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17. 三田くんの想い
しおりを挟むわたしは瀧本くんへの告白に集中したいというのに、その日の放課後は三田くんに屋上へ呼び出されてしまった。何の用かはわからないが、嫌な予感がする。三田くんは瀧本くんと一緒にいることを嫌がっているようだし、その関連の話かもしれない。もう瀧本くんに近づくなと言ってくるのかもしれない。とても面倒な話だ。
普段なら一人で行くところだけれど、どうにも話が拗れそうな気がした。三田くんが何を言ってくるのかわからない。けれど、わたしにとって好ましい話ではないだろう。何かあった時のために、わたしは悠夏についてきてもらうことにした。たまたま用事がなかったのか、悠夏は承諾してくれた。屋上の扉の近くで見えないように待っていてもらって、話の流れがややこしくなってきたら悠夏に出てきてもらう手はずだ。
「あの三田くんがついに来たかぁ。瀧本くんがいるのに、どうしていけると思ったのかなぁ」
「何の話だと思う? 瀧本くんのことかな?」
屋上へ向かいながら悠夏に問う。悠夏は話の内容を察しているようだった。
「どう考えても告白でしょ。三田くんも詩織のこと好きみたいだし」
「そう、なのかな? 違う話なんじゃないかと思ってるんだけど」
「違う話でわざわざ屋上に呼び出さないでしょー。屋上といえば告白だよ、普通は」
わたしと瀧本くんの噂を知らない人はたぶんいない。三田くんだって、わたしと瀧本くんが付き合っているのかと何度も聞いてきた。だったら、わたしの気持ちが三田くんに向いていないことくらいわかりそうなものだけれど。それでも振り向かせられる自信があるのだろうか。
瀧本くんが前に言っていたように、話を聞く前から断ることができたら良いのに。わたしはあなたに興味がありません、そう伝えることができたら楽なのにな。
「瀧本くんが好きなのって言っちゃいなよ。そしたら食い下がってこないから」
「うん。もし告白なら、そう言う」
「うだうだ言ってきたら瀧本くん呼べばいいし。あたし連絡しておく」
「い、いいよ、瀧本くんには黙っておいて。わたしも言ってないんだから」
「そうなの? あたしじゃなくて瀧本くんに来てもらえばよかったのに。そしたら拗れることもないし、拗れたって何とかしてくれるでしょ」
「また不良だって噂が立ったら嫌だもん。もし殴ったりしたら三田くんのファンクラブが黙ってないよ。瀧本くんの立場が悪くなるのは嫌なの」
「まぁ、ねぇ。あたしが割り込んでどうにかなればいいけど」
悠夏は珍しく自信なさげだ。普通の男子なら簡単に追い返してしまいそうなのに。前に三田くんに誘われた時も、悠夏が半ば強引に話を切り上げて断っていたから、今日も同じようにしてくれることを期待していた。そもそも、わたしひとりで断れれば良いのだが。
屋上に着く。扉は閉ざされていて、向こう側に三田くんがいるかどうかは見えない。指定された時間よりは少し遅れているから、この向こうで待っていることだろう。気が重くなってきて、わたしはため息を吐いた。簡単に済む話であることを願おう。
「じゃ、あたしはここで待ってるから。何かあったら呼んでね」
「ん、ありがと。早めに終わらせるようにする」
「詩織にそんなことできるかなぁ。期待しないで待ってまーす」
悠夏は笑いながらわたしを送り出してくれる。わたしは一度深呼吸してから、屋上に続く扉を開ける。冷たい風が一気にわたしの身体を包んで出迎える。こんな寒い時期なのだから、場所を教室にしてくれれば良かったのに。待っているほうも寒いだろう。
三田くんは屋上の中央に立っていた。わたしが来たことに気づくと、三田くんは微笑んだ。わたしは少し距離を取った位置で足を止め、三田くんの正面に立つ。
「ごめんね、遅れちゃって」
「いや、いいんだ。来てくれてありがとう、二場さん」
「それで、話って何? 屋上で話すようなことなの?」
わたしは早く切り上げたくて、三田くんの先を促した。三田くんは表情を変えず、優しい瞳でわたしを見たまま、わたしに告げた。
「僕は二場さんのことが好きなんだ。誰よりもきみのことを愛している」
悠夏の読み通りだった。悠夏から聞いていたおかげで、わたしは驚くこともなかった。
わたしは心を落ち着けて、三田くんの瞳を見つめる。勇気を出せ。わたしには好きな人がいる。断れないなんてことはない。瀧本くんに想いを告げる前哨戦と思えば良いのだ。
「ごめん。わたし、好きな人がいるから。三田くんの気持ちには応えられない」
「知っているよ。瀧本だろう?」
「そうだよ。わたしはもう、決めたの。瀧本くんと付き合う」
