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「どうにかしてあの女を早く殺さないといけませんわ!」

 ジョセフィーヌは自室で喚き散らした。部屋にいたヘイチョは、出てくる汗をハンカチで拭うしかない。

 謁見の間にルミアが参席したのだ。王妃の座をふたつ用意するという前代未聞の事態だった。これではどちらが正室なのかわかったものではない。実際、ふたつの椅子に大きな差はなく、使者もルミアを重く見ているようなふうだった。あの場では、何も知らなければジョセフィーヌが正室だとわかる人間はいないだろう。

 ジョセフィーヌは一人掛けのソファで足を組み、ヘイチョに言った。

「貴方、何をしていますの? いつまで経ってもあの女を排除できていないではありませんか」
「はっ、あの、手は打っているのですが」
「その効果が出ていないのなら、何もしていないのと同じでしょう! 次はどうするおつもりですの?」

 ジョセフィーヌに詰問されて、ヘイチョはまた汗を拭く。

「街に暗殺者を忍ばせているのですが、どうも、街に出ることを禁じられているようで」
「また失敗するでしょう? ねえ、魔女の力を借りられないかしら?」
「魔女ですか。あの魔女に、何をさせるのですか?」
「ルミアの部屋ならカリスはいません。部屋の中にいるルミアを直接襲うのです」
「はあ。魔女なら、そういったこともできるでしょうか」
「魔女に命じなさい。いい、絶対に失敗してはなりません」

 ジョセフィーヌは高圧的に命じた。ヘイチョは小さく縮こまるばかりだ。

「魔女に伝えてみます。供物は何を捧げましょうか?」
「そんなもの、成功報酬で好きなものを捧げると言いなさい。襲撃が失敗するのなら、何も与えるつもりはありませんわ」

 それで魔女が納得するだろうか、とヘイチョは思ったが、口には出さなかった。言ったところでジョセフィーヌが意見を曲げるとは思えなかった。

「とにかく、早くあの女を排除してちょうだい。でないと国王陛下が私をご覧になることがありません」
「承知しました。魔女に伝えます」
「必ず殺しなさい。失敗は許されないと伝えなさい」
「ははっ」

 ヘイチョは逃げるように部屋から立ち去った。

 ルミアがいなくなったところで、アルマスの寵愛がジョセフィーヌに向くだろうか。自分は従う相手を間違えているのではないだろうか。

 ヘイチョの頭によぎった疑問は、徐々に膨らんでいく。それでも、今はジョセフィーヌに従うしかない。自分がこの王城で兵士長以上の権力を握るためには、王妃であるジョセフィーヌの後押しが必要なのだ。

 自分をそうやって納得させて、ヘイチョは廊下を歩いていった。

 まずは魔女に連絡しなければならない。さて、供物もなしにどうやって納得させようか。





「ねえカリス、お願い。街に行きたいの」
「だめです、アルマス様にだめって言われてるじゃないですか」

 昼前、わたしはカリスに頼んでいた。カリスはなかなか首を縦に振ってくれない。

 わたしはどうしても街の賑やかな雰囲気が忘れられなかった。自室に籠って本を読む生活にはもう飽きてしまった。たまには気晴らしとして街に出たっていいじゃないか、と思った。

 その思いをずっと我慢していたのだけれど、今日、夢で見てしまったのだ。あの明るく騒がしい街の様子を。一度鮮明に思い出してしまえば、もう我慢することはできなかった。

「こっそり連れて行ってくれればいいでしょ。一時間くらいで帰るから」
「一時間でも一分でもだめです。アルマス様がいいって仰ったらいいですよ」
「そんなこと仰るわけないじゃない? だから黙って行こうとしているのに」
「バレたらめちゃくちゃ怒られますよ。いくらルミア様だからって、アルマス様はそこまで甘くないはずです」
「バレなきゃ平気だってば。こっそり、ね?」

 わたしが押すと、カリスは唸りながら悩んでいる。過去、わたしがこんなに意見を曲げなかったことがないから、困っているのかもしれない。

「カリスが黙っていてくれたらアルマス様にはバレないでしょ? まさか、街の人の声が直接お耳に入ることなんてないだろうし」
「それはまあ、そうですねぇ。うぅん、でもぉ」
「ね、お願い、カリス。ちょっと様子を見たらすぐ帰るから」

