魔女化する病

にのみや朱乃

文字の大きさ
上 下
5 / 10

5. 発覚

しおりを挟む
 悠未が両親を殺めてから数日が経った。

 天翔と悠未はホテルや漫画喫茶を転々としながら、あまり目立たないように過ごしていた。天翔が知ったのは、意外と堂々としているほうが人目に付きづらいということだ。誰も、すぐ隣を犯罪者が歩いているとは思わないのだ。天翔や悠未には目もくれず、誰もが自分の目的地に向かって歩いていく。もしここで目撃証言を集めても、自分たちを見たと言う人は現れないだろう。

 逃避行で問題となる金銭面は、魔法で解決できるものだった。ホテルや漫画喫茶に泊まるための現金は、悠未が魔法で複製した。透かしまで完璧に模した複製品は、番号を見られない限りは複製品と悟られることはないくらいの出来栄えだった。これで金銭面の問題をクリアした。

 魔法で解決できないのは潜伏先だった。同じ場所に留まると怪しいかもしれないと思い、天翔は宿泊場所を何度も変えた。絶対に安全だと言える場所が見つからなかった。どこも、いつ警察官が踏み込んでくるかと気を揉んでしまっていた。

 天翔は毎日ニュースを確認し、悠未の両親の死体が発見されていないか注視していた。あれだけの惨劇なら、現場から遠く離れたこの地でも報道されるに違いない。現場だけ見たら猟奇的な殺人なのだ。一般人に与える衝撃は大きいはずだ。

 その日、二人はビジネスホテルに泊まった。無論、二人で一部屋だ。悠未も嫌がることはなく、むしろ天翔と一緒の部屋だと喜んでいた。

 悠未がシャワーを浴びている間に、天翔は日課となったニュースの確認を始める。何でもない、小さな事件ばかりだ。この国は本当に平和で、自分もその中に入っているはずだった。まさかこんなことになるとは夢にも思わなかった。

 そして、遂にそれを見つけてしまった。

 まだ小さな記事だったが、確実に悠未の両親のことだとわかる内容だった。

『頭が潰された男性の遺体と、首が切り離された女性の遺体が見つかった。この家に住む夫婦と推定されている。娘と連絡がつかないことから、娘が何らかの事情を知っている、もしくは誘拐されたとして、警察の捜査が始まっている。隣に住む知人男性の行方もわかっておらず、この知人男性が事件に関わっている可能性も指摘されている』

 その記事を見て、天翔は天井を仰ぎ見た。本当の逃避行の始まりだ。これからは世界が敵になる。誰が自分たちを追っているかもわからず、逃げなければならないのだ。いっそ山奥に行って、魔法を駆使したら生活できるのではないだろうか。山奥の村なら空き家もあるだろうし、悠未と二人で密やかに生きていくことができるのではないだろうか。
 これまでとは違う。これからは追われる立場になる。天翔はふうっと深い息を吐いた。

「てんちゃーん、お風呂いいよー」

 白いルームウェア姿の悠未がバスルームから出てくる。まだ髪は濡れていて、肌からも湯気が上っているように思えた。
 悠未は天翔の様子を見て、何かあったのだと悟ったようだった。心配そうに眉をひそめる。

「てんちゃん? どうしたの?」
「見つかったよ、おじさんたち。警察が捜査を始めた」

 天翔にとっては死の宣告のような記事だったが、悠未にとってはそうではなかった。全く知らない人が殺されただけだというかのように、ふうん、とだけ言った。興味がない、というのが正しいかもしれなかった。
 悠未は近づいてきて、天翔の手を取った。

「大丈夫。わたしがてんちゃんを守るからね」

 天翔は悠未を一瞥して、溜息を吐いた。いつのまに立場が逆転したのだろうか。守るのは自分の役目だったはずなのに。
 だが、もう魔法なしでは逃亡生活すらままならない。悠未に守ってあげると言われても、逆だろと言い返すこともできなかった。天翔はそんな自分が嫌になりそうだった。

「てんちゃん、お風呂でゆっくりしてきなよ。気分もリフレッシュできるよ」
「……そうかよ。じゃあ、行ってくる」
「いってらっしゃい。服はお洗濯しちゃうね」

 天翔はあまり考えていなかったが、服の洗濯という問題もあった。悠未には重要な問題のようで、悠未は逃亡生活が始まってすぐに、服を綺麗にする魔法というものを編み出した。この魔法を使えば、洗濯したように服が綺麗になるらしい。以来、天翔がシャワーを浴びている間に、着ていた服を綺麗にするという流れができあがった。
 さすがに下着まではどうなのかという疑問はあったものの、天翔は悠未に任せることにした。下着を見られたところで、悠未が相手なら恥ずかしくもなかった。

 天翔は熱いシャワーを浴びる。頭の中は両親の死体が見つかったことで一杯だった。これからどうやって逃げればよいのだろうか。栄えている地域から離れて、郊外で過ごすべきなのだろうか。しかし、郊外では泊まるところが少ないのではないか。野宿は避けたいという気持ちが捨てきれなかった。

 逃げたことを後悔していない、と言えば嘘になる。やはり警察に相談すべきだったのではないかという思いはあった。そうすれば、こんな逃亡生活を送ることもなかった。しかし悠未のことを考えれば、やはり逃亡を選択するほうがよかったのだと、自分に言い聞かせていた。

