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10. 最後の時
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二人は公園に逃げてきていた。とても広い公園で、遊具に乗って遊べるスペースだけでなく、芝生が茂るスペースや、小さな森もある。偶然そういう時間帯なのか、人影はほとんどなく、天翔と悠未しかこの公園にいないようだった。
ずっと走って逃げてきたせいで、天翔は息が上がっていた。けれど悠未は平然としていて、呼吸は一切乱れていなかった。
「悪い、ちょっと休憩させてくれ」
天翔はそう言って公園のベンチに座った。荷物も抱えて走ってきたため、肺も脚も限界を訴えていた。悠未もその隣に座ったが、いつものように身を寄せることはなかった。
「ねえ、てんちゃん」
「なんだよ」
「ちょっと、烏と話していい?」
悠未は思いつめた顔をして、天翔に尋ねた。悠未が烏に聞くことはひとつしかない。天翔は首肯した。
「とりあえず誰も追ってきてねえし、今のうちに話せよ」
「うん。ありがと」
悠未が右手を掲げると、かあ、と一声鳴いて、どこかから烏が飛んできた。烏は優雅な動作で地面に降りると、悠未を見上げた。
「魔女様、何か御用でしょうか」
天翔は耳を疑った。悠未に触れていないのに、どうして自分にも烏の声が聞こえるのだろうか。悠未の今の状態と何か関わりがあるのだろうか。
しかし、天翔がそれを問う前に、悠未が烏に聞いた。
「魔女の殺し方を教えて」
「は? 悠未、なんだよ急に」
天翔は戸惑いを隠せなかった。悠未の話とは、自分に触れられなくなったことについて烏に聞くものだと思っていたのだ。
烏はじっと悠未を見つめて答えなかった。悠未は答えを待たずに再度聞いた。
「魔女の殺し方なら教えるって言ったでしょ。教えて」
「承知しました。魔女は」
「おい、ちょっと待てよ。そんなこと聞いてどうするつもりだ」
天翔は烏の声を遮って、悠未に詰め寄った。
悠未は笑った。寂しそうに、どこか嬉しそうに。
「てんちゃん。時間切れだよ」
「時間切れ? 待てよ、わかるように説明しろ!」
「時間切れなの。わたし、もうすぐ狂っちゃうの」
天翔は悠未が何を言っているのか理解できなかった。いや、理解しているのに、脳が思考を拒否していた。そんな言葉は聞きたくなかった。
悠未は天翔の様子など気にかけず、まるで他人事のように続けた。
「もうだめなの。殺せ、殺せ、殺せって、ずぅっと頭の中に響いてるの。これが発狂するっていうことなんでしょ?」
「はい、そうです。いずれ、魔女様の意識は殺戮衝動に飲み込まれます」
「ねえ、てんちゃん。前に言ったよね、わたしがてんちゃんを殺す前に、てんちゃんがわたしを殺して、って。その時が来たんだよ」
「ふざけんな……ふざけんなよっ! そんなこと、できるわけねえだろ!」
天翔は悠未の肩を掴もうとしたが、激しい反発を受けて後ろに吹き飛ばされた。悠未は寂しげな瞳で天翔を見つめていた。
そして、天翔の感情などお構いなしに、悠未は烏に問うた。
「教えて。てんちゃんはどうやってわたしを殺したらいいの?」
「魔女様が剣を創り出してください。その剣で胸を突くのです。そうすれば、一般人である騎士様でも魔女を殺すことができます」
「わかった。剣を創ればいいんだね」
悠未は頭を押さえてふらついた。強い視線で虚空を睨み、それから右手を前に突き出す。
すると、光が集まって、果物ナイフより少し長いくらいの両刃の剣が現れた。剣は地面に突き刺さり、陽光を反射してきらりと輝いた。
「うるさい……うるさい、うるさいっ!」
悠未が右手を振ると、地面が抉れて土が舞った。悠未は肩で息をしていた。
「騎士様、剣をお取りください」
烏は静かに言った。天翔の視線は嫌でもその剣に注がれた。
自分がこの剣で悠未を殺すのか? 殺さなければならないのか? 自分の妹とも思ってきた大切な幼馴染を、自分が殺さなければならないのか?