 カリスの瞳がわたしを捉える。その視線は揺れていて、カリスの気持ちの揺らぎを反映しているようだった。よし、もう少し押せば許可してくれそうだ。

「何かあってもわたしのせいにすればいいじゃない? 実際、カリスを無理やり付き合わせているのはわたしでしょ?」
「そーゆーわけにはいかないんですよねぇ。あたしも騎士ですから、あたしには止める義務があるんです。こっそりだろうと堂々だろうと、あたしは止めなきゃいけないんです」
「ちょっとだけだから。ちょっと空気を吸ったら戻るから。ね?」
「うぅ、や、だめですだめです、ちょっととかないです。一歩でも出たらだめですっ」
「お願い、カリス。本ばかり読んでいてもつまらないの。たまには街に行きたいの」

 わたしがカリスの瞳を見つめながら言うと、カリスはふいと視線を逸らした。それからちらりとわたしを見て、深い溜息を吐いて肩を落とした。

「わかりました。わかりましたよ、ちょっとだけですからね」
「わあ、いいの? ありがと、カリス」
「ほんとにちょっとだけですからね。お店二軒くらい回ったら帰りますから」
「うんうん、それでもいい。こっそり出かけているんだし、すぐ帰らないとね」
「じゃあ行きましょう、ルミア様。ささっと行って早いうちに帰りましょう」

 わたしはベルズを肩に乗せて、上機嫌でカリスと一緒に部屋を出た。またあの街の雰囲気を感じられると思うと心が躍った。カリスはどこのお店に案内してくれるのだろう、と期待に胸が膨らんでしまう。

 アルマスにはバレないようにしなければならないから、城から出る時にも注意が必要だった。といっても、城門を守る衛兵には見つかってしまう。わたしとカリスは何食わぬ顔で衛兵に挨拶して、しれっと城を出てきた。衛兵に止められたらどうしようと思っていたけれど、衛兵にまでわたしの外出禁止令は伝わっていないようだった。わたしとカリスは橋を渡って、街の入口までやってくる。

 街は相変わらず活気に溢れていた。この前街に来た時と同じくらいか、あるいはもっと人が多かった。露店も前より多いような気がする。大通りを挟んで店や屋台を広げている人の数が多く、わたしはその雰囲気を感じて興奮してきていた。

「カリス、今日はどこに行くの?」
「口が固い店に行きます。ルミア様は来ていないことにしてくれるようなお店です」

 カリスはそう言って、路地を一本奥へと入っていく。大通りから離れると、途端に店の数が少なくなり、静かな印象を受けた。この街にはこういう顔もあるのか。

 カリスが案内してくれたお店は、宝石を取り扱う店だった。指輪やネックレスのような装飾品だけでなく、宝石の原石まで売っているようなところだ。ショーケースに並べられている宝石類は輝いていて、店の照明を受けていっそう光を強くしていた。

「いらっしゃい。おやカリス様、ルミア様をお連れになるとは」

 年老いた男性の店主がわたしたちを見て驚く。カリスはひらひらと手を振って挨拶する。

「こんにちは、おじーさん。ルミア様に似合うものって何かある?」
「ええ? カリス、いいよ、わたしお金持ってないんだから」

 わたしがカリスを止めると、カリスはやわらかい微笑みを浮かべた。

「あたしがプレゼントしたいんです。あたしが贈ったものを着けてもらえるって、騎士としてはとっても嬉しいことじゃないですか」
「うう、そういうもの?」
「ルミア様、そういう時は受け取ってやるのが上に立つ者の務めですよ」
「そう、ですか」

 年老いた店主にもそう言われてしまえば、わたしはこれ以上断ることができなくなる。カリスはわたしが黙ったことを承諾と受け取り、店内を物色する。

「あまり目立たないものだと、ブレスレットとかですかね? 指輪とかネックレスはアルマス様がいいやつお贈りになるでしょうし」
「ああ、うん、ブレスレットは持ってないね。ブレスレットなら着けやすいかも」
「じゃあブレスレットを中心に選びましょう。おじーさん、いいやつ出して」
「はい、畏まりました。ルミア様が身に着けられても問題のなさそうな品を選びましょう」

