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6. 魔女警察
しおりを挟む 翌日、天翔と悠未はチェックアウトの期限の寸前までホテルで過ごした。次のホテルのチェックインの時間まで、できるだけ室内に滞在したかった。外に出たら警察官に見つかるかもしれないという恐怖が天翔に襲いかかっていた。
しかし、数時間は外で過ごさなければならない。二人はホテルを出て、空いた時間をどう過ごすか考えていた。
広い公園のベンチに座り、天翔は時間の潰し方を考える。悠未は穏やかな気候を楽しんでいるようで、天翔に寄り添いながら空を見上げていた。はたから見れば、カップルが公園のベンチでのんびりと過ごしているようにしか見えない。だから誰も気に留めなかった。天翔はそのことに気づいていた。結局、普通の人と同じことをしているほうが目立たないのだ。
かといって、数時間もこのベンチに座っていたら怪しいだろう。悠未はどう見ても学生だ。それも大学生ではなく、もっと下の学生だ。こんな時間に公園にいること自体、誰かから声をかけられてもおかしくない。それもあって、天翔は室内に逃げ込みたかった。
「てんちゃん、カラオケでも行く?」
悠未は普通に遊びに行くかのように天翔に言った。
ここでじっとしているよりは、カラオケのほうが安全かもしれない。入ることさえできれば、カラオケの中はきっと安全だろう。天翔はそこまで考えて、肯いた。
「行くか」
「うん。てんちゃんとカラオケ行くの久々じゃない?」
「そうかもな。俺があまりカラオケ行かねえから」
どちらからともなく立ち上がり、歩き出す。遠くでは子どもの遊ぶ声が響いている。この公園は遊具が設置されており、子どもたちが遊具で遊んでいるようだった。それを見守る母親たちの姿もある。平和な日常の一片を見たような気がした。
もう自分たちは平和な暮らしに戻れない。天翔は重く苦しい事実を再認識し、悠未に気づかれないように溜息を吐いた。もうこうやって逃げるばかりの生活なのだ。それとも、どこか山奥に行けば、安住の地は見つかるのだろうか。
悠未が天翔の手を取り、指を絡める。天翔が隣を見ると、悠未は緩んだ顔をしていた。
「なんだよ」
「いいじゃん、手繋ぐくらい。こうしたらてんちゃんも烏の声が聞こえるでしょ?」
「烏は有意義な情報でも教えてくれんのか?」
「ん、たぶん、教えてくれるんじゃない?」
悠未が適当な理由を付けていることには、天翔も気づいていた。だが、どうして悠未が手を繋ぎたがるのかは理解できなかった。不安なのだろうか。それとも、何か別の理由があるのだろうか。
一羽の烏が上空を飛んでいく。青空を切り裂くように、黒い姿が空を旋回している。そしてどこかへと降りていく。悠未はその姿をじっと凝視していた。
「どうした? 烏が気になるのか?」
天翔が聞くと、悠未は足を止めた。その表情は硬い。
「てんちゃん、こっち」
悠未は言うや否や、今行こうとした道とは反対の道へ天翔を引っ張っていく。来た道を戻ることとなり、天翔は疑問を抱いた。
「どうしたんだよ急に。何かいたのか?」
「あの烏、わたしたちを見てた。わたしたちがいるって誰かに知らせに行ったのかも」
「誰かって、誰だよ? 警察か?」
「わかんない。でも、とにかく早くここを離れたほうがいいと思うの」
悠未の声に余裕はなかった。にわかに現れた何者かに、嫌でも緊張感が高まってしまう。いつのまにか子どもの声が聞こえなくなっていた。まるで二人だけ別の世界に飛ばされてしまったかのように、誰の声もしなくなっていた。
天翔は辺りを見回す。誰の姿もない。それがかえって天翔の緊張感を煽った。
誰もいないはずがないのだ。だって、つい先程まで遊び回る子どもと、それを見守る母親の姿が確かにあったのだから。
「悠未、何が起きてるんだ? どうして誰もいなくなった?」
「……魔法だ。てんちゃん、魔法だよ」
「魔法?」
「うん。誰かが魔法を使って、わたしたちをこの公園に閉じ込めてる」
悠未は確信を持っているようだった。天翔が目を凝らしてみると、公園の出口よりも先の空間がぐにゃりと歪んで見えた。自分たちだけ別の世界に飛ばされたというのは、あながち間違いではなかったようだ。
悠未は歩くのをやめて、天翔の手を強く握った。