「できるわけねえだろ、俺が、悠未を殺すなんて!」
「てんちゃん、お願い。てんちゃんにしかできないことだよ」
「待てよ……真実の愛を見つけりゃいいんだろ? 見つけてやるよ、だから!」
天翔のすぐ脇を突風が吹き抜けていった。突風は芝生を巻き上げ、進路上にあった木の枝を何本か折った。天翔に直撃していたら、軽い怪我では済まなかっただろう。
悠未はぶんぶんと首を振り、何かに耐えながら、天翔を見つめた。
「てんちゃん。言ったでしょ、時間切れなんだよ。もう、真実の愛なんて役に立たない」
「嘘だ。嘘だって言ってくれよ、まだ間に合うって……言ってくれよ……!」
「騎士様、剣をお取りください。早く殺さなければ、貴方が殺されます」
「じゃあ殺せよ! なあ悠未、俺を殺してくれよ!」
天翔が叫んでも、悠未の寂しげな微笑は動かなかった。悠未は静かに同じことを繰り返すだけだった。
「てんちゃん、お願い。わたしはてんちゃんを殺したくない。だから、わたしを殺して」
「俺だって、俺だって悠未を殺したくねえよ! なあ、他に方法はねえのかよ!」
天翔は烏に縋るように聞いた。けれど、烏は人間のように首を振った。
「ありません。あなたが魔女様を殺すか、魔女様があなたを殺すか、そのどちらかです」
「俺が……俺が、真実の愛を見つけられなかったからか? だからこんなことになったのか?」
「てんちゃん。真実の愛なんて初めからなかったんだよ、きっと。自分を責めないで」
悠未が指で空をなぞると、天翔のすぐ足元の土が抉れた。悠未は両手で頭を抱えて座り込む。
「てんちゃん、ねえ、早くしてよ! もういやなの、こんなの、いやなの!」
「騎士様。魔女様が殺戮衝動に負ければ、貴方は殺されます。今しかないのです」
「やめろよ、もうやめてくれ! 俺は悠未を殺したくねえ!」
「お願い……てんちゃん、お願いだから、わたしを殺して」
悠未が創り出した剣がひとりでに浮き、天翔の目の前に突き刺さった。取れ、と言われているようだった。
天翔は悠未を見た。悠未は頭の中に響いてくる声と必死に戦っていた。時折、光を失った瞳で天翔を見て、すぐに逸らした。悠未が発狂したら、間違いなく最初の標的は自分になるのだろうと思った。
それでもいいじゃないか。自分は悠未を殺したくない。
それでも、いいのか? 悠未は、自分を殺したくないのに。
「騎士様。時間がありません。ご決断を」
「てんちゃん、お願い。わたしを、殺して……!」
天翔の脇を風が抜けていく。風が天翔の腕を裂いて、その痛みに天翔は顔をしかめた。
「わたし、幸せだった。最後にてんちゃんといろんなところに行けて、幸せだったよ。このまま、この幸せな気持ちのまま死にたい。てんちゃんに殺されるなら、幸せだよ」
悠未の瞳には涙が光っていた。ぽろりと雫が零れ落ちて、地面に垂れた。
天翔は剣を手に取った。見た目よりも軽く、けれどずしりと重く感じられた。
悠未は笑った。それは、天翔が幾度となく見てきた、優しい悠未の表情だった。
「てんちゃん。大好きだよ。だから、わたしを、殺して」
悠未の身体から無数の光の粒子が迸った。もう時間がないのだ。天翔は決断を迫られた。
やるしかないのだ。悠未が最期に望んだことなのだから、叶えてやらなければ。
「くそ……くそおおおおおぉっ!」
天翔は剣を構えて走り、悠未との距離を詰めた。
そして、悠未の胸に剣を突き刺した。肉を裂く感覚が天翔を襲った。
「あ……あ…っ」