 店主はショーケースの中からいくつかと、その下のほうからも商品を出して、ショーケースの上に並べてくれる。金色に輝くもの、銀色に輝くもの、それぞれどちらも眩い光を放っていて、決して安物ではないことを悟らせる。

 カリスはそれらを真剣な眼差しで見つめて、銀色のチェーンブレスレットを手に取った。

「これなんてどうでしょう、ルミア様」

 カリスがわたしの手首にチェーンブレスレットを合わせる。派手すぎず、かといって地味すぎるわけでもないブレスレットは、ルミアの白い肌によく似合っていた。

「ま、ルミア様なら何でも似合いますよね。知ってた」
「カリス、あまり高くないものにしてね。高すぎると着けにくいから」
「側室が何を仰ってるんですか。いいやつ着けておかないとジョセフィーヌ様に馬鹿にされるんですから、ちゃんとしたやつを着けましょうよ」

 それからカリスは金色の細いブレスレットや、ダイヤモンドが散りばめられた煌びやかなブレスレットなどを試していた。わたしは手首を差し出しているだけで、特に意見は言わなかった。カリスが選ぶものはとにかくどれも高そうで、わたしは内心ひやひやしていた。カリスはいったいどれくらいの金額を想定しているのだろう。

 やがて、カリスは最初に戻ってくる。いちばん最初に着けた銀色のチェーンブレスレットをわたしの手首に当てて、うん、と頷いた。

「やっぱりこれがいちばんですね。シンプルでいいでしょう」
「そうだね。シンプルだけど、可愛いね」

 わたしが同意すると、カリスは嬉しそうに笑った。

「じゃあおじーさん、これにするね」
「はい。そのまま着けて行かれますか?」
「そうします。ありがとうございます」

 店主は柔和な笑顔でカリスから金貨数枚を受け取った。ああ、これ、日本円で言ったらいくらになるんだろう。安物じゃないだろうし、カリスから貰うのはやっぱり気が引ける。わたしはカリスに何を返したらよいのだろう。

 わたしとは対照的に、カリスはご機嫌だった。わたしの手首に巻かれたチェーンブレスレットを見て、幸せそうに笑うのだ。

「ふふ、これを今日買ったのはあたしとルミア様の秘密ですよ」
「うん。誰にも言えないね」

 二人だけの秘密というのが何ともこそばゆい。カリスと秘密を共有できたというのは、嬉しいことではある。値段のことはあるけれど、貰ったからには着けてあげたいと思う。

「ありがとね、おじーさん。またねー」
「はい、カリス様。ルミア様も、またお越しください」
「ありがとうございました。また、いずれ参りますね」

 わたしとカリスは店を出ようとした。その時だった。

 店の中に二人組の男が飛び込んできたのだ。二人とも目だけが出るような黒頭巾を被り、黒い装束に身を包んでいる。その手には剣が握られていて、客ではないことは一目でわかった。

 強盗だ。わたしは瞬時にそう理解した。

「お? なになに、やんのか?」

 カリスは楽しそうに言う。その口調からは余裕が感じられた。

「おい、金を出せ。商品を全部鞄に詰めろ」

 片方の男が剣先を店主に向ける。カリスはわたしと店主を庇うように前に立つが、まだ剣を抜いていなかった。

「今なら見逃してあげるよ。あたしが剣を抜く前に逃げなよ」
「ああ? お前、兵士か?」
「あ、兄貴、その女、側室のルミアじゃねえのか。ほら、白蛇の」

 もう片方の男はわたしの存在を認識したようだった。やはり、わたしではなくベルズで認識されているようなところがあるのは否定できない。

 兄貴と呼ばれた男は、わたしに剣先を向けた。

「なに? だったら、こいつを誘拐したら王室から金を稼げるってわけか」
「お。あたしの忠告を無視したね? ルミア様に剣を向けるだなんて、許されないんだから」

 そこから先は見えなかった。男が持っていた剣が途中から折れてしまい、剣先の部分が床に突き刺さったのはわかった。男たちにも見えなかったのか、折れてしまった剣を見て、ようやく自分たちの置かれた状況に気づいた。

