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 起きたら全て夢だったらいいのにと思いながら、泥のように眠った。わたしは授業中の居眠りで変な夢を見て、起きたらまだ授業中か、授業が終わったところだったらよかったのに、わたしが目を覚ましたら固いベッドの上だった。それで、ここが仮眠室で、昨日までの出来事は夢ではなかったのだと思い知る。

 やはり現実だったのだ。今日もまた、亡者から逃げることになるのだ。わたしはふうっと深く息を吐いて、身体を起こした。おそらく職員室から持ってきた背もたれ付きの椅子に座っていた有沙が気づいて、椅子を回してわたしのほうに身体を向けた。

「おはよう、藍水。よく眠れたようだね」
「有沙は眠れたの?」
「僕も身体は休めたよ。魔女は基本的に眠る必要はない。疲労の回復ができればそれでいい」

 とりあえず有沙も問題なく休息できたのだと理解する。わたしばかりベッドを使って申し訳ないと思っていたけれど、有沙が休めたのならよかった。

「きみが眠っている間に職員室の中を物色したよ。君が言っていた通り、倉庫に防災用の備蓄がたくさんあった。ここに閉じこもるのだとしても、二人ならかなり長くいられるはずだ」

 引っかかりのある言い方だった。わたしは有沙に尋ねた。

「閉じこもらない、ってこと?」
「察しがいいね。ルイから指示があった。学校を脱出して他の魔女と合流しろ、ってね。昨日もちらっと言っていたけれど、どうやら僕たちにも死霊術師ネクロマンサーの拠点潰しをやらせるみたいだ。それくらい、魔女側の手が足りていないらしい」

 逆に言えば、死霊術師側がそれだけ周到に準備していたということだろう。一人によるテロ行為ではなく、組織的な犯行と考えるべきなのだろう。

「一応、僕も蒼炎の魔女、名を冠する魔女だからね。ここでのんびり救助を待つっていうのは許されない。戦力として数えられるのは当然だよ」
「名を冠する魔女?」

 わたしが聞き返すと、有沙は「ああ」と短く言って、答えた。

「何とかの魔女って名前が付いている魔女のことだよ。名前がない魔女、つまり名もなき魔女が普通で、それよりも強い魔女には名が与えられる。僕にも蒼炎の魔女って名前があるから、実はそれなりに実力がある魔女なんだよ」
「へえ、そうなんだ。だから、あんなに強いの?」

 昨日、有沙が一撃で次々と亡者を打ち倒していた姿を思い出す。あれが普通なのではなくて、有沙が強いから成り立っていたのだろうか。

 わたしの疑問に、有沙は微笑を浮かべた。

「まあ、亡者を倒すくらいは名もなき魔女でもできるよ、きっと。そんなに強い相手でもない」

 それは有沙の謙遜のように思えた。ルイがわざわざ学校から脱出させて戦力に加えたいくらい、有沙は有力な魔女なのだ。戦力にならないのなら、ここに閉じこもらせておくほうが安全なのは間違いない。わたしはそんな有力な魔女に助けられたのだ。

「ただ、名もなき魔女だと魔器はうまく扱えないんじゃないかな。ほら、僕はきみと手を繋ぐだけできみの魔力を借りられるけれど、名もなき魔女はたぶんそれができない。そういう意味では、僕は強いかもしれないね」
「そうなんだ。じゃあ、やっぱり有沙ってすごいんだね」
「名もなき魔女と比べたらね。他の名を冠する魔女に比べたらまだまだだよ」

 有沙はいつの間にか仮眠室の中にあった災害用の備蓄パンの缶を開けた。わたしが寝ている間に倉庫から引っ張り出してきたのだろう。見ると、職員室のどこかから持ってきたであろうボストンバッグの中に、食料と水が詰められていた。有沙がただ休んでいたのではなく、様々な対応を進めてくれていたのだと知る。