悠未から漏れ出ていた光の粒子が止まった。代わりに、風に吹かれるようにして、悠未の身体が光の粒子となって飛んでいく。
殺してしまったのだ。悠未を。たったひとりの幼馴染を。
天翔は悠未の身体を抱きしめた。まだ悠未がそこにいると感じられた。
「てんちゃん……ありがと、嬉しいよ」
「やめろ……俺は、俺は、お前を守れなかった。真実の愛を見つけられなかった!」
「いいんだよ、てんちゃん。こうして、最期はちゃんと救ってくれたでしょ?」
「救えてねえよ、こんなの、救えてねえだろうが!」
「でもわたしは嬉しいよ。死ぬ時に、てんちゃんに、抱きしめてもらえて」
悠未の身体がどんどん軽くなっていく。光の粒子が天翔の腕の間から漏れていく。
悠未は天翔を見つめた。そして、悠未は背伸びして、天翔の唇に口付けた。天翔が驚いて悠未の顔を見ると、悠未は満たされた表情を浮かべていた。
「えへへ……最期に、キスしちゃったぁ。もう、心残りなんてない」
「やめろよ、なあ、死なない方法はないのか? 今から助かる方法は!」
「ないよ。てんちゃん、最期は笑ってよ。笑って、見送ってよ」
「できるわけねえだろ! こんなの……こんなの、おかしいだろ……!」
天翔の瞳から涙が溢れた。その雫を悠未の手が拭き取ろうとしたが、もう天翔に触れることは叶わなかった。
「てんちゃん。今までありがとね」
「いやだ、いやだ、悠未!」
「さよなら、てんちゃん。ずっとずっと、大好きだったよ」
その言葉を残して、悠未の身体は光に溶けて無くなってしまった。悠未を抱いていた感触もなくなり、天翔はその場に崩れた。
悠未が創り出した剣が、からん、と虚しい音を立てた。それは唯一、悠未がこの世に残したものだった。
*
「魔女様、出勤のお時間です」
烏が窓から入り込み、時間を告げる。もう朝の九時だ。
「わかってるよ。遅刻するな、だろ」
天翔はコートを着て外に出る。眩しい朝日に出迎えられて、天翔は目を細めた。
悠未を殺してから半年が経とうとしていた。
天翔は今、魔女警察の一員として働いている。一般人としてではなく、魔女として。
烏が言うには、天翔は悠未の魔力を大量に浴びたせいで魔女化してしまったのだそうだ。そういえば、確かに一般人が魔女化するパターンのひとつに入っていたことを思い出す。
魔女となった天翔を出迎えたのが魔女警察だった。なぜ自分を勧誘してきたのかわからなかったが、他に行き場もなく、天翔はやむなく魔女警察の一員となることにした。一般人の世界には、戻りたくても戻ることはできなかった。どうせ一般人の世界では犯罪者扱いなのだから、戻れなくても構わなかった。
天翔は肌身離さず持ち歩いている悠未の剣に手を当てた。こうすることで、悠未に触れているような気がした。
「魔女様、遅刻します。急いでください」
「うるせえな。多少遅れたっていいだろうが」
「なりません。刻限に間に合うように着くのが社会人でしょう」
うるさい烏だ。悠未を殺した時にいた烏なのだが、気づけばずっと一緒にいた。魔女化した天翔のことを心配しているようで、何かと世話を焼いてくるのだ。いたら助かるのは間違いないので、無下に扱うこともできない。
天翔は目的の場所に転移する魔法を使った。魔女警察への出勤は、この魔法を使えば一秒で済む。魔法でテレポートはできるのだと、悠未にも教えてやりたかった。
なあ、悠未。俺がお前の分まで生きてやる。お前はそれを望んでるんだろ。
天翔は雲のない青空に向かって話しかけた。その呟きが悠未に届いていればいいと思った。
