空を識る者

にのみや朱乃

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散りゆく華

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 領主の家に迎えられた長女は、見るもの全てに驚きました。
 住み慣れた町では見たことが無い程に大きな屋敷。
 貧しいその手で触れることを躊躇う程に美しい内装。
 別の人種が住んでいるかと疑う程に麗しい従者。

 長女は感激しました。領主様、何と素敵なお屋敷なのでしょう。
 領主は微笑みました。君も今日からこの屋敷の華になるのだ。
 領主は従者を呼びつけ、長女を飾るように命じます。
 さあ、この屋敷を彩る華になるよう整えなさい。


 長女の優雅な生活が始まりました。
 それまでの人生は何かの修行か拷問と感じる程に、新たな生活は満ち足りたものでした。
 侍従として迎えられたはずの長女に仕事は無く、ただ美しく在ることだけが長女に求められました。

 従者は尋ねます。美を保つために必要な物は有りますか。
 長女は笑います。何もございません。全て満たされております。
 従者は応えます。では、常に美を保ちなさい。領主様もお悦びになる。

 やがて長女は迎えられた日よりも美しい輝きを放ちます。
 屋敷の中の誰よりも美しく、兵士でさえ職務を忘れて見惚れました。
 まるで宝石で象られた華のようだ。屋敷の者はその美を讃えました。

 けれど、領主だけは満悦することがありません。
 領主は命じます。華は常に美しく在らねばならぬ。まだ輝きが足りぬ。
 長女は笑います。ならば、領主様にお認めいただけるよう磨きましょう。
 その微笑みは自信に満ちたものでした。
 長女は領主の心を掴むことができると信じていたのです。


 現実は残酷です。
 日を追うごとに領主の瞳から愛情は消えていきます。どれだけ飾ろうと、どれだけ輝こうと、初めて会った日の瞳を取り戻すことはできません。

 従者は尋ねます。美を高めるために必要な物は有りませんか。
 長女は悩みます。私には何が足りないのでしょうか。私は美しくありませんか。
 従者は応えます。さあ、それは領主様がお決めになることですから。
 華の美しさなど、それを愛でる者にしか判りません。

 良く晴れた日に、長女は領主のもとへ向かいます。自ら高めた美を認めさせるために。
 長女は尋ねます。領主様、本日の私は美しくありませんか。
 領主は唐突に言いました。そうか、私はこれを見飽きたのだな。別の華を飾ろう。

 茫然とする長女には目もくれず、従者はすぐに長女の手を引きます。
 長女は抗います。何故私ではご満足いただけないのですか。何故私を認めてくださらないのですか。
 領主は命じます。従者よ、その華はもう要らぬ。手折るか棄てるか、好きにせよ。新しき華を買って参れ。

 長女は叫びます。私は華ではありません。飾り物ではありません。
 領主は応えます。私は華を買ったのだ。人を買ったのでは無い。
 所有する華の何れを飾ろうと、所有者である私の自由ではないか。
 所有する華を如何に棄てようと、所有者である私の自由ではないか。

 領主は言いました。美しき華と思ったが、思い違いだったようだな。

 その言葉は、長女を絶望に叩き落とすには充分でした。
 両親や妹たちよりも幸せに暮らせるという幻想は打ち砕かれました。
 領主や従者たちにその美を認めさせるという願望は砕け散りました。
 待っていたのは、かつての自分よりも不幸な暮らし。


 そうして、長女は陽の当たらぬ地下室へ追いやられます。
 地下室は幾つもの華の哀しみと、既に枯死が近い華で埋め尽くされていました。
 そこはかつて長女が暮らしていた町よりも暗く、劣悪な場所でした。

 長女は次女の忠告を漸く思い出しました。
 美しい娘を集めているというのに、屋敷の中では殆ど見かけなかったことにも、漸く思い至りました。
 皆、自分と同じだったのです。皆、華として買われ、棄てられたのです。

 長女は願います。従者様、どうか、どうか、私をお救いください。
 何であろうと致しましょう。この身を捧げる覚悟もございます。
 そう、美しい女を抱く気は有りませんか。
 どうか、どうか、二度と開かぬ牢獄には閉じ込めないでください。

 従者は淡々と言いました。
 いずれ開くでしょう。少なくとも、誰かが枯れた時には。
 枯れた草を置いておくほど、この屋敷は広くありませんから。


 長女の嘆きを聞いたのは、青く広がる空だけ。
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