「大丈夫。てんちゃんはわたしが守るから」
天翔は何も言えなかった。守ってもらうしか能のない自分に嫌気が差した。本来なら、男で年上である自分が悠未を守るはずなのに。
公園の向こう側から、黒いポンチョのようなものを被った女性が歩いてくる。人間ではないと天翔は直感した。そして、自分たちに用事があるのだということも悟った。
女性は二十代半ばくらいの外見だった。数メートル離れたところで彼女は足を止め、痛いくらいの静寂を破った。
「魔女警察だ。用件はわかっているな?」
高圧的な口調だった。悠未は困ったように天翔を見た。悠未もわからないのであれば、天翔にわかるはずもなかった。天翔は悠未を庇うように、前に進み出た。
「わからない、と言ったら?」
「お前に用はない、一般人。お前はただ巻き込まれただけの存在だ」
「悠未が何をした? 魔女警察ってのは何者だ?」
「何もしていないとは言わせない。魔法で一般人を攻撃し、あまつさえ殺してしまった。しかも二人だ。魔女警察として、その罪を見逃すわけにはいかない」
女性はそう言って、不意に右手を前に突き出した。まるで強風に押されたかのような衝撃を受けて、天翔はよろめいた。
「てんちゃんに何するの!」
「邪魔だ、一般人。お前は一般人の警察に事情を説明しろ。そうすれば、まだお前は一般人の世界で生きていける」
「生きていけねえよ。逃げちまったんだからな」
「一般人がどうなろうと興味はない。私の仕事は、ミタハラユウミ、お前の捕縛だ」
女性が右手を振ると同時に、悠未が天翔の前に立ちはだかった。悠未の目の前で光の粒が弾け飛び、天翔はその眩しさに目を細めた。魔法同士がぶつかりあったのだと理解できたのは、同じ光景がもう一度繰り返された時だった。
女性は苦虫を噛み潰したかのような顔で、悠未を睨みつけた。
「抵抗するのか。罪が重くなるだけだぞ」
「わたしはてんちゃんと一緒にいたいの。てんちゃんも一緒に連れていってくれる?」
「一般人に用はないと言ったはずだ。お前を捕縛した後にその一般人がどうなろうと、我々魔女警察の知ったことではない!」
女性の手から激しい稲光が迸った。稲妻が悠未の前で激しくうねり、弾かれて消えていく。悠未の指先にも光が灯り、虚空をなぞるように指が動く。
「待ってくれ悠未、話がしたい」
「話? わかった、てんちゃんがそう言うなら」
「私は一般人と話すつもりはない。引っ込んでいろ」
「聞きたいことがある。魔女化する病についてだ」
天翔が切り出すと、女性は迷惑そうな表情を見せた。天翔は気にせず話を続ける。
「悠未は魔女化する病に罹ってる。それは知ってるんだな?」
「知っている。しかし魔法で人を殺したという罪が軽くなる事由ではない。よって我々魔女警察が逮捕する対象であることに変わりはない」
「逮捕されたら、どうなる? 魔女化する病を治してくれるのか?」
それは天翔の希望が混じった問いかけだった。もし魔女警察が悠未の魔女化する病を治してくれるのであれば、捕まってもよいと思った。このままでは真実の愛を探している間に、悠未が狂ってしまうかもしれない。そのリスクがなくなるのなら、捕まるほうが悠未にとって幸せなことではないかと思った。
しかし、女性の返答は天翔の希望を易々と打ち砕いた。
「治るわけがないだろう。魔女警察の中に真実の愛があると思うか」
「じゃあ、逮捕されたらどうなるんだ?」
「いずれ発狂する魔女を置いておく場所などない。処刑することになるだろう」
「だったら捕まっても殺されるだけってことか?」
「そうだ。どうせ魔女化する病が進行すれば誰かに殺されるのだから、早いか遅いかの話だ」
女性は一切の同情もなく言った。
天翔は言葉を失ってしまった。それでは、悠未は逃げても捕まっても行き着く先が同じではないか。そんな、救われない現実があってよいのか。
「下がれ、一般人。さもなければお前から始末する」
「魔女警察は一般人を殺しても赦されるの?」
「執行妨害の罪に問う。殺しはしないが、痛い目に遭ってもらうぞ」
「てんちゃん、下がって。大丈夫、わたしが守ってあげるから」
現実に打ちのめされた天翔を下がらせ、悠未が女性と対峙する。その後ろ姿は、天翔でも見たことがないものだった。
「待ってくれ。真実の愛はどこにある?」
「黙れ、一般人。次に口を開けばお前を狙う」