三田くんの表情は不気味なほど変わらない。わたしの答えは予想済みだったのだろう。だとしたら、どうして三田くんはわたしに告白してきたのだろうか。振られると知っていながら告白することに何の意味があるのだろうか。
「瀧本はやめておいたほうがいいよ。遊ばれて捨てられるのが目に見えている」
「そんなことない。三田くんは瀧本くんの何を知ってるの?」
「二場さんは瀧本に騙されているんだよ。だから僕が救ってあげるんだ」
「騙されてないよ。瀧本くんは本気でわたしのことを考えてくれてる」
「本気で考えている奴がいきなりキスしてくるわけないだろう?」
わたしは絶句した。どうして三田くんがそれを知っているのだろう。どこかで誰かに見られていて、三田くんの耳に入ったのだろうか。
「知っているよ、何もかも。二場さんのことなら」
三田くんがにこやかな微笑を見せる。わたしは恐怖さえ感じた。
「瀧本と一緒に家まで帰っていることも。帰り道は手を繋いで帰って、別れ際に何度もキスしていることも。朝も待ち合わせして一緒に来ていることも。一緒に喫茶店に行って、キスされそうになって慌てていたね。あとは、瀧本の家にも行っているね。最近は二場さんのほうから瀧本にキスしてほしそうにしている」
「どう、して? どうして、それを」
「僕は二場さんをずっと見てきたから。僕のものにしたいとずっと願ってきたから。そのために、僕は二場さんをずっと追いかけてきたんだよ」
わたしは恐怖に押されるように一歩後ろに下がった。
三田くんはわたしをずっと見ていた? どこから? どうやって? わたしはずっと、三田くんに尾けられていたの? 三田くんがわたしのストーカーだった、ということなの?
「きみに触れる瀧本が許せなかった。だから何度も引き離そうとしたのに、うまくいかなかった。二場さんはどんどん瀧本に惹かれていって、距離が縮んでいってしまった」
三田くんの表情が悔しそうに歪む。わたしははっと気づいて、三田くんに問うた。
「もしかして、わたしと瀧本くんが付き合ってるって噂を流したのは、三田くん?」
「そうだよ。あの噂が流れれば、二場さんが嫌がって瀧本から離れると思った。瀧本のことを好きな女の子にも情報を回したのに、それでも二場さんは瀧本から離れてくれなかった。僕が何をしても、二場さんはどんどん瀧本に惹かれていったんだ」
それは罪の告白のようにも思えた。わたしと瀧本くんを引き裂くために、裏で三田くんはいろいろと動いていたのだ。わたしを尾行しながら、瀧本くんが不利になるような情報も探していたのだ。すべては、わたしを自分のものにするために。
「どうして僕じゃだめなんだ? どうして瀧本はいいんだ? あんな暴力的で、生活態度も口も悪くて、いきなりキスしてくるような常識に欠けた奴のどこがいいんだ? あんな奴は二場さんに相応しくない。二場さんには、僕みたいな人間のほうが相応しいよ」
「瀧本くんを悪く言わないで。三田くんは瀧本くんを知らないんだよ」
「知っているさ。二場さんを追いかけていたら嫌でも目に入る。あいつは二場さんの前で優しく振る舞っているだけだ。本当の中身は全然違う。二場さんを手に入れたら本性を現すよ」
「やめてよ。瀧本くんはそんな人じゃない。三田くんこそ、わたしを尾け回すようなことして、最低の人間だよ。もう近づかないで」
わたしは感情に任せて言い放った。三田くんは呆気に取られたような顔をしていた。
「二場さん、そんなに強く言えるような子だったんだ。いや違うな、これも瀧本の影響か」
「どっちでもいいよ。とにかく、もうわたしに近づかないで。近づくんだったら、女の子たちにも言いふらすし、瀧本くんに言って男子の間でも広めてもらうから」
「どうして? どうして、そこまで僕を拒絶する? 僕は二場さんが好きなだけなのに」
三田くんは寂しそうに俯いたかと思ったら、顔を上げて微笑みを浮かべた。この場にそぐわない表情がわたしの恐怖を煽る。普通じゃない。三田くんは、狂っている。
「僕は二場さんを愛しているんだ。僕は、きみを僕だけのものにしたいんだ」
三田くんが近づいてきて、わたしの手首を掴んだ。わたしが振り払おうとしても、強い力で握られてしまって振り払うことができない。
「やめて、離してよ!」
「ねえ二場さん、きみを僕だけのものにする方法があるんだ。きみはきっと僕の気持ちを受け入れてくれないと思ったから、屋上に呼んだんだよ」
「そんなの知らないよ。いいから離して、三田くんのものになんてならないから!」
「離さないよ。もう、きみは僕のものになるんだ。ここから飛び降りて、最期まで一緒にいるんだよ。そうしたら、きみの最期を見届けたのは僕だ。きみの時間を止めたのは僕だ。誰も、瀧本でさえもできなかったことを、僕がやるんだよ」
