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夜が来る。わたしにとって初めての夜。初めてアルマスと話す夜。
相手は国王陛下なのだから、失礼のないようにしなければならない。でも、どうやって話したらよいのだろう。そんなに偉い人と話した経験はない。社長と話すようなものとは異なるだろう。たぶん、もっと偉い。
しかも、相手はわたしのことが好きなのだ。わたしは相手のことを知らないのに、その愛を受け止めなければならない。毎日欠かさず祈りに行くほどの愛を、わたしは受け止めることができるだろうか。そんな愛を受けたこともないのに。
わたしは緊張してきていた。自分で自分を追い込んでいるだけなのかもしれないけれど、国王陛下という未知の存在に、会う前から気圧されていた。
どうしよう。どうしたらいいんだろう。そんな思いばかりがぐるぐると心の中で渦巻いている。
「ねえ、ベルズ」
「どうした」
わたしが呼びかけると、ベッドの下にいたベルズが這い出てくる。ベルズはベッドの下を自分の定位置にしたようだった。
「アルマス様はどんな人なの?」
「まだ若いが、威厳のある王だと言われてる。王であるというオーラを纏ってる。あと剣に優れた才能があるらしいな。国民の人気はそれなりに高いみたいだぞ」
「わたし、何か失敗して処刑されたりしないかな?」
「しねえよ。大丈夫だ、相手はお前のことを愛してる。多少砕けた話し方でも何も言われねえだろうよ」
ベルズの言葉に少し救われる。緊張感はなくならないけれど、心が軽くなったように感じる。
そこへ、ドアが軽くノックされる。ベルズはするりとベッドの下に潜る。
ああ、ついに来たんだ。わたしはぎゅっと拳を握り締めて、震える声で返事した。
「どうぞ」
ドアが開く。あの金髪の男性、アルマスが部屋に入ってくる。わたしを見る瞳はきらきらと輝いていて、それだけで騙してしまっているような気分になる。あなたが愛したルミアはここにいなくて、代わりに全然違う女がいるということを、彼は知らない。
「ルミア! ああ、やっと会えた!」
アルマスはわたしの身体を抱きしめる。こちらが苦しくなるくらいの抱擁だった。わたしはアルマスの腕の中に収まったまま、この後どうやって対応するか考えていた。そもそも、ルミアはアルマスのことを何と呼んでいたのだろうか。わたしはそれさえも知らない。
悩みに悩んで、わたしは嘘を話すことにした。
「あの、アルマス様」
「なんだい?」
わたしがアルマスを見上げると、アルマスは優しい微笑みを向けてくる。わたしが言えば何でも叶えてくれそうな顔だった。
「わたし、記憶がなくなってしまったんです。眠る前のことは何もかも忘れてしまいました」
「なんだって? そうなのか」
意外とアルマスは簡単に騙されてくれた。わたしは畳み掛ける。
「アルマス様がわたしを愛してくださっていることは、他の方から聞きました。わたしが側室であることも聞いています。けれど、アルマス様との日々は何も思い出せないんです。本当に、ごめんなさい」
意外とアルマスはがっかりした顔を見せなかった。自分との思い出を忘れられたよりも、わたしが今ここにいることのほうが重要のようだった。
「いいんだ。ルミアが目覚めてくれただけで、ぼくは嬉しいよ。ぼくとの思い出なんて、これからまた作っていけばいいじゃないか」
「アルマス様。ありがとうございます」
わたしが礼を言うと、アルマスはにこやかに笑った。そして、顔を近づけてきて、わたしと唇を重ねる。わたしはされるがまま、そのキスを受け入れる。ルミアならそうするだろうと思って、わたしは拒まなかった。とにかくアルマスとの距離を縮めていかないと、ベルズとの約束を果たすことはできないだろうし、アルマスの好きにさせてあげようと思った。ちょっと手を出すのが早いような気はしたけれど、この世界では普通のことなのかもしれない。
唇が離れる。アルマスはまたわたしの身体を抱いた。
「夢みたいだ。またルミアに触れることができるなんて」
「これからは毎日いつでも触れられますよ。わたしはここにいますから」
「うん、そうだね。もうきみに会えない日々は終わったんだ」
アルマスはわたしの腰に手を当てて、ベッドへと誘導する。他に二人で座れるところもないからだろう。わたしはこれも拒まずに、アルマスと二人でベッドに座った。
それを見計らったかのように、ベッドの下からベルズが顔を出した。紅い瞳でアルマスをじっと見つめている姿は、何も知らなければわたしを守ろうと警戒しているようにも見えた。
