刃魔法!」
「おおおおおぉっ!」
激しい雷が大型の亡者の脚を撃ち抜く。黒色の液体が溢れ出し、大型の亡者が体勢を崩した。明らかに前よりも魔法の効果が上がっていた。
「飛翔魔法!」
有沙は追撃することなく、地を蹴って空に舞い上がった。屋上に行くのではなく、窓ガラスを割った教室に逃げ込む。少しでも飛んでいる時間を短くしたかったのだろう。
ここは、どの教室だろうか。机が綺麗に並べられているから、何かの授業で使われている教室だろう。すぐに教室の名前が浮かぶような、特別な何かがあるわけではなかった。
有沙は壁にもたれかかり、ふうっと深く息を吐いた。
「まさか待ち伏せされているなんてね。油断したよ」
「有沙、怪我は大丈夫なの?」
「ああ、別に、治せばいいよ。治癒魔法」
有沙は左肩に右手を当てて、詠唱する。淡い光が手に宿り、傷を癒していく。少しでも力になればいいと思って、わたしは有沙の左手を握っていた。それでも、有沙が右手を離すまでにしばらくの時間を要した。回復には時間がかかるようだ。
「水、貰えるかな?」
「うん」
鞄から水を出して、有沙に渡す。やはりあの時この鞄を捨てなくてよかったと思った。
有沙は水を一気に飲んで、また一息ついた。
「ごめんね、藍水を走らせる予定はなかったんだけど」
「ううん、仕方ないよ。逃げ切れてよかった」
「いや、きっとあいつは追ってくる。僕たちがこの教室に逃げ込んだのもわかっているはずだ。すぐ移動しよう」
有沙はそう言って立ち上がった。わたしも有沙に続く。
「もう少し休まなくて平気?」
「ああ。傷は治ったし、魔力はまだ残っている。休むのはあいつを倒してからだ」
有沙は注意深く教室の扉を開けて、周囲を確認する。まだ大型の亡者は追ってきていないようだった。わたしたちは教室を出て、再びグラウンドに向かう。大型の亡者との決戦の時だ。
移動教室棟の一階に下りると、階段から廊下に出るところで有沙が不意に足を止めた。静かに、と指で合図される。何かあったのだろうか。
わたしが先を見ると、大型の亡者がいた。そして、制服を着た亡者を食べていた。
だから、学校の中にいる亡者がこんなにも少なかったのだ。あの大型の亡者が普通の亡者を食べ漁っていたから、わたしたちが遭遇する数が減っていたのだ。片腕のない亡者がわたしたちを見て逃げ出したのも、きっと大型の亡者に襲われたからなのだろう。
「そういうことか。あいつは他の亡者を食べることによって力を得ているんだ」
「じゃあ、強くなってるってこと?」
「昨日より大きく見えたのは勘違いじゃない。夜のうちに他の亡者を取り込んでいたからだ」
「今も、強くなってるのかな?」
「わからない。このまま僕たちに気づかなければいいけれど」
有沙に制されるまま、荒れそうになる呼吸を必死に抑える。わたしの呼吸音で気づかれてしまうようにも思えた。
大型の亡者は、すぐにこちらを見た。そして、獲物を見つけたといわんばかりに咆哮する。
「藍水、グラウンドへ!」
「う、うん!」
「雷刃魔法!」
有沙に言われて、わたしは走って飛び出した。グラウンドに向かって、とにかく少しでも速く走る。
「雷刃魔法!」
有沙が魔法を詠唱する声が聞こえる。わたしが振り返ると、大型の亡者の大振りな攻撃を有沙がひらりと躱し、炎の魔法を直撃させたところだった。しかし、大型の亡者の動きが鈍くなることはなく、大きな効果はないように思えた。
これで本当に勝てるのだろうか。ううん、有沙なら大丈夫。きっとどうにかして相手に致命傷を与えるはずだ。わたしはそう信じることしかできない。
わたしはグラウンドの中央付近まで来た。有沙と大型の亡者はまだ校舎の出入口付近で戦っていた。有沙はわたしのほうを見て、ぎゅんと加速してこちらに走ってくる。大型の亡者が有沙を追いかけて、こちらに迫ってくる。
わたしも、頑張らなくちゃ。怯えている場合じゃない。魔器として、有沙をしっかりと支援するのだ。
「火炎魔法!」
有沙が炎を放つ。大型の亡者は炎を浴びながらも腕を振り回し、有沙に攻撃する。有沙は距離を保ちながら戦っているようだった。その表情は決して明るくなかった。
有沙は大型の亡者の腕を避けて、わたしのもとまで走ってきた。
「だめだ、僕ひとりで魔法を撃ってもたいした傷にならない。このままじゃ持久戦になる。そうしたらこっちが圧倒的に不利だ」
「わたし、どうしたらいい?」
有沙は目を閉じて、思案する。次に目を開いた時、有沙の瞳がわたしを確かに捉えていた。
「危険だけれど、きみを戦場に巻き込むしかなさそうだね。その鞄を置いて。きみを抱き上げて戦う」
「わかった。わたしは、落とされないようにしがみついてたらいい?」
「そうだね。筋強魔法!」
わたしは鞄を地面に置いて、有沙がわたしを抱き上げる。この状態で戦うというのは、なかなか不自然だろう。でも、これがいちばん賢いやり方なのだ。わたしの魔器としての役割を果たしつつ、戦場に連れて行くには、こうするしかない。
大型の亡者がタックルして迫ってくる。有沙は大きく後ろに跳んで、距離を取る。
「氷撃魔法!」
氷の槍が大型の亡者の腕を貫いた。その傷口から黒色の液体が噴出する。先程までよりも威力が上昇しているのは明らかだった。
「いける。これなら、僕でも勝てる」
有沙は小声で呟いた。それは、わたしの不安を拭い去るには充分だった。
「マキ、コロス、マキ、コロス!」
大型の亡者は傷を負ったと思わせないほど俊敏に動き、距離を詰めてくる。大きく腕を振り抜いた攻撃を有沙が避けて、その隙に魔法を叩き込む。