「ありがと、有沙。逃げるための準備、してくれたんでしょ?」
「ああ、そうそう。水と食料は鞄に詰めておいたよ。それは藍水に持ってほしいんだけど、持てるかな?」

 有沙にそう言われて、わたしはボストンバッグを持ち上げてみる。なかなか重いけれど、持って歩けないほどではなかった。肩にかけるにせよ提げるにせよ、これを持って走るのは少し厳しいかもしれない。

「持てると思うけど、走るのは無理かも」
「それは大丈夫。藍水が走ることは想定していないから」
「え? どういうこと?」
「基本的に、出会った亡者は全部殺す。僕が無理だと判断したら、僕はきみを抱き上げて逃げるつもりだ。だからリュックにしなかった」

 有沙はさらりと言った。リュックだと抱き上げる時に支障があるということだろう。

 それにしても、抱き上げて逃げる、って。そのほうが速いのだろうとは思うけれど、なんだかちょっと恥ずかしいな。そんなことを言っている場合ではないというのは理解しているけれど。

 有沙は備蓄パンを齧る。あまりおいしくないのか、その顔は少し曇っていた。

「藍水も食べなよ。食べ終わったら出発する」
「うん、わかった」

 わたしも備蓄パンの缶を開けて、パンを食べ始める。なんともいえない味だった。味覚が麻痺しているのかと思うくらい、味がたいして感じられなかった。腹が満たされればよいだろうと思い、わたしは我慢して食べた。

 有沙は食べている間も、どうやって脱出するか考えているようだった。難しい顔をして、パンを水で流し込んでいる。

 わたしは無言を嫌って、有沙に問いかけた。

「脱出するって言ってるけど、普通に出るだけだよね?」

 ただ学校から出るだけなのに、大仰に言っているのだと思っていた。しかし有沙は首を横に振った。

「いや、正門にも裏門にも結界が張られているみたいなんだ。だから、その結界を張っている亡者を殺さないと出られない。その結界のせいで、他の魔女たちもこの学校に入ることができないみたいだ。だから、実質的には僕ときみだけでどうにかしないといけない」
「その亡者がどこにいるのかはわかるの? 昨日みたいに?」
探知魔法サティシアを使えば、ぼんやりとね。昨日みたいに一発ではっきりとわかるかどうかはわからない。いずれにせよきみの力が要る。きみの魔力を借りながら、校内を探し回らないといけない」

 こんなに危険な学校の中で、どこにいるかもわからない特定の亡者を探す。それは、無謀なかくれんぼのように思えた。わたしたちが圧倒的に不利なかくれんぼ。どう考えたとしても、探している間に他の亡者に遭遇するのは確実だ。戦闘は避けられないだろう。

 もし、昨日見た大型の亡者に出会ってしまったら。そう考えるだけでも背筋が凍る。昨日は無事に逃げることができたけれど、今日は逃げられるのだろうか。

 わたしも有沙もパンを食べ終えて、一息つく。お互いに目を見合わせて、立ち上がった。

「行こうか。結界を張っている亡者を探して殺す。そして、学校から脱出する。いいね?」
「うん、大丈夫。行こ」

 わたしはボストンバッグを持ち上げて肩にかけた。ずっしりとした重みが肩にのしかかってくる。でも、これはわたしの役目だ。戦う時、有沙は身軽でいたいのだろうと思った。戦わないわたしが荷物持ちになるのは当然の話だ。

 仮眠室から職員室へ、そして廊下に出る。今は学生教室棟の四階。ここから、どこかにいる結界を張っている亡者を探すことになる。有沙は魔法でぼんやりと位置がわかると言っていたけれど、その精度はどの程度なのだろうか。昨日のように一回ではっきりと場所がわかればよいと思った。

 廊下には朝日が差し込んでいて、明るかった。その分、昨日の惨劇の爪痕が色濃く見えて、わたしは目を逸らしたくなった。今見える範囲には、亡者の姿はない。このままみんないなくなってくれたらいいのに。

