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18. 想いを告げるはずだったのに
しおりを挟むどれだけ願っても朝はやってくるし、待ってと思っても放課後はやってくる。
今日一日の授業はほとんど耳に入らなかった。わたしの頭を占めているのは、瀧本くんのことばかりだ。わたしが告白した時に瀧本くんがどういう反応をするのか。その想像ばかり。昼食もほとんど味がわからなかった。わたしはどれほど緊張しているのだろうか。
放課後、わたしの教室の前まで瀧本くんが迎えに来た。もう誰も驚かない。わたしを待っているのだということは周知の事実になってしまった。わたし自身も最初に感じていたはずの気恥ずかしさが薄れ、自然に瀧本くんと合流することができるようになっていた。
わたしが瀧本くんの近くまで行くと、瀧本くんは寄りかかっていた壁から身体を起こす。
「まっすぐ帰るか? それとも、雰囲気のいい店に行くか?」
会った瞬間に茶化してくるのはやめてほしい。瀧本くんはわたしの用件に気づいているからこそ、こんなことを言ってくるのだろう。確かに、話したいことがあるから一緒に帰りたいって言ったけどさあ。
「帰るよ。雰囲気のいいお店はまた今度」
「そりゃ残念。コーヒーが驚くほどうまい喫茶店とか行こうかと思ったんだけど」
「コーヒー飲まないでしょ。カフェオレとかにしてくれるの?」
「俺でも飲めるかもしれねえだろ? 他の店とは全然違うらしいんだよ」
「ふうん。じゃあ、明日とか行ってみる?」
存在するかどうかわからない明日。二人でお店に行けるような関係を保っていられるのか、わたしにはわからない。瀧本くんの様子を見る限りでは、わたしの告白を受け入れてくれそうだけれど、わたしが話すのは瀧本くんが予想していることではない。瀧本くんはきっと、わたしが好きだということだけを想定しているはずだ。
わたしは歩きながらそっと背中の傷痕に手を当てる。どうか、どうか、瀧本くんがこれを受け入れてくれますように。
「なんだよ、腰痛いのか?」
「ううん、別に。なんでもない」
「そうかよ。体調悪いなら言えよ、荷物持つくらいならしてやるから」
「ありがと。でも、ほんとになんでもないから」
瀧本くんの優しさが胸に沁みる。その分だけ、失いたくない気持ちが膨らむ。
わたしは少し早足になりながら、校舎を出て校門をくぐる。早くこの気持ちを吐き出してしまいたくて、足が焦っていた。瀧本くんは特に何も言わず、わたしに合わせてくれている。
「そういえば、三田に告白されたんだって?」
「えっ? なんで知ってるの?」
「並木から聞いた。大変だったんだってな、無理心中を図ろうとしたとか」
「ああ、うん、一緒に飛び降りようって言われて。そんなことしてくると思ってなくて、結構怖かったんだよ。悠夏がいなかったらどうなってたか」
あの日の恐怖を思い出す。あれ以来、三田くんとは顔を合わせていない。どうやら学校にも来ていないようだ。それが不気味で、まだ諦めていないのではないかと疑ってしまう。あんなにも狂気に満ち溢れた人が、たった一回振られただけで諦めるだろうか。それとも、わたしの知らないところで、悠夏が何かしてくれたのだろうか。瀧本くんに情報を伝えたように。
「なんで最初から俺に言わなかったんだよ。詩織を守ってやれたかもしれねえだろ」
「瀧本くん、本気で怒りそうだもん。殴って停学とかになったらやだよ」
「ああ、まあ、そうか。確かになあ」
納得しないでほしい。殴らずに解決するということは選択肢にないのだろうか。
「でも俺にも連絡してくれよ。俺の女に手を出した奴を許すつもりはねえ」
「まだ瀧本くんの女じゃないから。そこ、間違えないでよ」
「いいんだよ、細かいことは。俺が惚れてる女に手ぇ出してんじゃねえってことだろ」
「やめてよ。そういうことするから不良だって言われるんだよ」
わたしが注意しても瀧本くんには伝わらない。笑って誤魔化されて終わりだ。
学校から少し離れたからか、瀧本くんはわたしと手を繋いでくる。この感触も今日までかもしれないと思うと、急に寂しさが湧き上がってくる。
早く言ってしまおう。この寂しさがわたしの心を占めないうちに。
わたしは瀧本くんの手を握りながら、俯いて話を切り出した。