「氷撃魔法!」
「おああああぁっ!」
氷の槍が今度は右脚を撃ち抜いた。大型の亡者がバランスを崩して地面に転ぶ。しかしすぐに立ち上がると、黒色の石のような塊をこちらに飛ばしてきた。
「防御魔法!」
黒色の石はわたしたちの前に現れた見えない壁に阻まれ、地面に散らばる。地面に落ちると液状化して消滅していった。
有沙はグラウンドを駆けて、大型の亡者から距離を取る。遠距離のほうがこちらにとって有利だということなのだろう。確かに、あの腕が直撃したら一巻の終わりだ。
大型の亡者が地を蹴って突っ込んでくる。有沙は横に跳んで避けると、大型の亡者の背中に魔法を放った。
「火炎魔法!」
「おおおおぉっ!」
押している、という実感がわたしにもあった。あちらの攻撃は回避し続けることができていて、こちらの攻撃は効いている。このままいけば勝てるのではないかと思わせた。
大型の亡者が振り向いて、腕を伸ばしてきた。まるでゴムのように伸びた腕がこちらに襲いかかってくる。避けられる速度ではなかった。
「くっ……防御魔法!」
有沙も避けられないと判断して、防御に転じた。腕が当たった時の衝撃は凄まじく、わたしと有沙は数メートル吹き飛ばされてしまった。
わたしはすぐに立ち上がり、まだ起き上がっていない有沙に駆け寄る。
「有沙! ねえ、大丈夫?」
「ああ、なんとかね。腕が伸びるなんて聞いてないぞ」
有沙は頭を押さえながら身体を起こした。そこへ大型の亡者がやってくる。大型の亡者にとっては、絶好の隙だった。
「マキ、コロス!」
「飛翔魔法!」
有沙はわたしの腕を掴み、すごい勢いで上空に舞い上がった。すんでのところで、振り下ろされた剛腕を回避する。大型の亡者はこちらを睨みつけて、また黒色の石を飛ばしてくる。
「防御魔法!」
黒色の石を魔法で防ぎ、有沙はわたしを地面に下ろした。自身も地に下りて大型の亡者を見つめる。
「短期決戦にすべきだね。あいつがまだ他の攻撃を隠し持っているかもしれない」
「できるの?」
「できるさ。魔器の、きみの力をもってすればね」
有沙は自信があるようだった。わたしを抱き上げることはせず、わたしの手を取って大型の亡者に相対する。このまま、手を繋いだまま戦うということだろうか。わたしが邪魔になってしまうのではないだろうか。
「マキ、コロス、コロス!」
大型の亡者がどすんどすんと足音を立てて接近してくる。先手を打ったのは有沙だった。
「雷刃魔法!」
「おおおおおぉっ!」
雷が大型の亡者の左脚を穿つ。大型の亡者は転倒し、黒色の液体が地面に広がっていく。
「雷刃魔法!」
有沙は間髪入れず次の雷を放った。雷は大型の亡者の右腕を貫いて、大型の亡者が苦しそうな咆哮を上げた。
「藍水、行くよ!」
「えっ、え、どこに?」
「接近する! 遅れないで!」
なんと、有沙はわたしを大型の亡者のほうへ引っ張っていく。わたしは怖がる暇もないままに、大型の亡者にどんどん近寄っていった。近くで見る大型の亡者は、異形のボディビルダーのようだった。
「マキ、コロス、マキ、コロス!」
わたしが近寄ったからか、大型の亡者が身体を起こして腕を振り上げた。有沙はその一瞬を逃さなかった。
「剣戟魔法!」
有沙の手に生成された光の剣が大型の亡者の腕をはねた。振り下ろされるはずだった腕がどさりと音を立てて落ちて、大型の亡者はこれまでにないほど大きな声を上げた。
「終わりだ! 剣戟魔法!」
「おああああああぁっ!」
有沙の手から放たれた光の剣が大型の亡者の頭を貫通した。深く、深く突き刺さった剣が消えると、大型の亡者は地面に倒れ伏した。そしてそのまま動かなくなった。
静寂。有沙も動こうとはせず、大型の亡者をじっと見つめていた。
やがて、大型の亡者の身体が黒色の液体に変わり、地面を汚していく。そこまで見届けて、有沙はようやく天を仰いだ。
勝った。わたしたちは、あの大型の亡者に勝ったのだ。
「有沙、すごい! 倒しちゃった!」
「はは、やったね。きみのおかげだよ」
「そんなことない、有沙がすごいんだよ。もっと喜んだらいいのに」
「これでも喜んでいるつもりなんだけど。いやあ、うまくいくか不安だったけれど、やってみるものだね」
有沙はしれっとそんなことを言った。わたしはその言葉を聞き逃さなかった。
「えっ、不安だったの?」
「当然。きみがいるのに接近戦なんて狂気の沙汰だよ。いちかばちかで試してみてよかった」
有沙は自分の作戦をそう評した。狂気の沙汰、だなんて。
「とりあえず、屋上でいったん休もうか。もうあんな奴はいないだろうしね」
「うん。有沙も、疲れたでしょ?」
「そうだね。外に出るのなら魔力を回復しておきたい」
わたしは地面に置いてきた鞄を回収して、有沙のもとに戻る。有沙はわたしを抱き上げて、飛翔魔法を唱えて浮かび上がった。
屋上に着くと、有沙は転落防止用の柵にもたれかかって座った。わたしもその横に座る。有沙は明らかに疲弊していた。あの亡者との戦いでかなり疲労が溜まっているのだろう。
「有沙、お水」
「ああ、ありがとう」
わたしが水を差し出すと、有沙は受け取ってすぐに飲んだ。満杯に入っていたペットボトルの水がみるみるうちになくなっていく。ほとんど一気飲みするようなところまで飲んで、有沙は口を離した。それほどまでに喉が渇いていたのだろう。
わたしも水に口をつけた。常温だけれど、少し冷たく感じられた。喉が潤っていくのを感じて、疲労感が多少楽になる。
「藍水、魔力を回復させて」
「ん、ええと、キス、するんだよね?」
「うん。さすがに、ここまで消耗している状態で動くのは危険だ」