 これでよかったのだ。これで。天翔はそう呟いて、自分の気持ちの揺らぎを戒めた。

 天翔がバスルームから出ると、テレビは消されていた。悠未はベッドに座り、くるくると指先を動かしていた。その指先には光が灯っていた。
 悠未は天翔が戻ってきたことに気づくと、ぱっと顔を明るくした。

「おかえり、てんちゃん。リフレッシュできた?」
「ああ、まあ、多少な」

 本当は落ち込んだままなのだが、天翔は嘘をついた。悠未に余計な心配をさせたくなかった。

「何してたんだ?」
「ん、魔法の練習だよ。いざって時にてんちゃんを守れるように、ね」
「そうか。頼りにしてる」

 天翔がそう言うと、悠未は嬉しそうに顔を綻ばせた。それが至上の喜びだとでも言わんばかりに。

「てんちゃん、明日はどうするの?」
「少し移動する。別のホテルの予約は取ってある」
「そうなんだ。ありがとね、予約取ってくれて」
「俺にできることはそれくらいだからな。警察の動きが遅いといいけど」

 魔法を使えない天翔にできることは、潜伏の手助けをするくらいだった。いっそのこと自分も魔法が使えたらいいのに。天翔は何度もそう思っていた。
 悠未は天翔の心の揺れ動きを敏感に察知した。ぽんぽんと自分の隣を叩いて、天翔に言った。

「てんちゃん、こっち来て」
「どうした?」

 天翔が悠未の隣に座ると、悠未は天翔の肩に頭をもたれかからせた。そして、少し遠慮がちに、天翔の手に指を絡めた。

「なんだよ悠未。どうした?」

 天翔が優しい口調で問いかけると、悠未はとても嬉しそうに微笑んだ。

「てんちゃんが元気ないから励ましてあげようと思って」
「これじゃ励まされねえよ」
「ひどぉい。わたしがてんちゃんを癒してあげようとしてるのに」
「そうか。そりゃあ、どうも」

 悠未に気を遣わせてしまった。それほどまで自分の感情が表に出てしまっていたらしい。天翔は反省しながら、甘えてくる悠未に身を任せた。悠未の好きなようにしてくれればいいと思った。

 悠未が何を考えてこんなことをしているのか、天翔にはわからなかったのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

婚約破棄?一体何のお話ですか?

リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。 エルバルド学園卒業記念パーティー。 それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる… ※エブリスタさんでも投稿しています

幼馴染パーティーから追放された冒険者~所持していたユニークスキルは限界突破でした~レベル1から始まる成り上がりストーリー

すもも太郎
ファンタジー
 この世界は個人ごとにレベルの上限が決まっていて、それが本人の資質として死ぬまで変えられません。(伝説の勇者でレベル65)  主人公テイジンは能力を封印されて生まれた。それはレベルキャップ1という特大のハンデだったが、それ故に幼馴染パーティーとの冒険によって莫大な経験値を積み上げる事が出来ていた。(ギャップボーナス最大化状態)  しかし、レベルは1から一切上がらないまま、免許の更新期限が過ぎてギルドを首になり絶望する。  命を投げ出す決意で訪れた死と再生の洞窟でテイジンの封印が解け、ユニークスキル”限界突破”を手にする。その後、自分の力を知らず知らずに発揮していき、周囲を驚かせながらも一人旅をつづけようとするが‥‥ ※1話1500文字くらいで書いております

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

【完結】魔王様、溺愛しすぎです!

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
「パパと結婚する!」  8万年近い長きにわたり、最強の名を冠する魔王。勇者を退け続ける彼の居城である『魔王城』の城門に、人族と思われる赤子が捨てられた。その子を拾った魔王は自ら育てると言い出し!? しかも溺愛しすぎて、周囲が大混乱!  拾われた子は幼女となり、やがて育て親を喜ばせる最強の一言を放った。魔王は素直にその言葉を受け止め、嫁にすると宣言する。  シリアスなようでコメディな軽いドタバタ喜劇(?)です。 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう 【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264) 挿絵★あり 【完結】2021/12/02 ※2022/08/16 第3回HJ小説大賞前期「小説家になろう」部門 一次審査通過 ※2021/12/16 第1回 一二三書房WEB小説大賞、一次審査通過 ※2021/12/03 「小説家になろう」ハイファンタジー日間94位 ※2021/08/16、「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過作品 ※2020年8月「エブリスタ」ファンタジーカテゴリー1位(8/20〜24) ※2019年11月「ツギクル」第4回ツギクル大賞、最終選考作品 ※2019年10月「ノベルアップ+」第1回小説大賞、一次選考通過作品 ※2019年9月「マグネット」ヤンデレ特集掲載作品

転生したので今度は悔いのない人生を 

坂口げんき
ファンタジー
30歳フリーターの俺こと、宮野 蓮は、これまでなにかある度に逃げてきた人生を送っていた。何をやってもうまくいかないし、長続きがしなかった。そしてクリスマスの夜、とうとう何とか続けていたバイトすらクビにされてしまう。その帰り道、俺は気づいたら道路に飛び出していて、そのまま車に轢かれて死んでしまう。 しかし目が覚めると、どうやら異世界で赤ん坊として転生してしまったらしい。 死ぬ間際、俺は何事からも逃げてきた人生を後悔した。 もうあんな思いはしたくない。 この世界で俺は、後悔のない人生にするんだ。

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

知識スキルで異世界らいふ

チョッキリ
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

処理中です...