三田くんがぐいっとわたしを引っ張る。抵抗しても三田くんの力が強くて振り解けず、わたしは三田くんに引きずられるようにして転落防止用の柵の近くまで連れていかれる。
「嫌だ、やめてよ! 一緒に死ぬなんておかしい! 狂ってるよ!」
「狂っていないよ。二場さんを僕のものにするにはこうするしかないじゃないか」
「離して! 悠夏、ねえ、悠夏っ!」
わたしが助けを求めて叫ぶと、屋上の扉が開き、悠夏が飛び込んでくる。三田くんが悠夏に驚いた隙に、わたしは三田くんを振り払って悠夏のところへ駆けていく。
悠夏がわたしの前に立ち、三田くんを睨みつける。三田くんはまだ微笑んでいた。
「驚いたなあ、二場さんが誰かを連れてきているなんて。いつも一人で来るのに」
「三田くん、信頼されてないねぇ。詩織は三田くんだからって言ってあたしを呼んだんだよ」
「どうして僕のことを嫌うんだ? 二場さんはいつも僕に振り向いてくれなかった。僕が何をしても僕を見てくれなかったのに、どうして瀧本には惹かれていってしまったんだ?」
「答え合わせはひとりでどうぞ。あたしたち、帰るから」
悠夏は三田くんを見たままゆっくりと後ろに下がる。わたしも三田くんから目を離すことができず、じりじりと下がることしかできない。振り返って背中を見せたら刺されそうな気がした。それくらい、今の三田くんは狂気に満ちていた。
「わかったよ、並木さん。きみがいるから、二場さんは瀧本のところへ行ったんだろう? きみが二場さんを間違った方向に誘導した」
「悠夏は関係ない。悠夏がいなくたって、わたしは三田くんを好きにならなかった」
「二場さんを惑わす厄介な友人から始末すべきだったんだ。そうすれば、瀧本よりも僕を好きになってくれたはずだ。瀧本も、並木さんも、邪魔者は早く消すべきだった」
三田くんは空を見上げて笑った。狂気を感じさせる笑い声に身が震える。
「逃げよ、詩織。あいつ絶対やばいよ」
「う、うん。大丈夫かな、追ってこないかな」
「先に行って。あたしのほうが足速いんだからさ」
わたしは頷き、悠夏を置いて屋上の扉へ走る。悠夏は三田くんを睨み、言葉で牽制した。
「もうすぐ瀧本くんが来るよ。こんなこともあろうかと呼んでおいたの」
「瀧本が? 本当に、並木さんは余計なことをする人だね」
「死にたいなら一人で死になよ。死んだら詩織も弔ってくれるかもね」
わたしが屋上の扉を開けて振り向くと、悠夏は悠々と歩いてきた。そのまま足を止めることなく、不安な気持ちで見つめていたわたしを押して屋上から立ち去る。
屋上の扉が音を立てて閉まり、わたしたちと三田くんを隔てる。そこまできて、ようやくわたしは逃げられたのだと実感する。
「詩織、早く行こ。早く逃げないと階段から落とされるかもよ?」
「そういうこと言うのやめてよ。怖いでしょ」
「ないとも言えないじゃん? 早く図書館行って瀧本くんに会いに行こうよ」
悠夏は足早に階段を下りていく。わたしはその背を追いかけて階段を下りる。後ろの扉が開く気配はなかった。三田くんも、これで諦めてくれたら良いけれど。
「瀧本くん、来るんじゃないの? 待ってたほうがいい?」
「来ないよ、呼んでないもん。来るって言ったら三田くんが止まるかと思っただけ」
「そう、なんだ。すごいね、悠夏」
あの場で堂々と嘘をつける度胸が羨ましい。やはり悠夏を呼んでおいて良かった。わたし一人で話を聞いていたら、いったいどうなっていたのだろう。考えたくもない。
「さっさと瀧本くんに告白しなよ。三田くんだって瀧本くんには手出しできないでしょ」
「うん。明日、言おうと思ってた」
「今日でよくない? 一日待つ意味ある?」
「いいの。心の準備とか、あるでしょ。今日はこんなこともあったし」
「まぁ、そっか。今日は瀧本くんに家まで送ってもらいなよ。三田くんが追いかけてくるかも」
「来てくれるかな。今日は一緒に帰れないって言っちゃった」
「来るでしょ。詩織が可愛く甘えたら一発だよ」
悠夏の中で瀧本くんはどのような人物になっているのだろうか。瀧本くんにだって都合があると思うのだけれど。
わたしと悠夏は図書館へ向かった。瀧本くんに会えば、このもやもやした気持ちもきっと晴れることだろう。三田くんのことなんて早く忘れてしまいたい。彼がわたしのことをあんな風に思っていたなんて知らなかった。人は見た目によらないとはこのことだ。
明日までは、わたしは瀧本くんに甘えることができる。明日までは、わたしは瀧本くんに拒まれることはない。今まで通りの関係を保つことができる。
すべては、明日だ。明日、わたしたちの関係が変わる。
恋人になるのか、友人に戻るのか。この想いが報われることを祈るばかりだ。
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