わたしには有沙がどれくらい消耗しているのかわからないから、そう言われてもわからなかった。ただひとつ言えることは、これから有沙とキスするということだけ。
わたしが覚悟を決めるよりも早く、有沙がわたしの唇を奪う。
ああ、もう、どうしてこんなに恥ずかしいのだろう。手を繋ぐだけで有沙の魔力を回復することができたらいいのに、どうしてこんな方法しかないのだろう。わたしは有沙のキスを受けながら、こんな方法しか作らなかった神様を恨んだ。けれど、前よりも抵抗感は薄くなりつつあった。慣れというのは恐ろしいものだ。
有沙がわたしの唇を解放して、一息つく。色濃かった有沙の疲労感はどこかへと飛んでいったようだった。ここまで回復されてしまうと、やはりただのキスではないのだと実感せざるを得ない。
「ありがとう。これでもう大丈夫」
「ほんとに回復するんだね」
「そうだよ。疑っていたの?」
「ううん、そんなことない。ちょっと驚いただけ」
「それだけきみとのキスに意味があるってことだよ。これからもよろしくね」
有沙は微笑を浮かべてそう言った。わたしは頷くしかない。
キスする相手が有沙で本当によかった。わたしが許せないような相手だったら、なんて考えたくもない。
「そういえば、わたしの魔力は減らないの?」
「魔器の魔力は膨大だよ。よほど無茶な使い方をしない限りは大丈夫」
「どれくらい?」
「まあ、今も相当酷使しているつもりだけれど、減っている様子はないね。だからきみの魔力切れを心配する必要はないと思う」
「そっか。よかった」
魔力を持たないわたしなんて荷物以外の何物でもない。魔力がなくなる心配がないということは、わたしにとって重要なことだった。
爽やかな秋風がわたしたちを包む。屋上は平和で、今までの激闘を忘れさせてくれる。このままここに留まることができるのなら、どんなによいだろうか。
けれど、それは許されないのだ。わたしたちは学校の外に出て、他の魔女と合流しなければならないのだから。
「ああ、そうだ、ルイに報告しなくちゃ」
有沙は交信魔法を使う。有沙の手の中に淡い光の球が現れる。
「ルイ、聞こえる? 僕たちはこれから学校を出る。まずはどこに行けばいい?」
光の球からわずかに遅れて反応が返ってくる。
「アリサ、まずは魔女の拠点で休んでくれていい。魔器の疲労もあるだろうし」
「わかった。拠点の座標を送ってほしい」
「送ったよ。明日の朝から、制圧に協力してくれればいい」
有沙がちらりとわたしを見た。わたしがどれくらい疲れているのか確認したようにも思えた。
「じゃあ、今日は休んでいいんだね。ありがとう」
「今日は魔器の疲労回復を優先して。明日からは移動も多くなるだろうから」
「わかった。ありがとう」
光の球が消える。有沙はふうっと長く息を吐いた。
「聞こえていたと思うけれど、今日はもう休んでいいってさ。ちゃんとしたベッドで眠れるよ」
「魔女の拠点? って、どこなの?」
「見た目も中身も普通の家だよ。住宅街にある」
有沙は立ち上がって伸びをした。それから、わたしに手を差し出す。
「行ける? もう少し休む?」
「行く。早く行って、ゆっくり休も」
わたしは有沙の手を取って立ち上がった。このままこの平和な屋上にいたら動けなくなってしまいそうだった。
「よし、じゃあ行こう。飛翔魔法!」
有沙の詠唱とともに、身体が浮き上がる。有沙に手を引かれて、なかなかの速度で裏門まで飛んでいく。ごうごうという風切り音が耳を震わせた。
裏門には亡者の影はなく、普段から見ている門が閉まっていた。と言っても、普段は裏門を使う機会なんてないから、これが普通なのかどうかは判断しがたい。
有沙は門を飛び越えて着地した。わたしもやわらかく下りることができた。
「さあ、学校の外がどれくらい危険なのか、だね」
ルイは学校の外のほうが危険だと言っていた。あの頃とは状況が変わっているだろうけれど、学校の中と同じとはいかないだろう。いきなり上から亡者が飛んでくるとか、側溝から現れるとか、とにかくそういう奇襲を受けてもおかしくない。
しかし、学校の外に出ても、亡者は見当たらなかった。裏門からは住宅街に出ることができる。秋晴れで、心地よい風が吹いて、静かな住宅街がそこにある。亡者がうようよしている状況を想像していたわたしは、肩透かしを食らった気分だった。
有沙はわたしの手をしっかりと握って、注意深く周囲を見ながらどこかへと歩いていく。行き先は決まっているようだった。座標、とか言っていたから、ここに行けという指示がルイから下りているのだろう。
「何もいないな。この辺りは制圧済みか」
そう言って、有沙は歩くスピードを速くした。
「もう大丈夫ってこと?」
「そうかもしれない。ルイは特に何も言っていなかったけれど、休息場所に指定してくるくらいだから、かなり安全度は高いんじゃないかな」
有沙は住宅街をずんずん進んでいく。無防備にも思えるくらいの早足だった。
そして、有沙が一軒の家の前で足を止めた。何の変哲もない平屋だ。他が二階建てや三階建てということを除けば、この平家にはおかしな点はない。
「ここだね。なるほど、これは安全だ」
有沙はひとりで納得して、平家の門を開ける。植木も、庭も、玄関も、普通の家だ。ここが魔女の拠点だと言われても信じられなかった。魔女の拠点と言われたら、普通はもっと魔法感のある何かがあると思うだろう。それが何かはわからないけれど。
わたしが置いてけぼりになっていることに気づいて、有沙は言った。