「藍水、手を貸して」
「はい」

 有沙に言われるまま、有沙と手を繋ぐ。有沙は静かな声で詠唱する。

探知魔法サティシア!」

 何かが空気中を伝わっていくのがわかる。それが何なのかは説明できないけれど、とにかく何かが空気の上を走っていって、壁を通り抜けていく。

 やがて有沙の足が動く。ゆっくりとした歩調で、廊下を進んでいく。

「どこにいるかわかったの?」
「移動教室棟だと思う。学生教室棟からは反応を感じない。移動教室棟に行ってから、またやってみるよ」

 ということは、渡り廊下から移動教室棟に渡るのだろう。わたしたちは手を繋いだまま歩いていく。

「ねえ、有沙」
「なんだい?」
「わたし以外に生き残ってる人っていないのかな?」

 唐突に訊かれたからだろう、有沙は返答に窮した。わたしは有沙の言葉を待つ。

 昨日の夜から思っていたことだった。亡者の数が少ないということは、それだけ逃げ延びる確率が高くなるということだ。偶然が重なって、逃げ延びている人がいるのではないだろうかと思ったのだ。現に、わたしは女子トイレの個室という安全な場所を見つけたのだから、学校中を探したら他にも同じような人がいるのではないだろうか。

 有沙は言葉を選んでいるようだった。この時間は、有沙の迷いを映していた。

「いない、とは言わない」
「やっぱり、そうだよね。わたし以外にも、助けを待ってる人がきっといるんだよ」
「いたとして、きみはどうする? 助けるつもり?」

 それは答えの決まっている問いだった。いや、わたしが言いたかった答えと、有沙が求めている答えが違っていて、有沙の答えのほうが正しいのだと思ってしまった。

 本音を言えば、助けてあげたかった。せっかく一晩生き延びて、学校から脱出することができるのだから、一緒に連れて行ってあげたかった。でもそれは、有沙が守るべき対象が増えるということだ。有沙にとっては負担になる。

 だから、有沙は助けたくないのだ。たとえ生存者を見つけてしまったとしても。

「助けることは、できないんだよね?」
「藍水は理解が早くて助かるよ。その通りだ。僕には、きみと、もう一人を守る力はない」

 有沙はあっさりと認めた。自分の力を誇大に捉えていない証拠だった。

「もし、もしね、生き残った人を見つけちゃったら?」
「困るね。見つけないことを祈るよ」

 有沙はたぶん、見捨てたいのだろう。そんな人はいないと切り捨てて、学校からの脱出だけを考えたいのだろう。

 でも、わたしはそうではなかった。もし生存者を見つけてしまったのなら、どうにかして助けてあげたかった。それを有沙に言うのは憚られたから、わたしは何も言わなかった。

 わたしにも戦う力があったならよかったのに。こんな、守られてばかりの存在ではなくて。

「もし見つけたら、言って」
「え?」

 有沙はわたしのほうを見て、微笑んだ。顔には仕方ないと書かれていた。

「助けたいんだろう? 僕も方法を考えるよ」
「いいの? 有沙の負担にならない?」
「なるよ。だから、どうにかできる方法を考えるんじゃないか。尤も、そんな人が見つかったら、の話だけどね」
「ありがと、有沙。ごめんね」
「謝る必要はないよ。ルイだったら生存者全員を助ける方法を考える。僕がそうしないのは、僕にそこまでの力がないからだ。謝るのは僕のほうだよ」

 話しながら、移動教室棟への渡り廊下を渡って、移動教室棟に入る。廊下にはやはり亡者の影はない。夜のうちにどこかに消えてしまったのだろうか。

 そう思った瞬間、教室から制服を着た亡者が出てきた。片腕はなく、足を引きずるようにしながら移動している。亡者はわたしたちを見た瞬間、悲鳴のような声を上げて、逃げようとした。

火炎魔法フリメディオ!」

 有沙は亡者の逃亡を許さなかった。亡者の背中を赤い炎が襲い、亡者は焼け焦げて倒れた。

「妙だな。どうして腕がないんだ?」
「それに、逃げようとしたよね。有沙が怖かったのかな?」
「昨日と比べて亡者の反応が変わる? 魔女を恐怖するようになった、って?」