「教えてくれよ。真実の愛がなかったら悠未を救えねえんだよ!」
「黙れと言っている!」
天翔の正面で激しい火花が散った。天翔には何も見えなかったが、悠未が助けてくれたことだけは理解できた。
「真実の愛など存在しない。魔女化する病に罹った者は発狂して死ぬしかないのだ!」
女性は吐き捨てるように言った。ついに、天翔は何も言えなくなってしまった。
そんな馬鹿なことがあるのか。悠未が何をしたというのか。何の罪も犯していなかったごく普通の女子が、いきなり死に向かって突き進む病に冒されるなど、許されるのか。いったい誰のせいでこんなことになってしまったのだ。
もう一度、天翔の前で魔法が弾けた。女性は先に天翔を狙っているようだった。
「わたしは許さない。てんちゃんを傷つけるなんて、たとえ警察でも許さないよ」
悠未は不気味なほど静かに言った。その雰囲気を感じ取ったのか、女性は一歩下がって距離を大きく取った。それは女性の警戒心の表れだった。
「帰って。帰らないなら、わたしはあなたも殺す」
「魔女警察がそんな脅しに屈すると思うか。人を傷つけるというのは簡単なことではない」
「だから、わたしにはできないって?」
悠未は一切動いていないように見えた。しかし、女性の身体が突然くの字に曲がり、彼女は数歩よろめいた。信じられないものを見たような表情だった。
「なん……だと……!」
「もう一度聞くね。帰ってくれる?」
「く……っ、このまま帰ることなど、できるはずないだろう!」
天翔には女性が悠未の至近距離まで瞬間移動したように思えた。女性の手にはナイフが握られていて、突っ込んできた勢いのまま悠未を貫こうとしていた。
天翔が危ないと思った時には、既に勝負が決していた。
「ば、馬鹿な……これほどまで、魔女化が進行していたのか……!」
女性はナイフを構えたままの姿勢で硬直していた。指先さえも動かすことができず、空間に磔にされているかのようだった。それが悠未の魔法によるものだと天翔が理解するまでに時間がかかった。
悠未の顔に焦りの色はなかった。その代わりに、強者の余裕があった。
「帰らないなら殺す、って言ったよね?」
「うっ、うう、あああああぁっ!」
女性が叫んだかと思うと、ナイフが地面に落ちて虚しい音を立てた。女性は頭を抱え込み、苦悶の表情を浮かべながら何かの苦痛に耐えているようだった。
「悠未、だめだ、やめろ!」
天翔が止めても、悠未はやわらかい微笑みを浮かべただけだった。
「ミタハラユウミ、お前、魔女警察を甘く見るなよ……、私を殺しても、すぐに、次の部隊がお前を逮捕しに来る……! お前らに安息の地などない!」
「わたしにはてんちゃんがいればいいの。てんちゃんがいたら、どこだって安息の地だよ」
「一般人、お前は、もう」
「黙って。てんちゃんをこれ以上混乱させないで」
悠未が右手で虚空を摑む。女性は自身の喉をかきむしるように両手を動かしたが、やがて力なく地面に倒れた。それから、彼女が動くことはなかった。
殺したのだ。魔女警察を名乗る女性を。
「悠未……どうして、殺したんだ」
天翔がやっとの思いで絞り出した言葉に、悠未は笑顔で答えた。
「殺さなきゃてんちゃんを守れないでしょ?」
「逃してもよかっただろ? 殺す必要なんてなかった」
「そうかなぁ。でも、もう殺しちゃったもん」
悠未には罪の意識はないようだった。小さな虫を殺した時と同じだった。
「てんちゃん、行こ。ここから早く離れたほうがいいよ」
女性が死んでしまったからか、再び喧騒が遠くから聞こえるようになっていた。公園の出口の歪みも解消されていた。見た目だけなら、普段と同じように感じられた。
女性の死骸は光の粒となり、風とともにどこかへと飛んでいく。魔女の最期は死骸すら残らないのだ。ならば、悠未も同じなのではないか。死ぬ時には、何一つ残さずに消えていってしまうのではないか。
悠未は天翔と手を繋ぎ、引いて歩き出す。手から感じる悠未の存在が、今こそ現実なのだと、夢ではないのだと天翔に教える。
「てんちゃん。大丈夫だよ、わたしが守るから」
もう何度目かもわからないその言葉の重みに、天翔はようやく気づいた。
その言葉には、殺人すら厭わないという決意が込められていたのだ、と。
しかし、数時間は外で過ごさなければならない。二人はホテルを出て、空いた時間をどう過ごすか考えていた。