「ここは絶対に安全だ。ここにいれば亡者に襲われることはない」
「どうして?」
「ルイが結界を張っているからだよ。ルイの結界を破れるような奴がいるはずがない」
有沙は自信満々に説明してくれたけれど、わたしにはあまり伝わらない。ルイがどれくらいすごい魔女なのかわからないと、その説明では通用しないのだ。
ただ、有沙がそこまで言うのだから、この平家は安全なのだろう。亡者に怯えることもなく休むことができるのだろう。明日の朝までは、ここでぬくぬくと休むことができるのだ。
有沙が玄関の扉に手をかざすと、扉全体が淡く発光した。それで開錠されたのか、有沙は扉を開けた。
玄関の中に入っても、やはり普通の家だった。有沙はそこでわたしの手を離して、靴を脱いで入っていく。わたしも慌てて有沙の後に続いた。
「ここが、魔女の拠点?」
「そうだよ。普通の家だろう?」
「うん。魔女の拠点って言われても、信じられない」
広いリビングダイニングにはソファやテレビが置かれていて、ちゃんとキッチンもある。廊下の奥のほうの部屋が寝室なのだろう。
有沙はソファに座って脱力する。立ったままのわたしに、有沙が声をかけた。
「藍水、シャワー浴びてきたら?」
「えっ? いいの?」
そんな設備があるのかという驚きと、そんなに安全なのかという驚き。有沙は笑って応えた。
「いいよ。それくらい安全だと思ってくれていい。僕も後で浴びるよ」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「ついでに家の中を探険してきたらいいよ。ごく普通の家だから、面白みもないけれどね」
「うん。そうするね」
そこで初めてわたしは有沙から離れて行動することになった。思えば、有沙と出会ってからずっと一緒だったような気がする。有沙がいないことに違和感があった。誰かに対してこんな感情を抱くことがあるなんて思ってもみなかった。
ここはそれだけ安全なのだ。わたしもぴりぴりすることなく、ゆっくり休むことにしよう。
わたしは脱衣所を探しながら、平家の中を探検することにした。
わたしは脚に力を入れて立ち上がる。有沙は疲労を感じさせない動きで立った。
「移動教室棟にいるのは間違いない。四階と三階はさっき調べているから、二階か一階だろう」
「またあいつに出会わないかな?」
「出くわす可能性は高いね。注意しながら進んでいくよ」
有沙に差し出された手を取る。その小さな繋がりがわたしに安心感を与える。
屋上から移動教室棟の四階に降りる。有沙は走ることなく、普通の速度で階段を下りていく。ぴりぴりとした雰囲気が有沙から伝わってくる。あの大型の亡者を警戒しているのだろう。
大型の亡者には遭遇することなく、わたしたちは移動教室棟の二階に着いた。そこで有沙は魔法を行使する。
「探知魔法」
空気の振動が伝播していく。少し間を置いて、有沙が言った。
「下だな。一階に行こう」
有沙に手を引かれながら一階に下りる。一階はこれまでに見たどの階よりも汚れていた。廊下には赤黒い液体でいくつも線を引いたような跡が残っていた。片方だけの靴や、誰かのスマートフォン、制服のジャケット、鞄、とにかくいろいろな物が落ちていた。亡者が発生した当時はそれだけ混乱していたのだと悟る。
有沙はこの惨状を見ても何も思わないようだった。落ちている物も汚れた壁も見ずに、静かな声で詠唱する。
「探知魔法」
有沙は小さく頷いて、ゆっくりとした歩調で進んでいく。わたしはきょろきょろと周りを見ていた。あの大型の亡者がいつ現れてもおかしくないと思うと、恐怖と不安が心を占める。
それは有沙にも伝わっていたのか、有沙が唐突にわたしに言った。
「大丈夫だよ、藍水。逃げる方法は考えてある」
「え? そう、なの?」
「そう。だから、僕を信じて。そんなに怖がる必要はない」
有沙がそう言うのだから、嘘ではないのだろう。その言葉はわたしにとって救いだった。逃げることができるのなら、確かに怖がる必要はない。有沙に任せておけばどうにかしてくれるのだ。
有沙が足を止めたのは、野球部の倉庫の前だった。野球のボールやバットがしまってある倉庫だったはずだ。野球部は部室と別に倉庫があるのだと、以前誰かが言っていた。
扉の向こうからは、また異様な雰囲気が漂ってきていた。やはり、わたしでも何かがいるとわかるくらいの空気になっている。
有沙はわたしに予告もせずに扉を開けた。何か言ってくれると思っていたわたしは驚いてしまう。
倉庫の中には誰もいなかった。だから有沙はわたしに何も告げなかったのだと得心する。
亡者がいない? でも、確実にここから変な感じが伝わってくるのに。
有沙はしばらく考え込んでから、魔法を使った。
「探知魔法」
有沙の魔法に呼応するように、倉庫の奥のほうでぼんやりとした光が見えた。有沙はボールが入ったカゴやバットをがらがらと乱暴にどけながら、その光を目指していく。
やがて辿り着いた有沙の手の中には、紫色に光る水晶玉があった。ちょうど、有沙の手の中に収まるくらいの大きさだった。
「これだね。これを壊せば、あいつの強化は解けるはずだ」
有沙は水晶玉を床に落とした。硝子が割れるように、水晶玉は粉々に砕け散った。紫色の靄のようなものが漂い、有沙は鬱陶しそうにそれを手で払った。
「これで、おしまい?」
「の、はずなんだけどね。こんなにあっさりと破壊させるだろうか」
有沙もわたしと同じことを思っているようだった。大切な強化魔法を、こんなに容易く解除させるだろうか。もう少し大事に守るようなものではないのだろうか。