「な、なんだ、何が起こった?」
「兄貴、やばいよ、そいつがルミアなら、そっちの女はカリスだよ」
「なにっ? あ、あの、カリスだっていうのか?」
「なぁんであたしのほうが有名なんだよっ。あたしが何をしたってわけ?」

 カリスは呆れたように言った。その手には抜き身の剣が握られている。いつの間にかカリスは剣を抜いていたのだ。わたしには全然見えなかったけれど。

「こんな小悪党でも捕まえなきゃだめかぁ。仕方ないねぇ」

 カリスの姿が消えたと思ったら、兄貴と呼ばれた男がいきなり膝から崩れ落ちた。その背後にカリスがいて、カリスが何かをして男を昏倒させたのだということはわかった。

「ひぃ、あ、兄貴、しっかりしてくれよぉ!」

 弟分と思われる男は、兄貴分の男の身体を揺らしている。しかし、兄貴分の男の意識が戻ることはなかった。

「うるさいなぁ。おじーさん、衛兵呼んでー」
「は、はい、カリス様。お助けくださりありがとうございました」
「ううん、いいよ、たまたま居合わせただけだし」

 カリスは弟分の男の首筋に打撃を加えて、弟分の男も昏倒させた。にわかに騒がしくなった店内に静寂が戻ってくる。

 カリスはわたしのほうを見て、寂しそうに笑った。

「黙って出てきたこと、アルマス様にバレちゃいますね。あーあ、バレない自信あったのにな」
「えっ、そうなの? どうして?」
「衛兵が報告しますよ。アルマス様がその報告を見逃すか聞き逃してくれたらいいですけど、こーゆー時ってそううまくいかないんですよねぇ」
「そっか。今から来る衛兵に引き渡す時に、わたしがいるってバレちゃうんだ」
「さすがにルミア様おひとりで城に帰すわけにもいきませんし、仕方ないでしょう。アルマス様の恩情に期待するしかありませんね」

 カリスはもう諦めているようだった。

 また、カリスが悪いことになってしまう。今回はわたしが無理を言って連れて来てもらったのだから、カリスは何も悪くないのに、カリスが罰せられてしまう。そんなこと、許せない。罰を受けるならわたしひとりで充分だ。

 わたしがカリスを守らなくちゃ。カリスがわたしを守ってくれたように。

 わたしはカリスが買ってくれたブレスレットに手を当てて、固く心に誓った。




 わたしたちが城に帰ると、なんとアルマスが城の入口に立っていた。腕を組み、こちらを見つめるその表情は硬く、夜に見るふんわりとしたやわらかさはどこにもなかった。

 どうしてアルマスがここにいるのだろう。何をしていたのだろうか。

 そんな疑問を抱きながら、わたしとカリスは身を縮めて城の入口、アルマスのもとへ近づいていった。もはや言い逃れはできない。現行犯逮捕だ。

「あの、アルマス様、カリスは悪くないんです」

 わたしは祈るような気持ちで先を制した。アルマスはじろりとわたしを睨む。これは、いくらなんでも怒っていると見て間違いないだろう。

「ルミア。何故街に出た。出てはならぬと命じていただろう」
「どうしても街の雰囲気が忘れられなかったんです。毎日部屋に籠って本を読む生活に疲れてしまって、それで、カリスに無理を言って連れて来てもらったんです」
「気持ちは理解する。ルミアに何もさせなかった我にも責任はある。しかし、そうはいっても出てはならぬという禁を破ったのも事実だ」

 アルマスは険しい顔をしてカリスを睨んだ。カリスがほんの少しだけ怯みを見せて、わたしに身を寄せる。わたしはカリスを庇うように前に出た。

 わたしがカリスを守らなくちゃいけない。カリスが責められるのは捨て置けない。だってカリスはわたしの我儘に付き合っただけなんだから。

「カリス。何故ルミアを街に連れ出したのだ。何故止めなかったのだ」
「はい。あたしが止めるべきでした。申し訳ありません」
「アルマス様、カリスは悪くありません。わたしが行きたいと我儘を言ったんです」
「ルミア、騎士は主君が誤れば諫める義務がある。ならば、ルミアが街に出たいと言った時には止めなければならない。カリスはそれを怠った」