広い公園のベンチに座り、天翔は時間の潰し方を考える。悠未は穏やかな気候を楽しんでいるようで、天翔に寄り添いながら空を見上げていた。はたから見れば、カップルが公園のベンチでのんびりと過ごしているようにしか見えない。だから誰も気に留めなかった。天翔はそのことに気づいていた。結局、普通の人と同じことをしているほうが目立たないのだ。
かといって、数時間もこのベンチに座っていたら怪しいだろう。悠未はどう見ても学生だ。それも大学生ではなく、もっと下の学生だ。こんな時間に公園にいること自体、誰かから声をかけられてもおかしくない。それもあって、天翔は室内に逃げ込みたかった。
「てんちゃん、カラオケでも行く?」
悠未は普通に遊びに行くかのように天翔に言った。
ここでじっとしているよりは、カラオケのほうが安全かもしれない。入ることさえできれば、カラオケの中はきっと安全だろう。天翔はそこまで考えて、肯いた。
「行くか」
「うん。てんちゃんとカラオケ行くの久々じゃない?」
「そうかもな。俺があまりカラオケ行かねえから」
どちらからともなく立ち上がり、歩き出す。遠くでは子どもの遊ぶ声が響いている。この公園は遊具が設置されており、子どもたちが遊具で遊んでいるようだった。それを見守る母親たちの姿もある。平和な日常の一片を見たような気がした。
もう自分たちは平和な暮らしに戻れない。天翔は重く苦しい事実を再認識し、悠未に気づかれないように溜息を吐いた。もうこうやって逃げるばかりの生活なのだ。それとも、どこか山奥に行けば、安住の地は見つかるのだろうか。
悠未が天翔の手を取り、指を絡める。天翔が隣を見ると、悠未は緩んだ顔をしていた。
「なんだよ」
「いいじゃん、手繋ぐくらい。こうしたらてんちゃんも烏の声が聞こえるでしょ?」
「烏は有意義な情報でも教えてくれんのか?」
「ん、たぶん、教えてくれるんじゃない?」
悠未が適当な理由を付けていることには、天翔も気づいていた。だが、どうして悠未が手を繋ぎたがるのかは理解できなかった。不安なのだろうか。それとも、何か別の理由があるのだろうか。
一羽の烏が上空を飛んでいく。青空を切り裂くように、黒い姿が空を旋回している。そしてどこかへと降りていく。悠未はその姿をじっと凝視していた。
「どうした? 烏が気になるのか?」
天翔が聞くと、悠未は足を止めた。その表情は硬い。
「てんちゃん、こっち」
悠未は言うや否や、今行こうとした道とは反対の道へ天翔を引っ張っていく。来た道を戻ることとなり、天翔は疑問を抱いた。
「どうしたんだよ急に。何かいたのか?」
「あの烏、わたしたちを見てた。わたしたちがいるって誰かに知らせに行ったのかも」
「誰かって、誰だよ? 警察か?」
「わかんない。でも、とにかく早くここを離れたほうがいいと思うの」
悠未の声に余裕はなかった。にわかに現れた何者かに、嫌でも緊張感が高まってしまう。いつのまにか子どもの声が聞こえなくなっていた。まるで二人だけ別の世界に飛ばされてしまったかのように、誰の声もしなくなっていた。
天翔は辺りを見回す。誰の姿もない。それがかえって天翔の緊張感を煽った。
誰もいないはずがないのだ。だって、つい先程まで遊び回る子どもと、それを見守る母親の姿が確かにあったのだから。
「悠未、何が起きてるんだ? どうして誰もいなくなった?」
「……魔法だ。てんちゃん、魔法だよ」
「魔法?」
「うん。誰かが魔法を使って、わたしたちをこの公園に閉じ込めてる」
悠未は確信を持っているようだった。天翔が目を凝らしてみると、公園の出口よりも先の空間がぐにゃりと歪んで見えた。自分たちだけ別の世界に飛ばされたというのは、あながち間違いではなかったようだ。
悠未は歩くのをやめて、天翔の手を強く握った。
「大丈夫。てんちゃんはわたしが守るから」
天翔は何も言えなかった。守ってもらうしか能のない自分に嫌気が差した。本来なら、男で年上である自分が悠未を守るはずなのに。
公園の向こう側から、黒いポンチョのようなものを被った女性が歩いてくる。人間ではないと天翔は直感した。そして、自分たちに用事があるのだということも悟った。
女性は二十代半ばくらいの外見だった。数メートル離れたところで彼女は足を止め、痛いくらいの静寂を破った。
「魔女警察だ。用件はわかっているな?」