「でも、これでもうあいつと戦えるんだよね?」
「そうだと思う。魔法ももう少し効くようになったはずだ」
「これから倒しに行くの?」
「どうしようね。裏門に行って、出会わなければそれがいちばんいいんだけど」
有沙と話しながら野球部の倉庫を出る。まあ、出会わないほうがよいのは、わたしも同意見だ。あんな奴と戦わなくて済むならそのほうがよい。
その瞬間、有沙がわたしを庇うように立った。
「防御魔法!」
わたしの真横を黒い塊が通り過ぎていく。はっとして横を見たら、大型の亡者が廊下を塞ぐように立っていた。
有沙は左肩から血を流しながら、自嘲気味に呟く。
「水晶玉は囮か。待ち伏せとは、厄介なことをするね」
「あ、有沙、血が」
奇襲だったから魔法で防ぎきれなかったのだろう。有沙は左肩に傷を負ったようだった。
「マキ、コロス、マキ、コロス!」
大型の亡者がずんずんと近づいてくる。有沙は一瞬目を閉じて、すぐに開いた。
「藍水、走って!」
「う、うん!」
わたしは大型の亡者から逃げるように走る。廊下は一本道だから、逃げる方向は限られてくる。このまま走って階段に行くか、それともグラウンドに出るか、どちらがよいのだろう。有沙はどちらに逃げることを想定しているのだろう。
「雷刃魔法!」
有沙の詠唱が後ろから聞こえる。わたしが逃げる時間を稼いでくれているんだ。有沙が言っていた逃げる方法って、これのことだったのだろうか。
迷っている時間はない。わたしはグラウンドのほうに逃げることを選択した。移動教室棟からグラウンドまではすぐに出ることができる。広いところのほうが戦いやすいのではないかと思った。
グラウンドに出てくる。鞄がずっしりと肩に食い込んでくる。ああ、こんなもの、捨ててから逃げればよかったのだ。こんな時にまで持ってくるものではないだろう。でも、有沙にとっても大切な水なのかもしれない。どうするか迷い、結局わたしは鞄を捨てることができなかった。
振り返ると、有沙が校舎から出てくるのが見えた。血に染まった左肩が痛々しい。遅れて、大型の亡者も姿を見せる。大型の亡者はあちこち傷だらけのように見えた。やはり、あの水晶玉を壊した効果があったのだろう。
有沙がわたしのほうを見る。有沙の手から炎が放たれ、大型の亡者の身体を焼く。大型の亡者の叫び声がここまで響いてくる。有沙は大型の亡者が苦しんでいる間に、移動教室棟の二階の窓ガラスを魔法で割った。
「藍水、こっちに!」
有沙がわたしを呼ぶ。怖いけれど、行くしかない。わたしは走って有沙のもとに急ぐ。
「マキ、コロス、マキ、コロス!」
大型の亡者が有沙にタックルする。有沙はひらりと身を躱して、大型の亡者に魔法を放つ。
「火炎魔法!」
「おあああぁっ!」
大型の亡者の背中が焼け焦げる。けれど、大型の亡者の勢いが衰えることはなく、すぐに向き直ってこちらを威嚇してくる。
わたしは有沙と合流することができた。有沙の左手はだらりと下がっていて、左肩の傷の重さが心配になる。
「有沙、だ、大丈夫?」
「いったん退くよ。仕切り直したい」
左肩の怪我のせいだろう。心なしか、有沙の呼吸が荒いような気がした。
「どうしたらいい?」
「今きみを抱き上げるのは無理だ。僕の左手を離さないで」
「うん、わかった」
わたしは有沙の左手を取った。有沙は大型の亡者を見据えて、魔法を行使する。
「雷刃魔法!」
「おおおおおぉっ!」
激しい雷が大型の亡者の脚を撃ち抜く。黒色の液体が溢れ出し、大型の亡者が体勢を崩した。明らかに前よりも魔法の効果が上がっていた。
「飛翔魔法!」
有沙は追撃することなく、地を蹴って空に舞い上がった。屋上に行くのではなく、窓ガラスを割った教室に逃げ込む。少しでも飛んでいる時間を短くしたかったのだろう。
ここは、どの教室だろうか。机が綺麗に並べられているから、何かの授業で使われている教室だろう。すぐに教室の名前が浮かぶような、特別な何かがあるわけではなかった。
有沙は壁にもたれかかり、ふうっと深く息を吐いた。
「まさか待ち伏せされているなんてね。油断したよ」
「有沙、怪我は大丈夫なの?」
「ああ、別に、治せばいいよ。治癒魔法」
有沙は左肩に右手を当てて、詠唱する。淡い光が手に宿り、傷を癒していく。少しでも力になればいいと思って、わたしは有沙の左手を握っていた。それでも、有沙が右手を離すまでにしばらくの時間を要した。回復には時間がかかるようだ。
「水、貰えるかな?」
「うん」
鞄から水を出して、有沙に渡す。やはりあの時この鞄を捨てなくてよかったと思った。
有沙は水を一気に飲んで、また一息ついた。
「ごめんね、藍水を走らせる予定はなかったんだけど」
「ううん、仕方ないよ。逃げ切れてよかった」
「いや、きっとあいつは追ってくる。僕たちがこの教室に逃げ込んだのもわかっているはずだ。すぐ移動しよう」
有沙はそう言って立ち上がった。わたしも有沙に続く。
「もう少し休まなくて平気?」
「ああ。傷は治ったし、魔力はまだ残っている。休むのはあいつを倒してからだ」
有沙は注意深く教室の扉を開けて、周囲を確認する。まだ大型の亡者は追ってきていないようだった。わたしたちは教室を出て、再びグラウンドに向かう。大型の亡者との決戦の時だ。
移動教室棟の一階に下りると、階段から廊下に出るところで有沙が不意に足を止めた。静かに、と指で合図される。何かあったのだろうか。
わたしが先を見ると、大型の亡者がいた。そして、制服を着た亡者を食べていた。