アルマスは驚くこともなく、静かに言った。
「カリスから聞いたよ、白い大蛇がいるって。これのことだね」
「はい。ベルズといいます」
「この白蛇のおかげでルミアが目を覚ました、とカリスから聞いているけれど、それは本当なのかい?」
「わたしにはよくわかりません。ただ、敵意のある蛇ではないので、側に置かせていただければと思います」
わたしはまた嘘をついた。正直に話せば、ルミアがルミアでないことまで感づかれるかもしれない。何もわからないとしておくほうがよいと思った。
アルマスはしげしげとベルズを見つめて、ふうん、と言った。
「神の使い、なのかな、本当に」
「どうなんでしょう。神の使いだとしたら、アルマス様のお祈りの成果ですね」
「ぼくが毎日祈っていたことを知っているの? こっそりやっていたつもりだったんだけど」
アルマスは恥ずかしそうに言う。陰の努力を褒められた人のようだった。その様子が可愛く思えて、わたしは微笑んだ。
「カリスが教えてくれたんです。アルマス様がわたしを愛してくださっていることは、ベルズから聞きました」
「ああ、会話ができるんだったね。それもカリスから聞いたよ。不思議な蛇だなあ」
「何だか俺の印象と全然違うんだが、こいつは本当にアルマスなのか? アルマスはもっと威厳があって、口調も王様らしいもののはずなんだが」
ベルズが訝しむように言った。もちろん、アルマスには聞こえていない。
威厳。確かに、今のアルマスからは威厳を感じることはできない。普通の、二十そこそこの若い男性だ。雰囲気も柔らかくて接しやすい。ベルズから聞いていた印象とはかけ離れていた。わたしの前だから砕けているのだろうか。
「今も何か言っているのかい?」
「えっ、ええ、何だかアルマス様の雰囲気が普段よりも柔らかいな、と」
「そうだね。素のぼくはこんな感じなんだよ。晒すのはルミアの前だけだ」
アルマスは笑う。その笑顔が素敵で、わたしは引き込まれそうになる。
けれどわたしは少し引っかかりを覚えて、アルマスに訊いた。
「でも、正室のジョセフィーヌ様の前でも、こういう感じなんでしょう?」
それは訊いてはいけないことだったのかもしれない。アルマスの顔が曇り、何と答えたものか考えるような顔になる。
あれ。もしかして、正室とうまくいっていないの? だから側室であるルミアを愛しているの?
「きみの前だけだよ、ルミア。ぼくが自分を晒せるのはきみの前だけだ」
「でも、ジョセフィーヌ様のことも愛しているんでしょう?」
「いいや、そんなことはない。ぼくが愛しているのはルミアだけだ」
アルマスはわたしの肩を抱く。わたしはアルマスの肩に頭を預けて、アルマスの言葉を待った。なんとなく、そうすべきだと思った。
やがてアルマスは口を開いた。あまり話したくなさそうに。
「もともとジョセフィーヌとは恋愛結婚じゃないんだ。ジョセフィーヌは有力な貴族の娘で、父上とその貴族の仲が良かった。だから、ぼくの正室としてジョセフィーヌが来たんだ。その貴族がより大きな力を得るためにね」
「政略結婚、というものでしょうか?」
「そういうことになるかな。ジョセフィーヌがぼくのことをどう思っているか知らないけれど、ぼくは彼女を愛していないし、今後愛することもないと思う。ぼくにはルミアがいればいい」
なるほど。ルミアがややこしい話に巻き込まれているということはわかった。
ジョセフィーヌがアルマスのことを愛しているかどうかはわからないけれど、少なくともルミアはジョセフィーヌにとって邪魔者であることは間違いない。それが家のためなのか、愛のためなのかはさておき、ジョセフィーヌはアルマスの正室として、アルマスの愛を求めているのだろう。それを邪魔するルミアには消えてもらいたいと思っているはずだ。ルミアがいる限り、アルマスの愛を得ることはできないだろうから。
今後ジョセフィーヌには気をつけなければならないだろう。何をしてくるかわからない。きっともう一度ルミアを消すための策略を練っているはずだ。カリスが付けられたのも、もしかしたらわたしを排除しようとする輩に対処するためなのかもしれない。
アルマスはわたしのほうを見て、優しく笑った。
「ルミアが世継ぎを産んでくれたら、ルミアの立場も変わる。今は側室だけれど、もっと高い身分を得られるようになるよ」
「よ、世継ぎ、ですか」
急に現実的な話になって、わたしはしどろもどろになった。世継ぎってことは、その前の行為があるわけで、それをアルマスとするってこと、だよね?