高圧的な口調だった。悠未は困ったように天翔を見た。悠未もわからないのであれば、天翔にわかるはずもなかった。天翔は悠未を庇うように、前に進み出た。
「わからない、と言ったら?」
「お前に用はない、一般人。お前はただ巻き込まれただけの存在だ」
「悠未が何をした? 魔女警察ってのは何者だ?」
「何もしていないとは言わせない。魔法で一般人を攻撃し、あまつさえ殺してしまった。しかも二人だ。魔女警察として、その罪を見逃すわけにはいかない」
女性はそう言って、不意に右手を前に突き出した。まるで強風に押されたかのような衝撃を受けて、天翔はよろめいた。
「てんちゃんに何するの!」
「邪魔だ、一般人。お前は一般人の警察に事情を説明しろ。そうすれば、まだお前は一般人の世界で生きていける」
「生きていけねえよ。逃げちまったんだからな」
「一般人がどうなろうと興味はない。私の仕事は、ミタハラユウミ、お前の捕縛だ」
女性が右手を振ると同時に、悠未が天翔の前に立ちはだかった。悠未の目の前で光の粒が弾け飛び、天翔はその眩しさに目を細めた。魔法同士がぶつかりあったのだと理解できたのは、同じ光景がもう一度繰り返された時だった。
女性は苦虫を噛み潰したかのような顔で、悠未を睨みつけた。
「抵抗するのか。罪が重くなるだけだぞ」
「わたしはてんちゃんと一緒にいたいの。てんちゃんも一緒に連れていってくれる?」
「一般人に用はないと言ったはずだ。お前を捕縛した後にその一般人がどうなろうと、我々魔女警察の知ったことではない!」
女性の手から激しい稲光が迸った。稲妻が悠未の前で激しくうねり、弾かれて消えていく。悠未の指先にも光が灯り、虚空をなぞるように指が動く。
「待ってくれ悠未、話がしたい」
「話? わかった、てんちゃんがそう言うなら」
「私は一般人と話すつもりはない。引っ込んでいろ」
「聞きたいことがある。魔女化する病についてだ」
天翔が切り出すと、女性は迷惑そうな表情を見せた。天翔は気にせず話を続ける。
「悠未は魔女化する病に罹ってる。それは知ってるんだな?」
「知っている。しかし魔法で人を殺したという罪が軽くなる事由ではない。よって我々魔女警察が逮捕する対象であることに変わりはない」
「逮捕されたら、どうなる? 魔女化する病を治してくれるのか?」
それは天翔の希望が混じった問いかけだった。もし魔女警察が悠未の魔女化する病を治してくれるのであれば、捕まってもよいと思った。このままでは真実の愛を探している間に、悠未が狂ってしまうかもしれない。そのリスクがなくなるのなら、捕まるほうが悠未にとって幸せなことではないかと思った。
しかし、女性の返答は天翔の希望を易々と打ち砕いた。
「治るわけがないだろう。魔女警察の中に真実の愛があると思うか」
「じゃあ、逮捕されたらどうなるんだ?」
「いずれ発狂する魔女を置いておく場所などない。処刑することになるだろう」
「だったら捕まっても殺されるだけってことか?」
「そうだ。どうせ魔女化する病が進行すれば誰かに殺されるのだから、早いか遅いかの話だ」
女性は一切の同情もなく言った。
天翔は言葉を失ってしまった。それでは、悠未は逃げても捕まっても行き着く先が同じではないか。そんな、救われない現実があってよいのか。
「下がれ、一般人。さもなければお前から始末する」
「魔女警察は一般人を殺しても赦されるの?」
「執行妨害の罪に問う。殺しはしないが、痛い目に遭ってもらうぞ」
「てんちゃん、下がって。大丈夫、わたしが守ってあげるから」
現実に打ちのめされた天翔を下がらせ、悠未が女性と対峙する。その後ろ姿は、天翔でも見たことがないものだった。
「待ってくれ。真実の愛はどこにある?」
「黙れ、一般人。次に口を開けばお前を狙う」
「教えてくれよ。真実の愛がなかったら悠未を救えねえんだよ!」
「黙れと言っている!」
天翔の正面で激しい火花が散った。天翔には何も見えなかったが、悠未が助けてくれたことだけは理解できた。
「真実の愛など存在しない。魔女化する病に罹った者は発狂して死ぬしかないのだ!」
女性は吐き捨てるように言った。ついに、天翔は何も言えなくなってしまった。
そんな馬鹿なことがあるのか。悠未が何をしたというのか。何の罪も犯していなかったごく普通の女子が、いきなり死に向かって突き進む病に冒されるなど、許されるのか。いったい誰のせいでこんなことになってしまったのだ。
