掌の棘、喉の小骨

にのみや朱乃

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扉の向こう

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 いらっしゃいませ。
 おや、初めてお見えになる方ですか。
 ようこそ。此処は、貴方の掌に刺さる棘のように、喉に刺さる小骨のように、常々意識の片隅に残るようなお話を差し上げる場所。
 ほんの少しでも、貴方の日常に割り込むことができれば幸いです。

 さて、本日のお話です。

 貴方は、ふと扉の向こうに何かの気配を感じたことは有りませんか。
 ええ、扉です。如何様なものでも。例えば、部屋の扉。例えば、玄関の扉。その向こうが見えないような、その向こうと完全に隔てるような、扉。貴方の周囲にも、ご自宅にもあるでしょう。扉を閉めてお休みになる方ならば、お部屋やご自宅を出る前には必ず一度は開けるはずです。
 扉を開けようとした時に、向こうに何かが居ると感じてしまったら、決して開けてはなりません。少し待ち、本当に何も居ないことを先に確かめねばなりません。
 もしかしたら、扉の向こうに『それ』が居るかもしれません。

 私が『それ』と言うのは、私も何者か判らないのです。男なのか、女なのか、まず人なのかどうかすら、私にも判りません。
 ただ言えるのは、『それ』がとても恥ずかしがり屋ということです。

『それ』は扉の向こうに居たとしても、すぐには姿を見せません。だから、貴方が扉を開けても何かの姿を見たことはないでしょう。貴方はおそらく気のせいと思い、隠れた『それ』に気づくことはないでしょう。その後、何事も起こらず、これまで過ごしてこられた。
 けれど、貴方は『それ』のメッセージを受け取らなかっただけ。
 きっと、貴方は『それ』に選ばれなかっただけ。

 もし扉の向こうに何かの気配を感じ、更にその気配が消えないのなら。
 貴方は『それ』に気に入られてしまったのかもしれません。

『それ』は貴方に忍び寄ります。貴方に姿を見られないよう、周到に、貴方がどのような人物なのか調べます。徐々に貴方の日常に食い込んでいくのです。気づけば、貴方のすぐ傍まで『それ』は迫るでしょう。
 今はとても簡単です。そう、貴方もきっとお使いのスマートフォンに『それ』は近づいてくるのです。

 見知らぬ人からメッセージが届いたら、お気をつけください。
 見知らぬ人と繋がるようなアプリケーションをお使いなら、お気をつけください。
 それは人からのメッセージではないかもしれません。『それ』が貴方の日常に入り込むために送ったものかもしれません。
 決して、何も返してはいけません。

 返したのなら、貴方はもう『それ』から逃げることはできない。

 逃げられなければどうなるのか、気になりますか。
 さあ、どうなるのでしょうね。申し訳ございませんが私には判りません。
 誰からもお話を伺えていませんから。


 この話が、貴方にとっての掌の棘、喉の小骨になりますように。

 それでは、またお越しいただけることを、お祈り申し上げます。


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