でもそれが側室の務めだと言われてしまえば、納得するしかない。わたし、ルミアはそのためにいるのだ。国のために世継ぎを産むことがわたしの責務なのだ。
いつするんだろう。えっ、今日とか言わないよね。わたしだって経験はあるけれど、いくらなんでも初対面の相手とそういうことをする勇気はない。アルマスはわたしの気持ちに気づいてくれるだろうか。
わたしが目で訴えると、アルマスは微笑みを返してきた。
「今日は何もしないよ。まだ起きたばかりで混乱もしていると思うし」
「あ、ありがとうございます」
伝わったことに安堵する。今日は、ということは、明日はするかもしれないのだけれど。まあ毎日側室のところに来るわけないだろうし、もう少し時間はあるだろう。
「さあ、今日はもう眠ろう。ルミアも疲れただろう?」
「眠ろう、って、アルマス様もここで?」
「うん。きみが長い眠りに就く前は、よく二人で眠っていたよ」
そう言われてしまうと、わたしは何も言い返せない。隣にアルマスがいる状況で、わたしは眠れるだろうか。ううん、自信がない。
アルマスが部屋の明かりを消す。暗くなり、窓から入ってくる微かな明かりだけが部屋を照らしている。どこか幻想的で、わたしは非日常感さえ覚えた。いや、わたしにとってはこの世界にいることが非日常なのだけれど。
ベッドは二人が横になっても充分すぎるくらい広かった。アルマスの隣で横になり、アルマスの顔を見ると、優しく抱きしめてくれた。なんだか安心する匂いがした。
「きみの隣で眠れることが嬉しいよ」
「そう言っていただけるとわたしも嬉しいです」
アルマスはわたしの唇を奪う。慣れている動きだと思った。きっとルミアが眠る前は、こうしてアルマスからキスしていたのだろう。これは、昨日今日の動作ではない。
わたしの唇を解放して、アルマスは微笑んだ。
「おやすみ、ルミア」
「おやすみなさい、アルマス様」
そうして、わたしは目を閉じる。
睡魔は思ったよりも早くやってきて、わたしはすぐに微睡みに入り、眠りに落ちた。
相手は国王陛下なのだから、失礼のないようにしなければならない。でも、どうやって話したらよいのだろう。そんなに偉い人と話した経験はない。社長と話すようなものとは異なるだろう。たぶん、もっと偉い。
しかも、相手はわたしのことが好きなのだ。わたしは相手のことを知らないのに、その愛を受け止めなければならない。毎日欠かさず祈りに行くほどの愛を、わたしは受け止めることができるだろうか。そんな愛を受けたこともないのに。
わたしは緊張してきていた。自分で自分を追い込んでいるだけなのかもしれないけれど、国王陛下という未知の存在に、会う前から気圧されていた。
どうしよう。どうしたらいいんだろう。そんな思いばかりがぐるぐると心の中で渦巻いている。
「ねえ、ベルズ」
「どうした」
わたしが呼びかけると、ベッドの下にいたベルズが這い出てくる。ベルズはベッドの下を自分の定位置にしたようだった。
「アルマス様はどんな人なの?」
「まだ若いが、威厳のある王だと言われてる。王であるというオーラを纏ってる。あと剣に優れた才能があるらしいな。国民の人気はそれなりに高いみたいだぞ」
「わたし、何か失敗して処刑されたりしないかな?」
「しねえよ。大丈夫だ、相手はお前のことを愛してる。多少砕けた話し方でも何も言われねえだろうよ」
ベルズの言葉に少し救われる。緊張感はなくならないけれど、心が軽くなったように感じる。
そこへ、ドアが軽くノックされる。ベルズはするりとベッドの下に潜る。
ああ、ついに来たんだ。わたしはぎゅっと拳を握り締めて、震える声で返事した。
「どうぞ」
ドアが開く。あの金髪の男性、アルマスが部屋に入ってくる。わたしを見る瞳はきらきらと輝いていて、それだけで騙してしまっているような気分になる。あなたが愛したルミアはここにいなくて、代わりに全然違う女がいるということを、彼は知らない。
「ルミア! ああ、やっと会えた!」
アルマスはわたしの身体を抱きしめる。こちらが苦しくなるくらいの抱擁だった。わたしはアルマスの腕の中に収まったまま、この後どうやって対応するか考えていた。そもそも、ルミアはアルマスのことを何と呼んでいたのだろうか。わたしはそれさえも知らない。
悩みに悩んで、わたしは嘘を話すことにした。
「あの、アルマス様」
「なんだい?」