ずっと走って逃げてきたせいで、天翔は息が上がっていた。けれど悠未は平然としていて、呼吸は一切乱れていなかった。
「悪い、ちょっと休憩させてくれ」
天翔はそう言って公園のベンチに座った。荷物も抱えて走ってきたため、肺も脚も限界を訴えていた。悠未もその隣に座ったが、いつものように身を寄せることはなかった。
「ねえ、てんちゃん」
「なんだよ」
「ちょっと、烏と話していい?」
悠未は思いつめた顔をして、天翔に尋ねた。悠未が烏に聞くことはひとつしかない。天翔は首肯した。
「とりあえず誰も追ってきてねえし、今のうちに話せよ」
「うん。ありがと」
悠未が右手を掲げると、かあ、と一声鳴いて、どこかから烏が飛んできた。烏は優雅な動作で地面に降りると、悠未を見上げた。
「魔女様、何か御用でしょうか」
天翔は耳を疑った。悠未に触れていないのに、どうして自分にも烏の声が聞こえるのだろうか。悠未の今の状態と何か関わりがあるのだろうか。
しかし、天翔がそれを問う前に、悠未が烏に聞いた。
「魔女の殺し方を教えて」
「は? 悠未、なんだよ急に」
天翔は戸惑いを隠せなかった。悠未の話とは、自分に触れられなくなったことについて烏に聞くものだと思っていたのだ。
烏はじっと悠未を見つめて答えなかった。悠未は答えを待たずに再度聞いた。
「魔女の殺し方なら教えるって言ったでしょ。教えて」
「承知しました。魔女は」
「おい、ちょっと待てよ。そんなこと聞いてどうするつもりだ」
天翔は烏の声を遮って、悠未に詰め寄った。
悠未は笑った。寂しそうに、どこか嬉しそうに。
「てんちゃん。時間切れだよ」
「時間切れ? 待てよ、わかるように説明しろ!」
「時間切れなの。わたし、もうすぐ狂っちゃうの」
天翔は悠未が何を言っているのか理解できなかった。いや、理解しているのに、脳が思考を拒否していた。そんな言葉は聞きたくなかった。
悠未は天翔の様子など気にかけず、まるで他人事のように続けた。
「もうだめなの。殺せ、殺せ、殺せって、ずぅっと頭の中に響いてるの。これが発狂するっていうことなんでしょ?」
「はい、そうです。いずれ、魔女様の意識は殺戮衝動に飲み込まれます」
「ねえ、てんちゃん。前に言ったよね、わたしがてんちゃんを殺す前に、てんちゃんがわたしを殺して、って。その時が来たんだよ」
「ふざけんな……ふざけんなよっ! そんなこと、できるわけねえだろ!」
天翔は悠未の肩を掴もうとしたが、激しい反発を受けて後ろに吹き飛ばされた。悠未は寂しげな瞳で天翔を見つめていた。
そして、天翔の感情などお構いなしに、悠未は烏に問うた。
「教えて。てんちゃんはどうやってわたしを殺したらいいの?」
「魔女様が剣を創り出してください。その剣で胸を突くのです。そうすれば、一般人である騎士様でも魔女を殺すことができます」
「わかった。剣を創ればいいんだね」
悠未は頭を押さえてふらついた。強い視線で虚空を睨み、それから右手を前に突き出す。
すると、光が集まって、果物ナイフより少し長いくらいの両刃の剣が現れた。剣は地面に突き刺さり、陽光を反射してきらりと輝いた。
「うるさい……うるさい、うるさいっ!」
悠未が右手を振ると、地面が抉れて土が舞った。悠未は肩で息をしていた。
「騎士様、剣をお取りください」
烏は静かに言った。天翔の視線は嫌でもその剣に注がれた。
自分がこの剣で悠未を殺すのか? 殺さなければならないのか? 自分の妹とも思ってきた大切な幼馴染を、自分が殺さなければならないのか?