 アルマスは静かに、けれど有無を言わせない口調でわたしに告げた。わたしはぐっと言葉に詰まってしまう。

 どうしてもカリスが悪いということは否定できないのだ。カリスはわたしを止めなければならなかった。わたしが我儘を言わなければよかった、なんて今思っても遅い。

 どうしよう。どうしたらいいんだろう。どうしたらカリスの罰はなくなるんだろう。

「ルミアを諫めることができぬのなら、騎士として失格だ。ルミアを守る騎士としては適格ではない」
「アルマス様、それはつまり、あたしの任を解くということでしょうか?」
「それも考えねばならぬ、ということだ」
「そんな! カリスはわたしの我儘を聞いただけです!」

 わたしはどうしてもカリスが悪いことが納得できなくて、アルマスに詰め寄った。アルマスがほんの少し驚いたような顔を見せたけれど、すぐに国王陛下の仮面を被ってしまう。

「ルミア、理解してほしい。そなたの安全を守るための騎士が、そなたを危険に晒してしまったのだ。そのような騎士を適格とするのは問題だろう」
「ですから、カリスは悪くないでしょう? わたしが無理を言って連れ出してもらったんです。それが問題だというのなら、罰を受けるのはわたしであるべきです」
「しかしな、ルミア、カリスはそなたを止める責任があった。騎士たるもの、盲目的に主君に従ってはならぬ。主君が誤れば、止めねばならぬ」
「カリスを罰するのなら、わたしを罰してください。そうでなければ納得できません」

 わたしは食い下がる。アルマスが国王陛下の仮面の裏で、困っているのがわかる。もう少し押し続けたら、何かが変わるような気がしていた。

 お願い、アルマス様。わたしの願いを聞いて。カリスを罰さないで。

「カリス、そなたの言い分はあるか。ルミアが言うように、そなたは自分が悪くないと思うか」
 アルマスはカリスに話を振った。カリスは深く頭を下げた。
「あたしが止めるべきでした。罰を受けても構いません」
「カリス! カリスは止めてくれたでしょう。それをわたしが無理やり連れ出したんだから、カリスは悪くない!」
「ルミア様、庇ってくださってありがとうございます。けれど、騎士であれば、絶対にルミア様を街に出してはいけなかったんです。あたしはそれができなかった。罰を受けても文句は言えません」

 カリスは寂しそうな顔をしてわたしを見ていた。わたしはそんなカリスを見ていられなくて、カリスをそんな表情にしたアルマスをじっと見つめた。アルマスはますます困っているように見えた。

 アルマスは国王陛下の仮面の裏で何を考えているのだろう。わたしが食い下がるから、面倒だと思っているのだろうか。それとも、何か別のことを考えているのだろうか。

「ルミア、カリスはこう言っている。ならば、罰を与えてもやむなしだろう」
「ですから、わたしが悪いと申し上げているんです。カリスに罰を与えるなら、代わりにわたしがその罰を受けます」
「ルミア、わかってくれ。騎士というものは」
「わかりませんよ、そんな騎士道精神なんて! どうしてカリスを罰しようとするんですか!」

 わたしが遮って言うと、今度はアルマスが言葉を失った。わたしがこんなに声を荒らげることなどかつてなかったから、慌てているのかもしれない。

 わたしはふつふつと湧いてきていた怒りをアルマスにぶつけた。

「もしどうしてもカリスを罰するというのなら、わたし、もうアルマス様に会いません」
「な、なんだって?」

 わたしが怒りに任せて放った言葉がアルマスに突き刺さった。アルマスが目に見えて狼狽するのがわかった。身に纏っていた国王陛下の風格が剥がれ落ちる。

「離縁してください。そんな裁定をする人と一緒に過ごすことなんてできません」
「り、離縁? いや、ルミア、ちょっと待ってくれ、そんなに怒らないでくれよ」
「アルマス様はカリスを罰するんでしょう? わたしは納得できません。そんな考えの人を好きになることなんてできません。側室なんてやってられません!」

