掌の棘、喉の小骨

にのみや朱乃

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届かぬ愛

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 いらっしゃいませ。
 おや、珍しい紙袋をお持ちですね。そうですか、戴き物ですか。
 もし食品でしたら、独りで召し上がらないほうが良いですよ。


 さて、今日のお話です。

 或る洋菓子店のパティシエは常連客の女性に恋していました。
 美しい方でした。いつも決まってショートケーキを注文するお客様で、ここのショートケーキが大好きなのだと、宝石のような笑顔で告げるのです。パティシエにとっては、この女性のためにケーキを作っていると言っても過言ではありませんでした。

 けれど、パティシエには想いを伝える勇気はありません。そも、パティシエは口下手で、彼女から声をかけられても上手く話すことさえできていないのです。
 そんな彼に、想いを告げる千載一遇のチャンスが訪れました。

 彼女が小さな一人用のホールケーキを注文したのです。
 いつものショートケーキを心ゆくまで食べたい。そう仰ったそうです。

 パティシエはホールケーキに想いを込めることにしました。
 異様な光景だったと聞きます。何かを呟きながら、誰も近寄れないほど真剣に、ひとつのケーキに向き合う彼の姿。それはケーキではなくと呪いの人形を作っているように見えたそうです。
 何を呟いているのかは誰にも聞き取れませんでした。まあ、間違いなく彼女への愛だろうと考え、誰も聞こうとしなかったのでしょう。

 完成したケーキは誰が見ても美しい完璧なものでした。
 パティシエの想いが込められたケーキとは知らず、常連客の女性はケーキを受け取りました。その際も、いつものように笑顔を向けました。
 ありがとうございます。今日も美味しそうですね。
 パティシエもいつものように、無愛想に頭を下げるだけでした。

 翌日以降、彼女が店を訪れることはありませんでした。
 その理由をパティシエが知るのは、ケーキを渡してから一か月後。

 彼女は亡くなったそうです。ケーキの苺を喉に詰まらせて。

 そんな馬鹿な。誰もがそう思うでしょう。苺を喉に詰まらせて窒息死なんて誰も聞いたことがありません。
 ですが事実なのです。噛まれた形跡も無く、苺は彼女の喉に詰まっていた。彼女はもがき苦しみながら亡くなった。


 ケーキも、飾られている間にパティシエが何を言っているのか、良く聞こえなかったようですね。
 想いの強さだけは伝わった。けれどあまりにも彼の表情が強張っていたせいで、ケーキは呪いをかけているのだと勘違いしたのでしょう。
 そうして苺が彼女の喉に飛び込み、殺してしまった。


 愛は自らの口で伝えるべきです。人伝ではこういうことになりますよ。
 ああ、逆に、貴方が彼女の立場にならないようにも、お気をつけください。
 誰からいつ好かれるか、恨まれるかなど、誰にも判らないのですから。


 この話が、貴方にとっての掌の棘、喉の小骨になりますように。

 それでは、またお越しいただけることを、お祈り申し上げます。
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