だから、学校の中にいる亡者がこんなにも少なかったのだ。あの大型の亡者が普通の亡者を食べ漁っていたから、わたしたちが遭遇する数が減っていたのだ。片腕のない亡者がわたしたちを見て逃げ出したのも、きっと大型の亡者に襲われたからなのだろう。
「そういうことか。あいつは他の亡者を食べることによって力を得ているんだ」
「じゃあ、強くなってるってこと?」
「昨日より大きく見えたのは勘違いじゃない。夜のうちに他の亡者を取り込んでいたからだ」
「今も、強くなってるのかな?」
「わからない。このまま僕たちに気づかなければいいけれど」
有沙に制されるまま、荒れそうになる呼吸を必死に抑える。わたしの呼吸音で気づかれてしまうようにも思えた。
大型の亡者は、すぐにこちらを見た。そして、獲物を見つけたといわんばかりに咆哮する。
「藍水、グラウンドへ!」
「う、うん!」
「雷刃魔法!」
有沙に言われて、わたしは走って飛び出した。グラウンドに向かって、とにかく少しでも速く走る。
「雷刃魔法!」
有沙が魔法を詠唱する声が聞こえる。わたしが振り返ると、大型の亡者の大振りな攻撃を有沙がひらりと躱し、炎の魔法を直撃させたところだった。しかし、大型の亡者の動きが鈍くなることはなく、大きな効果はないように思えた。
これで本当に勝てるのだろうか。ううん、有沙なら大丈夫。きっとどうにかして相手に致命傷を与えるはずだ。わたしはそう信じることしかできない。
わたしはグラウンドの中央付近まで来た。有沙と大型の亡者はまだ校舎の出入口付近で戦っていた。有沙はわたしのほうを見て、ぎゅんと加速してこちらに走ってくる。大型の亡者が有沙を追いかけて、こちらに迫ってくる。
わたしも、頑張らなくちゃ。怯えている場合じゃない。魔器として、有沙をしっかりと支援するのだ。
「火炎魔法!」
有沙が炎を放つ。大型の亡者は炎を浴びながらも腕を振り回し、有沙に攻撃する。有沙は距離を保ちながら戦っているようだった。その表情は決して明るくなかった。
有沙は大型の亡者の腕を避けて、わたしのもとまで走ってきた。
「だめだ、僕ひとりで魔法を撃ってもたいした傷にならない。このままじゃ持久戦になる。そうしたらこっちが圧倒的に不利だ」
「わたし、どうしたらいい?」
有沙は目を閉じて、思案する。次に目を開いた時、有沙の瞳がわたしを確かに捉えていた。
「危険だけれど、きみを戦場に巻き込むしかなさそうだね。その鞄を置いて。きみを抱き上げて戦う」
「わかった。わたしは、落とされないようにしがみついてたらいい?」
「そうだね。筋強魔法!」
わたしは鞄を地面に置いて、有沙がわたしを抱き上げる。この状態で戦うというのは、なかなか不自然だろう。でも、これがいちばん賢いやり方なのだ。わたしの魔器としての役割を果たしつつ、戦場に連れて行くには、こうするしかない。
大型の亡者がタックルして迫ってくる。有沙は大きく後ろに跳んで、距離を取る。
「氷撃魔法!」
氷の槍が大型の亡者の腕を貫いた。その傷口から黒色の液体が噴出する。先程までよりも威力が上昇しているのは明らかだった。
「いける。これなら、僕でも勝てる」
有沙は小声で呟いた。それは、わたしの不安を拭い去るには充分だった。
「マキ、コロス、マキ、コロス!」
大型の亡者は傷を負ったと思わせないほど俊敏に動き、距離を詰めてくる。大きく腕を振り抜いた攻撃を有沙が避けて、その隙に魔法を叩き込む。
「氷撃魔法!」
「おああああぁっ!」
氷の槍が今度は右脚を撃ち抜いた。大型の亡者がバランスを崩して地面に転ぶ。しかしすぐに立ち上がると、黒色の石のような塊をこちらに飛ばしてきた。
「防御魔法!」
黒色の石はわたしたちの前に現れた見えない壁に阻まれ、地面に散らばる。地面に落ちると液状化して消滅していった。
有沙はグラウンドを駆けて、大型の亡者から距離を取る。遠距離のほうがこちらにとって有利だということなのだろう。確かに、あの腕が直撃したら一巻の終わりだ。
大型の亡者が地を蹴って突っ込んでくる。有沙は横に跳んで避けると、大型の亡者の背中に魔法を放った。
「火炎魔法!」
「おおおおぉっ!」
押している、という実感がわたしにもあった。あちらの攻撃は回避し続けることができていて、こちらの攻撃は効いている。このままいけば勝てるのではないかと思わせた。
大型の亡者が振り向いて、腕を伸ばしてきた。まるでゴムのように伸びた腕がこちらに襲いかかってくる。避けられる速度ではなかった。
「くっ……防御魔法!」
有沙も避けられないと判断して、防御に転じた。腕が当たった時の衝撃は凄まじく、わたしと有沙は数メートル吹き飛ばされてしまった。
わたしはすぐに立ち上がり、まだ起き上がっていない有沙に駆け寄る。
「有沙! ねえ、大丈夫?」
「ああ、なんとかね。腕が伸びるなんて聞いてないぞ」
有沙は頭を押さえながら身体を起こした。そこへ大型の亡者がやってくる。大型の亡者にとっては、絶好の隙だった。
「マキ、コロス!」
「飛翔魔法!」
有沙はわたしの腕を掴み、すごい勢いで上空に舞い上がった。すんでのところで、振り下ろされた剛腕を回避する。大型の亡者はこちらを睨みつけて、また黒色の石を飛ばしてくる。
「防御魔法!」
黒色の石を魔法で防ぎ、有沙はわたしを地面に下ろした。自身も地に下りて大型の亡者を見つめる。
「短期決戦にすべきだね。あいつがまだ他の攻撃を隠し持っているかもしれない」
「できるの?」
「できるさ。魔器の、きみの力をもってすればね」
有沙は自信があるようだった。わたしを抱き上げることはせず、わたしの手を取って大型の亡者に相対する。このまま、手を繋いだまま戦うということだろうか。わたしが邪魔になってしまうのではないだろうか。