わたしがアルマスを見上げると、アルマスは優しい微笑みを向けてくる。わたしが言えば何でも叶えてくれそうな顔だった。
「わたし、記憶がなくなってしまったんです。眠る前のことは何もかも忘れてしまいました」
「なんだって? そうなのか」
意外とアルマスは簡単に騙されてくれた。わたしは畳み掛ける。
「アルマス様がわたしを愛してくださっていることは、他の方から聞きました。わたしが側室であることも聞いています。けれど、アルマス様との日々は何も思い出せないんです。本当に、ごめんなさい」
意外とアルマスはがっかりした顔を見せなかった。自分との思い出を忘れられたよりも、わたしが今ここにいることのほうが重要のようだった。
「いいんだ。ルミアが目覚めてくれただけで、ぼくは嬉しいよ。ぼくとの思い出なんて、これからまた作っていけばいいじゃないか」
「アルマス様。ありがとうございます」
わたしが礼を言うと、アルマスはにこやかに笑った。そして、顔を近づけてきて、わたしと唇を重ねる。わたしはされるがまま、そのキスを受け入れる。ルミアならそうするだろうと思って、わたしは拒まなかった。とにかくアルマスとの距離を縮めていかないと、ベルズとの約束を果たすことはできないだろうし、アルマスの好きにさせてあげようと思った。ちょっと手を出すのが早いような気はしたけれど、この世界では普通のことなのかもしれない。
唇が離れる。アルマスはまたわたしの身体を抱いた。
「夢みたいだ。またルミアに触れることができるなんて」
「これからは毎日いつでも触れられますよ。わたしはここにいますから」
「うん、そうだね。もうきみに会えない日々は終わったんだ」
アルマスはわたしの腰に手を当てて、ベッドへと誘導する。他に二人で座れるところもないからだろう。わたしはこれも拒まずに、アルマスと二人でベッドに座った。
それを見計らったかのように、ベッドの下からベルズが顔を出した。紅い瞳でアルマスをじっと見つめている姿は、何も知らなければわたしを守ろうと警戒しているようにも見えた。
アルマスは驚くこともなく、静かに言った。
「カリスから聞いたよ、白い大蛇がいるって。これのことだね」
「はい。ベルズといいます」
「この白蛇のおかげでルミアが目を覚ました、とカリスから聞いているけれど、それは本当なのかい?」
「わたしにはよくわかりません。ただ、敵意のある蛇ではないので、側に置かせていただければと思います」
わたしはまた嘘をついた。正直に話せば、ルミアがルミアでないことまで感づかれるかもしれない。何もわからないとしておくほうがよいと思った。
アルマスはしげしげとベルズを見つめて、ふうん、と言った。
「神の使い、なのかな、本当に」
「どうなんでしょう。神の使いだとしたら、アルマス様のお祈りの成果ですね」
「ぼくが毎日祈っていたことを知っているの? こっそりやっていたつもりだったんだけど」
アルマスは恥ずかしそうに言う。陰の努力を褒められた人のようだった。その様子が可愛く思えて、わたしは微笑んだ。
「カリスが教えてくれたんです。アルマス様がわたしを愛してくださっていることは、ベルズから聞きました」
「ああ、会話ができるんだったね。それもカリスから聞いたよ。不思議な蛇だなあ」
「何だか俺の印象と全然違うんだが、こいつは本当にアルマスなのか? アルマスはもっと威厳があって、口調も王様らしいもののはずなんだが」
ベルズが訝しむように言った。もちろん、アルマスには聞こえていない。
威厳。確かに、今のアルマスからは威厳を感じることはできない。普通の、二十そこそこの若い男性だ。雰囲気も柔らかくて接しやすい。ベルズから聞いていた印象とはかけ離れていた。わたしの前だから砕けているのだろうか。
「今も何か言っているのかい?」
「えっ、ええ、何だかアルマス様の雰囲気が普段よりも柔らかいな、と」
「そうだね。素のぼくはこんな感じなんだよ。晒すのはルミアの前だけだ」
アルマスは笑う。その笑顔が素敵で、わたしは引き込まれそうになる。
けれどわたしは少し引っかかりを覚えて、アルマスに訊いた。
「でも、正室のジョセフィーヌ様の前でも、こういう感じなんでしょう?」
それは訊いてはいけないことだったのかもしれない。アルマスの顔が曇り、何と答えたものか考えるような顔になる。
あれ。もしかして、正室とうまくいっていないの? だから側室であるルミアを愛しているの?