「あのね、瀧本くん。わたし、今まで瀧本くんに言ってなかったことがあるの」
「それが今日の話か? 詩織の秘密が何だろうと、俺の気持ちは変わらねえよ」
心強い先手を打たれて、わたしは思わず頬を緩めた。
本当に、変わらないといいな。その程度で変わるものかと言ってほしいな。
「瀧本くんは、わたしの見た目が好きなの?」
わたしが尋ねると、瀧本くんは首肯した。
「好きだよ。もちろん、中身も好きだけどな。それが?」
「その、見た目が、実は綺麗じゃなかったって言ったら、どう思う?」
「は? どういうことだよ、メイクで化けてるってことか?」
「な、なにするの。やめてよ」
瀧本くんはいきなりわたしの頬をつねってきた。メイクなんてしていないのだから何も付くはずがない。瀧本くんは自分の指を見て首を傾げる。
「何もねえけど?」
「当たり前でしょ、化粧は校則違反だよ。何もしてないよ」
「じゃあどういうことだよ。詩織の見た目は今俺が見てるものと違うって言いたいのか?」
「正確には、制服で隠れてるだけなんだけど。あのね」
わたしが瀧本くんに真実を告げようとする。
そこへ、目の前から近づいてくる通行人に目を奪われた。背が高くて、真っ黒なダウンジャケットに身を包んでいて、深々とフードを被っている。両手はポケットに突っ込んでいる。明らかな不審者だ。こんなところで何をしているのだろう。空き巣の物色だろうか。
わたしが言葉を切ったからか、瀧本くんもその人物に目を合わせる。そして、わたしを歩道側に追いやる。すれ違う時に、できるだけわたしとその人の距離を取ろうとしたのだろう。瀧本くんもその人が怪しいとは思っているようだ。
その人が近づいてくる。ポケットから手を抜いたかと思えば、その手にはぎらりと光る何かが握られていた。あれは、ナイフ?
わたしがそう思った時には、その人がこちらに突進してきていた。
「詩織!」
瀧本くんがわたしの名前を呼び、わたしの前に立つ。その人が瀧本くんにぶつかる。
わたしの位置から、フードに隠された顔が見える。
その人は、三田くんだった。
「瀧本、お前さえいなければ。お前さえいなければ、二場さんは僕のものだったのに」
「三田、てめえ……!」
瀧本くんの身体がよろめき、わたしに寄りかかってくる。わたしが瀧本くんの身体をどうにか受け止める。瀧本くんの腹にはナイフが深々と刺さっていた。
「死ねよ、瀧本。そのまま二場さんの前からいなくなれ」
「クソ野郎、てめえ、覚えとけよ……!」
瀧本くんがずるりと崩れ落ち、地面に転がる。わたしも一緒になって尻餅をついてしまった。瀧本くんの制服が赤く、赤く染まっていく。
「いやああああっ!」
わたしが叫び声を上げると、偶然通りがかった人が何事かとこちらを見た。三田くんはポケットから二本目のナイフを取り出す。
瀧本くんを刺す気だ。わたしは瀧本くんの前に出て、三田くんをきっと睨んだ。
「やめて! やめてよ! どうしてこんなことするの!」
「二場さん、どいてよ。まだきみを殺すつもりはないんだ。瀧本と並木さんを殺したら、二人で一緒に死のう。こいつらだけは、絶対に殺してやる」
「意味わかんない! 死にたいなら一人で死ねばいいでしょ!」
「死にたいんじゃないんだよ。きみと一緒にいたいんだ。きみと最期を迎えたいんだ」
「誰か! お願い、誰か、助けてください!」
わたしの泣き叫ぶ声で人が集まってくる。三田くんは舌打ちをして、ナイフをしまってどこかへと逃げていく。けれど、取り押さえようとした通行人と揉み合いになる。
三田くんに構っている場合じゃない。わたしは瀧本くんに声をかけた。
「瀧本くん、ねえ、しっかりして!」
「痛えな、あいつ、いきなり刺してくるとは思わなかった」
「今、今救急車呼ぶから、待ってて。お願い、死んじゃだめ!」
「死なねえよ、まだ詩織の話聞いてねえだろ? お前の話聞くまでは、ちゃんと……」
瀧本くんは苦しそうに呼吸して、それから応えなくなった。わたしが肩を叩いても反応しない。目は閉じられたまま、開くことはない。
「瀧本くん? ねえ、瀧本くん!」
わたしの声だけが空しく響いた。
誰かが呼んでくれた救急車が来た後も、瀧本くんは目を覚まさなかった。
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