「マキ、コロス、コロス!」
大型の亡者がどすんどすんと足音を立てて接近してくる。先手を打ったのは有沙だった。
「雷刃魔法!」
「おおおおおぉっ!」
雷が大型の亡者の左脚を穿つ。大型の亡者は転倒し、黒色の液体が地面に広がっていく。
「雷刃魔法!」
有沙は間髪入れず次の雷を放った。雷は大型の亡者の右腕を貫いて、大型の亡者が苦しそうな咆哮を上げた。
「藍水、行くよ!」
「えっ、え、どこに?」
「接近する! 遅れないで!」
なんと、有沙はわたしを大型の亡者のほうへ引っ張っていく。わたしは怖がる暇もないままに、大型の亡者にどんどん近寄っていった。近くで見る大型の亡者は、異形のボディビルダーのようだった。
「マキ、コロス、マキ、コロス!」
わたしが近寄ったからか、大型の亡者が身体を起こして腕を振り上げた。有沙はその一瞬を逃さなかった。
「剣戟魔法!」
有沙の手に生成された光の剣が大型の亡者の腕をはねた。振り下ろされるはずだった腕がどさりと音を立てて落ちて、大型の亡者はこれまでにないほど大きな声を上げた。
「終わりだ! 剣戟魔法!」
「おああああああぁっ!」
有沙の手から放たれた光の剣が大型の亡者の頭を貫通した。深く、深く突き刺さった剣が消えると、大型の亡者は地面に倒れ伏した。そしてそのまま動かなくなった。
静寂。有沙も動こうとはせず、大型の亡者をじっと見つめていた。
やがて、大型の亡者の身体が黒色の液体に変わり、地面を汚していく。そこまで見届けて、有沙はようやく天を仰いだ。
勝った。わたしたちは、あの大型の亡者に勝ったのだ。
「有沙、すごい! 倒しちゃった!」
「はは、やったね。きみのおかげだよ」
「そんなことない、有沙がすごいんだよ。もっと喜んだらいいのに」
「これでも喜んでいるつもりなんだけど。いやあ、うまくいくか不安だったけれど、やってみるものだね」
有沙はしれっとそんなことを言った。わたしはその言葉を聞き逃さなかった。
「えっ、不安だったの?」
「当然。きみがいるのに接近戦なんて狂気の沙汰だよ。いちかばちかで試してみてよかった」
有沙は自分の作戦をそう評した。狂気の沙汰、だなんて。
「とりあえず、屋上でいったん休もうか。もうあんな奴はいないだろうしね」
「うん。有沙も、疲れたでしょ?」
「そうだね。外に出るのなら魔力を回復しておきたい」
わたしは地面に置いてきた鞄を回収して、有沙のもとに戻る。有沙はわたしを抱き上げて、飛翔魔法を唱えて浮かび上がった。
屋上に着くと、有沙は転落防止用の柵にもたれかかって座った。わたしもその横に座る。有沙は明らかに疲弊していた。あの亡者との戦いでかなり疲労が溜まっているのだろう。
「有沙、お水」
「ああ、ありがとう」
わたしが水を差し出すと、有沙は受け取ってすぐに飲んだ。満杯に入っていたペットボトルの水がみるみるうちになくなっていく。ほとんど一気飲みするようなところまで飲んで、有沙は口を離した。それほどまでに喉が渇いていたのだろう。
わたしも水に口をつけた。常温だけれど、少し冷たく感じられた。喉が潤っていくのを感じて、疲労感が多少楽になる。
「藍水、魔力を回復させて」
「ん、ええと、キス、するんだよね?」
「うん。さすがに、ここまで消耗している状態で動くのは危険だ」
わたしには有沙がどれくらい消耗しているのかわからないから、そう言われてもわからなかった。ただひとつ言えることは、これから有沙とキスするということだけ。
わたしが覚悟を決めるよりも早く、有沙がわたしの唇を奪う。
ああ、もう、どうしてこんなに恥ずかしいのだろう。手を繋ぐだけで有沙の魔力を回復することができたらいいのに、どうしてこんな方法しかないのだろう。わたしは有沙のキスを受けながら、こんな方法しか作らなかった神様を恨んだ。けれど、前よりも抵抗感は薄くなりつつあった。慣れというのは恐ろしいものだ。
有沙がわたしの唇を解放して、一息つく。色濃かった有沙の疲労感はどこかへと飛んでいったようだった。ここまで回復されてしまうと、やはりただのキスではないのだと実感せざるを得ない。
「ありがとう。これでもう大丈夫」
「ほんとに回復するんだね」
「そうだよ。疑っていたの?」
「ううん、そんなことない。ちょっと驚いただけ」
「それだけきみとのキスに意味があるってことだよ。これからもよろしくね」
有沙は微笑を浮かべてそう言った。わたしは頷くしかない。
キスする相手が有沙で本当によかった。わたしが許せないような相手だったら、なんて考えたくもない。
「そういえば、わたしの魔力は減らないの?」
「魔器の魔力は膨大だよ。よほど無茶な使い方をしない限りは大丈夫」
「どれくらい?」
「まあ、今も相当酷使しているつもりだけれど、減っている様子はないね。だからきみの魔力切れを心配する必要はないと思う」
「そっか。よかった」
魔力を持たないわたしなんて荷物以外の何物でもない。魔力がなくなる心配がないということは、わたしにとって重要なことだった。
爽やかな秋風がわたしたちを包む。屋上は平和で、今までの激闘を忘れさせてくれる。このままここに留まることができるのなら、どんなによいだろうか。
けれど、それは許されないのだ。わたしたちは学校の外に出て、他の魔女と合流しなければならないのだから。
「ああ、そうだ、ルイに報告しなくちゃ」
有沙は交信魔法を使う。有沙の手の中に淡い光の球が現れる。
「ルイ、聞こえる? 僕たちはこれから学校を出る。まずはどこに行けばいい?」