「できるわけねえだろ、俺が、悠未を殺すなんて!」
「てんちゃん、お願い。てんちゃんにしかできないことだよ」
「待てよ……真実の愛を見つけりゃいいんだろ? 見つけてやるよ、だから!」
天翔のすぐ脇を突風が吹き抜けていった。突風は芝生を巻き上げ、進路上にあった木の枝を何本か折った。天翔に直撃していたら、軽い怪我では済まなかっただろう。
悠未はぶんぶんと首を振り、何かに耐えながら、天翔を見つめた。
「てんちゃん。言ったでしょ、時間切れなんだよ。もう、真実の愛なんて役に立たない」
「嘘だ。嘘だって言ってくれよ、まだ間に合うって……言ってくれよ……!」
「騎士様、剣をお取りください。早く殺さなければ、貴方が殺されます」
「じゃあ殺せよ! なあ悠未、俺を殺してくれよ!」
天翔が叫んでも、悠未の寂しげな微笑は動かなかった。悠未は静かに同じことを繰り返すだけだった。
「てんちゃん、お願い。わたしはてんちゃんを殺したくない。だから、わたしを殺して」
「俺だって、俺だって悠未を殺したくねえよ! なあ、他に方法はねえのかよ!」
天翔は烏に縋るように聞いた。けれど、烏は人間のように首を振った。
「ありません。あなたが魔女様を殺すか、魔女様があなたを殺すか、そのどちらかです」
「俺が……俺が、真実の愛を見つけられなかったからか? だからこんなことになったのか?」
「てんちゃん。真実の愛なんて初めからなかったんだよ、きっと。自分を責めないで」
悠未が指で空をなぞると、天翔のすぐ足元の土が抉れた。悠未は両手で頭を抱えて座り込む。
「てんちゃん、ねえ、早くしてよ! もういやなの、こんなの、いやなの!」
「騎士様。魔女様が殺戮衝動に負ければ、貴方は殺されます。今しかないのです」
「やめろよ、もうやめてくれ! 俺は悠未を殺したくねえ!」
「お願い……てんちゃん、お願いだから、わたしを殺して」
悠未が創り出した剣がひとりでに浮き、天翔の目の前に突き刺さった。取れ、と言われているようだった。
天翔は悠未を見た。悠未は頭の中に響いてくる声と必死に戦っていた。時折、光を失った瞳で天翔を見て、すぐに逸らした。悠未が発狂したら、間違いなく最初の標的は自分になるのだろうと思った。
それでもいいじゃないか。自分は悠未を殺したくない。
それでも、いいのか? 悠未は、自分を殺したくないのに。
「騎士様。時間がありません。ご決断を」
「てんちゃん、お願い。わたしを、殺して……!」
天翔の脇を風が抜けていく。風が天翔の腕を裂いて、その痛みに天翔は顔をしかめた。
「わたし、幸せだった。最後にてんちゃんといろんなところに行けて、幸せだったよ。このまま、この幸せな気持ちのまま死にたい。てんちゃんに殺されるなら、幸せだよ」
悠未の瞳には涙が光っていた。ぽろりと雫が零れ落ちて、地面に垂れた。
天翔は剣を手に取った。見た目よりも軽く、けれどずしりと重く感じられた。
悠未は笑った。それは、天翔が幾度となく見てきた、優しい悠未の表情だった。
「てんちゃん。大好きだよ。だから、わたしを、殺して」
悠未の身体から無数の光の粒子が迸った。もう時間がないのだ。天翔は決断を迫られた。
やるしかないのだ。悠未が最期に望んだことなのだから、叶えてやらなければ。
「くそ……くそおおおおおぉっ!」
天翔は剣を構えて走り、悠未との距離を詰めた。
そして、悠未の胸に剣を突き刺した。肉を裂く感覚が天翔を襲った。
「あ……あ…っ」