 有沙はいかにも腑に落ちないといった様子で、亡者の遺骸を見つめる。元から腕がないのではなく、引き千切られたような痕が見て取れた。

「もしかして、有沙以外に魔女がいるのかも?」
「それはない。この学校にいるのは僕だけだ」
「じゃあ、亡者同士で喧嘩したとか?」
「喧嘩? お互いに敵だと認識して、攻撃した? うーん、わからなくはないけれど」
「違うかなあ。なんだろうね?」

 二人で考えても答えには辿り着けそうもなかった。失くなった片腕、引きずるような足、そして逃げようとする態度。いったい何を意味しているのだろうか。わたしには、有沙を怖がっているようにしか見えなかった。

 有沙が不意に足を止めた。そして、呟くようにわたしに言った。

「すごいな、藍水は」
「え? なにが?」
雷刃魔法サンブレディオ!」

 有沙はわたしの手を引いて、教室、写真部の部室の扉を魔法で吹き飛ばした。状況に追いつけていないわたしをぐいぐい引っ張って、有沙は部室の中に入っていく。

 部室の中はほとんど荒れていなかった。亡者が発生した時間帯には誰もいなかったのだろう。綺麗な写真が額に入れられていくつも飾られている。部室には本棚があり、いろいろな本が雑然と並べられていた。部室の奥にはもうひとつ部屋があり、有沙はそちらへと進んでいく。写真の現像などに使う部屋だろうか。

「おい! いるんだろう、出てこい! 僕たちは敵じゃない!」

 有沙は部屋の扉に向かって話しかける。この部屋の中に誰かいる、ということだろうか。もしかして、生存者を見つけたのだろうか。

「三秒待つ。その間に出てこなかったら、お前を見捨てて立ち去る。三、二」
「ま、待ってくれ、見捨てないでくれ!」

 奥の部屋の扉が開き、男子生徒が飛び出してきた。わたしは驚いて有沙に隠れてしまった。そこにいることを知っていた有沙は動じることなく、わたしに尋ねた。

「さあ、どうする、藍水? 生存者だよ」

 わたしは反応に困ってしまった。まさか本当に生き延びた人がいるだなんて。

「お、お前ら、どうやってここに入ってきた? 鍵は?」
「そんなもの壊したよ。きみはここに隠れていたんだね」
「ああ、そうだ。ここならあのゾンビにも見つからねえだろうって思って」

 男子生徒は明らかに疲れて、弱っていた。食事も摂れていないだろうし、夜も眠れていないのではないだろうか。一晩中ずっと、亡者の恐怖に怯えていたのではないだろうか。

 鞄から水を取り出そうとしたわたしを、有沙が手で制した。その必要はない、とその手が言っていた。

「なあ、お前ら、何なんだよ? どうしてそんな平気そうな顔していられる? 見ただろ、みんなゾンビに殺されちまって」
「お喋りしている余裕はこちらにもない。僕たちは亡者、きみがゾンビと言っているものに対抗するすべを持っている」
「ゾンビに、対抗する? じゃあ、助けてくれるのか?」

 有沙はちらりとわたしを見た。どうするんだ、と問われていた。

 この状況で助けないわけにはいかないだろう。けれど、問題はどこまで連れて歩くかということだ。言ってしまえば、彼は邪魔な存在だ。わたしと有沙だけなら逃げ切れるような状況でも、彼がいることによって逃げられなくなる。それは、有沙が避けたいと思っていることだろう。

 では、どうする? わたしは考える。

 連れて歩くことができないのなら、選択肢はひとつしかないだろう。置いていくのだ。

「仮眠室にいてもらったら、どうかな」
「藍水はそれでいいの?」

 有沙は意外そうに言った。わたしは頷いた。

 だって、そうするしかないじゃないか。この学校が安全になるまで、安全な場所に隠れていてもらう。一緒に脱出することができないのなら、それ以外はない。仮眠室なら安全であることは昨日証明されたのだし、あそこなら食料も水も問題にならない。閉じこもるならぴったりの場所だ。