もう一度、天翔の前で魔法が弾けた。女性は先に天翔を狙っているようだった。
「わたしは許さない。てんちゃんを傷つけるなんて、たとえ警察でも許さないよ」
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「帰って。帰らないなら、わたしはあなたも殺す」
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「なん……だと……!」
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天翔が危ないと思った時には、既に勝負が決していた。
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悠未の顔に焦りの色はなかった。その代わりに、強者の余裕があった。
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「うっ、うう、あああああぁっ!」
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「一般人、お前は、もう」
「黙って。てんちゃんをこれ以上混乱させないで」
悠未が右手で虚空を摑む。女性は自身の喉をかきむしるように両手を動かしたが、やがて力なく地面に倒れた。それから、彼女が動くことはなかった。
殺したのだ。魔女警察を名乗る女性を。
「悠未……どうして、殺したんだ」
天翔がやっとの思いで絞り出した言葉に、悠未は笑顔で答えた。
「殺さなきゃてんちゃんを守れないでしょ?」
「逃してもよかっただろ? 殺す必要なんてなかった」
「そうかなぁ。でも、もう殺しちゃったもん」
悠未には罪の意識はないようだった。小さな虫を殺した時と同じだった。
「てんちゃん、行こ。ここから早く離れたほうがいいよ」
女性が死んでしまったからか、再び喧騒が遠くから聞こえるようになっていた。公園の出口の歪みも解消されていた。見た目だけなら、普段と同じように感じられた。
女性の死骸は光の粒となり、風とともにどこかへと飛んでいく。魔女の最期は死骸すら残らないのだ。ならば、悠未も同じなのではないか。死ぬ時には、何一つ残さずに消えていってしまうのではないか。
悠未は天翔と手を繋ぎ、引いて歩き出す。手から感じる悠未の存在が、今こそ現実なのだと、夢ではないのだと天翔に教える。
「てんちゃん。大丈夫だよ、わたしが守るから」
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王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。
ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。
引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。
ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。
だがユリシアスは何かを隠しているようだ。
それはカトルの抱える、真実だった──。

病弱が転生 ~やっぱり体力は無いけれど知識だけは豊富です~
於田縫紀
ファンタジー
ここは魔法がある世界。ただし各人がそれぞれ遺伝で受け継いだ魔法や日常生活に使える魔法を持っている。商家の次男に生まれた俺が受け継いだのは鑑定魔法、商売で使うにはいいが今一つさえない魔法だ。
しかし流行風邪で寝込んだ俺は前世の記憶を思い出す。病弱で病院からほとんど出る事無く日々を送っていた頃の記憶と、動けないかわりにネットや読書で知識を詰め込んだ知識を。
そしてある日、白い花を見て鑑定した事で、俺は前世の知識を使ってお金を稼げそうな事に気付いた。ならば今のぱっとしない暮らしをもっと豊かにしよう。俺は親友のシンハ君と挑戦を開始した。
対人戦闘ほぼ無し、知識チート系学園ものです。
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