悠未から漏れ出ていた光の粒子が止まった。代わりに、風に吹かれるようにして、悠未の身体が光の粒子となって飛んでいく。
殺してしまったのだ。悠未を。たったひとりの幼馴染を。
天翔は悠未の身体を抱きしめた。まだ悠未がそこにいると感じられた。
「てんちゃん……ありがと、嬉しいよ」
「やめろ……俺は、俺は、お前を守れなかった。真実の愛を見つけられなかった!」
「いいんだよ、てんちゃん。こうして、最期はちゃんと救ってくれたでしょ?」
「救えてねえよ、こんなの、救えてねえだろうが!」
「でもわたしは嬉しいよ。死ぬ時に、てんちゃんに、抱きしめてもらえて」
悠未の身体がどんどん軽くなっていく。光の粒子が天翔の腕の間から漏れていく。
悠未は天翔を見つめた。そして、悠未は背伸びして、天翔の唇に口付けた。天翔が驚いて悠未の顔を見ると、悠未は満たされた表情を浮かべていた。
「えへへ……最期に、キスしちゃったぁ。もう、心残りなんてない」
「やめろよ、なあ、死なない方法はないのか? 今から助かる方法は!」
「ないよ。てんちゃん、最期は笑ってよ。笑って、見送ってよ」
「できるわけねえだろ! こんなの……こんなの、おかしいだろ……!」
天翔の瞳から涙が溢れた。その雫を悠未の手が拭き取ろうとしたが、もう天翔に触れることは叶わなかった。
「てんちゃん。今までありがとね」
「いやだ、いやだ、悠未!」
「さよなら、てんちゃん。ずっとずっと、大好きだったよ」
その言葉を残して、悠未の身体は光に溶けて無くなってしまった。悠未を抱いていた感触もなくなり、天翔はその場に崩れた。
悠未が創り出した剣が、からん、と虚しい音を立てた。それは唯一、悠未がこの世に残したものだった。
*
「魔女様、出勤のお時間です」
烏が窓から入り込み、時間を告げる。もう朝の九時だ。
「わかってるよ。遅刻するな、だろ」
天翔はコートを着て外に出る。眩しい朝日に出迎えられて、天翔は目を細めた。
悠未を殺してから半年が経とうとしていた。
天翔は今、魔女警察の一員として働いている。一般人としてではなく、魔女として。
烏が言うには、天翔は悠未の魔力を大量に浴びたせいで魔女化してしまったのだそうだ。そういえば、確かに一般人が魔女化するパターンのひとつに入っていたことを思い出す。
魔女となった天翔を出迎えたのが魔女警察だった。なぜ自分を勧誘してきたのかわからなかったが、他に行き場もなく、天翔はやむなく魔女警察の一員となることにした。一般人の世界には、戻りたくても戻ることはできなかった。どうせ一般人の世界では犯罪者扱いなのだから、戻れなくても構わなかった。
天翔は肌身離さず持ち歩いている悠未の剣に手を当てた。こうすることで、悠未に触れているような気がした。
「魔女様、遅刻します。急いでください」
「うるせえな。多少遅れたっていいだろうが」
「なりません。刻限に間に合うように着くのが社会人でしょう」
うるさい烏だ。悠未を殺した時にいた烏なのだが、気づけばずっと一緒にいた。魔女化した天翔のことを心配しているようで、何かと世話を焼いてくるのだ。いたら助かるのは間違いないので、無下に扱うこともできない。
天翔は目的の場所に転移する魔法を使った。魔女警察への出勤は、この魔法を使えば一秒で済む。魔法でテレポートはできるのだと、悠未にも教えてやりたかった。
なあ、悠未。俺がお前の分まで生きてやる。お前はそれを望んでるんだろ。
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