光の球からわずかに遅れて反応が返ってくる。
「アリサ、まずは魔女の拠点で休んでくれていい。魔器の疲労もあるだろうし」
「わかった。拠点の座標を送ってほしい」
「送ったよ。明日の朝から、制圧に協力してくれればいい」
有沙がちらりとわたしを見た。わたしがどれくらい疲れているのか確認したようにも思えた。
「じゃあ、今日は休んでいいんだね。ありがとう」
「今日は魔器の疲労回復を優先して。明日からは移動も多くなるだろうから」
「わかった。ありがとう」
光の球が消える。有沙はふうっと長く息を吐いた。
「聞こえていたと思うけれど、今日はもう休んでいいってさ。ちゃんとしたベッドで眠れるよ」
「魔女の拠点? って、どこなの?」
「見た目も中身も普通の家だよ。住宅街にある」
有沙は立ち上がって伸びをした。それから、わたしに手を差し出す。
「行ける? もう少し休む?」
「行く。早く行って、ゆっくり休も」
わたしは有沙の手を取って立ち上がった。このままこの平和な屋上にいたら動けなくなってしまいそうだった。
「よし、じゃあ行こう。飛翔魔法!」
有沙の詠唱とともに、身体が浮き上がる。有沙に手を引かれて、なかなかの速度で裏門まで飛んでいく。ごうごうという風切り音が耳を震わせた。
裏門には亡者の影はなく、普段から見ている門が閉まっていた。と言っても、普段は裏門を使う機会なんてないから、これが普通なのかどうかは判断しがたい。
有沙は門を飛び越えて着地した。わたしもやわらかく下りることができた。
「さあ、学校の外がどれくらい危険なのか、だね」
ルイは学校の外のほうが危険だと言っていた。あの頃とは状況が変わっているだろうけれど、学校の中と同じとはいかないだろう。いきなり上から亡者が飛んでくるとか、側溝から現れるとか、とにかくそういう奇襲を受けてもおかしくない。
しかし、学校の外に出ても、亡者は見当たらなかった。裏門からは住宅街に出ることができる。秋晴れで、心地よい風が吹いて、静かな住宅街がそこにある。亡者がうようよしている状況を想像していたわたしは、肩透かしを食らった気分だった。
有沙はわたしの手をしっかりと握って、注意深く周囲を見ながらどこかへと歩いていく。行き先は決まっているようだった。座標、とか言っていたから、ここに行けという指示がルイから下りているのだろう。
「何もいないな。この辺りは制圧済みか」
そう言って、有沙は歩くスピードを速くした。
「もう大丈夫ってこと?」
「そうかもしれない。ルイは特に何も言っていなかったけれど、休息場所に指定してくるくらいだから、かなり安全度は高いんじゃないかな」
有沙は住宅街をずんずん進んでいく。無防備にも思えるくらいの早足だった。
そして、有沙が一軒の家の前で足を止めた。何の変哲もない平屋だ。他が二階建てや三階建てということを除けば、この平家にはおかしな点はない。
「ここだね。なるほど、これは安全だ」
有沙はひとりで納得して、平家の門を開ける。植木も、庭も、玄関も、普通の家だ。ここが魔女の拠点だと言われても信じられなかった。魔女の拠点と言われたら、普通はもっと魔法感のある何かがあると思うだろう。それが何かはわからないけれど。
わたしが置いてけぼりになっていることに気づいて、有沙は言った。
「ここは絶対に安全だ。ここにいれば亡者に襲われることはない」
「どうして?」
「ルイが結界を張っているからだよ。ルイの結界を破れるような奴がいるはずがない」
有沙は自信満々に説明してくれたけれど、わたしにはあまり伝わらない。ルイがどれくらいすごい魔女なのかわからないと、その説明では通用しないのだ。
ただ、有沙がそこまで言うのだから、この平家は安全なのだろう。亡者に怯えることもなく休むことができるのだろう。明日の朝までは、ここでぬくぬくと休むことができるのだ。
有沙が玄関の扉に手をかざすと、扉全体が淡く発光した。それで開錠されたのか、有沙は扉を開けた。
玄関の中に入っても、やはり普通の家だった。有沙はそこでわたしの手を離して、靴を脱いで入っていく。わたしも慌てて有沙の後に続いた。
「ここが、魔女の拠点?」
「そうだよ。普通の家だろう?」
「うん。魔女の拠点って言われても、信じられない」
広いリビングダイニングにはソファやテレビが置かれていて、ちゃんとキッチンもある。廊下の奥のほうの部屋が寝室なのだろう。
有沙はソファに座って脱力する。立ったままのわたしに、有沙が声をかけた。
「藍水、シャワー浴びてきたら?」
「えっ? いいの?」
そんな設備があるのかという驚きと、そんなに安全なのかという驚き。有沙は笑って応えた。
「いいよ。それくらい安全だと思ってくれていい。僕も後で浴びるよ」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「ついでに家の中を探険してきたらいいよ。ごく普通の家だから、面白みもないけれどね」
「うん。そうするね」
そこで初めてわたしは有沙から離れて行動することになった。思えば、有沙と出会ってからずっと一緒だったような気がする。有沙がいないことに違和感があった。誰かに対してこんな感情を抱くことがあるなんて思ってもみなかった。
ここはそれだけ安全なのだ。わたしもぴりぴりすることなく、ゆっくり休むことにしよう。
わたしは脱衣所を探しながら、平家の中を探検することにした。
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