魔女化する病

にのみや朱乃

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5. 発覚

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 悠未が両親を殺めてから数日が経った。

 天翔と悠未はホテルや漫画喫茶を転々としながら、あまり目立たないように過ごしていた。天翔が知ったのは、意外と堂々としているほうが人目に付きづらいということだ。誰も、すぐ隣を犯罪者が歩いているとは思わないのだ。天翔や悠未には目もくれず、誰もが自分の目的地に向かって歩いていく。もしここで目撃証言を集めても、自分たちを見たと言う人は現れないだろう。

 逃避行で問題となる金銭面は、魔法で解決できるものだった。ホテルや漫画喫茶に泊まるための現金は、悠未が魔法で複製した。透かしまで完璧に模した複製品は、番号を見られない限りは複製品と悟られることはないくらいの出来栄えだった。これで金銭面の問題をクリアした。

 魔法で解決できないのは潜伏先だった。同じ場所に留まると怪しいかもしれないと思い、天翔は宿泊場所を何度も変えた。絶対に安全だと言える場所が見つからなかった。どこも、いつ警察官が踏み込んでくるかと気を揉んでしまっていた。

 天翔は毎日ニュースを確認し、悠未の両親の死体が発見されていないか注視していた。あれだけの惨劇なら、現場から遠く離れたこの地でも報道されるに違いない。現場だけ見たら猟奇的な殺人なのだ。一般人に与える衝撃は大きいはずだ。

 その日、二人はビジネスホテルに泊まった。無論、二人で一部屋だ。悠未も嫌がることはなく、むしろ天翔と一緒の部屋だと喜んでいた。

 悠未がシャワーを浴びている間に、天翔は日課となったニュースの確認を始める。何でもない、小さな事件ばかりだ。この国は本当に平和で、自分もその中に入っているはずだった。まさかこんなことになるとは夢にも思わなかった。

 そして、遂にそれを見つけてしまった。

 まだ小さな記事だったが、確実に悠未の両親のことだとわかる内容だった。

『頭が潰された男性の遺体と、首が切り離された女性の遺体が見つかった。この家に住む夫婦と推定されている。娘と連絡がつかないことから、娘が何らかの事情を知っている、もしくは誘拐されたとして、警察の捜査が始まっている。隣に住む知人男性の行方もわかっておらず、この知人男性が事件に関わっている可能性も指摘されている』

 その記事を見て、天翔は天井を仰ぎ見た。本当の逃避行の始まりだ。これからは世界が敵になる。誰が自分たちを追っているかもわからず、逃げなければならないのだ。いっそ山奥に行って、魔法を駆使したら生活できるのではないだろうか。山奥の村なら空き家もあるだろうし、悠未と二人で密やかに生きていくことができるのではないだろうか。
 これまでとは違う。これからは追われる立場になる。天翔はふうっと深い息を吐いた。

「てんちゃーん、お風呂いいよー」

 白いルームウェア姿の悠未がバスルームから出てくる。まだ髪は濡れていて、肌からも湯気が上っているように思えた。
 悠未は天翔の様子を見て、何かあったのだと悟ったようだった。心配そうに眉をひそめる。

「てんちゃん? どうしたの?」
「見つかったよ、おじさんたち。警察が捜査を始めた」

 天翔にとっては死の宣告のような記事だったが、悠未にとってはそうではなかった。全く知らない人が殺されただけだというかのように、ふうん、とだけ言った。興味がない、というのが正しいかもしれなかった。
 悠未は近づいてきて、天翔の手を取った。

「大丈夫。わたしがてんちゃんを守るからね」

 天翔は悠未を一瞥して、溜息を吐いた。いつのまに立場が逆転したのだろうか。守るのは自分の役目だったはずなのに。
 だが、もう魔法なしでは逃亡生活すらままならない。悠未に守ってあげると言われても、逆だろと言い返すこともできなかった。天翔はそんな自分が嫌になりそうだった。

「てんちゃん、お風呂でゆっくりしてきなよ。気分もリフレッシュできるよ」
「……そうかよ。じゃあ、行ってくる」
「いってらっしゃい。服はお洗濯しちゃうね」

 天翔はあまり考えていなかったが、服の洗濯という問題もあった。悠未には重要な問題のようで、悠未は逃亡生活が始まってすぐに、服を綺麗にする魔法というものを編み出した。この魔法を使えば、洗濯したように服が綺麗になるらしい。以来、天翔がシャワーを浴びている間に、着ていた服を綺麗にするという流れができあがった。
 さすがに下着まではどうなのかという疑問はあったものの、天翔は悠未に任せることにした。下着を見られたところで、悠未が相手なら恥ずかしくもなかった。

 天翔は熱いシャワーを浴びる。頭の中は両親の死体が見つかったことで一杯だった。これからどうやって逃げればよいのだろうか。栄えている地域から離れて、郊外で過ごすべきなのだろうか。しかし、郊外では泊まるところが少ないのではないか。野宿は避けたいという気持ちが捨てきれなかった。

 逃げたことを後悔していない、と言えば嘘になる。やはり警察に相談すべきだったのではないかという思いはあった。そうすれば、こんな逃亡生活を送ることもなかった。しかし悠未のことを考えれば、やはり逃亡を選択するほうがよかったのだと、自分に言い聞かせていた。

 これでよかったのだ。これで。天翔はそう呟いて、自分の気持ちの揺らぎを戒めた。

 天翔がバスルームから出ると、テレビは消されていた。悠未はベッドに座り、くるくると指先を動かしていた。その指先には光が灯っていた。
 悠未は天翔が戻ってきたことに気づくと、ぱっと顔を明るくした。

「おかえり、てんちゃん。リフレッシュできた?」
「ああ、まあ、多少な」

 本当は落ち込んだままなのだが、天翔は嘘をついた。悠未に余計な心配をさせたくなかった。

「何してたんだ?」
「ん、魔法の練習だよ。いざって時にてんちゃんを守れるように、ね」
「そうか。頼りにしてる」

 天翔がそう言うと、悠未は嬉しそうに顔を綻ばせた。それが至上の喜びだとでも言わんばかりに。

「てんちゃん、明日はどうするの?」
「少し移動する。別のホテルの予約は取ってある」
「そうなんだ。ありがとね、予約取ってくれて」
「俺にできることはそれくらいだからな。警察の動きが遅いといいけど」

 魔法を使えない天翔にできることは、潜伏の手助けをするくらいだった。いっそのこと自分も魔法が使えたらいいのに。天翔は何度もそう思っていた。
 悠未は天翔の心の揺れ動きを敏感に察知した。ぽんぽんと自分の隣を叩いて、天翔に言った。

「てんちゃん、こっち来て」
「どうした?」

 天翔が悠未の隣に座ると、悠未は天翔の肩に頭をもたれかからせた。そして、少し遠慮がちに、天翔の手に指を絡めた。

「なんだよ悠未。どうした?」

 天翔が優しい口調で問いかけると、悠未はとても嬉しそうに微笑んだ。

「てんちゃんが元気ないから励ましてあげようと思って」
「これじゃ励まされねえよ」
「ひどぉい。わたしがてんちゃんを癒してあげようとしてるのに」
「そうか。そりゃあ、どうも」

 悠未に気を遣わせてしまった。それほどまで自分の感情が表に出てしまっていたらしい。天翔は反省しながら、甘えてくる悠未に身を任せた。悠未の好きなようにしてくれればいいと思った。

 悠未が何を考えてこんなことをしているのか、天翔にはわからなかったのだ。
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