 有沙はわたしを庇うように立ったまま、男子生徒に告げる。

「安全な場所を知っている。そこには食べ物も水もある。そこに隠れていてくれ」
「そんな場所があるのか? ど、どこだよ、連れて行ってくれるのか?」
「仮眠室だ。職員室の奥にある。悪いけど一人で行ってくれないか」
「そ、そんな、外はあのゾンビだらけだろ! 一人で職員室まで行けるわけねえよ!」

 彼は縋るような瞳でわたしを見てくる。そんな彼を、わたしは切り捨てることができなくなる。いや、だからわざわざわたしを見ているのだろう。話を動かしている有沙ではなく、黙っているわたしを。

 今の彼に、外に亡者はいないと言っても信用されないだろうと思った。彼の中は、まだ亡者が廊下にいた頃で止まっているのだ。それに、彼が職員室に辿り着くまでの間に、亡者に襲われないとも言い切れない。たまたまわたしたちが遭遇しなかっただけかもしれない。

「ねえ、有沙。仮眠室までついていってあげようよ」

 有沙はわたしの答えを予想していたようで、溜息が返ってきた。

「まあ、そうなるよね。仕方ない、いいよ」
「ごめんね。やっぱり、放っておけなくて」
「きみらしいよ。そもそも、僕なら最初から見捨てていたところだから」

 有沙はわたしにそう言って、事態を飲み込めていない男子生徒に言った。

「仮眠室までは同行する。事態が収束するまでそこに隠れていればいい」
「た、助かるのか?」
「……助かるさ」

 有沙にしては珍しく間を置いたように感じられた。いつもならずばっと事実を伝えてくれるのに、どうしたのだろうか。仮眠室なら安全だろうし、あそこにずっと隠れていられるのなら安全だと思うのだけれど。

「さあ、行こう。早く仮眠室に行って、僕たちは僕たちのやることをやらなくちゃ」

 有沙はわたしの手を引いて早足で歩き出す。わたしはつんのめるようになりながら有沙についていく。その後ろから、びくびくしながら男子生徒がついてくる。

「なあ、ほんとに大丈夫なのか?」

 有沙の魔法を知らなければ、こういう反応になるのだろう。わたしは精一杯明るい声で答えた。

「大丈夫だよ、わたしたちも仮眠室で一晩越したんだから」
「お前ら、何なんだよ? あのゾンビは何なんだ?」
「ええと、それは、ね」
「答える義務はない。お喋りしている余裕はないと言っただろう」

 有沙の言葉がぴしゃりと男子生徒を打った。男子生徒は押し黙ってしまう。余計なことを訊いたら置いていかれてしまうと思ったのかもしれない。

 廊下に出て、再び渡り廊下から職員室に向かう。先程までは亡者がいなかったのに、こんな時に限ってスーツを着た亡者が職員室の前に立っていた。一体だけだ。これなら、有沙の力があれば簡単に倒すことができる。

 けれど、有沙はすぐに魔法を使おうとしなかった。亡者がこちらの存在に気づいて、両手を上げて襲いかかってくる。

氷撃魔法フロゼディオ!」

 有沙が放った複数の氷槍が亡者を貫き、亡者は黒い液体を流して倒れた。スーツを着ているということは、元々は教師だったのだろうか。

「ひ……ひぃっ……」

 わたしの後ろで、男子生徒が腰を抜かして尻餅をついていた。有沙は助け起こすこともせず、冷たい口調で言い放った。

「同行するのはここまでだ。職員室に入って、奥にある仮眠室に籠れ。それ以外のことをした場合、安全は保証できない」
「な、何なんだよ……? お前ら、何なんだよ? 今の、何だ?」
「行こう、藍水」

 せめて助け起こそうと思ったわたしの手を、有沙が強く引いた。これ以上関わるなと言われているようだった。有沙にとって、この男子生徒は邪魔でしかないのだ、きっと。

 わたしはそれを汲み取った。後ろ髪を引かれる思いで、わたしは立ち去ることに同意した。

「絶対大丈夫だから。ね、安心して、隠れていて」

 わたしは男子生徒に言って、有沙の横に並んだ。有沙はやはり険しい顔をしていた。

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