 わたしはアルマスを正面から睨みつけた。アルマスはすっかり夜の顔に戻ってしまい、おろおろしながらわたしを宥めようとする。

「お願いだルミア、離縁なんて言わないでくれ。ぼくが悪かったよ」
「でしたら、カリスへの罰はありませんね? 代わりにわたしがその罰を受けます」
「そうはいかないんだよ。他の騎士への示しがつかない。カリスには何らかの罰を与えないわけにはいかないんだ」
「では、わたしはアルマス様から離れます。お世話になりました」

 わたしは苛立ちをアルマスにぶつけて、その場から立ち去ろうとする。アルマスはすかさずわたしの手を掴んで引き留めた。わたしがじろりと見ると、アルマスは泣きそうな顔でわたしを見つめていた。

「待って、待ってくれ。わかった、じゃあ、罰を軽くするよ」
「そうですか。でも罰するんでしょう?」
「ルミア、わかってくれ。じゃあ、謹慎でどうだい? 本来ならきみの騎士の任を解くところだけれど、それを軽くして、一週間の謹慎にする」
「それが軽いのかどうか、わたしにはわかりません。罰をなくすことはできないんですか」
「ルミア様、あたしは一週間の謹慎で充分です。相当軽くなってます、びっくりするくらい」

 横からカリスが助け舟を出してきた。いつも堂々としている国王陛下がこんなにうろたえている姿を見ていられなかったのだろう。

 一週間の謹慎。一週間カリスに会えなくなる。まあ、それくらいなら、いいのかな。カリスも軽くなってるって言ってるし、そこらへんで我慢するべきなのかもしれない。

「ルミア、お願いだから、わかってくれ。離縁なんて言わないでくれよ。これが精一杯なんだ」
「あの、ルミア様、許してあげてください。あたしは一週間謹慎で大丈夫です」

 アルマスとカリスがわたしを止めようと必死になっているのがわかる。わたしはふうっと深く息を吐いて、あえてベルズに話しかけた。

「ベルズ、どう思う? これでわたしは引き下がってもいい?」
「いいんじゃねえの。アルマス、相当困ってるぞ。あまり欲張ってもよくねえだろうし、ここらでよしとしてもいいと思うけどな」
「そう。わかった、ありがと」

 わたしはアルマスに向き直った。アルマスは裁きを待つ罪人のような表情をしていた。

「では、一週間の謹慎ということで、よろしいですか?」
「うん。それできみがいいなら、そういうことにするよ」
「その間、わたしは部屋から出ません。カリス以外の騎士は認めません」
「わ、わかった。食事は部屋に運ぶように指示する。きみが暇を潰せるように、そうだな、きみでもできるような政務をやってもらうことにする」
「わかりました。では、そのように、よろしくお願いいたします」

 わたしはわざと突き放すように言って、アルマスの横を抜けて部屋へと戻る道を行く。

 後からカリスが追いかけてきた。わたしの隣に並んで、歩きながら頭を下げた。

「ルミア様、ありがとうございました。危うく任を解かれるところでした」
「いいの、カリスは悪くないんだから。一週間も謹慎になっちゃって、ごめんね」
「いやいやいや、かなり軽くなってますよ。謹慎程度で済むんだって、びっくりしちゃいましたよ」

 カリスは慌てて言った。わたしは溜息を吐く。

「本当は謹慎もなしにしたかったんだけどね。ベルズも、謹慎は受け入れたほうがいいんじゃないかって言うから」
「はい。謹慎で充分です。ルミア様、しばらくはお別れですね」
「ね。カリス、一週間ずっと待ってるから、謹慎が解けたらすぐ来てね」
「もちろんです。ぶっ飛んで会いに行きますよ」

 カリスは笑って言った。わたしはカリスの笑顔を守れたことにほっとしていた。

 とりあえず、これでよかったのだろう。今日の夜にアルマスが来るだろうから、無理を言って困らせたことを謝ったほうがよいかもしれない。

 わたしはそんなことを考えながら、カリスと二人で自室まで帰っていった。


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