「きみの前だけだよ、ルミア。ぼくが自分を晒せるのはきみの前だけだ」
「でも、ジョセフィーヌ様のことも愛しているんでしょう?」
「いいや、そんなことはない。ぼくが愛しているのはルミアだけだ」
アルマスはわたしの肩を抱く。わたしはアルマスの肩に頭を預けて、アルマスの言葉を待った。なんとなく、そうすべきだと思った。
やがてアルマスは口を開いた。あまり話したくなさそうに。
「もともとジョセフィーヌとは恋愛結婚じゃないんだ。ジョセフィーヌは有力な貴族の娘で、父上とその貴族の仲が良かった。だから、ぼくの正室としてジョセフィーヌが来たんだ。その貴族がより大きな力を得るためにね」
「政略結婚、というものでしょうか?」
「そういうことになるかな。ジョセフィーヌがぼくのことをどう思っているか知らないけれど、ぼくは彼女を愛していないし、今後愛することもないと思う。ぼくにはルミアがいればいい」
なるほど。ルミアがややこしい話に巻き込まれているということはわかった。
ジョセフィーヌがアルマスのことを愛しているかどうかはわからないけれど、少なくともルミアはジョセフィーヌにとって邪魔者であることは間違いない。それが家のためなのか、愛のためなのかはさておき、ジョセフィーヌはアルマスの正室として、アルマスの愛を求めているのだろう。それを邪魔するルミアには消えてもらいたいと思っているはずだ。ルミアがいる限り、アルマスの愛を得ることはできないだろうから。
今後ジョセフィーヌには気をつけなければならないだろう。何をしてくるかわからない。きっともう一度ルミアを消すための策略を練っているはずだ。カリスが付けられたのも、もしかしたらわたしを排除しようとする輩に対処するためなのかもしれない。
アルマスはわたしのほうを見て、優しく笑った。
「ルミアが世継ぎを産んでくれたら、ルミアの立場も変わる。今は側室だけれど、もっと高い身分を得られるようになるよ」
「よ、世継ぎ、ですか」
急に現実的な話になって、わたしはしどろもどろになった。世継ぎってことは、その前の行為があるわけで、それをアルマスとするってこと、だよね?
でもそれが側室の務めだと言われてしまえば、納得するしかない。わたし、ルミアはそのためにいるのだ。国のために世継ぎを産むことがわたしの責務なのだ。
いつするんだろう。えっ、今日とか言わないよね。わたしだって経験はあるけれど、いくらなんでも初対面の相手とそういうことをする勇気はない。アルマスはわたしの気持ちに気づいてくれるだろうか。
わたしが目で訴えると、アルマスは微笑みを返してきた。
「今日は何もしないよ。まだ起きたばかりで混乱もしていると思うし」
「あ、ありがとうございます」
伝わったことに安堵する。今日は、ということは、明日はするかもしれないのだけれど。まあ毎日側室のところに来るわけないだろうし、もう少し時間はあるだろう。
「さあ、今日はもう眠ろう。ルミアも疲れただろう?」
「眠ろう、って、アルマス様もここで?」
「うん。きみが長い眠りに就く前は、よく二人で眠っていたよ」
そう言われてしまうと、わたしは何も言い返せない。隣にアルマスがいる状況で、わたしは眠れるだろうか。ううん、自信がない。
アルマスが部屋の明かりを消す。暗くなり、窓から入ってくる微かな明かりだけが部屋を照らしている。どこか幻想的で、わたしは非日常感さえ覚えた。いや、わたしにとってはこの世界にいることが非日常なのだけれど。
ベッドは二人が横になっても充分すぎるくらい広かった。アルマスの隣で横になり、アルマスの顔を見ると、優しく抱きしめてくれた。なんだか安心する匂いがした。
「きみの隣で眠れることが嬉しいよ」
「そう言っていただけるとわたしも嬉しいです」
アルマスはわたしの唇を奪う。慣れている動きだと思った。きっとルミアが眠る前は、こうしてアルマスからキスしていたのだろう。これは、昨日今日の動作ではない。
わたしの唇を解放して、アルマスは微笑んだ。
「おやすみ、ルミア」
「おやすみなさい、アルマス様」
そうして、わたしは目を閉じる。
睡魔は思ったよりも早くやってきて、わたしはすぐに微睡みに入り、眠りに落ちた。
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